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薄幸少女と英雄騎士  作者: 小林あきら
第二章 抑圧の国
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抗う者



 ルテニボンは、戦によってその領地を急速に拡大した軍事国家だ。そして、その立役者であるラクエ・ギッシュに対して、国民の支持は厚い。


 しかし、一方で敵が多いこともまた事実である。



「現在、ルテニボンは三つの勢力に分裂しています」


 シロエが三本の指を立てて見せた。


「一つ目は、ラクエを支持する者。二つ目は中立を望む者。そして三つ目に、ラクエの支配から逃れたい者」


「支配?」


 アキヨが聞き返せば、それに答えたのはヨルシアだった。


「ラクエの方針は、基本的に武力による制圧です。反抗する者は容赦なく断罪します。圧倒的実力差でもって反抗する気持ちを失くさせる、それがラクエの常套手段です」


「何で反抗する人が、出て来るんですか」


 アキヨの質問に、シロエとヨルシアが顔を見合わせる。その表情はとても苦いものだった。


「この国の者にとって、国土が拡大することは少なからず良いことです。しかし、武力によって制圧され、ルテニボンに吸収された敗戦国の民たちは、もちろん恨むでしょう。我が国を、そしてラクエを」


「国土が拡大するにつれ、そうして恨みを持つ者たちも増える。そんな彼らが結束し、作り上げた組織が反乱軍です」


 反乱軍。アキヨ達が捕らわれることになった、いわば元凶だ。恐らく、あの娯楽施設のような場所にいた8人は、反乱軍の一員だったのだろう。



「このままでは、いずれ内乱が始まってしまいます。私達は、それを食い止めたいのです」


 シロエが真剣な顔で言えば、ヨルシアが悔しそうな表情で俯く。


「今日、本当は私が反乱軍の方と接触し、お話を伺う予定でした。しかし……」


「……過ぎたことは仕方ありません。反乱軍も今回のことで警戒が増しているはず。もう機会を持ってもらうことはできないでしょう。こうなったら、決戦日に食い止めるしか――」


「3日後の祝勝閲兵式(パレード)ね。仕掛けてくるならそこでしょう。ラクエが民衆の前に姿を現すその機会を、反乱軍が指を銜えて見ているわけないですもの」


「ええ、危険を伴いますが、他に方法はありません。何としても、反乱軍との衝突を阻止せねば」


 シロエが、険しい表情で空中を睨みつけながら、膝の上に置いた手をギュッと握り締める。




 自国を想う気持ちは、皆同じなのだと思う。


 ラクエは、武力で国土を拡大することを選んだ。


 反乱軍は、復讐を通して奪われた国を取り返そうとしているのだろう。


 そして、シロエとヨルシアもまた動き出そうしている。己の思い描く、より良い理想郷(くに)を築くために。




「話しが逸れてしまいましたね。申し訳ございません」


 一度目を閉じたヨルシアは、気持ちを切り替えるように手をギュッと握り締める。


「……実を言うと、私達は反乱軍が激化する前から、この国を変えようと結託していました。大きな課題は二つ。ラクエの過剰な武力制圧と、王侯貴族の腐敗です」


 ヨルシアが、すっと指を2本立てる。


「今の王侯貴族はお飾りです。ラクエが怖くて逆らえる者などおりません。本来であれば、ラクエの暴走を止めるように機能するべき我々が、今ではラクエを煽て媚びるだけ。まずは、そこから変えなければなりません。私は、そのために不屈の魔導師殿に師事しています」


「?」


「王侯貴族にとって、魔力の強さは時に身分差よりも重要視されます。私は運の良いことに、魔力量が王族の中で一番多いのです。これを自在に操れるようになれば、実力主義のラクエは必ず、戦力として私を取り入れようとするはずです。そうしてラクエに意見できる位置にまで登り詰め、王族の矜持にかけてラクエの暴走を止める。それが魔導師殿の弟子となった目的です」


「しかし、その計画の途中で、反乱軍が激化。彼等が近く動き出すと言う情報が入り、私と姫は早急に手を打ちました」


 すっと自分の胸元に手を当てて、シロエが口を開く。


「私は立場上、反乱軍と直接接触するのは難しかったため、姫に交渉を頼み、双方が納得できる折衷案を提示する予定でした。しかし――」


 その機会をアキヨ達が奪ってしまった。『精霊の悪戯』とやらによって。


「それが叶わなくなった今、反乱軍を止めるには――」


「そのことなのですが」


 ヨルシアが真っ直ぐこちらを見つめる。正確には、アキヨの上に視線がある。


「先程の会話からお察ししますに、もしや貴方様は、彼の英雄――ローアル・スクリム様ではありませんか?」


「姫、何を……?英雄がこんなところにいるわけ――」



「英雄と呼ばれるのは嫌いなのですが、アレを倒したのは確かに私ですね」


「えぇえっ!?」


 シロエがこれでもかと目を見開いて、素っ頓狂な声をあげる。


 そしてマジマジとローアルの姿を見つめる。


「あの炎毒竜を倒した人物と聞いたから、大男を想像していたが……」


 思わずと言った風に呟き、慌てて口を閉じる。相当驚いたようだ。


 対するヨルシアは、真剣な表情でローアルを見つめる。


「では、折り入ってお願いが……」


「お断りします」


 即答だった。一瞬、室内に沈黙が広がる。



 しかし、ヨルシアはめげずに、再度口を開く。


「あの、せめてお話だけでも――」


「面倒事は御免ですので」


 取り付く島もないとは、まさにこの事。



 仕方なく、即答を続けるローアルを見上げる。


「ローアル。私、お話聞きたい」


「……面白いお話ではないと思いますよ?」


「うん。でも聞きたい」


「分かりました。聞きましょう」


 あっさり態度を反転させたローアルに、二人は目を白黒とさせる。



「あ、あの……?」


「聞きます。お願いします」


 アキヨが頷いたのを確認して、持ち直したヨルシアが、再び表情を引き締めて提案することには。




「私たちの代わりに、反乱軍へ接触し、彼らがこちらに望む条件を聞きだしてきてはもらえませんか」




 ヨルシアの提案に、室内に緊張が走った。


 その提案は、普通に考えれば非常識なものだ。頼まれる側にメリットが無く、それに思いっきり他国の事情である。


 アキヨ達にはそこまでする義理もない。普通であれば頷くことなどない、そんな提案。


 シロエもヨルシアの提案に戸惑っているようだ。完全にヨルシアの独断らしい。


 しかしすぐに、それしか道が無いと思ったのか、険しい表情のままシロエが頭を下げる。


「私からも、身勝手な頼みとは分かっているが、お願いしたい」


 部屋に沈黙が訪れた。


 ローアルは無言のまま、我関せずと言った様子でアキヨの髪を弄んでいる。


 眉を下げてすっかり俯いてしまったヨルシアと、頭を下げたままのシロエの姿。その二人を順番に見つめ、アキヨは口を開いた。


「分かりました」


「で、ですわよね。あまりにも失礼で――……、ぇ、っい、今なんと?」


「行きます。反乱軍の所」


 答えてから見上げれば、優しく微笑むローアルと目が合い、一つ頷いてくれた。


 アキヨも頷き返して、唖然とした様子でこちらを凝視している二人に視線を戻す。



「それで、反乱軍の方とは、どうやって接触すれば?」













「お祭りが始まる前に釈放されて良かったですね」


 王都の大通りを歩きながら、ローアルが穏やかにそう言う。その凪いだチョコレート色の瞳を見つめ、アキヨは首を傾げる。


「自力で、脱出する方法、あったの?」


 聞きながら、恐らくあったのだろうと予想する。


 案の定、ローアルがパチリと綺麗にウィンクしてトントンと自分の首元を指し示す。


「チョーカー?」


「ヘルが、髪や目の色を変える以外にも機能があると言っていたのを覚えていますか?」


 確かに、そう言えばヘルの家を出る前に、チョーカーについて『いろいろあれから効果を付け足しておいた。使い方はアル坊から聞いてね』と言っていた気がする。


「その内の一つに、私達の姿を透明化する機能があるので、それを使えばあの部屋からは出れたでしょうね」


「透明」


 通りで、大人しく捕縛されたうえにあの余裕だったわけだ。


 魔導師やヨルシアの手助けが無くとも、脱出する算段はついていたということか。






 シロエが口添えをしてくれ、無事釈放されたアキヨ達は、反乱軍が密かに仲間を募るため、仲介人を街に配置していることを聞き、その一人と接触するべく、教えてもらったポイントに向かっていた。



 詰め所を出る時、不屈の魔導師が「またな」と子供のようにブンブン手を振っていたことを思い出し、そう言えばとローアルを見上げる。


「魔導師さんが言っていた、精霊の悪戯って……?」


「ああ、そうですね。折角ですから精霊について説明しましょうか」


 頷くローアルだったが、少しだけ困った風に眉を下げた。


「と、言っても精霊については分かっていることがとても少ないんです。この世界ができた時から存在していることは事実ですが、なにぶん実際に見えるモノではないので、ほぼ伝説のように語り継がれていて」


 日本でいう所の幽霊みたいなものだろうか。


 ふむと神妙に頷くアキヨが、神聖な存在とされる精霊を幽霊と同列に考えているとは露知らず、ローアルは言葉を選ぶように上空を眺める。


「定説としては、精霊はこの世界を構成するにおいて不可欠な “要素” の一つであると言われています。この世界には、空気のように魔力が漂っているのですが、その魔力が正しく流れるように調整しているのが精霊です」


「……?」


「そうですね。一言で言えば……、この世界が正しく回るように陰で調整してくれてる存在、それが精霊です」


 ゆっくりと首を傾げて、頭の上に「?」を並べるアキヨの様子に、思わずと言った風にフフッと笑って、ローアルは簡潔にまとめてくれた。


「それで、精霊に好かれやすい人というのもいまして、『精霊の愛し子』と呼ぶのですが、アキヨは恐らくソレかと」


「え」


 幽霊に囲まれる自分の姿を想像して、若干顔色が悪くなる。


 幽霊に憑かれやすい人、と言うことだろうか。


「魔力量が人によって異なるのも、一説には精霊が関与していると言われています。実際に、精霊に好かれやすい者は、使う魔術の威力が増したり、体が丈夫になったりと恩恵を得ることができるようです。他にも、『精霊の愛し子』が強く願えば、その願いに精霊が反応して共助してくれることもあるとか……。しかし、実際にその人が『精霊の愛し子』かは、見た目では判断できないため、魔術の才能がある者に冗談交じりや称賛の言葉として使われることが多いですね」


「でも、私は魔力が無いって……」


 それなのに、自分が精霊の愛し子だと言うのはおかしい話しではないだろうか。それに対して、ローアルも少し思案に耽る。


「もしかしたら、アキヨが異世界人だからかもしれないですね……。確かな事は分かりませんが、一つ言えるのは、精霊に好かれていることで、アキヨを喜ばせようと精霊が勝手に魔力を行使しているのかもしれないということです」


「精霊も魔術を使えるってこと?」


「人のように複雑な魔術は使えませんが、物を燃やす、水を生み出す、植物の成長を助けるなどの自然現象に近い事象なら可能です。実際に、そう言った現象を精霊が起こしたとされる事例は割とありまして、それを一般的に “精霊の悪戯” と呼んでいるんです」


 人間の意思に関係なく、精霊の気紛れで起こる現象。それが、精霊の悪戯――。


「思い返せば、ウユジであの女の魔陣が自動発動したのも、精霊の力だとしたら納得できます」


 ローアルがギュッと、繋いでいる手の力を籠める。




 ――そう言えばあの時、声が聞こえた。丁度この大通りを歩いている時だ。


 地面がキラキラ光っていて、その声に導かれるように歩いて、そして気付けば、あのウサギの噴水広場にいた。



 もしかして、あれが精霊……?本当に、心霊現象のようだ。



「不屈の魔導師が言っていたように、精霊の力を制御するのは不可能です。精霊は気紛れで、人間の言う事を聞くような存在ではないですから」


 困ったように溜息をつくローアルに、確かに困ったことになったと思考を巡らせる。


 先日のように魔陣を無秩序に発動されては、またいつどこで勝手に飛ばされるか分からない。それにその魔陣が転移だけとは限らない。別の効果を発動する魔陣の可能性もあるのだ。


 そして、アキヨの一番の懸念点はローアルの存在であった。


 また離れ離れになりでもしたら、今度は「手を繋ぐ」から「常時抱き上げて移動」になりそうで笑えない。


 あのウユジでの事件以降、必ず手を握られ、時に抱き上げられて移動してきた道中を思い出し、思わずため息が零れそうになる。ローアルに無用の心配をかけるわけにはいかない。



「魔陣を踏まないようにすることは……」


「残念ながら難しいですね。魔陣は性質上、目隠しの効果が付与されているものが多く、肉眼で見えないことがほとんどなので」


 なるほど。現状 “精霊の悪戯” 対策は難しそうだ。






 二人して浮かない顔で歩くこと、数分。



 大通りから一本外れてさらに少し横道にそれたところにある、可愛らしい雰囲気の小さな喫茶店。


 ここが、聞いていたポイントだった。


 魔導師の部屋で、その店の名前を聞いた時はまさか、とは思っていたが。




「いらっしゃ――……、あっ!」


 カランカランと涼しげな音と共に入店したアキヨ達を出迎えたのは、見知った顔だった。



「馬車にいたお姉ちゃん達!来てくれたんだ!!」


 その店の名前は『トルネリア』。


 満面の笑みで出迎えてくれたのは、王都に行くまでの道中、馬車で一緒だった女の子だった。



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