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薄幸少女と英雄騎士  作者: 小林あきら
第二章 抑圧の国
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店長のおまかせ茶



「二階の外席、いいでしょうか」


 ローアルが微笑みながら言えば、女の子は満面の笑みで大きく頷いた。


「二名様、ご案内~!」




 二階に人気はなく、テラス席もガランとしていた。


 「お好きな席にどうぞ~」と言われて選んだのは、一番端のテーブル席。



「すみません、店長のおまかせ茶を二つ、お願いします」


 席に着くと同時に、メニューを見ることなくそう注文したローアルに、女の子は少しだけ驚いた風に目を丸くさせたが、すぐに嬉しそうに瞳をキラキラさせた。


「誰かにおすすめされたの?」


「ええ。美味しいと評判を聞きまして」


「そうなんだ!叔父さんすごいなぁ。注文承りましたぁ!」


 跳ねるように掛けていく少女の背中を見送った後、大通りから少し外れ、長閑な雰囲気の漂う眼下の街並みを眺めながら、ヨルシアとシロエから聞いた話を思い出す。




 二階のテラス、右奥のテーブル席、店長のブレンド茶をオーダーすること。


 時刻は夕方朱の刻。会えるかは五分五分。


 もし、運良くタイミングが合えば――、仲介人は現れる。




 しかし、今のところその姿は見えないようだ。


「まあ、気長に待ちましょう。いいお店ですね」


「……うん」


 待つという提案にも、いいお店だと言う感想にも肯定を示し、アキヨはテラス席から見える景色をぼんやり眺めた。






「お待たせいたしました」



 心地よく流れる沈黙を終わらせたのは、静かな深みのある声だった。



 顔を向けると、エプロン姿の男性が、アキヨ達のテーブルにお茶を二つ置いたところだった。


 無表情でセッティングをしていた男性だったが、不意にポツリと声を落とした。


「お前たち、何故この店に来た」


 男性がゆっくりと顔を上げる。その瞳から感情は読み取れない。



「店長のおまかせ茶は品書き(メニュー)には書かれていない。誰かに聞かないと頼めない」


「では、愚問と言うやつでは?」


 ローアルがずばっと言い切る。


 アキヨは男性の方を見上げ、首を傾げた。


「あの、店長さん、ですか?」


「ああ、そうだ。トルネリ(ここ)アの店長兼――仲介人との橋渡し役を担っている」


「!」


 と、言う事は、彼は席案内をしてくれた少女の叔父と言う事か。しかしそうなると、あの少女も、もしかしたら――。



「君たちは旅人らしいな。だから聞いているんだ。お前たちには動機などないだろう」


 店長だと言う男性が、眉を顰めてローアルを見下ろす。



「そう言う貴方は、なぜ?」


「聞いているのはこちらだ」


「相手に訊く前に自分から話すのが筋かと」


 お互いに核心的な単語は使わず会話を続けている。そんな二人を見守りながら、アキヨは思考を巡らしていた。


 反乱軍の仲介人の橋渡し役――、つまりこの店長は反乱軍の一味と言う事になる。そうなると、自然とここの手伝いをしている少女や、彼女の親も反乱軍と関わりがあると考えるのが妥当だろう。


 そんなアキヨの考えを読んだのか、店長がこちらをチラリと見る。


「姪とその両親はこの件には絡んでいない。俺が()()だとも知らん。まあ、弟は薄々勘付いているようだが」


「店長さんだけ……?なんで?」




「……友人が、戦争で死んだんだ」


 暫くの沈黙の後、面倒になったのか諦めたように溜息を吐き、店長は徐に口を開いた。


「小国の兵士だった。数ヶ月前にルテニボンの植民地になった国の、な。若い男は軍の駒として徴収された。俺の友人もその内の一人で、数日前の戦争で無惨に死んだよ。俺は友人として何もしてやれなかった。だから、俺にとってこれは弔い合戦なんだ。もうあんな後悔はしたくない。ただそれだけさ」


 陰った瞳で、湯気の立つお茶を見つめていた店長が、ふらりとローアルとアキヨに視線を移す。


「さあ、今度はお前らの番だ。なぜ、ここに来た」


 ローアルがアキヨを見た。


 アキヨは、店長の瞳を真っ直ぐ見つめ返し、ゆっくりと口を開く。



「同じ、です」


「なに?」


「店長さんは、友達を無惨に殺した国を変えたくて、ここにいる。私達も、この国を変えたいって人の、お手伝いでここにいるから」


 ――だから、貴方と同じ。


 

 アキヨの言葉に、店長の目が微かに見開かれる。



「同じ、か」


「はい」



「――ふっ、確かに愚問だった。不躾に悪かったな」


 吐息を零し、苦笑を浮かべた店長は、何事もなかったように伝票を裏返しに机に置くと、「ごゆっくり」と目礼して去って行った。


 自然と詰めていた息をふぅと吐き出す。



「……店長さんが、仲介人かと思った」


「規模が思ったより大きいようですね。彼は中枢の者ではないのでしょう」


 店長は反乱軍の中枢――所謂、幹部ではない。


 アキヨ達に動機を問うた店長。亡くなった友人の事を話す彼の目は、暗く濁って見えた。そのことを思い出し、ゴクリと唾を呑む。


 恐らく、反乱軍の中心にいる人達は、そんな店長よりもっと根深い恨み辛みを抱えていることだろう。


 その人達が、果たしてアキヨ達の言葉に耳を傾けてくれるのか。



「アキヨ、今なら何事も無かったことにできますよ」


 俯き、視線を机の上に固定していたアキヨの顔を上げたのは、優しく静かなローアルの声だった。


「アキヨは、どうしたいですか?」


 凪いだローアルの瞳に、じわじわと侵食していた不安が晴れていくのを感じる。



「やれるだけ、やってみる。頼まれたから」


 諦めることは簡単だ。店長が言っていた通り、アキヨ達には動機などない。他人事だと割り切ることだって難しくはない。


 だけど、ここで放り出したら、自分はきっと変われない。そんな気がしていた。



「ローアル、付き合わせて――」


「謝罪なら受け取らないですからね」


 ふいっと横を向いて見せるローアルに、ふっと息を吐き、微かに顔を傾ける。



「うん。付き合ってくれて、ありがとう」


「頼まれなくても、アキヨのためならいくらでも付き合いますよ」


 へにゃりと笑みを浮かべ、そんなことを言うローアルにこちらも頬を緩める。




 暖かな日差しが射しこむテラス席。穏やかに、時間は過ぎていく。






 ――そして、2時間後。



「相席、いいか」


 声をかけてきた人物に、ゆっくりと視線を遣る。


 そんなに背丈は大きくない。ラフなシャツとサロペット、吊り気味の猫目を隠すようにツバの大きい帽子を目深に被り、こちらを睨みつけるように睥睨している、見た目だけで言えばそこら辺にいる普通の青年。


「どうぞ」


 アキヨ達が着いてから結局一人も来ることが無かったテラススペース。


 空席だらけにも関わらず相席を求められ、一切の疑問を出さずに了承したローアルに、その青年がすっと目を細めて、しなやかな動作で向かいに座った。


 そして、こちらを無遠慮に眺め回した後、開口一番言うことには。


「あんたら、俺らのアジトに乗り込できたっつー二人組みだろ」


 ずばり、確信を持って言われて固まる。



 そして、それに対して、


「ええ」


と、あっさり認めたローアルを二度見する。



 これには青年も予想が外れたという風に目を丸くする。


「……随分あっさり認めんだな」


「認めて不都合なことはないので」


「ははっ、おもしろいな。お前」


 ニヤリと笑った青年は、すぐに真顔に戻る。


「で?また俺らに接触して来るってことは、今度は兵士にでも金を握らされたか?」


 どうやらアキヨ達が軍に捕まったことも知っているらしい。情報が早い。


 しかも、スパイとして疑われているようだ。



「まあ、いいだろ。用件を聞こうか」


 尊大な態度で顎を上げる青年。とりあえず、話しは聞いてもらえるようだ。


 早速、ヨルシアから受け取った伝言を伝えようと、アキヨはギュッと手を握り締める。



「反乱を起こすのをやめてください」


「は?」



 アキヨに交渉なんて土台無理な話しである。故の、あまりに直球なその言葉に、青年は一瞬唖然とした後、ぶっと吹き出した。


「ははっ!お前まじか?まじでそれで俺らを止められると思ってんの?」


「……」


「……ガチ、なのか?」


 全く表情を動かすことのないアキヨに、青年は段々と真顔になっていく。


 そしてわざとらしく、ハッと目を見開いてみせた。


「もしかして、お前、ただのバカか?」


「言葉には気を付けろ。切るぞ」


 間髪入れずにローアルが冷え切った声で答える。


 それに青年はさっとローアルの腰にある剣を一瞥し、眉を顰めて大きな溜息を吐く。


「片方は考えの足りないガキに、もう片方はすぐ暴力に走る狂犬か。お前らに未来を託したお姫さんも、いよいよ追い詰められてるっぽいな」


 ハッと鼻で笑った青年に、内心驚く。まだヨルシアのことは言っていないのに。どうやら、こちらが誰の使いで来たのかまで把握されているようだ。


 ひとまず、ヨルシアを弁護しようと否定を入れる。


「あ、違くて、ヨルシアさんは――」


 ローアルが “英雄” だと知って、と続けようとして、すぐに「そう呼ばれるのは好きではない」とローアルが言っていたことを思い出し、言葉に詰まる。


 しかし、それを引き継いだのは他の誰でもない、英雄本人だった。


「私がローアル・スクリムだから、ですね」


「……――はぁ?」


 何言ってんだこいつ、と言う目で睥睨されても、ローアルはただ微笑むだけだ。


 それに、段々青年が目を見開いていく。


()()()()()()()?ほんとに……?」


「ええ」


 しっかり一つ頷くローアル。青年は、戦意を削がれたように呆然と固まる。


 ローアルはそんな彼を尻目にお茶を飲み、「美味しいですよ。アキヨも」とまるで意に介していない。


 すっかり黙り込んでしまった青年と、マイペースにティータイムを楽しむローアルを見比べ、ひとまずこちらもお茶を一口飲む。


「あ、美味しい」


「折角ですしデザートも何か頼みますか?」


「おい、勝手に茶会を始めるな」


 我に返ったらしい青年が、帽子をぐしゃっと潰し、「思い描いていた英雄像と違い過ぎるっ!」と呻いた後、じとっとした視線をこちらに寄越した。


「で、何でそのケダトイナの英雄様がこんなとこにいんだ」


「今はウユジの民でただの旅人ですよ」


「……じゃあ、あの噂は本当だったんだな」


「――噂?」


「そんなことより、彼女の提案にお答えいただいてないですよ。このまま成功確率の低い反乱を起こすのか、はたまたこの機会を活かすのか、仲介人の腕次第で結果は変わるのではないですか?」


 アキヨの問い返しに青年が答えるよりも早く、口を開いたローアルは、圧を感じさせる声音で畳み掛けるようにそう言った。


 その雰囲気に押されたように、青年は一瞬言葉に詰まったように見えたが、すぐに表情を取り繕い、ガタリと席から立った。


「いいだろう。そこまで言うなら頭に会わせてやる。だが最後に一つ、答えてもらう」


 今までで一番険しい表情で、青年がこちらを睨みつけた。


「お前らは、反乱軍に害をなさないと誓えるか?」



 ――その質問は、あまり意味がないもののような気がした。


 何故なら、口では何とでも言えるからだ。



 戸惑いながらも首を縦に振りかけたアキヨの横で、ローアルが淡々と答えた。


「我が主を傷付けない限りは」


「あ、主?」


「彼女のことです」


 すっと掌をこちらに向けて、満面の笑みでアキヨを見つめるローアルに、アキヨは首を竦めて小さくなった。


「……私もローアルも、反乱軍の敵じゃない、です」


 アキヨの弱々しい言葉に、何とも言えない表情を浮かべた青年が、大きな溜息をついた。


「――……分かった。連れてってやる。影中転移で移動するぞ」


「駄目です」


「は?」


 ぽかんと口を開く青年に、ローアルが眉を寄せた。


「暗闇の中を歩くことになるので、駄目です」


 もしかして、「えいちゅうてんい」とは暗闇の中を移動する手段なのだろうか……?


 ローアルはアキヨのトラウマを考慮し、その提案を却下したようだが、折角訪れた機会を無駄にはできないと、慌てて声を上げる。


「だ、大丈夫。それで行こう」


「しかし――」


「どっちにしろ、影中転移以外の方法は却下だ。これは譲れない」


 頷いたアキヨを見て、青年は何やら小声で呟いた。



 周りがゆらりと透明なカーテンに阻まれたように一瞬揺らぎ、辺りが真っ暗闇に包まれた。



 ドクン、と心臓が鳴る。


「アキヨ!」


 しかし、すぐにこちらを心配そうに見つめるローアルが見えて、ひどくほっとした。


 よく見れば、前に青年もいる。周りは真っ暗なのに、二人の姿ははっきりと見えた。


「ここは影の中です」


「か、影?」


「闇魔術の一つで、魔陣以外で空間を越えて移動できる方法の一つです」


「普通に移動するより早いし、何より場所を特定されたくない時に使う。お前らが完全に味方とはまだ断言できねえからな」


 青年はそれだけ言うと、さっさと前を向いて歩きだす。


「アキヨ、大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫。こ、このままなら」


 抱き上げられた状態で、ローアルの服をギュッと掴む。


 そして暗闇の中でも不思議とよく見えるローアルの顔を見上げた。


「ろ、ローアルのこと、ずっと見てる。から、大丈夫」


「え」


 ビシッとローアルが固まった。


 微動だにしない彼に首を傾げる。


「……ローアル?」


「おい、ぼさっとしてんな。置いてくぞ」


 青年の声が少し離れたところから響くように聞こえた。



 ローアルはその声に促されるように、ひどくぎこちない動きで歩き出した。



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