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薄幸少女と英雄騎士  作者: 小林あきら
第二章 抑圧の国
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不屈の魔導師



「あー。そんでお前さん達は、手違いであの場にいた、と?」


「ええ。その通りです」


 にっこり。ローアルが晴れやかな笑顔できっぱり肯定すれば、アキヨ達の取り調べをしていた軍人は、頭が痛いと言う風にガシガシと髪を掻き回した。




 あの後――。さすがに軍人に抵抗するのは体裁が悪いと思ったのかローアルも特に抵抗することなく、言われるままに詰め所へ移動したアキヨ達は、取調室へ通されて尋問を受けていた。



 しかし、担当している軍人に対してローアルが全く引かないため、先程から堂々巡りが続いていた。


「ちょっとまとめさせてくれ」


 頭の次に眉間を揉んでいた軍人が、掌をこちらに向けて待ったをかける。


 それに対してローアルは被疑者とは思えない余裕の笑みで、どうぞと言う様に首を傾げた。



「つまり、お前さんたちはウユジから来た旅人で、この王都へは祝勝閲兵式(パレード)を見たくて訪れ、たまたま入った路地裏の魔陣が、たまたま誤作動を起こして、それがたまたま反乱軍の根城に繋がっており、さらには我々の突入時刻とたまたま被ってしまったと、そう言う事か?」


「はい、仰る通りです」


「……はあ」


 ものすごい大きな溜息を吐いた軍人が、チラリと手元の二枚の紙を見下ろす。


「証拠は不十分だが……、矛盾はない。門で取った調書の情報とも合致する」


「ではもう戻ってもよろしいでしょうか」


「いや、完全に疑いが晴れるまで自由にするわけにはいかん。お前さんたちが反乱軍と全く関係ないという証拠が無い限りは、な」


「それは困りましたね」


 まるで困っていない声音で飄々と言うローアルを横目で見ながら、アキヨはただ黙っていた。


 軍人は、尋問されながらニコニコしているローアルの様子を胡散臭げに眺め、また特大の溜息を吐き、徐に立ち上がった。


「まあ、客室と言うわけにはいかないが、牢屋よりはマシな部屋を用意してやる。付いて来い」


 そう言われ案内されたのは、確かに牢屋ではないが、どことなくあの研究所の檻があった部屋を思い起こす、地下の薄暗い部屋だった。


 思わずギュッとローアルのマントを握れば、安心させるように背中を撫でられる。


「飯は運ばれてくる。出口には監視魔術が張られているから、抜け出そうなんて考えるなよ。精々大人しくしといてくれ」


 流れるようにそう説明した後、その軍人はさっさと部屋を出て行ってしまった。


 ガチャリと錠がかけられる音がする。足音が遠ざかるのを確認してから、ローアルは置いてあるパイプベッドに腰掛けて、自分の膝の上にアキヨを乗せると、小さな声で囁く。


「アキヨ、会話の内容に気を付けてください。恐らく、この部屋には盗聴用の魔陣が敷かれています」


「!」


 コクコクと頷くアキヨの頭を撫でたローアルは、次には普通の声音で話し始めた。


「それにしても災難でしたね」


「ごめんなさい……」


「なぜ謝るんですか?」


「私が変な道を選んだから……」


 しょぼんと頭を落とすアキヨに、ローアルは優しく微笑む。


「アキヨが知りたいと思い、見たいと思ったところに行く。それがこの旅の目的でもありますからね。ですから、アキヨが謝る必要はないし、その結果が悪い方へ転んだのだとしたら私の力不足です。こちらこそ、申し訳ないです」


 今度はローアルが落ち込んだように頭を下げてしまったので、アキヨは千切れんばかりに首を横に振る。


「ううん。ローアルは、たくさん守ってくれた。謝らないで」


「じゃあ、この話しはもう終わりにしましょう」


 にっこりと、途端に笑顔で話しを終わらせてしまったローアルに、アキヨは良いように転がされている感じがしながらも、小さく頷いた。


「そうだ、折角ですし、先程の絵に描かれていた魔導師についてのお話でもしましょうか」


 部屋の雰囲気に押されて不安げなアキヨの様子に気付いたのか、ローアルが穏やかな声音でそう言った。



 ローアルの言葉に、大通りで見た一枚絵を思い出す。『不屈の魔導師』と呼ばれていた女性の姿絵だ。



「以前、魔導師のお話はしましたね」


「うん。世界に6人だけいる、たくさん魔力を持った人のこと」


「素晴らしいです!アキヨは記憶力が良いですね」


 満面の笑みで頭を撫でられ、首を竦める。ローアルはいちいち大袈裟である。


「不屈の魔導師殿もその一人です。このルテニボンに住む魔導師で、とても好戦的な人です。一騎当千、百戦錬磨。この世で戦闘において彼女に敵う者はいないと言われています。ただしひどく気紛れで……、魔導師というのは総じてそう言った方が多いですが、彼女はその中でも――別格と言いますか」


「べっかく」


「有名な逸話ですと、戦に出た際に、一人で10万の兵を蹴散らし、あと一歩で勝利と言う所で、気分が変わったと戦を放置し帰ってしまったとか」


「……」


 なるほど。情緒がジェットコースターのような御仁らしい。ジェットコースター、乗ったことはないが。


「その不屈の魔導師さんと、どこで会ったの?」


 姿絵の前でローアルは彼女に会ったことがあると言っていた。気になって聞いてみると、何かを思い出すように苦い顔になった。


「前にもルテニボンに来たことがあると言いましたが、その時に――」


 その表情で、ヘル関連かと察する。


 盗聴されているこの部屋で、これ以上突っ込んだ話しをするのは不味いのかもしれない。頷いてその話しを終わらせる。


「そう言えば、あの時、テンシンの魔導師って言ってた」


 男が言っていた言葉を思い出して、ふと口にしてみればローアルがああ、と頷く。


「天真の魔導師、ですね。始まりの魔導師の一人であり、この世で一番有名な魔導師の名前でもあります」


「始まりの魔導師?」


「創世説話に出て来る『7人の魔導師』。彼等を一般的に “始まりの魔導師” って呼んでるんです」


 言われて思い出す。


 神が、この世界を創った時に、自身の代わりに世界を治めるようにと遣った存在。それが、『7人の魔導師』。その7人が、「始まりの魔導師」と呼ばれている、と。


「そして、その内の一人である、『魔獣の暴走』を精霊と共に収めた魔導師が『天真の魔導師』です」


「あの、テンシンとか、不屈とかって……」


「ああ!まだその説明がまだでしたね。前に魔導師は襲名制だと言ったお話は覚えていますか?」


「うん」


 確か、魔導師は寿命が近付くと、その後を継ぐ次の魔導師が生まれるため、一定数以上増えることはないのだと前に言っていた。その時に、襲名制で継いでいくのだという話しもしていた気がする。


「始まりの魔導師は『祝福』、『恭謙』、『不屈』、『中道』、『久遠』、『精励』、『天真』の称号をそれぞれ持っていました。そして現代まで、各魔導師が亡くなる前に、次なる素質を持つ者が生まれて称号を引き継いできたんです」


 ちなみに、とローアルが首元をするりと撫でて見せる。丁度、チョーカーの部分だ。


「魔道具作りで有名な、ケダトイナにいるとされている魔導師は『祝福の魔導師』と呼ばれています」


 ローアルがぱちりとウィンクする。ヘルの事だと察し、アキヨはコクコクと頷いた。


 祝福の魔導師は、ヘル。

 恭謙の魔導師は、ウユジの小人。

 不屈の魔導師は、ルテニボンの女戦士。


 と、そこでアキヨは首を傾げた。


「でも、一人足りない」


 確か、現存する魔導師は、6人という話しだったはずだ。それでは一つ、名前が余ってしまう。


 ローアルを見上げれば、「本当に記憶力が(以下略)」と頭を撫で回される。


「例外として『天真の魔導師』に限り、御伽噺に出て来る初代以後、後任は確認されておらず不在のまま、実質6人の魔導師が一時代に存在しているのが現状です」


「じゃあ、最初以外は、ずっと魔導師は6人だけ……?」


「そういうことです」


 出来の良い生徒を褒めるように、ローアルが微笑みながらアキヨの頭を撫でる。


「天真の魔導師は、女性であったと言われています。今世の不屈の魔導師殿も女性ですので、民衆からは天真の魔導師の再来などと言われているようです」


「女性の魔導師は、他にはいないの?」


「現在いる6人の中で女性は不屈の魔導師殿だけですね」


「そうなんだ」


 胸を張って真っ直ぐに立つ凛々しい女性の姿絵を思い出す。一度、会ってみたいものだ。


 そしてもし会えたら、聞いてみたい。戦場で生きてきたその目には、この世界がどのように映っているのか。



「あ、でも、今回の戦で活躍したのは、その不屈の魔導師さんじゃない……?」


 出店の男の言葉を思い出し、首を傾げるアキヨに、ローアルは頷く。


「ええ。この国を大国にまで広げた立役者――ラクエ・ギッシュ殿の力でしょう。ルテニボンは元々王制だったのですが、軍事国家に転じてからは、政事や軍事関連はラクエ殿が主権を握っているようです」


 日本と同じだ。元々帝国であった自分の故郷を思い出し、なるほどと頷く。


 しかし、ローアルが憂い顔でいることに気付き、首を傾げる。


「ローアル……?」


「ああ、すみません。実は、その元帥殿なのですが、何と言えば良いのか。少々――……」


 ローアルが言葉を濁しながらも何か言おうとした時だった。




 バタン、と唐突に扉が開かれた。驚いてそちらに顔を向ければ、人影が一つ。


 逆光で顔が見えないその人は、先程の軍人に比べてほっそりとしている上に、小さく見えた。




「おうおう、おるわおるわ。やはり我の勘は鈍っておらんかった!」




 スパンと通る快活な声が響き渡る。中性的なアルトボイス。


 続けて、ズカズカと部屋に踏み込んで来たその人物は迷いなく、アキヨ達の許へ近寄って来て、仁王立ちで立ちはだかった。


「アル坊、久しいな。挨拶がてら剣戯(チャンバラ)でもやるか?」


「無駄なことはしたくありません」


「わっはっは!!憎まれ口も変わらんな!結構結構!!」


 体全体を揺らしながら大口を開けて笑う目の前の人物に目を白黒させていれば、まるで驚いた様子のないローアルが溜息混じりに紹介してくれた。


「噂をすれば、ですね。アキヨ、彼女が不屈の魔導師殿です」


「……えっ!」


 アキヨにしては珍しい、大きな声が出た。



 その声に反応して、不屈の魔導師がチラリとこちらを見下ろす。


 きらりと輝く金色の瞳と、バッチリ目が合った。



「おっ、なんじゃ?この子猫は」


 途端にグイッとこちらに顔を近付ける彼女に、ピシッと固まるアキヨ。


 ローアルがアキヨごと身を引く。


「不躾に見ないでください」


「けち臭いな。別に減るわけでもあるまいに」


「減ります」


 真顔で即答するローアルをまじまじと見つめ、次の瞬間ニヤリと笑った不屈の魔導師は、喉を鳴らして笑ったかと思えば、すぐにその笑いは爆笑に変わった。


「ぶわっはははっ!!そうかそうか!減るか!!ふははっ、しばらく会わん間に()()()()ことになっとるようじゃなあ!」


 一頻り笑った後、不屈の魔導師は、踵を返しこちらを振り返った。


「兎にも角にも、移動するぞ。積もる話はそれからじゃ」


「特に積もっている話などありませんが」


「あるかないかなど些細な事よ。何よりも大事なのは、我が楽しいかどうか、じゃからなっ!」


 ふふんと鼻を鳴らし、不屈の魔導師が右手の指をパチンと鳴らすのと同時に、ローアルが諦めたように溜息を吐き出した。



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