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薄幸少女と英雄騎士  作者: 小林あきら
第二章 抑圧の国
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ルテニボン帝国



「なあ、あの噂マジだと思うか?」


「あの噂?」


「ああ、ケダトイナの英雄が騎士団辞めたって噂だろ」


「あー、あれか。どうせデマだろ」


「ま、本当だったら普通隠そうとするよなあ。こっちまで情報漏れてんのはおかしいか」




「そう言うことだ、納得したんなら駄弁ってないで仕事しろ」


 女のように噂話で盛り上がっている部下達に溜息を吐き、後ろから声をかければ慌てたように敬礼を返される。


「た、隊長っ!も、申し訳ございませんっ!!」


「たるんでるぞ。戦が一区切り付いたからと言って、国内警備で手を抜いて良い理由にはならんだろ。気ぃ引き締めろ」


「はっ!猛省いたします!」


「分かったんならいい、さっさと持ち場に戻れ」


 追い払う様に手を振れば、もう一度敬礼をして部下達は去って行った。その後ろ姿を見つめ、また溜息をつく。



 ……ま、休みが無けりゃあ、気も緩むわな。






 軍事国家、ルテニボン帝国。


 中央大陸でそこそこの領土を誇ってはいたものの、ここまで大きく成長したのは最近だ。


 そしてそれは偏に、一人の男が成した偉業だった。



 最早お飾りと成り果てた王族貴族の代わりにその全権を握り、圧倒的な強さから、孤児でありながら軍の元帥にまで上り詰め、あっという間に近隣諸国を手中に収めたその男は、この国の英雄と称えられてもおかしくない存在だった。


「戦闘狂じゃなければ、な」


 この国の立役者――ラクエ・ギッシュは、一言で言えば悦楽主義者であり、さらに付け加えるなら荒事大好きの狂戦士であった。


 戦場であれば心強いが、人としては関わり合いたくない。そんな気質故、ラクエが戦績を上げれば上げる程、国内外から恐れられ、ラクエが台頭した当初反発していた者達も、弾圧と抑制の末に姿を消した。


「と、思ってたんだが」


 チラリと、目線だけを後ろへ遣る。



 尾行されている。気配は二つ。


 危害を加えて来る様子がないのを鑑みるに、恐らく最近活発化している反乱組織の連中だ。


 奴等は街中で騒ぎを起こすようなことはしない。尾行の目的は不明だが、いきなり襲ってくることはないだろう。


「はあ……。面倒臭えなあ。外では戦、中では内乱、か」


 これだから若えのは。現実が見れなくて困る。


 いくら不満があろうと、反発するだけ無駄なのだ。全て抑え込まれる。あの戦闘狂に勝てる者など、居やしないのだから。




 そこで、ふと先程の部下達の会話を思い出す。



 ――もしかしたら、あの炎毒竜を一撃で倒したという件の英雄であれば、或いは。



 いや、子供でもあるまいに。栓のない虚しい妄想に、思わず苦笑が漏れる。


 実際、両者が対峙することなどあり得ない。


 ラクエと言えど、戦闘狂以前に統治者だ。東大陸一の大国であるケダトイナと戦を起こす気はないだろう。


 故に、ケダトイナにいると言う件の英雄と相まみえることもない。


「……それにしても、その英雄騎士っつーのはどんな奴なんだろうなあ」


 少なくとも、うちの元帥のようにイカれた奴じゃないと思いたい。


 最近凝り気味の首と肩をゴリゴリ回しながら、今日何度目かの溜息を吐きだした。






 中央大陸一の軍事国家、ルテニボン帝国。


 彼の大国は、大きな戦争を勝利で終えた一方で、内部反乱組織の活動激化という新たな問題を抱えていた。


 しかしそれは近隣諸国には漏れ出ることのない情報で、その日ルテニボンへ入国したアキヨはもちろん、ローアルでさえその事実を知ることはなかった。













「紋章を拝見いたします」


 ルテニボン入国審査所にて、アキヨが掌に浮かぶ紋章を見せると、門番は一つ頷いて、次に一枚の石板の上に掌を置くように指示される。


 丸石がいくつか埋め込まれた石板だ。言われた通りにその上に掌を置くと、はめ込まれた石が一瞬だけ光を放ち、そして消えた。


 ローアルも同様の行為をして、無事入国審査所を通過する。



「今の、魔術?」


「ええ、紋章を読み込む魔道具です。紋章にはその人の情報が全て埋め込まれていますから、それを取り込んで保存しておくんです。いざと言う時のために、ね」


 含みを持たせた言い方に首を傾げつつ、指紋を取るようなものか、と納得する。






 ルテニボンに入る前――ウユジから再び船で移動していた時に、ローアルが紋章について事前に教えてくれていた。


「『恭謙の魔導師』殿の所で入れた紋章は、入国審査の時に門番に見せるので、今のうちにそのやり方を教えておきますね」


 船の中で食事をしている際、ローアルが思い出したようにそう言った。


 そう言えばと掌を確認するが、紋様は無くなっていた。


「紋章は一人一人違うので、同じ紋章を持つ者は存在しません。浮かび上がらせる時は、魔力を流します。見ててください」


 そう言って差し出されたローアルの左手。何も描かれていなかったそこに、唐突に紋章が現れた。月を見上げる狼の模様だ。


「これが私の紋章です。アキヨも、一度やってみましょうか」


「どうやって?」


「自分の紋章を頭の中に思い浮かべてください。そして掌にそれが浮かぶように念じれば出てくるはずです」


 言われて、とりあえずやってみる。


 すると、案外あっさりと紋章を浮かび上がらせることができた。


「さすがアキヨ!入国審査所で見せてくださいって言われたら今のように紋章を浮かび上がらせてくださいね」


 そう言うわけで、アキヨ達は難無く入国審査所を抜け、ルテニボンへ入国を果たしたのだ。






 亜人の国へ行くには、ルテニボンの王都近くの港から、船を使って島へ渡らなければならない。


 なので、まずは王都を目指しましょうかと提案したローアルに、もちろんアキヨが否を唱えることはなく、二人は早速馬車を拾い、真っ直ぐ王都を目指していた。




 乗合馬車の中には、アキヨ達の他に3人の同乗者がいた。


「あなた達、旅人さん?閲兵式(パレード)を見に行くの?」


 アキヨの真向かいに座る少女が、興味津々と言う風に訊ねてきた。それを、右隣りに座る女の人が窘めるように止める。


「いきなりそんな風に聞くもんじゃありません。すみませんねぇ、田舎者なもので、礼儀も何もなってなくて……」


 愛想笑いを浮かべる女の人の言葉に、慌てて首を横に振る。


 フードを被っているのでこちらの表情は見えないだろうが、それでも気にしないで欲しいと言う意図は伝わったようだ。少女の母親らしい女の人は、ホッとした様子で微笑んだ。


「私たちも王都へ行く途中なんですよ。祝勝閲兵式(パレード)がありますでしょう?夫の兄が王都で喫茶店を開いておりまして、繁忙期だからと家族3人で手伝いに行くんです」


 そう言って、目線で隣に座る少女と、さらにその奥に座る男の人を見遣る。どうやら、少女の左隣に座っていた男は父親であったらしい。


 無言で目礼され、こちらも頭を下げる。


「『トルネリア』という喫茶店なんですが、もしお時間があれば寄って行ってくださいね」


 ちゃっかり宣伝する女の人に一つ頷き、こちらも口を開く。


「あの、祝勝パレードって……?」


 アキヨの疑問に、女の人も少女も目を丸くした。


「あら、ご存知なかったですか。こちらに着いたばかりで?」


「あのねあのね!大きな戦争で、私達の国が勝ったんだよ!だから王都でお祝いするの!お祭りだよ!」


 嬉しそうに少女が弾んだ声を上げる。それをまた女の人が窘めながら、頬に手を当てた。


「ただ、少し心配なこともあるのよね……」


 敬語が外れた、半ば独り言のような言葉に反応したのは、それまで黙っていたローアルだった。


「心配なこと、とは?」


 突然声を発したマント姿の男に、女の人が一瞬驚いたように目を瞬かせる。


 しかし、すぐに内緒話をするように声量を落として囁くように言った。


「ただの噂だと思うのだけれど、ええ。この国は戦争で勝ち続けて大きくなったものですから、それを良く思わない方々もいるでしょう?ですから……」


「おい」


 横から、低く鋭い声が割り込む。 黙り込んでいた男が、女の人の方を睨むように見ている。


 それにピタリと女の人が口を噤み、取り繕うように微笑んだ。


「いやだわ、旅の方を不安にさせるようなことを、私ったら。ごめんなさいね。本当にただの噂ってだけですから、お気になさらないでください」


 母親と父親の重々しい空気に何かを察したのか、少女も大人しく外の景色を見るだけで口を挟まない。


「いえ、こちらこそ」


 ローアルが短く答え、それっきり沈黙が馬車の中を支配する。



 女の人が言う「心配なこと」が何だったのかは分からなかったが、王都に着いたら即刻ローアルに手を繋がれるのだろうという未来は何となく予想でき、アキヨは人知れず小さな溜息を零したのだった。






 到着した王都は、祝勝パレードと言うだけあって、町中の至る所に飾り付けが施され、忙しなく人が行き来していた。


 馬車で道中一緒だった家族と別れた後、アキヨはローアルに手をしっかり握られ、ウユジとはまた違った活気で溢れる街をゆっくり移動する。



 右を見ても、左を見ても皆喜びに溢れた笑顔を浮かべ、浮足立っているようだ。その独特な雰囲気に、思わずローアルの手を強く握る。


「アキヨ?どうかしましたか」


「……初めて」


「え?」


 戸惑ったようにこちらを見下ろすローアルを、勢いよく見上げる。


「私、お祭り初めて」


 これが、お祭りの雰囲気。どことなくワクワクする、そんな気分。


 これは最近知った、“楽しい” という感覚。


 だけどそれよりもっと、何だろう。ドキドキする感じ。



 ローアルと繋いでいない手で、胸元をギュッと握る。心臓が煩い。体温が上がるけど、嫌な感覚じゃない。


「アキヨ……」


 ローアルが、とても嬉しそうに微笑む。


「では、宿を取ってから、ゆっくり見て回りましょうか」


「うんっ」


 ローアルは慣れた様子で人ごみを縫って歩き、一つの宿屋へ入って行った。まるですでに決めていたようにその歩みには迷いがなかった。



 その宿屋は、街中の小さな珈琲店と言った様相で、レンガ造りの可愛い門構えを潜って中に入れば、老眼鏡をかけたお婆さんがゆったりと出迎えてくれた。


「あら、いらっしゃい」


「すみません、2人部屋は空いていますか」


「ええ。一部屋ですね。それにしても、以前もご利用いただいたのかしら。うちが宿屋だと知っているなんて」


「一度だけ。だいぶ前ですが、良くして頂いた記憶がありますから、覚えていました」


「あらあら、それは御贔屓に」


 お婆さんに案内された部屋は、壁際にベッドが二つ置いてある、日当たりの良い部屋だった。


「この部屋は窓からパレードも良く見えると思うわ」


「ありがとうございます」


 お礼を言うローアルに合わせて頭を下げると、お婆さんは朗らかに笑って「良い時間を」と言い残して下へ降りて行った。


 ベッドの間にある窓を覗いてみると、確かに丁度大通りが見下ろせる位置だった。行き交う人も良く見える。


「あ」


「どうかしましたか?」


 窓の外を眺めたまま声を漏らせば、ローアルが不思議そうな表情で横に立つ。そしてアキヨと同じように窓の外を見遣る。


「あれ」


 アキヨが指差した先に目を凝らし、すぐに言いたいことに気付いたようだ。



 眼下に広がる大きな通りには人がパラパラと見られる。


 町人のような格好の者から、貴族のように身なりの良い者、また軍服を着ている者や、自分たちと同様、マントを被った旅人のような者も見える。



 そんな人混みの中、帽子にラフなシャツとサロペット姿で通りを歩く一人の青年。その挙動が、何だか怪しい。


 人を縫うように歩いているが、妙にその距離が近い。ぶつかるすれすれだ。


 近寄られた人は怪訝そうに身を引くが、すぐに祭りの雰囲気に気を取られて明るい表情に戻る。



「あの人……」


「ええ、引ったくりですね」


 さらりとローアルが認める。


 あまりに軽い調子で言われたので、その先の言葉が続かず口を閉じる。



 気付いたは良いものの、今から下に降り大通りまで出て、としている間に引ったくりがいなくなっている可能性の方が高い。


 だからと言って、ぼんやりとその様子を眺めているのも良心が痛んだ。



 オロオロするアキヨを宥めるようにローアルが頭を撫でてきた。


「ああいう輩はどこにでもいますよ。気にしていたらキリがないですからね」


 含めた言い方に顔を上げれば、ローアルがにっこりと、とても良い笑顔でこちらを見下ろしていた。



 満面の笑みなんだけど、何だろう。圧を感じる気がする。




 無言の交渉の後、視線を窓の外へ遣った時には、引ったくりの姿は視界から消えてしまっていた。



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