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薄幸少女と英雄騎士  作者: 小林あきら
第一章 自由の国
20/66

ウユジの民は自由を謳う



 砂煙と自我(エゴ)に塗れた薄汚れた裏町。それがビゾンの故郷だった。




 幼い頃から感じていた。自分は不幸だと。


 表町の人間から無下に扱われ、裏町の荒くれ者に蹴飛ばされ、家に帰れば食べることもままならない貧しい生活。


 父親が借金を作って家を出て行ってから、女手一つで自分を育ててくれた母親には感謝している。しかし、ビゾンは遣る瀬ない思いをずっと抱えていた。




 羨ましかった。表町で好きな物を食べ、好きな物を買い、自由を謳歌している人達が。


 はっきりと隔てられた、表町(あちら)裏町(こちら)の境界線。


 自分は決して “向こう側” の人間にはなれないのだと、毎日表町の喧騒を遠目に眺めては、現実の不平等さに打ちのめされた。




 母親は、育ち盛りの息子二人を抱えていたため、寝る間も惜しんで働いていた。


 実際、ビゾンは母親が寝ている姿を見たことはなかった。朝早く起きて炊事洗濯をし、ビゾン達が起きたと同時に家を出る。そして夕方帰って来て家事をこなし、また家を出て行く。


 母親が帰って来るのは、決まってビゾン達が寝た後だった。


 ビゾンも、そんな母親の助けになりたくて、10歳になった頃から働きに出るようになった。



 父親が家を出たのもこの頃だ。弟が生まれてすぐの事だった。


 途方に暮れる母親を見ていられず、家を飛び出したあの日、裏町を牛耳っている闇組織の一員と偶々出会ったビゾンは、その人から聞いた「大金を稼げる」という話しに一も二もなく飛びついた。


 今思えば、世間知らずなガキを釣って、危ない仕事を押し付けようとする魂胆丸見えの取引だったわけだが、10歳の少年にそんなことが分かるはずもなく、ビゾンはこうして闇組織の一員となった。






 仕事は大変だった。ウユジの端から端まで駆け回り、指示された内容を言われた通りにこなす。


 なぜこんなことをするのかと問えば殴られた。それ以来、仕事の内容について詮索するのはやめた。


 ウユジの特殊な倫理観が根っから植え付けられているビゾンにとって、犯罪行為に対する抵抗感は無いに等しく、例え自身がその一端を担おうとも、お金が得られれば、別に何でも構わなかった。




 困窮した生活を考えれば、貰えるのは微々たるお金であったが、それでもビゾンは家族のために稼ぎ続けた。


 年数が経つにつれ、さらに危ない仕事を任されるようになったが、その分貰えるお金も多かったため、ビゾンは我が身を顧みずに身を粉にして働いた。



 そんなある日、仕事を終えて家に帰って来たビゾンを、やけに興奮した様子のヤソンが出迎えた。


「兄貴、聞いてっ!俺、今日英雄に会ったんだ!」


 支離滅裂な弟の話しをまとめると、ウユジに逃げ込んだケダトイナの犯罪者を追って、彼の英雄騎士が裏町まで乗り込んできたらしい。その際、たまたまその場に居合わせたヤソンを人質にとった犯罪者は、そのまま逃走しようとしたが、英雄騎士がそれは鮮やかな手腕でヤソンを救出し、犯罪者を仕留めたそうだ。


「こう、がっ!ってやって、バンッどっバシュッて!!」


 目をキラキラさせながら、身振り手振りと効果音だけでその時の様子を再現するヤソンを、玄関口に突っ立ちながら見つめていたビゾンは、


「人質って……、だからあれほど裏路地には入るなって――」


と、口先では兄らしく苦言を呈しながら、久し振りに見る弟の年相応なはしゃぎ様に、内心ひどく狼狽していた。




 ヤソンには幼い頃から我慢ばかりさせていた。


 貧しい生活面ではもちろん、一緒に過ごしてやれる時間すらほとんど無く、小さい頃はヤソンも子供らしくごねたり我が儘を言ったりしてたが、いつしかそれも言わなくなっていた。


 それに気づきながらも、毎日くたくたになるまで働いていたビゾンは、年々笑顔の裏に本音を隠すようになったヤソンの気遣いに甘えて、ずるずると現状を維持してしまっていた。




 それが、今日のヤソンはどうだ。まるで幼い子供のように、今日あった事を嬉々としてビゾンに報告している。


 そう、これは別に特筆すべき事でもない、ありきたりな団らん風景。


 しかし、そんな当たり前であるはずの光景を最後に見たのは、いつだっただろうか。



 頭を金槌で殴られたような、強い衝撃を受けた。



 ヤソンは今まで、疲れた様子で帰って来る家族に気を遣い、寂しい気持ちも悲しい思いも話すことなく、全て一人で抱えこんできたのだという事実。そして、そんな弟の様子に気付きつつ、見て見ぬ振りをしてきた自分。


 ビゾンは、己の愚かさに愕然とした。




「あ、兄貴?どうしたんだよ、どっか痛いのか?」


 気付いたら、心配そうにヤソンがビゾンの顔を覗き込んでいた。


 自分と弟の間にポタポタと落ちる雫。気付けばビゾンは泣いていた。



「っごめん……!ごめんなぁ……っ!!」


「う、うわあ!なんだよいきなり!あ、兄貴?」


 その場に崩れ落ちて慟哭するビゾンに、ヤソンはおろおろとその背に手を当て、必死に兄の涙を止めようとした。そんなヤソンの姿に、更に涙を流すビゾン。


 結局、ヤソンの腹が鳴るまで、ビゾンの号泣は止まらなかった。






 それからビゾンはどんなに疲れていても、ヤソンと団らんの時間を持つようになった。


 仕事から帰って来るのは、いつもヤソンの就寝時間近くだ。丁度寝る準備を始めていたヤソンと共に横になり、寝る前に少し話をする。


 最初は「早く寝ろよ」と遠慮していたヤソンも、段々と色々話しをしてくれるようになった。それを聞きながら、やはり日々寂しい思いをさせてしまっていたのだと、申し訳ない気持ちが湧いて来る。


 楽しそうに今日あった事を報告してくれるヤソンを見つめながら、自分は弟の未来のために何ができるだろうかと毎夜考えるようになった。




 ヤソンは、英雄騎士との出会いが相当衝撃的なものだったのか、どこからか彼の噂を仕入れてきてはビゾンに語って聞かせた。


 そのため、英雄騎士がヤソンにとって憧れの人であることは、もちろんビゾンも知っていた。




 しかし、まさか。騎士になりたいと言い出すとは、さすがに思わなかったが。



 きっと、英雄に会ったと言うあの日から、密かにその思いは抱えていたのだろう。しかし、現実的に厳しいことは幼いヤソンにも分かっていたに違いない。


 そうでなくとも、自身の思いを胸の内に秘めることに慣れてしまっていた彼の事だ。誰にも言うつもりなどなかったのかもしれない。




 しかしある日、いつものように寝る前に他愛のない話しをしていた時のこと。


「今日さ、面白い話し聞いたんだ」


「なんだ?」


「ウユジに魔導師がいるって話し」


「ああ、それは俺も聞いたことがある。が、デマだな」


「えー、そうなの?」


「だいたいウユジに魔導師が住んでたら、この国はもっと良い国になってんだろ」


「どういうこと?」


「魔導師っつーのは大抵住んでる国に利益をもたらす存在なんだよ。現に、『祝福の魔導師』はケダトイナで最新鋭の魔道具を開発してその専売を国に許しているし、ルテニボンの『不屈の魔導師』だってその圧倒的な戦闘力で戦争に貢献しているって話しだし、『中道の魔導師』にいたってはイセレイ国の防御の要って有名だしな」


「ふーん。そっかあ。なんだ、折角英雄の話しが聞けると思ったのに……」


「また英雄絡みか」


「だって、英雄は色んな魔導師と知り合いだって聞いたから!もしウユジにもいたらって思ったんだけどなあ」


「お前、いつも思ってるけどその情報一体どっから仕入れてくんだよ……」


「いろんなところからだよ!……あーあ、もう一回会いたいなあ。またウユジに来てくんないかな、英雄騎士」


 ふとそこで、ヤソンが思い立ったように聞いて来た。


「騎士ってどうやってなるんだろ」


 知識習得の一環として何となく聞いてみた、と言った具合に放たれた質問。


 英雄騎士に憧れているのなら当然とも言える疑問。



 しかしビゾンは、そこに含まれた微かな緊張を敏感に感じ取っていた。


 こちらの反応を窺うような、探るような気配。それに気付きながら、ビゾンは何食わぬ顔で返答した。


「国によって色々だと思うが……。ケダトイナだったら、騎士学校ってのに通うと聞いたことがあるな」


「学校?」


「ああ。後は年に一回開かれる武闘大会で優勝したら、騎士見習いになれるっていう話しだ」


「へー!平民でも?」


「武闘大会はケダトイナ国民であれば誰でも参加可能らしい。学校の方はお金もかかるし貴族もいるとは思うが、平民も同じだけいると思うぞ」


「そっか……」


 そう呟いたきり口を閉じたヤソン。暫くして、ビゾンは静かに聞いた。


「騎士になりたいのか?」


「!」


 バッとこちらを見たヤソンは、口をパクパクさせて赤くなった顔で百面相をしていたが、やがて一言。


「――……うん」


 消えそうなほど小さな声で、肯定した。


「そうか……」


 一間の狭い家の中に沈黙が訪れる。


 お互いに寝てしまったのかと思うくらいには時が経った頃、ポツリとヤソンが声を落とした。


「無理だって、言わないの?」


 ビゾンは寝返りを打ってヤソンの方を向く。ヤソンはビゾンに背を向けるように寝ていた。その背に向かって、ビゾンは徐に口を開く。


「夢を持つのは自由だ。それは表町も裏町も関係ない」


「……そっか」


「ああ。だからお前が騎士になりたいっていう夢を持つのも、お前の自由だ」


「そっか」


 それっきり、その日はお互いに口を開くことはなかった。






 しかしこの日から、ヤソンは騎士になりたいと言う夢を口にするようになったし、ビゾンはそんな弟の夢を叶えてやるという目標を密かに持ち、更に仕事を増やすようになった。


 そしてそんな矢先だった。母親が病で倒れたのは。



 ビゾンの稼ぎが増えていると言っても、税金も何もないウユジでは、代わりに医療への補助金も出なかった。治療費は全額当人が負担するしかない。


 そして母親の治療費を出すには、とてもじゃないが国内だけの稼ぎでは足りなかった。


 ビゾンは真っ先に仕事場に行き、莫大な金が要ることを告げた。どんな危険な仕事でも良い。やらせてくれ、と。


 そしてその願いは叶えられた。行き先は奇しくも、弟がずっと行きたがっていたケダトイナ。その魔術研究所と呼ばれる場所に「被験体」を運ぶ仕事。報酬はこれまでの単価の10倍の額だった。


 こうして、ビゾンはケダトイナへ出稼ぎに出た。病気の母親と、幼い弟を置いて。







 雇い主は貴族だった。通りで金払いがいいわけだ。身分は「伯爵」。国の法を掻い潜り、亜人や異形な生き物などを集めている収集家らしい。


 ビゾンが任されたのは雇い主の屋敷にその「収集品」を運んだり、時に運び出したりする仕事だった。今までやって来た仕事に比べれば、非常に楽な仕事だった。これで大金がもらえるなら安いもんだと思う。


 「収集品」はほとんどが人だった。だいたいは奴隷市場で仕入れ、荷馬車で屋敷に運ぶ。しかし数日後には決まって「返品」されるため、今度はソレを森の奥深くに建っている魔術研究所へ運ぶ。この繰り返し。


 幼い頃から染み込んでいた掟を守り、ビゾンはその「収集品」が屋敷の中でどのような扱いを受けているのかや、魔術研究所に送り込んだ彼等が「被験体」と呼ばれている理由などは決して詮索しようとしなかった。



 しかし、一人だけ。ビゾンが気になった人物がいた。


 それは数月前に奴隷市場で買われ、ビゾンが操る馬車に詰め込まれた黒髪黒目の少女のことだった。


 暴れるでもなく震えることもなく、まるで人形のように従順に馬車に乗ったその少女は、いつも漏れなく数日で返品される他の「収集品」とは異なり、1年経っても再び馬車に乗ることはなかった。


 あまりに奇異な見た目であったため、ビゾンはその少女の事が記憶に残っていたのだ。




 結局、少女が返品されたのはそれからさらに1年後だった。


 久し振りに目にした少女は痩せこけ、いたるところに傷や痣を作り、伸びきったざんばらの髪が、土気色の顔を隠すように覆っていた。


 あまりの変わり様に、今まで考えないようにしていた仕事への罪悪感が、じわりと心を侵食するのを感じた。



 魔術研究所の関係者であるらしい眼鏡の男がいつものように「出してください」とビゾンに声をかけた。それに従い、馬へ鞭を打つ。


 しかし何だか、いつもより気分が重い。早く仕事を終わらせたいと、ビゾンは急くように馬を走らせた。



 魔術研究所に着き、二人が降りるのを確認してすぐに踵を返す。まるで逃げるようにその場を後にした。これ以上あの少女を見ていたら、何だかポキリと心が折れてしまいそうな気がしたからだ。




 それからは、大して変わらない日々の往復だった。


 お金も順調に貯まり、正直治療費としては申し分ない金額になっていた。


 しかし、ビゾンは欲が出ていた。このまま後数日だけこの仕事を続ければ、ヤソンの夢のための資金も稼げるかもしれない。そう思ったのだ。



 しかし、それが良くなかったのか。ある日、雇い主の家に騎士団が押し掛けた。



 ビゾンはその日、いつものように商品を受け取りに行き――、そこで取り押さえられる雇い主の姿を目撃した。すんでのところで踵を返し、すぐに荷物をまとめ、とんずらしようとウユジ行きの船に乗ろうとしたが、次に出るのは数日後だと言う。仕方なく仮宿を転々としながら、「伯爵」の関係者を洗い出しているらしい騎士団から、足取りをくらませて過ごした。



 やっとウユジ行きの船に乗れた日は、ビゾンの暗澹たる思いとは裏腹に、心地よい晴天だった。


 久し振りに日の下を歩いた反動か、揺れる船体と眩む視界に足元がふらつき、近くに立っていた二人組に持っていた飲み物を引っ掛けそうになると言う事故もあったが、何とかケダトイナから脱することができた。そのことに安心し、肝心なことを忘れていたことに気付いたのは、ウユジに着いた後だった。




 金はある。しかし肝心の医者がいない。


 当初の予定ではケダトイナから出張してくれる医者を連れてくる予定だった。ウユジの医者で裏町の人間を診てくれる者は稀で、いたとしても足元を見た高額な医療費をせびる奴ばかりだったからだ。


 お金だけあっても仕方がないと心の底から思ったのは、これが初めてだった。




 しかし、嘆いていても仕方がない。ダメもとで表町の医者に掛け合ってみるかと重い足を動かし、1日かけて端から端まで回ってみるが、やはりと言うべきか、どこも取り合ってもらえない。


 だからと言って、裏町の医者に頼むのは論外だ。あそこには闇医者しかいない。


 途方に暮れていたビゾンだったが、翌日には諦めて、とりあえず裏町の家に帰ることにした。




 しかし、天はビゾンに味方した。茫然自失となる彼に声をかける者がいたのだ。


「あら、貴方……」


 若い女の声だった。


 振り返ると、真っ赤な髪と目をした白衣姿の女がこちらを怪訝そうに眺めていた。


 初めて見る女だ。しかし向こうはビゾンの事を知っているらしい。


 フイッと人差し指をこちらに向け、女は淡々と言った。


「伯爵様に雇われていた御者でしょう?」


「!?」


 ビクリと肩が震え、咄嗟に警戒の色を濃くする。どこかで見られていたのだろうか。まずい。犯罪の片棒を担いでいた自覚のあるビゾンは、ウユジに戻ってきたとは言え、ケダトイナでの悪事を知られるのはかなり良くない状況と言えた。


 しかし警戒するこちらの様子を面倒そうに一瞥した女は、ヒラヒラと手を振る。


「あー、違うの。勘違いさせてしまったのならごめんなさい。貴方を糾弾するつもりは全く無いわ。私も同じようなものだもの」


「……どういう意味だ?」


「分からないならそれで良いわ。とにかくお互い不干渉で行きましょうってこと。貴方は伯爵の御者ではなくウユジの民。私は研究員ではなく流れの薬師。それで良いのよ」


「待て。薬師だと?」


 慌てて去ろうとする女を呼び止め、男はゴクリと唾を飲みこんだ。


「お願いだ、病気の母がいるんだ。助けてくれないか」













「ただいま」


「――!兄貴!?……と、誰?」


 飛びつくように出迎えてくれた弟が、ビゾンの後ろに立つ女を見て首を傾げた。



 久し振りに再会した弟は、母親と同様、少し痩せたように見えた。かなり心労をかけてしまったようだ。


 申し訳なく思いながらも、今はただ家族の再会を喜ぼうと笑みを浮かべる。


「医者だ。ケダトイナから連れて来た」


「ケダトイナから!?」


「私の身の上話は良いから、早く患者を見せなさいな」


 母親の容態を見てテキパキと薬を用意した女は、一晩付きっ切りで治療をしてくれた。


 腰を落ち着かせる間もなく、女の指示通りにお湯やら調合やらをしている内に夜は明けていた。




 翌日、穏やかな寝息を立てる母親の様子を眺めて、女は立ち上がった。


「もう大丈夫でしょう。後は自己回復力に頼るしかないわね」


「その、本当にありがとう。助かった」


 素直に頭を下げるこちらを、なぜか驚いたように見遣った女は、一瞬幼い子供の様な表情でポカンとしてから、ふいと顔を背けた。


「別に、大したことはしてないわ。薬は幾つか置いて行くから、一月ほどは飲み続けなさい」


 そう言ってビゾンに調合方法を教えると、さっさとその場から消えてしまった。


 しかしこれで母親はもう大丈夫だ。一時は己の身も危ぶまれたが、何とかこうして丸く収まったことにほっとする。


 と、そこでヤソンの姿が見えないことに気付いた。昨晩までは大人しく母親の横で忙しく立ち回るこちらの様子を眺めていたのに、何時からいなかったのだろう。


 帰って来るまで待っていても良かったのだが、一段落ついたところで少し外の空気を吸いたい気分になり、ヤソンを探すついでに気分転換でもしようと、ビゾンは家を出た。






 果たして、ヤソンはなぜか船で出会った二人組と一緒にいた。ビゾンが危うく飲み物をかけてしまいそうになった二人だ。頭から足元まですっぽり覆い隠す服装で姿形は分からないが、声と身長から、片方は20代くらいの男、片方は10代前後の少女であることは分かった。




 彼等は随分不思議な存在だった。何と言うか、ひどく()()()()なのだ。


 身なりは良さそうなのに、貴族どころか庶民ですら知っている常識を知らない少女。そしてそんな彼女を守る様に張り付いている背の高い男。



 少女はビゾンから見れば、明らかに “向こう側” の人間だった。


 こんな場所に来たのも、お貴族様の気紛れな偽善事業。そんな動機だろうと思っていたビゾンだったが、すぐに違うことに気付いた。



『裏町の人は、私に似てるけど、似てなかった』


『ヤソンには、愛してくれる人がいるんだね』


『私、友達って初めて』


 会話の中に滲む、これまでの少女の境遇。


 少女にとっては、裏町に住む自分達でさえも “向こう側” の人間なのだ。



『結果は分からないけど、やってみなきゃ、どっちにしろ分からないから。やらないより、やってみた方が良い』


『ヤソンは、騎士になれるよ』



 それなのに、少女の言葉には卑屈さが無かった。真っ直ぐに純粋に、裏のない言葉を話す。



 特に、少女と別れ際に話した会話が、ビゾンの中に深く刻まれていた。



『貴方には、夢がある?』


『俺は……、家族が幸せでいてくれることが一番だと思ってる』


『しあわせ』


『ああ、二人が笑ってくれてれば、それでいい』


『じゃあ、もう叶ってるね』



 もう叶っている。


 何気なく言っただけなのかもしれない。しかしビゾンは、その見知らぬ少女のたった一言で、今までの苦労の全てが報われた気がした。


 そして同時に思った。



 自分は不幸だとずっと思って来た。しかし、それは間違いだった。


 愛する家族がいて、それを守ると言う夢を立派に果たすことができる自分。それを「幸せ」と呼ばずして何と言うのだろう。






「いつの間にか、俺も裏町の生き方に呑まれちまってたのかもな」


「なに、兄貴?なんか言った?」


 二人の去って行った方角を見ていた弟が、怪訝そうにこちらを見上げる。


 その頭をぐりぐりと撫でまわしながら、ビゾンは晴れやかな気持ちで笑った。



「何でもねえよ。あーあ、転職しねえとな」


「え、兄貴今の仕事辞めるの?」


「ああ、足を洗うよ。真っ当な職に就く」


 そうしてあと少しお金を稼いで、弟の夢を叶えてやるんだ。


 ビゾンの夢はもう叶っている。なら、今度は弟の夢を応援してやらなければ。






 我々はウユジの民。


 自由を謳う国の民として、これからはその名に恥じぬ生き方をしていこう。



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