表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薄幸少女と英雄騎士  作者: 小林あきら
第一章 自由の国
15/66

裏町の住人



 翌日、朝ご飯を宿で食べた後、身分証の作成へは夕刻に向かうことになったのでそれまでの間、ローアルと一緒に市場へ来ていた。昨日とはまた違う港の市場である。




 まだ昼前なのに、通りは多くの人で賑わっていた。


 いろんな服装、いろんな色の髪、いろんな品々で溢れ返った港町。


 昨日も思ったが、とても明るく楽しい雰囲気が印象的な国だ。行きかう人が皆笑顔なこともそれを肯定させる。


 亜人も人間も、関係なく笑い合い、明るい声音が飛び交い、港に見える船がひっきりなしに入れ替わる。



「そこのお嬢ちゃん!今若い女の子に人気のプレ入り蒸しパンだよ!お一ついかが?」


「さあさあ今日入った珍魚、安く売るよー!早い者勝ちだあ!」


「占いに興味ない?恋愛、お金、人間関係……。なんでも見てあげるわよ」


「お兄さんお兄さん!可愛らしい女の子連れて買い物かい?その子に似合う装飾品、選んでいかないかい?」


 通りを歩けばひっきりなしに声をかけられる。


 ただ圧倒されるしかないアキヨの手を握りながら、会釈をしたり、時には「これはおいしいですよ。食べてみますか?」と買ってくれたりするローアル。


 特に、ホッタ鳥の串焼きはとても美味しかった。



「食べ歩き、初めて」


 街の雰囲気に酔ったように高揚する心。弾んだ声でそう呟くと、少しだけ手を握る力が強くなり、ローアルの優しい声が落ちてくる。


「食べたいものや見たいものがあったら、遠慮なく言ってくださいね」


「うん。ありがとう」


 しばらく通りを歩いていると、後ろが不意に騒がしくなる。


 首を傾げながら振り返ると、小さな男の子とエプロン姿の恰幅の良い男が何やら言い争っているのが見えた。



「母ちゃんが病気なんだ!」


 一生懸命叫ぶ男の子を、男が突き飛ばす。


「金がねえ奴に物は売れねえ」


「金ならあるっつってんだろ!」


「はっ、足りねえよ。出直してきな」


 もう相手をする気がないのかクルリと背を向けた男を、睨みつける少年。


 棒のような細い手足に、赤茶色の髪はぼさぼさ。明らかに貧しい出で立ちの男の子を、皆遠目に見遣る。



「やだねえ、こんな “表町” の近くで騒ぎを起こすなんて」


「“裏町” で大人しくしていればいいものを」


 ひそひそと周りで囁かれる会話。


 俯いて肩を震わせていた男の子は、不意にクルリと向きを変えると、走ってどこかに行ってしまった。


 そちらをじっと見ていると、ローアルの声が降ってきた。


「ウユジでは貧困の差が激しいですから。こうして表町に住むことができる国民は()()した一握りの人だけです。他の国民は裏町で細々と暮らしていると聞きます。あの男の子は裏町に住んでいるのでしょうね」


 ローアルを見上げると、そこにはいつもの笑みはなく、何の感情もうかがえない無表情で、男の子が去って行った方角を見ていた。


 通りへと視線を戻す。皆笑顔で、先程の出来事がまるでなかったかのように元の喧騒へ戻っていく。


「良くも悪くも、人間の性質がむき出しになっている――ここは、そういう国なんです」


 ローアルの静かな声を聞きながら、アキヨは賑やかな通りの様子をしばらく眺めていた。






 ウユジには観光向けの「表町」と、貧困層が暮らす「裏町」があるとローアルは説明してくれた。


 来る者拒まず去る者追わずの国だからこそ、この国で生きていこうとすれば、手に職を持って自力で稼ぐしかない。生活面の暮らしは国では保証してくれないらしい。


 だから(あぶ)れた者、失敗したものは表町から追い出され、治安の悪い裏町で暮らす他ない。


 裏町の住民をターゲットに稼ぐような「成功者」もいるから、そこに頼ったりして。




 夕刻までの間、ウユジの表町を見て回ったが、その向こうにあると言う裏町の片鱗はベールに覆われたように欠片も感じられない。


 先程の騒ぎがなければ、ウユジは自由で差別がなく、いろんな文化が影響して発展した独創的な国だと、良い印象を持っていたことだろう。だからこそ、ウユジの表町で生活する国民が全体の2割にも満たないなんて、諸外国には知られていないのだ。



「ウユジの国政はいわゆる奉仕活動で行われているので、あってないようなものと言いますか……。王がいない以上、皆立場は平等。何か不満があれば自分で解決する。そういう生き方を “強要” される国なんです、ここは」


 そう言って、ローアルは繋いでいる手を持ち上げて見せる。


「これから身分証を発行する所は、表町と裏町のちょうど境目にあります。治安があまり良いとは言えないので、くれぐれも手は離さないでくださいね」


「うん」


 キュッと手を握り返すと、へにゃっとローアルの顔が緩んだ。


「ウユジについて、詳しいんだね」


「え?……ああ、そうですね。仕事の関係で何度か来ましたし、裏町の方にも行ったことがあるので」


「騎士のお仕事?」


「はい。時たま、ケダトイナの犯罪者がこの国に逃げ込むことがあるので、調査や捜索で少々――」


 何とはなしに話された内容が随分物騒で、アキヨは口を噤んだ。


「基本的に国外へ逃げられれば、逃亡先の国がその者を受け入れた時点で、犯罪者だったとしても裁くことができなくなります。なのでウユジに逃げ込む犯罪者は多く、その大抵が裏町で顔を利かせています。そういった犯罪者を追跡し、処分するのも仕事の内でしたので」


「しょぶん……」


「法では裁けなくなりますが、やりようはいくらでもあるということです」


 ニコリと微笑むローアルに、曖昧に頷く。あまり深堀しないほうが良さそうだ。


 ――それにしても。


「逃げる度に追いかけるの、大変だね」


 いくら仕事とはいえ国外まで犯罪者を追いかけなければならないとは、元の世界で考えれば随分面倒な事だろうと思っての言葉だったが、軽く首を横に振られる。


「毎回そうするわけではありません。その時は特例でした。被害にあったのが貴族だったので」


 ローアルは作り物めいた笑顔を浮かべ、そう言った。






 ローアルに手を引かれるまま歩き続け、体感30分ほど経ったころ、その建物は現れた。


「ここです」


「ここ……?」


 思わずそう聞き返してしまうほどに、その建物は異様だった。


 細い木の棒が二本、飾り気のない麻色の布天井を支え、玄関に屋根を作っている。入り口の手前の砂利と砂が混じった地面の上には、円形の幾何模様が落書きのように書かれている。


 家というより、どちらかというとテントのような様相の建物だ。見る限り、その奥行きは一般的なトイレの個室と変わらなそうなのに、ぽっかり空いている入り口の中は真っ暗で、部屋の様相はうかがえない。


 もちろん、誰か住んでるようには見えないし、誰かがいるようにも見えなかった。もはや、ヒト二人が入るスペースもなさそうな奥行きである。


 本当にここに入るのかとローアルを仰ぎ見た時には、すでに足を踏み出しているところだった。自然と手を引っ張られ、アキヨも歩を進めるほかない。


 布天井を支える木の棒の間を潜る時、ぶわっと一瞬強い風が吹いた。それに少しびっくりして、手をギュッと握ると、ローアルがそれに気づいて、「ああ」と声を上げた。


「魔術ですね。ここに魔陣が描かれているでしょう?侵入者に敵意等があった場合に跳ね返す魔術が籠められているんです」


 そう言って、地面の幾何模様を示すローアル。防犯目的として割と一般的に使われる魔陣らしい。魔術とは便利なものである。


「手を離さないでくださいね。この中の空間は歪んでますから」


 テントの中に入る前に、念を押すようにローアルが言う。空間が歪んでいるとはどういう意味なのか、よく分からなかったがとりあえず頷く。


 外で見たときは、確かにトイレほどの奥行きしかなかったはずなのに、中に入れば、頑丈そうな石壁に挟まれた通路が延々と伸びていた。


 両側に立てられた蝋燭が通路を照らし、奥へと促すように炎を揺らめかせている。



 驚いて口を半開きにしていると、ローアルがくすくすと笑った。


「これも魔術?」


「そうですよ。これから会う人は魔導師で――魔力量が人よりかなり多いので、こういった芸当もできるんです」


「魔力?」


「魔術を使うときに消費する力です。この世界の人は、皆ある程度の魔力を持っており、その量は生まれつき決まっています。それを魔力量と呼んでいて、魔術を使うためにはその魔力量を一定数以上、保持できないといけません」


 この世界の人は皆魔術を使うことができると思っていたが、そうでもないらしい。


 詰まるところ、魔力量が多い者のみ魔術を使うことができるということだろう。


「魔術を使える者は魔術士になったり、私のように騎士になったり、魔術を活かせる職種に就くことが多いですね」


「魔術士より魔力量が多いのが、魔導師?」


「そういうことです。アキヨは賢いですね」


 嬉しそうに微笑んだローアルに、頭を優しく撫でられる。


「ちなみにヘルも魔導師ですよ」


「ヘルも……」


 瞳を煌めかせて魔道具開発に没頭していたヘルを思い出す。何だかひどく納得してしまった。


「魔導師はこの世界に6人いるとされています」


「え、6人しかいないの?」


 世界にたった6人。思っていたより少ない。


 パチパチと瞬きをするアキヨに、「創世説話では7人いると書かれているのですが、現在確認されているのは6人だけですね」と、ローアル。


「魔導師は襲名制なんです。一人の魔導師が亡くなる数日前に、次の魔導師が生まれる。生まれる場所や遺伝等に規則性はなく、一般的な家庭に生まれることもあれば、王族から生まれたこともあります。総じて魔力量がずば抜けて多いのが特徴なのですが、そのせいか寿命がとても長いため、ほとんどが人里離れた場所に隠れるように住んでいることが多いんです」


 言われてみれば、ヘルも森の奥深くに住居を構えていた。



 前にこの世界の寿命について聞いた時、自分は特殊なんだとヘルは言っていたが、あれは魔導師だからと言う意味だったのか。



「まあ、ここの魔導師は少々特殊といいますか、変人といいますか……。人と関わることを選んだようですが」


 ローアルの言葉に、たしかにこのテントは人里の中にあったなと思い返す。


 少々閑散とした場所ではあるが、ヘルの家が建っていた森よりは、人と関わることがそれなりにありそうだ。


「必要以上に他人と関わろうとしないウユジの国民性が、魔導師にとっては住みやすいのかもしれません」


「ウユジに、魔導師は他にいるの?」


「いえ、恐らくウユジにいる魔導師は一人だけだと思いますよ。魔導師が同じ国に二人いるという話も聞いたことがないので」


 いろいろと政治的な話しも絡んできそうだ。話を聞いている限り、魔導師は人間や亜人とはまた別の、かなり特殊な地位を築いているらしい。


 魔術を使える者が優遇される世界なら、魔導師の立場は相当上になるはずだ。




 少し考え込んでいる間に、前方にぼんやりと灯りが見えてきた。なかなか長かった廊下が終わるらしい。


「どうやらいるようですね。……出不精な方なので、だいたいは家にいるのですが、時々思い立ったようにどこかへ出かけて数日戻らないこともあるので。運が良かったです」


 いなかった時はどうするつもりだったんだろうと思ったが、口には出さなかった。


 なんだかローアルなら、そのままこの家で待ってましょうかとか言い出しそうだと思ったのだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ