表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薄幸少女と英雄騎士  作者: 小林あきら
第二章 抑圧の国
22/66

おいで、おいで



 宿を出てすぐ、ローアルがしっかりとアキヨの手を握り締める。馬車の中での話しがローアルの警戒心を上げたのか、いつもより握る力が強い気がした。


 アキヨは案の定と思いながらも抵抗することなく、大人しく手を引かれながら宿を出てルテニボンの街に降り立った。




 パレードがあると言う王都の大通りには、数々の屋台が立ち並び、目を楽しませる出し物がそこかしこに溢れている。


 射的に、吊り下げられたお菓子。そしてそれ等を売る店々を彩る、カラフルな灯り――。


 まさに、テレビで見たお祭りの風景そのままだ。



 キョロキョロと周りを見回しながら歩いていると、一角に風呂敷を広げ、雑貨を並べている露店が目に入った。


 そこには一枚の絵が置いてあった。戦場を導く女性の絵だ。


 殺伐とした戦場の中、まるで荒野に咲く一輪の花のように、麗しく凛とした表情で佇む女性。


「お、お嬢ちゃんお目が高いね」


 椅子に座って店番をしていた中年の男が、こちらに声をかけてきた。


「これは王宮画家が描いた一品でな。どうだ、『天真の魔導師』の再来と噂された『不屈の魔導師』殿の凛々しく美しいお姿を、これほど精巧に表した姿絵はないだろう!」


「テンシン……不屈の……?」


 首を傾げるアキヨに、店頭の男がなぜかうんうんと頷く。


「お嬢ちゃん他所の国から来たのか?不屈の魔導師殿の姿絵を見るのは初めてかい?」


「……はい」


「だったら驚くのも無理はない。我が国を勝利に導いた不屈の魔導師殿を屈強な男と思っている者は多いが、実際は清廉な女性と言うのはこの国の民なら皆知っていることだぜ。俺も遠目に一度見たことがあるが、あの特別凛々しい雰囲気、忘れようにも忘れられねえなあ。まさに、戦場の女神ってな」


 うっとりした様子でそう語る男を横目に、ローアルを見上げる。


「ローアルは見たことある?」


「はい。しかし、不屈の魔導師は気分屋と言う話しも有名です。今回の戦はどちらかと言うと、ラクエ・ギッシュ殿の活躍が大きいのでは?」


 後半、そう訊ねたローアルに、男は肩を竦めて見せた。


「まあな、ご明察通り今回の戦に魔導師殿は参加されていない。全て我らが元帥殿のご活躍故さ」


 その言い方が、誇ると言うよりも自嘲気味な響きであったことに疑問を持ったが、アキヨ達に買う気が無いことを悟ったらしい男は、すっかりこちらに愛想をつかしてしまったようで、それ以降口を開くことはなかった。




 雑貨屋を離れて、隣りを歩くローアルを見上げる。


「前にルテニボンへ来た時に、魔導師さん、見たの?」


「ええ、ヘルに誘拐――ヘルと一緒に来た時に」


 今、誘拐と言わなかったか。


 パチパチと瞬きをするアキヨに、ローアルが苦笑した。


「昔から、ヘルの()()()に付き合わされることが多くて……。その時も、魔術の実験だと言われて触れた魔陣が、ここへ転移する転移陣だったんです」


 当時のことを思い出したのか、溜息を吐いたローアルが遠い目をした。


「ヘルは観光気分だったようですが、当時のルテニボンは他国民の受け入れを拒否していたので、完全に密入国になってしまって、色々と大変な目に遭いました」


「そ、そうなんだ。……あ、その時に、さっきの宿屋にも?」


「そういうことです」






 その後もしばらく観光を楽しみつつ、時々話しかけてくる出店の人から情報を仕入れる。



 彼等から聞いた話によると、どうやら、祭りは明日かららしい。こんなに賑やかなのに、まだ始まってすらいないとは驚きだ。


 今日はいわゆる前夜祭。どうやら明日から3日にかけて祭りが行われ、その最終日に祝勝パレードがあり、戦で活躍した兵士たちが大通りを行進するそうだ。


「戦士の方々に花を投げるのが通例なんだけど、そこにあやかって、好きな子に花をあげる子も多いのよ。貴女も気になってる子にどう?」


 花屋の女の人がウィンクしながらアキヨに話しかけて来る。


「では一輪いただいてもよろしいでしょうか」


「え!あらあらあら!!」


 アキヨをターゲットにしていた女性は、隣りのフードを目深に被った長身の男がまさかそう言いだすとは思わなかったようで、目を見開いてから、口に手を当てて満面の笑みを浮かべる。


 ローアルは並ぶ花たちをじっくり見てから、一輪の花を選び取って、代金を女性に渡す。


 その白い花はボタンのような、小さな花びらがフワフワと集まった可憐な花だった。


「まあまあ!夜行花ですね!と、言うことはお兄さんは渡す相手が決まっているのね」


 女性の言葉に答えることなく微笑みを返し、ローアルは買った花をそのままアキヨの髪に挿した。


「「え」」


 アキヨと、なぜか女性の声が重なった。


 ローアルはアキヨを見下ろして機嫌が良さそうにニコニコと微笑んでいる。


「とってもよく似合ってますよ。アキヨはどんな色でも似合いますが、白い色がよく映えますね」


「あ、ありがとう」


 花をくれたことにとりあえずお礼を言うも、まさか自分に渡されるとは思っておらず、しどろもどろになってしまう。


 周りからの視線に、何だか居た堪れない気持ちになり、くいっとフードを目深に被り直した。






 通りを歩きながら、この異世界に来なければ恐らく自分は一生祭りというものを経験することはなかったのかもしれないと、ボンヤリ思う。



 ――婚約者と初めて会うはずだった、あの日。


 転移する直前の記憶は朧気だが、きっと自分はあの時、交通事故に遭ったのだ。


 もし、もしあの時。交通事故が起きることなく、婚約者と会って祖父の願うまま結婚して、ヘルにもローアルにも会うことなく、地球でずっと過ごしていたとしたら――、自分は毎日何を感じ、何を思って生きていただろう……。




 そんなことを考えながら、何とはなしに、ゆらりと横道へと顔を向ける。


「?」


 パチパチと瞬きをする。



 視界に入ったのは少し薄暗い、入り組んだ細道だった。どこにでもあるような裏道だ。


 でも、何だろう。キラキラと地面が光ってる気がする。


 その光に惹かれるように、アキヨは無意識にそちらへ足先を変えていた。




「アキヨ?」


 急に方向転換したアキヨに、ローアルが不思議そうに声を上げるが、腕を引けば特に抵抗することなく付いて来る。




 耳元で、誰かが囁いた気がした。


 ――おいで、おいでアキヨ。コッチに面白いモノがあるよ。




 まるで迷路のように入り組んだ道を右へ左へと進む。時に階段を上がったり下がったりしながらも、迷いなく進むアキヨに、ローアルが眉を寄せる。


「アキヨ、待ってください」


 しばらく進んで、少しだけ開けた場所に出て来た時、ローアルが前だけを見つめて進むアキヨの手を引いて立ち止まらせる。



 少し薄暗い、ちょっとした広場のような場所。人気はない。ウサギの形をした小さな噴水があって、水をちょろちょろと吐き出している。


 その前で、ローアルがアキヨの顔を両手で上にあげた。


「アキヨ、私を見てください」


「……」


 視界に揺らめく紅茶色が映る。



 これはローアルの瞳。ヘルの魔道具で色が変わっていて――。


「あ、あれ」


 ハッと我に返る。辺りを見回したアキヨは、不思議そうに首を傾げた。



「ローアル……、ここは?」



 その言葉を聞いた瞬間、ローアルが急にアキヨを抱き上げて、踵を返した。


「え」

「っ」


 いきなり抱き上げられたことに驚いて声を上げたアキヨと、ローアルが地面を見て息を呑んだのは同時だった。



 突然ローアルの足元に浮かんだのは、確かに魔陣の紋様で――。


 あっという間に光が辺りを包み込み、やがて消える。



 残ったのは元通りの静寂だけ。その場から、二人の姿は跡形もなく消え去っていた。













 アキヨは途方に暮れていた。


「手違い?」


 その場は完全に一人に支配されていた。






 転移した影響か、どうも焦点が定まらず視界がぼんやりするなと思っている間に、ローアルはアキヨを抱えたまま、その “部屋” にいた人物の首元に剣を突きつけていた。


 まさに言葉の通り、「あっと言う間」の出来事だった。



 アキヨがその場の把握ができたのは、そうしてローアルが人質を確保した後のことであった。


 恐る恐る周りを見回してみれば、そこはどうやら建物の中のようで、窓が無いところを見るとどこかの地下室のようだった。


 大きな吹き抜けの一室で、娯楽施設なのか、ビリヤードやボードゲームらしき遊具が所々に設置してある。


 そして、その中の一つである大きな丸テーブルを囲むように、複数の人影が腰掛けていた。全部で8人。突然現れたアキヨ達を見て、一様に目をこれでもかと見開いて唖然としていた。


 そしてその一瞬の間に、ローアルがその内の一人に剣を突き付けたというわけだ。




「王都の裏通りにある噴水広場の魔陣が発動してここへ飛ばされた。故意か事故か答えろ」


 素人の自分にも分かるほどの殺気を滲ませ、ローアルが氷のような冷たい声で静かに問うた。


 その雰囲気に押され、誰も口を開けず石のように固まってしまっている。



 いち早く我に返ったアキヨが、ひとまずローアルの腕から降りようと身動きをすると、その微かな音に相手も我に返ったようだ。


「こ、子供?」


「軍の奴等じゃねえ、のか……?」


「貴様らなにもーーっ!!」


「無駄口を利くな。さっさと答えろ。事故か、故意か」


 ローアルが剣を少し引いて、人質の首の薄皮を数枚切った。血の流れる感触に、切られた当人が声にならない悲鳴を上げ、食って掛かろうとした数人も悔しげに動きを止める。



「……事故だ」


 一番右端に座る黒ずくめの男が、徐にそう言った。


 はっと息を呑む音がして、皆の視線が一気にテーブルの端へと集まる。


 ローアルも、ゆっくりとそちらへ視線を動かす。


「事故?」


「ああ、恐らく手違いだ」


「手違い?」


 男の言葉を復唱するローアルが、不意にふっと口元を緩めた。同時に殺気がブワリと増した。


「それで?手違いでここへ来てしまった我々はどうなる?返答次第ではコレを切る」


 グイッとさらに剣を押し付けるローアル。


 引き攣った悲鳴が上がり、一気に張り詰める空気。



 まさに一触即発な状況の中、


「やめて」


 そっとその腕を押さえる者がいた。


「血が出てる」


「……恐らく、奴らは真っ当な人間ではありません。同情は無用です」


「それでも、まだ私達は何もされてない。魔陣も、事故だって言ってた。だから、やめて」


 しばしの沈黙の後、ローアルがゆっくりと剣を下ろした。


 その様子にデジャヴを感じて密かに溜息をつきながら、ローアルの腕を押さえた人物――アキヨは、運悪く人質になってしまった青年へ顔を向ける。


「あの、首、大丈夫、ですか?」


「あ、え、……え?」


「……気にかける必要ないのに」


 ギュッとアキヨを自分の方へ抱え直し、その肩に顎を乗せてボソリとローアルが呟く。


 その言葉を聞かなかったことにして、アキヨはぐるりとこちらを見る8人を見回した。


「ごめんなさい、突然来てしまって。あの、ここはどこ、ですか」


 それに答えたのは、やはり全身黒ずくめの男だった。


「それは言えない。あんた達が踏んだのは確かに転移魔陣だが、時間と使用者は条件指定していた、はずだ。……恐らく誤作動を起こしてしまったのだろう。すまない」


「いえ……」


「重ねて悪いが、この場所を特定されるわけにはいかない。出口までは同じく魔陣で転送させてもらう」


 言葉と同時に男が立ち上がる。細身の、背が高い男だ。猫背を伸ばしたら、ローアルと同じくらいあるかもしれない。


 男の髪と瞳は黒に近い藍色で、口元には大きな傷跡があった。


 他の者はこちらを警戒したまま、男に口出しする様子はない。もしかしてこの黒ずくめの男がリーダー的な立ち位置なのだろうか。



 こちらへ近付いて来ようとする男から距離を取るように、ローアルが足を引く。


「その必要はない。転移魔陣であればこちらで用意できる」


「なに?あんた、魔術士なのか」


「魔術士ではないが、魔術は使える」


「ちっ、お貴族様かよ!」


 ざわりと空気が揺れ、一気に殺気立つ彼らに戸惑う。




 ――――その時だった。


 俄に扉の方が騒がしくなり、数秒後。




「大変だっ、軍にこの場所がバレたぞ!!」


 バタバタと駆け込んできた一人の言葉に、その場が騒然となる。



「貴様等っ!やはり軍の者だったのか!!」


「この場所をバラしたな!殺してやるっ!!」



「……待て。今はここを離れることが先決だ。それに恐らくそいつ等はこの国の者じゃない」


 チラリと読めない瞳でこちらを見た黒ずくめの男――アキヨは心の中でリーダーと呼ぶことにした――が、ローアルの剣を見つめ、やがて視線を反らした。


「放っといていい。時間が惜しい。出るぞ」


 リーダーの言葉に、口を噤んだ男たちがこちらをチラチラ見ながらも、統率された動きでテキパキと支度をして、ものの数秒であっという間にいなくなってしまった。




 まるで嵐のようだったと、静かになった部屋の中で呆然としているアキヨを抱え直し、剣を収めたローアルが口を開く。


「さて、私達もここから急いで出ましょう。今の会話から察するに、このままここにいると厄介なことに――」


「動くなっ!!」


「――なってしまいましたね」


 次から次に……と、溜息混じりに呟くローアルが振り向いた先には、厳しい顔で剣を構える軍服を着た人達。




 混乱極まると、人間は案外冷静になれるらしい。



 ――いや、これは冷静というより、


「投げやり?」



 どうにでもなれってこういう感情なのかなと、アキヨは投げやりにそう思った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ