店長のおまかせ茶
「二階の外席、いいでしょうか」
ローアルが微笑みながら言えば、女の子は満面の笑みで大きく頷いた。
「二名様、ご案内~!」
二階に人気はなく、テラス席もガランとしていた。
「お好きな席にどうぞ~」と言われて選んだのは、一番端のテーブル席。
「すみません、店長のおまかせ茶を二つ、お願いします」
席に着くと同時に、メニューを見ることなくそう注文したローアルに、女の子は少しだけ驚いた風に目を丸くさせたが、すぐに嬉しそうに瞳をキラキラさせた。
「誰かにおすすめされたの?」
「ええ。美味しいと評判を聞きまして」
「そうなんだ!叔父さんすごいなぁ。注文承りましたぁ!」
跳ねるように掛けていく少女の背中を見送った後、大通りから少し外れ、長閑な雰囲気の漂う眼下の街並みを眺めながら、ヨルシアとシロエから聞いた話を思い出す。
二階のテラス、右奥のテーブル席、店長のブレンド茶をオーダーすること。
時刻は夕方朱の刻。会えるかは五分五分。
もし、運良くタイミングが合えば――、仲介人は現れる。
しかし、今のところその姿は見えないようだ。
「まあ、気長に待ちましょう。いいお店ですね」
「……うん」
待つという提案にも、いいお店だと言う感想にも肯定を示し、アキヨはテラス席から見える景色をぼんやり眺めた。
「お待たせいたしました」
心地よく流れる沈黙を終わらせたのは、静かな深みのある声だった。
顔を向けると、エプロン姿の男性が、アキヨ達のテーブルにお茶を二つ置いたところだった。
無表情でセッティングをしていた男性だったが、不意にポツリと声を落とした。
「お前たち、何故この店に来た」
男性がゆっくりと顔を上げる。その瞳から感情は読み取れない。
「店長のおまかせ茶は品書きには書かれていない。誰かに聞かないと頼めない」
「では、愚問と言うやつでは?」
ローアルがずばっと言い切る。
アキヨは男性の方を見上げ、首を傾げた。
「あの、店長さん、ですか?」
「ああ、そうだ。トルネリアの店長兼――仲介人との橋渡し役を担っている」
「!」
と、言う事は、彼は席案内をしてくれた少女の叔父と言う事か。しかしそうなると、あの少女も、もしかしたら――。
「君たちは旅人らしいな。だから聞いているんだ。お前たちには動機などないだろう」
店長だと言う男性が、眉を顰めてローアルを見下ろす。
「そう言う貴方は、なぜ?」
「聞いているのはこちらだ」
「相手に訊く前に自分から話すのが筋かと」
お互いに核心的な単語は使わず会話を続けている。そんな二人を見守りながら、アキヨは思考を巡らしていた。
反乱軍の仲介人の橋渡し役――、つまりこの店長は反乱軍の一味と言う事になる。そうなると、自然とここの手伝いをしている少女や、彼女の親も反乱軍と関わりがあると考えるのが妥当だろう。
そんなアキヨの考えを読んだのか、店長がこちらをチラリと見る。
「姪とその両親はこの件には絡んでいない。俺がそうだとも知らん。まあ、弟は薄々勘付いているようだが」
「店長さんだけ……?なんで?」
「……友人が、戦争で死んだんだ」
暫くの沈黙の後、面倒になったのか諦めたように溜息を吐き、店長は徐に口を開いた。
「小国の兵士だった。数ヶ月前にルテニボンの植民地になった国の、な。若い男は軍の駒として徴収された。俺の友人もその内の一人で、数日前の戦争で無惨に死んだよ。俺は友人として何もしてやれなかった。だから、俺にとってこれは弔い合戦なんだ。もうあんな後悔はしたくない。ただそれだけさ」
陰った瞳で、湯気の立つお茶を見つめていた店長が、ふらりとローアルとアキヨに視線を移す。
「さあ、今度はお前らの番だ。なぜ、ここに来た」
ローアルがアキヨを見た。
アキヨは、店長の瞳を真っ直ぐ見つめ返し、ゆっくりと口を開く。
「同じ、です」
「なに?」
「店長さんは、友達を無惨に殺した国を変えたくて、ここにいる。私達も、この国を変えたいって人の、お手伝いでここにいるから」
――だから、貴方と同じ。
アキヨの言葉に、店長の目が微かに見開かれる。
「同じ、か」
「はい」
「――ふっ、確かに愚問だった。不躾に悪かったな」
吐息を零し、苦笑を浮かべた店長は、何事もなかったように伝票を裏返しに机に置くと、「ごゆっくり」と目礼して去って行った。
自然と詰めていた息をふぅと吐き出す。
「……店長さんが、仲介人かと思った」
「規模が思ったより大きいようですね。彼は中枢の者ではないのでしょう」
店長は反乱軍の中枢――所謂、幹部ではない。
アキヨ達に動機を問うた店長。亡くなった友人の事を話す彼の目は、暗く濁って見えた。そのことを思い出し、ゴクリと唾を呑む。
恐らく、反乱軍の中心にいる人達は、そんな店長よりもっと根深い恨み辛みを抱えていることだろう。
その人達が、果たしてアキヨ達の言葉に耳を傾けてくれるのか。
「アキヨ、今なら何事も無かったことにできますよ」
俯き、視線を机の上に固定していたアキヨの顔を上げたのは、優しく静かなローアルの声だった。
「アキヨは、どうしたいですか?」
凪いだローアルの瞳に、じわじわと侵食していた不安が晴れていくのを感じる。
「やれるだけ、やってみる。頼まれたから」
諦めることは簡単だ。店長が言っていた通り、アキヨ達には動機などない。他人事だと割り切ることだって難しくはない。
だけど、ここで放り出したら、自分はきっと変われない。そんな気がしていた。
「ローアル、付き合わせて――」
「謝罪なら受け取らないですからね」
ふいっと横を向いて見せるローアルに、ふっと息を吐き、微かに顔を傾ける。
「うん。付き合ってくれて、ありがとう」
「頼まれなくても、アキヨのためならいくらでも付き合いますよ」
へにゃりと笑みを浮かべ、そんなことを言うローアルにこちらも頬を緩める。
暖かな日差しが射しこむテラス席。穏やかに、時間は過ぎていく。
――そして、2時間後。
「相席、いいか」
声をかけてきた人物に、ゆっくりと視線を遣る。
そんなに背丈は大きくない。ラフなシャツとサロペット、吊り気味の猫目を隠すようにツバの大きい帽子を目深に被り、こちらを睨みつけるように睥睨している、見た目だけで言えばそこら辺にいる普通の青年。
「どうぞ」
アキヨ達が着いてから結局一人も来ることが無かったテラススペース。
空席だらけにも関わらず相席を求められ、一切の疑問を出さずに了承したローアルに、その青年がすっと目を細めて、しなやかな動作で向かいに座った。
そして、こちらを無遠慮に眺め回した後、開口一番言うことには。
「あんたら、俺らのアジトに乗り込できたっつー二人組みだろ」
ずばり、確信を持って言われて固まる。
そして、それに対して、
「ええ」
と、あっさり認めたローアルを二度見する。
これには青年も予想が外れたという風に目を丸くする。
「……随分あっさり認めんだな」
「認めて不都合なことはないので」
「ははっ、おもしろいな。お前」
ニヤリと笑った青年は、すぐに真顔に戻る。
「で?また俺らに接触して来るってことは、今度は兵士にでも金を握らされたか?」
どうやらアキヨ達が軍に捕まったことも知っているらしい。情報が早い。
しかも、スパイとして疑われているようだ。
「まあ、いいだろ。用件を聞こうか」
尊大な態度で顎を上げる青年。とりあえず、話しは聞いてもらえるようだ。
早速、ヨルシアから受け取った伝言を伝えようと、アキヨはギュッと手を握り締める。
「反乱を起こすのをやめてください」
「は?」
アキヨに交渉なんて土台無理な話しである。故の、あまりに直球なその言葉に、青年は一瞬唖然とした後、ぶっと吹き出した。
「ははっ!お前まじか?まじでそれで俺らを止められると思ってんの?」
「……」
「……ガチ、なのか?」
全く表情を動かすことのないアキヨに、青年は段々と真顔になっていく。
そしてわざとらしく、ハッと目を見開いてみせた。
「もしかして、お前、ただのバカか?」
「言葉には気を付けろ。切るぞ」
間髪入れずにローアルが冷え切った声で答える。
それに青年はさっとローアルの腰にある剣を一瞥し、眉を顰めて大きな溜息を吐く。
「片方は考えの足りないガキに、もう片方はすぐ暴力に走る狂犬か。お前らに未来を託したお姫さんも、いよいよ追い詰められてるっぽいな」
ハッと鼻で笑った青年に、内心驚く。まだヨルシアのことは言っていないのに。どうやら、こちらが誰の使いで来たのかまで把握されているようだ。
ひとまず、ヨルシアを弁護しようと否定を入れる。
「あ、違くて、ヨルシアさんは――」
ローアルが “英雄” だと知って、と続けようとして、すぐに「そう呼ばれるのは好きではない」とローアルが言っていたことを思い出し、言葉に詰まる。
しかし、それを引き継いだのは他の誰でもない、英雄本人だった。
「私がローアル・スクリムだから、ですね」
「……――はぁ?」
何言ってんだこいつ、と言う目で睥睨されても、ローアルはただ微笑むだけだ。
それに、段々青年が目を見開いていく。
「嘘をついてない?ほんとに……?」
「ええ」
しっかり一つ頷くローアル。青年は、戦意を削がれたように呆然と固まる。
ローアルはそんな彼を尻目にお茶を飲み、「美味しいですよ。アキヨも」とまるで意に介していない。
すっかり黙り込んでしまった青年と、マイペースにティータイムを楽しむローアルを見比べ、ひとまずこちらもお茶を一口飲む。
「あ、美味しい」
「折角ですしデザートも何か頼みますか?」
「おい、勝手に茶会を始めるな」
我に返ったらしい青年が、帽子をぐしゃっと潰し、「思い描いていた英雄像と違い過ぎるっ!」と呻いた後、じとっとした視線をこちらに寄越した。
「で、何でそのケダトイナの英雄様がこんなとこにいんだ」
「今はウユジの民でただの旅人ですよ」
「……じゃあ、あの噂は本当だったんだな」
「――噂?」
「そんなことより、彼女の提案にお答えいただいてないですよ。このまま成功確率の低い反乱を起こすのか、はたまたこの機会を活かすのか、仲介人の腕次第で結果は変わるのではないですか?」
アキヨの問い返しに青年が答えるよりも早く、口を開いたローアルは、圧を感じさせる声音で畳み掛けるようにそう言った。
その雰囲気に押されたように、青年は一瞬言葉に詰まったように見えたが、すぐに表情を取り繕い、ガタリと席から立った。
「いいだろう。そこまで言うなら頭に会わせてやる。だが最後に一つ、答えてもらう」
今までで一番険しい表情で、青年がこちらを睨みつけた。
「お前らは、反乱軍に害をなさないと誓えるか?」
――その質問は、あまり意味がないもののような気がした。
何故なら、口では何とでも言えるからだ。
戸惑いながらも首を縦に振りかけたアキヨの横で、ローアルが淡々と答えた。
「我が主を傷付けない限りは」
「あ、主?」
「彼女のことです」
すっと掌をこちらに向けて、満面の笑みでアキヨを見つめるローアルに、アキヨは首を竦めて小さくなった。
「……私もローアルも、反乱軍の敵じゃない、です」
アキヨの弱々しい言葉に、何とも言えない表情を浮かべた青年が、大きな溜息をついた。
「――……分かった。連れてってやる。影中転移で移動するぞ」
「駄目です」
「は?」
ぽかんと口を開く青年に、ローアルが眉を寄せた。
「暗闇の中を歩くことになるので、駄目です」
もしかして、「えいちゅうてんい」とは暗闇の中を移動する手段なのだろうか……?
ローアルはアキヨのトラウマを考慮し、その提案を却下したようだが、折角訪れた機会を無駄にはできないと、慌てて声を上げる。
「だ、大丈夫。それで行こう」
「しかし――」
「どっちにしろ、影中転移以外の方法は却下だ。これは譲れない」
頷いたアキヨを見て、青年は何やら小声で呟いた。
周りがゆらりと透明なカーテンに阻まれたように一瞬揺らぎ、辺りが真っ暗闇に包まれた。
ドクン、と心臓が鳴る。
「アキヨ!」
しかし、すぐにこちらを心配そうに見つめるローアルが見えて、ひどくほっとした。
よく見れば、前に青年もいる。周りは真っ暗なのに、二人の姿ははっきりと見えた。
「ここは影の中です」
「か、影?」
「闇魔術の一つで、魔陣以外で空間を越えて移動できる方法の一つです」
「普通に移動するより早いし、何より場所を特定されたくない時に使う。お前らが完全に味方とはまだ断言できねえからな」
青年はそれだけ言うと、さっさと前を向いて歩きだす。
「アキヨ、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫。こ、このままなら」
抱き上げられた状態で、ローアルの服をギュッと掴む。
そして暗闇の中でも不思議とよく見えるローアルの顔を見上げた。
「ろ、ローアルのこと、ずっと見てる。から、大丈夫」
「え」
ビシッとローアルが固まった。
微動だにしない彼に首を傾げる。
「……ローアル?」
「おい、ぼさっとしてんな。置いてくぞ」
青年の声が少し離れたところから響くように聞こえた。
ローアルはその声に促されるように、ひどくぎこちない動きで歩き出した。




