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薄幸少女と英雄騎士  作者: 小林あきら
序章 旅立ち
12/66

ドルギ王子の苦労



 ケダトイナ王国第二王子のドルギ・デ・イア・ケダトイナが、ローアル・スクリムと初めて顔を合わせたのは騎士育成学校の入学式だった。


 当時6歳。第一印象は「無愛想な奴」だった。






 入学式の新入生代表挨拶。


 例年であれば入学試験の首席合格者がその大役を担うわけだが、今年は同率一位が2人いた。



「ドルギ殿下。この度は主席合格おめでとうございます」


 豊かな髭を揺らしながら挨拶をする校長の横に、その少年は立っていた。


 輝くブロンドの髪に、夜空のように煌めく瞳。精巧に作られた美術品のような、非常に整った顔。


「彼はローアル・スクリム。殿下と同じく、今年の首席合格者です」


 校長の紹介に、子供らしい笑みを浮かべるでもなく、貴族の子息令嬢らしく媚びを売ってくるわけでもなく、ただすっと視線を下げて目礼をする彼。


 その凪のように静かな雰囲気が、年齢の割にとても大人びて見えた。



 実を言うと、ローアル・スクリムの名は以前から知っていた。


 スクリム侯爵家自体、代々国を守る優れた騎士を輩出することで有名な家門であったし、そこに生まれた天使の如き少年が、神童と呼ばれる秀才であるという話しも聞いていた。


「噂は知ってるよ。これからよろしく」


 笑顔で差し出した右手。彼はそれを無言で握り返し、その後は義務を果たしたとばかりにさっさと去って行ってしまった。


 あまりに不愛想な態度だった。一言の挨拶も無しにいなくなるとは。


 唖然とする私に校長は苦笑し、自慢の長髭を撫でながらローアルの去って行った方を見遣る。


「少し気難しい子ですが、ドルギ殿下なら彼と上手くやっていけるでしょう」


 自分は決してそうは思わない。


 思わず出かかった言葉を飲みこみ、作り笑いを浮かべる。


「そうだと、嬉しいですが」


 まあ、学校は広い。同学年とは言え、もう関わることはないだろうと思いながら返した言葉。


 私は知る由もなかった。入学式の後に発表される寮の割り振りに、自分と彼の名前が並記されていることを。






 さて、ローアル・スクリムは、確かに天才だった。


 神童と謳われるだけある、大人顔負けの推察力と応用力でどんな分野の課題も完璧にこなす。


 勉学では、教科書を一度パラパラ捲っただけで全てを暗記してみせたし、魔法学では圧倒的魔力量に物を言わせて上級魔術をぶっ放す。実践学では元騎士である教師陣を全員負かし、自信を無くした先生方が一斉に辞職願を出してちょっとした騒ぎになった。




 図らずも寮の同室者となったローアルに、一度聞いた事があった。


「苦手な事はないのか?」


 その問いに、彼は特に表情筋を動かすことなく淡々と答えた。


「世辞を言うこと」


「……」



 そう。ローアル・スクリムは「天才」である一方で、どうしようもないほどの「人格破綻者」だった。



 まず、全くと言って良いほど、他人に興味がない。


 地位も実力も容姿も申し分ないローアルに擦り寄る者は少なくなかったが、彼はことごとくその全てを無視した。


 そうなると、多かれ少なかれ反感を買う。




「嘘でも、もう少し愛想良くしてみたらどうだ?恨まれるよりは良いだろ」


 教室で常にポツンと座っているローアルを見兼ね、善意でそう提言したこともある。


 しかし、ローアルはこちらをチラリと見て、訳が分からないというように首を傾げて見せた。


「なぜ?群がられるより、遠巻きにされた方が快適に過ごせる」


 ――つまり、同級生に対する身も蓋もない物言いも、教師への歯に衣着せぬ言い草も、他人を遠ざけるためにわざとそうしていたわけだ。



 天は二物を与えず。


 人並み以上の才色を兼備する代わりに、ローアルは人並み以上に人格が破綻していた。




 ちなみに、彼が無関心だったのは人だけではない。


 寮で共に過ごす内に分かった事だが、彼には趣味が無いようだった。


「本を読むのが好きなのか?」


 部屋ではいつも本を読んでいたローアルに、ある時そう聞いてみたことがある。


 彼は本から顔を上げることなく、さらりと答えた。


「3学年と4学年のは見終わったから、5学年の魔術書を読んでる」


「……」


 ちなみにこの時、我々は1学年だった。彼が読んでいるのは本ではなく教科書であり、さらにそれは4学年も上の教材だったのだ。


 少しやれば人並み以上にできてしまう天才故か、何に対しても大した興味を見せない彼には、熱中するような趣味も無ければ、執着する事柄もないようだった。






 そんな欠落人間と過ごす寮生活も6年を過ぎた頃。唐突に、その日は訪れた。



 あれは忘れもしない、6学年の後期休み空け。


 久し振りに顔を合わせたローアルは、私を視界に入れるなり、開口一番にこう宣った。


「城の書物庫に入る許可をくれ」


「は?」


「調べものがある」


「調べもの……。お前が?」


 思わず呆けて聞き返せば、ひどく煩わし気な表情をされる。


「悪いか?」


「いやまあ、悪かないが――」


「最短でいつ入れる?」


 またもや唖然とする。ローアルと二言以上会話が続いている。しかも、向こうがこちらに質問して来るなんて、今まで有り得なかったことだ。


 私は、彼の言う調べものとやらに俄然興味が湧いた。


「明日の午後には。それで、何を調べるんだ?」


「……異界への行き方」


「はあ?」


 思えば、この時からだった。ローアルが変わったのは。




 まず違和感を覚えたのは、学校での授業態度だ。


 今までは授業中だろうと休憩時間だろうと、詰まらなそうに窓の外を眺め、いかなる問いかけも最小限の受け答えで済ましていたローアルが、その日を境に、机に齧り付く勢いで教科書を捲り、教師を質問攻めにし、休憩時間は教室を飛び出して史書室へ通うようになった。


 私を含め、皆がその変わり様にポカンとしていた。いったい彼に何があったのかと、様々な憶測が飛び交ったものだ。


 かく言う私も、彼の変化には興味津々で、その核心に迫ってみたことがあった。


「お前、最近随分変わったな。何かあったのか?」


 皆気になってはいるものの、面と向かって聞くほどの勇気はないらしく、恐らくその質問をしたのは私が初めてだったと思う。


 最初、ローアルは読んでいる学術書から顔を上げることはなかったが、暫くしてふとこちらに顔を向けた。


 そして、


「俺は騎士になるが、国王に “騎士の誓い” を立てることはできない」


と、それだけ言って本に視線を戻してしまった。




 私は混乱した。――王の息子である自分にそれを言う意味は何なのか。国王に忠誠は誓わないと、不敬とも取れる宣言をわざわざした意味は何なのか。


 だいたい、騎士になるために国王へ忠誠を誓う “騎士の誓い” は必須事項である。その儀式を通過せずに騎士になる事など、そもそも不可能だ。


 それを分かっていないはずはないのに、一体何を考えているのか。――と言うか、結局質問の答えをもらえていない。


 我に返って色々問い詰めたが、その先ローアルが口を開くことはなかった。






 数年後、飛び級で学校を卒業したローアルは、先輩に紛れて騎士団の入団式典に参加していた。


 騎士学校を卒業した生徒は、そのままこの式典を経て騎士団へ入団することとなる。


 そして国のため、王のためにその身を捧げることを宣言する “騎士の誓い” も、この式典中に行われるのが通例だった。


 王族と言う立場で同じく式典に参加していた私は、数年前にローアルが言っていた不穏な言葉を思い出しながら、複雑な気持ちで彼を注視していた。




 そしていよいよ、“騎士の誓い” を捧げる時間となった。


 代表者一名が出てきて口上を述べ始める。


『我々は、終古に主と定めた王に絶対の忠誠を捧げ、御国をお守りすることを、ここに誓います』


 その後ろに並んだ新入団員が、ザッと一糸乱れぬ敬礼を捧げ、一斉に声を揃えて叫ぶ。


『誓います!』




 ――その時、私は確かに見ていた。


 ローアルだけが、口を真一文字に結んだままその言葉を言うことなく、儀式を終えたところを。



 恐らく、注視していた私しか気づいていなかっただろう。


 こうしてローアルは宣言通り、王にも国にも誓いを立てることなく騎士となったのだ。






 ほとんどの騎士が王都に留まることを望む中、ローアルは遠征を強く希望し、砦勤務が主な第二騎士団に入団した。


 各地を転々としながら着々と武勲を積んでいったローアルは、その功績を認められ、21歳と言う若さで第二騎士団副団長となっていた。



 役職持ちになると、基本の拠点は王都となる。ローアルは、数年ぶりに王都へと帰還した。


 同じく騎士となり第一騎士団で見識を積んでいた私は、久し振りに見るローアルの姿にひどく驚いた。随分とやつれたように見えたからだ。


 あちらこちらと飛び回っていたのだから疲れもあるのだろうが、決してそれだけではないどこか退廃的な雰囲気を感じ、妙な胸騒ぎを覚えた。




 それから王都で副団長として働き始めたローアルだったが、その顔色は落ち着くどころか、どんどん悪くなる一方だった。


 自らを追い詰めるように、他人の倍以上の仕事をこなす彼の姿を度々目にするようになり、その様子は尋常ではない何かを周りに感じさせていた。




 とある日、第二騎士団長が通りすがりに私を引き留めた。


「貴殿がローアル・スクリムと旧知の仲だと伺いましてな。そちらからもスクリムに休むよう言ってやってくれませんかね。我々にはどうも頑ななもんで……」


 何でも、健康を害しながら働くローアルに団長自ら苦言を呈したのだが、聞く耳を持たないと言う。


 最近の彼からは、まるで生きる気力を感じないと険しい顔で語る団長に、こちらも事の深刻さを悟った。



 しかし、だからと言って私の言葉なら聞くと言う保証はない。


 むしろ団長の職務権限を使って無理矢理休ませた方が効くのではとも思ったが、恐らくそれでは根本的な解決にはならないとの判断で、ローアルの数少ない知人である私を頼って来たのだろう。……全く、世話の焼ける奴だ。






 早速その日の勤務時間後に第二騎士団の執務室へ向かえば、誰もいなくなった仕事部屋で黙々と書類を捌くローアルの姿があった。



「それは今日やらなければいけない仕事なのか?」


 以前見た時よりさらに顔色が悪いローアルは、何の断りもなく入室した私に視線すら向けず、何か言葉を返すこともなかった。


 私は手法を変えることにした。


「異界に行く方法は分かったのか?」


 ピタリと手を止めたローアルが、やっとこちらを見た。怪訝そうな表情だ。


 しかしすぐに何かに思い至ったのか、手元に視線を戻しながらも口を割ってくれた。


「分かっていたら、俺は今ここにはいない」


 苦々し気な声だった。その様子に、自分の質問が決して見当外れなわけではなかったのだと安心する。



 学生時代、彼が変わったあの後期休暇明け。第一声に彼が聞いて来たことが『異界』についてだったことを思い出し、一か八かの賭けだった。


「それは、今お前が身体を顧みずに仕事をしていることと関係があるのか?」


 またしても手が止まった。今度ははっきりとローアルがこちらを睨みつけてきた。


「だったら何だ?どうせ団長に言われて来たんだろ。余計なお世話だ」


「普通だと思うぞ。目の前で体調悪そうにしてる奴がいたら心配するだろ」


「大丈夫だと言っている。放っといてくれ」


「大丈夫そうには見えないな。じゃあ二択だ。その隈が消えるまで休暇に入るか、自暴自棄になっている理由を教えるか」


「くだらない」


「私は本気だ。それまでお前に付いて回るぞ」


 本格的に彼の前に椅子を引っ張って来て座って見せれば、それを大変嫌そうな顔で見たローアルは、盛大な溜息を吐いて首を横に振った。


「……分かった。話す」


 手元の作業を再開させながら彼が語った内容は、驚くべき内容だった。




 12歳の頃に魔陣事故に巻き込まれて異界に飛んだこと。そこで一人の少女と出会ったこと。自分を助けてくれた少女に恩を返す間もなくこっちの世界に戻って来てしまったこと。それからずっと、もう一度異界に行く方法を探していたこと。そしてこの前やっと、魔陣を使って再びその異界に飛ぶことに成功したこと。しかし、それはほんの一瞬でまたこちらの世界に戻ってきてしまったこと。




 ローアルの話しはひどく大雑把だったが、まとめるとそんな話だった。


「もしかして、お前が前に “騎士の誓い” を立てられないと言ってたのは――」


「ああ、俺はあの子に誓いを立てる」


「……」


 淡々と言ってはいるが、たった数回会っただけの少女にそこまで言うとは、ものすごい忠誠心だ。


 その異界とやらでどんな事があったのかまでは語られなかった。しかし、彼がそう決心するだけの何かが、そこであったということなのだろう。



「……事情は分かったが、それで?それと、今お前が無理して働いている理由とはどう繋がるわけだ?察するに、まだ諦めてないんだろ?お前がいざという時、倒れてちゃ意味ないじゃないか」


 私の言葉に、はたと筆を動かす手を止めたローアルは、どこか呆然とした様子で呟いた。


「――確かに、俺は半ば諦めていたのかもしれない。……そうだな。分からないなら信じるしかない」


 半ば独り言だったのだろう。


 しばらくそうしてぼんやりとした後、何やら落としどころを見つけたらしい彼は、大変珍しくこちらに微笑を向けた。



「お前の言う通り、自暴自棄になってたみたいだ。すまないドルギ。世話をかけた」






 それからローアルは無理をしなくなった。元の麗しい御尊顔に戻り、団長のみならず御令嬢方にもとても感謝されたが、私は何とも複雑な気持ちだった。


 と言うのも、彼はあれから開き直ったように好き勝手やるようになったのだ。




 急に副団長を辞めると言い出したのを皮切りに、その後釜に私を推薦したり、王や権力者の前で新たに第三騎士団の創設を提言し、己が自由に動かせる騎士団をちゃっかり手に入れたり、数年後、第二騎士団長となった私に、これ幸いとあれこれ雑事を押し付けてきたり、かと思えばつい先日、引継ぎを完璧にこなしてあっさりと騎士団を辞めてしまったり――。スクリム侯爵家の面々が血の気を引かせて王城に飛び込んできたのは記憶に新しい。


 通常であれば決して許されない所業の数々だが、英雄として手柄を立ててきたことへの褒賞にと言われてしまえば、王も頷くしかなかった。


 しかし、やはり退団に関してはかなり揉めたようだ。最終的には許諾されたものの、数々の我が儘を呑むしかなかった腹いせか、王は誰の前にも姿を見せていない件の少女を連れて来いと要求した。




 ()()英雄が、とある一人の少女に入れ込んでいるらしいという噂は、いまや貴族だけではなく庶民の間にも広まっていた。



 そしてローアルの――特にここ最近の――過度な()()()は、どうやらその少女に起因しているらしいと言う事も、王は察していた。だからこその命令だったのだろう。


 詰まるところ、嫌がらせである。しかし、案外あっさりとローアルは頷いた。




 こうして、()の英雄が入れ込んでいると言う、誰も見たことのない少女との謁見の場は用意された。



 ――もちろん、その場に絶対参加させてくれと父に頼み込んだのは言うまでもない。






 そして当日、初めて目にした件の少女は、とても小さく、そしてとても痩せていた。


 ふんわりとしたあまり肌を露出しない服に隠されてはいるが、折れそうなほど細い首と、頬や目元が落ち窪んだ顔は、貧民街にいる子供の様相と似ている。


 この世界では見たことがない真っ黒な髪と真っ黒な瞳に、全く動かない表情が人間味を感じさせず、まるで人形の様だと思った。


 王族として様々な人種と関わってきたが、彼女はその誰とも違う、何とも不思議な雰囲気の子供だった。






 国王の命令でローアルと共に追い出された私は、殺気立っていたローアルを落ち着かせようと慌てて振り返るが、そのままぽかんと口を開けて固まってしまった。


 扉にピタリとローアルが張り付いていたのだ。


 衛兵がドン引きした表情でその様子を凝視していた。私も思わず目を擦って目の前の光景が幻ではないか確かめてしまう。



「ろ、ローアル。お前何してんだ?」


「アキヨが少しでも嫌だと思うようなことをされたら突入する」


 すごい早口だった。何だったらすでに魔力が少し漏れている。こんな必死なローアル、見たことがない。


 その様子に最初は呆れ半分驚き半分だったが、段々と笑いが込み上げてくる。



 ――思えば、彼には最初から驚かされっぱなしだったな。




「まあ、何だ。良かったな」


 ――昔ローアルが話してくれた、異界の少女の話し。


 そしてきっと、先程の少女が()()なのだろう。




 私の言葉に一瞬チラリとこちらを見たローアルは、一つ頷く。


「ああ」


 たったそれだけの別れの挨拶。しかし、私はひどく満足して踵を返す。


 衛兵が慌てたように敬礼するのを横目に、私は自然と口元に笑みを浮かべていた。




 また今度、彼と少女に再会することがあったら、きっとその時も、また驚かされることになるのだろう。


 しかし、それも悪くないと思う自分がひどく可笑しかった。



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