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薄幸少女と英雄騎士  作者: 小林あきら
第二章 抑圧の国
27/66

反乱軍



 どれだけ歩いただろうか。


 気付いた時には、夜明け前のように、薄らボンヤリと辺りが明るくなっていた。どうやら到着したらしい。



 段々とはっきり見えてきた周りを見回せば、先程の喫茶店ではなく、倉庫の中のような閑散とした場所にいた。



「ハランさん、客っすよ」


 青年の声が聞こえて、ハッとそちらを見遣る。


 そして目が合ったその人に、思わず声が漏れた。


「あ、黒い人」


 アキヨの声に眉を上げてみせたのは、真っ黒な服に身を包んだ男。


 誤って反乱軍のアジトへ飛んだ時にもいた、反乱軍のリーダー(仮)だ。


「黒い人、ではない。私の名前はハランだ」


「あ、ごめんなさい」


 真顔で返され、咄嗟に謝る。


 それに律儀に頷いたハランは、青年に声をかける。


「報告を」


「お姫さんの代行だと。反乱を止めてほしいって伝言持ってきたらしいっす」


「あぁ?嘗めてんのか?お前も何でそんな奴ここに連れてきた」


 ハランの横に仁王立ちしていたガタイの良い男が、ギロリとアキヨ達を見て凄む。こちらの男は初見だ。


 堅気には見えない大男の睨みに怯んだ様子も見せず、青年は口をへの字にした。


「まぁ、最初は俺もそう思ったんっすけど……。この人、()()ローアル・スクリムらしいっす。それで、さすがに無視できなくて」


「――……何言ってんだお前」


 本当に言っている意味が分からないと言う風に、大男がギュッと眉を寄せる。


 ハランも、若干目を見開いた。


「俺も驚きましたけど、嘘は一つも言ってなかったっす」


「……用件は?」


 ハランがこちらに視線を向ける。



 アキヨは無意識に詰めていた息を吐き出し、背筋を伸ばす。


 そして、ココに来るまでの経緯や、ヨルシアとシロエの考えを拙い言葉で伝えた。




「――反乱軍の望みを、知りたくて、来ました」


 最後にそう言ったアキヨに、始終黙って話しを聞いていたハランが、じっとこちらを見つめる。


 そして、静かに言った。



「我々の大義名分は略奪された母国の解放だ。ラクエは戦に勝つことを楽しんでいる。だからこそ、支配した後の国の在り方には興味が無い。奴の監視が外れた地で何が起ころうと、知ろうともない」


 目をすっと細めたハランの表情に息を呑む。


 その瞳は冷え切り、その奥で暗い炎が揺らめいているように見えた。


「我々の望みは何かと聞いたな。答えるまでもなく、復讐だ。それ以外、何の望みも我らにはない。失った命は戻らない。その代わりに何を差し出されても、我々が満足することはない」


 ハランの言葉から滲み出る深い恨みの念。


 アキヨは、自身の予想よりもはるかに、反乱軍の思いが強く根深いことを肌身に感じた。


「逆に問うが、お前は自分の家族が殺され、国を奪われ、統治すると踏み入って来た敵の兵たちに全てを搾取され虐げられ、毎日泣き叫ぶ同胞を前にして、ただ耐え忍ぶことが正しいと、そう思うか」


 こちらを睨むように真っ直ぐ見つめてくるハラン。


 アキヨは問われて考える。




 ふと、ケダトイナの王様と話した時のことを思い出した。



 ――正義は常に正当とは限らない。



 あの時、王様はアキヨにそう言った。




 反乱軍は己の「正義」を信じて、実行しようとしている。


 しかし、それは果たして「正当」と言えるのだろうか……?




「私は、復讐なんてして欲しくない、って思う」



 自分が殺されたとして、ローアルに自分を殺した人を殺してくれとは思わない。


 例えば、ローアルやヘルが殺されたら、自分は悲しむと思う。もしかしたら、その殺した人を殺したいと思うのかもしれない。


 でも、きっとそんな自分を見たら、死んだローアルやヘルは嘆くと思う。



 幸せを知らないと言った自分に、これから知っていけばいいと、ローアルは言った。


 傷だらけの自分に、元気になってねと、ヘルは穏やかに微笑んでくれた。



「復讐をして欲しいって、私に言うような人、いない。皆優しいから」


 言ってから、恐る恐るローアルを見上げれば、何故か泣きそうな表情でこちらを見ていた。


「もちろんです。私は、ただアキヨが元気で幸せに生きていてくれればそれで、幸せです」


 ローアルの言葉に、自分の考えは間違っていなかったとほっとする。



 アキヨは、相変わらず冷たい瞳でこちらを見つめるハランに向き直る。


「ラクエ、さんが正しいとは思わない。でも、ハランさんも正しいとは、言えない。そう思い、ます」


 シンと倉庫内が静まり返る。



 一瞬の身動きすら許されないような緊張感の中、ふっと息が漏れるような音がした。


 ハランが僅かに口角を上げた。空気が和らぐ。



 しかしアキヨは未だに身動きできずにいた。彼の瞳が変わらず冷たいままだからだ。



「正しい、正しくないはどうでもいい。我々は来る決戦の日に向けて憎しみを燃やしてきた。ただその日を望んで。その数、千は下らんぞ。その者たち全てを納得させる方法が、復讐以外にあるとでも?」


 言外に無理だと言われていることを承知の上で思考を巡らせる。



 いや、実はすでに一つだけ思い付いたことはあるが――……。アキヨはすぐにその考えを消し去るように首を横に振った。


 しかし、アキヨが口を開く前に、場違いなほど飄々とした声が倉庫内に響き渡った。



「私が、ラクエと決闘をしましょう」


「!」


 ローアルを見上げる。彼はにこりと安心させるように微笑んだ。



 アキヨが思いついた方法も、まさにそれだった。



「――なに?」


「要するに賭けです。私が勝てば、反乱軍の提示する条件を全て呑んでもらう。そういう賭けをラクエに持ち掛けます。そしてその決闘を、反乱軍の皆さんにも見てもらいましょう」


「本気か?万が一こちらが勝ったとして、あのラクエが大人しく条件を呑むと?そもそも、賭けを受け入れるかどうかも……」


「彼は呑みますよ。売られた喧嘩は全て買い、戦場での約束は死んでも守る。そう言う人ですから」


 自信満々に言い切るローアルに、ハランはなおも言い募る。


「だが、復讐に飢える輩を納得させるには、それだけでは足りないだろう。彼らは自分の手で沙汰を下すことを望んでいる」


「だからこその公開決闘です。問題ありません。恐らく、皆さん満足いただけるはずですよ」


 そう言って微笑むローアルの表情は、いつもの飄々としたものだったが、どことなくその声音には、嘲笑のような響きがあった。



 後はハラン次第。



 じっとアキヨが見つめると、ハランは一旦目を閉じた後、一つ溜息を吐いて頷いた。



「分かった」


「頭!?」


 今まで黙って行く先を見守っていた青年が、驚愕の声を上げる。


 ハランの隣りに立っていた大男もひどく険しい表情で言う。


「こればかりは、いくらあんたの決断でも納得できん」


「……よく考えてみろ。これはむしろ好い機会だ」


「と、言うと?」


 ハランが、ふと微かに口角を上げた。その笑みはひどく獰猛に見えた。


「その場には反乱軍の全員がそろう。そしてラクエを囲む構図だ。英雄殿が勝とうが負けようが、関係ない。決闘は前座だ。少しでも体力を削ってもらえるなら良いことじゃないか。場所が変わっただけだ。決闘が終わった瞬間に仕掛ける」


「そ、それこいつらの前で言っちゃってよかったんっすか?」


 複雑な表情で青年がこちらを窺う。


 しかし、ローアルは何の感慨も示していない。ただ、微笑んでいるだけだ。


 ハランはそんなローアルの様子を一瞥し、肩を竦める。


「そのくらい向こうも予想が付くことだろう。言っても言わなくても同じことだ」


「だが、決闘と称して我々を誘い出し、一網打尽を考えている可能性もあるだろ」


「確かに、ココに来る前の言葉に嘘はなかったが、未来のことは分からねえっすね」


 青年と大男は信用ならないと言う風に、顔を曇らせる。決闘での解決には消極的なようだ。


 それに対して、ローアルが首を傾げる。


「そんなに不安なのでしたら、血の契約をしていただいても構いませんよ?」


「ち、血の契約!?」


 青年がぎょっとしたようにローアルを見る。大男も言葉には出さないが驚いたように目を見開く。


 ハランが青年の方を見る。


「――嘘は言ってないですね。本気みたいっす」


「……良いだろう。書面を」


 ハランの言葉に横に立つ大男が戸惑いながらも、近くの棚から羊皮紙を取り出して手渡す。


 それにサラサラと何やら書き記していくハランと、固唾をのんで見守る青年と大男。


 そして、書き終わった紙を三人で確認し終えた後、ローアルがそれを確認する。


 恐らく、ラクエに宛てた反乱軍側の条件が書き連ねてあるのだろう。


「アキヨ、読み上げましょうか?」


「ううん。大丈夫。……決闘は、いつ?」


「明日の昼です」


 こくんと頷いたアキヨに、ローアルが最後の確認とばかりにハランを見遣る。


「王都の闘技場でよろしいですか」


「ああ」


「では、血と魔力を」


 ローアルが自身の指を噛み千切り、血を紙に垂らすと、それをハランへ渡す。


 ハランも同様に指先を切って血判を押したと同時に、仄かな光が紙を包んだ。


 しかしそれもすぐに消え、ハランがそれを青年へ手渡す。


「最後の任務だ。直接確認してきてくれるか」


「……了解」


 承認を得るようにこちらを見る青年とハランに、ローアルが頷きアキヨを見遣る。


 これからこの書面をラクエの元に届けに行くのだと理解したアキヨも、一つ頷いた。


「では、行きますか」


 ローアルが微笑む。明日の昼が決戦と言うことは、今日中に決闘を申し込まないと間に合わない。


「今から行っても門前払いが関の山だろ」


 ハッと鼻で笑った青年は、あまり結果に期待していないようだ。


 しかし、ローアルは微笑んだまま首を傾げる。


「問題ありません。知り合いがいますので」


 あっさりそう言って、アキヨを抱き上げると青年を見る。


「では、道案内をお願いします。軍の詰め所まで」


 そうして、アキヨ達は再び影の中を移動して、お昼に出たばかりの詰め所に舞い戻ったのだった。






「あ?……お前たちは」


 詰め所の前で仁王立ちしていた兵士が、こちらに気付き目を見開く。それはそうだ。出て行ったばかりの元容疑者が自ら戻って来たら、驚くだろう。


 ローアルが彼に声をかける。


「すみません、反乱軍の方を連れてきたので、上司の方に繋いでもらえますか」


 ローアルの言葉を受けて、青年が帽子をヒョイッと上げてニヤリと笑う。


「どうも」



「――中へ」


 一気に険しい表情になった兵士が、硬い声で半身を引いた。




「ここで待っててくれ。変な真似すんなよ」


 昼間に取り調べを受けた部屋に通され、兵士が出て行く。


 その足音が遠退くのを待ってから、ローアルがチラリと青年を窺い見る。


「王城への行き方は把握していますか?」


「はっ、それも想定済みかよ。お察し通り、問題ないぜ。以前、仲間がわざと捕まって地理を探ってくれたからな」


 立ち上がった青年が、何やら呟き、途端に影に包まれた空間。


 ローアルに抱き上げられながら、首を傾げる。


「兵士さんを待たないの」


「軍の引継ぎには何かと時間がかかるものなので、結論が同じなら早い方が良いかと思いまして」


 苦笑しながらそう言うローアルも、元騎士団員として思う所があるらしい。



 歩き出した青年について行きながら、この機会に聞いておこうと口を開く。


「ローアル、血の契約って?」


「ああ、血の契約は魔力で結ぶ強力な誓いのことです。やり方は色々ありますが、今回は書面に自身の血と魔力を流すことで契約する形式です。結ばれた決まり事を破れば、自身の魔力を失うことになります」


「魔力を、失う?」


「はい、つまり死ぬと言うことです」


 ひゅっと喉が鳴る。固まるアキヨに、ローアルが安心させるように頭を撫でる。


「破らなければいいだけの話しです」


「……」


 なるほど。それは確かに、今回に関しては有効な手段と言えるだろう。ローアルがラクエに勝てば、反乱軍の要求は必ず呑まれると言う事なのだから。


 ……それもこれも全て、ラクエが了承すればの話だが。




「出るぞ」


 青年が短く言葉を発する。


 同時に影が薄れ、徐々に周りの景色を映し出していく。



 到着したのは、先程までの取調室ではなく、綺麗な大理石越しに街並みが見渡せる、城の吹き抜け廊下だった。



「こっちですね」


 さっと周りを確認して、ローアルが右側へ迷いなく進み始める。それについて行きながら、青年が怪訝な声を出す。


「おい、どこへ行くつもりだ?」


「話しを有利に、且つ速やかに終わらせるために必要な人材を揃えに」


 アキヨを抱き上げたまま、スタスタと結構な速さで進むローアルが、やがて辿り着いた部屋は、廊下の端にあった。


 ローアルが三回ノックし、返事を待たずにそのドアを開ける。



「うわっ、んだこの部屋。きったねぇな!」


 本と紙が散乱した、物で溢れ返った部屋。そしてその中央に陣取るソファー。


 そこは魔導師の部屋だった。



 ローアルが器用に床に散らばった物を避けて歩きながら、ソファーへ近寄り、その背の向こう側をヒョイッと覗き込む。


「起きてください、不屈の」


「んぁ、あ……?」


 呻き声のような、寝言のような声を上げながら、ソファーに寝転んでいた魔導師が顔を上げる。


 そして、その寝惚け眼を擦り、こちらをボンヤリと見上げて、


「……なんじゃぁ?戦かぁ?」


「違います。ラクエ殿に用があるので連れて行ってもらえますか」


 淡々と言うローアルの後ろで、ガッチリ固まった青年が呆然と呟く。


「う、嘘だろ。不屈の魔導師!?ほ、本物か!?」



「ったく、ふわぁあ~……。最近のガキは礼儀がなっとらん。我の睡眠を妨害した挙句、良いように使おうとするとは」


「ラクエ殿に決闘を申し込みに行きたいのです」


「――……何?」


 気乗りがせんの~と愚図る魔導師に、ローアルがニコリと微笑みながら言えば、ゴロゴロとソファーに転がっていた魔導師はガバリ、と一気に身を起こし、眠気など吹き飛んだと言うようにキラキラとその瞳を輝かせた。


「何じゃその面白い催しは!よし、行こう。今すぐ行こう。無理にでも実現させてやろう、任せとけっ!」


 バッとソファーの背を乗り越え、バサバサと紙や本を踏みつけながら、いち早く部屋を出て行こうとする魔導師に、ローアルが声をかける。


「シロエ殿と、ヨルシア殿もお呼びいただけますか。立ち会っていただいた方が一気に済むので」


「む?まあ、それは良いが、こちらが呼ばずともすでに一緒にいるじゃろ」


 事も無げにそう言った魔導師は、扉へと歩きながらサラッと言った。



「会議中じゃからの。皆、雁首揃えておるじゃろ」



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