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薄幸少女と英雄騎士  作者: 小林あきら
序章 旅立ち
11/66

決断



「……」 


 ガタガタと揺れる馬車の中、ぼんやりと窓の外を眺める。



 人が溢れる大通り。道端には物を売る様々な店が隙間なく並んでいる。そんな中を結構なスピードで走り抜けていく馬車。


 その先の到着地を、先程知らされた。



「緊張しますか?」


 向かいのローアルは普段に増して、ピシリと糊の効いた服装に身を包み、腰には剣をさしている。恐らく騎士の正装なのだろう。普段仕事に行く時はもう少しラフな格好だ。


「緊張……はしてない」


 まだ理解が追い付いていない、と言うのが本音だ。




 馬車が大通りを抜けて、見えてきた大きな門を潜る。窓の外に見えるのは立派な城。


 ――そう、お城。




 出掛ける前に、ローアルは告げた。 この国の王に会いに行くことを。




 驚いた。


 確かに、会う人がどんな人でも興味はなかった。だがまさか国王だったとは。


 ローアルの口ぶりから勝手に、彼の友人か家族かそこら辺だろうと予想していたのだ。



 戸惑いと同時に、疑問も湧く。なぜ、国王は自分に会いたがっているのだろう。


 自分が別世界から来た人間と知ってのことか。はたまた研究所に囚われていた少女への興味か。






 城に到着し、ローアルの手を借りながら馬車を降りて、促されるまま前を歩く衛兵の後を付いて行く。




「こちらが謁見の間でございます」


 重厚なドア。伯爵の屋敷にもそういう扉はあったが、やはり城。大きさと絢爛さが違う。


 ドアの前に立っていた衛兵が、ゆっくり扉を開いていく。するりとローアルに手を取られ、朧気に日本にいた頃のマナー講座を思い返す。


『背筋を伸ばして、前を見て……。もっとゆっくり歩けと言ったでしょう!?何度も言わせないで!』


 マナーレッスンの先生の顰めっ面を思い出しながら、ローアルの片手に手を添え、前を見て背筋を伸ばし――、扉の向こうへ踏み出した。






 部屋の中は広間のようになっており、数段高い位置に一つ、大きな椅子が置いてあった。


 テレビで見た、裁判所の造りに似ている。



 室内にいたのは、椅子の肘掛けに頬杖をついて座っている男と、その横に付き添うように立っている青年の二人だけ。非常に広い部屋だが、その二人以外人気はない。


 ローアルのエスコートに従い歩いて行き、壇の前まで来ると腰を落とし頭を下げ、礼をする。


 これはローアルが教えてくれた挨拶だ。


 横ではローアルが綺麗なお辞儀を披露し、頭を下げたまま、左胸に手を添える。



「ローアル・スクリム、参上致しました」


「よく来たな。……その者がお前の言う “主” か」


 威厳のある声。恐らく椅子に座る男が喋ったのだろう。頭を下げたままなので確認できない。


 何の感情も読み取れない声だ。彼が国王なのだろうか。


 視線を感じ、ローアルに教わった通りに名乗る。


「アキヨと申します」


「……ふむ。聞いていた通り、見事な黒髪だ。アキヨとやら、顔を上げよ」


 許可が出た。ゆっくり顔を上げる。


 最初に目が合ったのは、椅子に座っている国王と思われる男。歳は50ほどだろうか。茶色に近い金髪と、同じ色の髭が印象的だ。



 国王の射抜くような力強い視線に、瞬きを返す。


 アキヨを観察するように眺めていた国王が、自身の髭を撫でながら思案気に口を開いた。


「――ローアル・スクリム」


「はっ」


「ドルギと共に下がれ」



 場が凍りつくのを感じた。



「父上っ!」


 椅子の近くに立っていた青年が、慌てたように声を上げる。


 国王を父と呼んだということは、この立っている人は王子だろうか。



「なんだ?これは命令だぞ」


 有無を言わさぬ口調で発せられた声音は低い。


 ドルギ、と呼ばれた王子は言葉を詰まらせて、ローアルの方を見下ろす。



 どうやら国王は自分に話しがあるらしい。しかし顔色を悪くした王子を見る限り、あまり良い内容ではなさそうだ。


 国王が、読めない視線をこちらに向ける。


「何をしておる、ローアル・スクリム。早う下がれ」


「お言葉ですが」


 不意に、俯いていたローアルが今まで聞いたことのない、唸るような声を出した。


 横目で伺うが、頭を下げているローアルの表情は見えない。



「陛下の命と言えど、従うことはできません」


「ほう。何故」


「――国王ともあろうお方が、約束を違えると?」


「気が変わった」


「私を下げる理由は」


「分からぬお前ではあるまい」



「父上!お戯れも程々にっ」


 王子が慌てたように声を上げる。なぜか一触即発の雰囲気だが、全く話しが読めない。


 しかし、ローアルが国王に対して何かを警戒しているのは分かった。


 事情はよく分からないが、一先ず受け入れた方が穏便に済むだろう、と口を開く。



「ローアル。えっと、わたし……、お、王様と二人でお話、してみたい」



 シンと部屋が静まり返る。


 我ながら子供のような言い草だと思いながらも、言ってしまったことを撤回するのもどうかと思い、じっとローアルを見つめる。


 ローアルは瞬時にこちらを振り返り口を開くが、結局何も言わずに口を閉ざした。


 その表情がひどく心配そうだったので、安心させるために一つ頷いてみせる。




「――分かりました。何かあったらすぐに呼んでくださいね」


 何があるというのか。疑問に思いながらもう一度頷くと、後ろ髪を引かれるようにドルギ王子と部屋を出て行く。




 完全に扉が閉まると突然、国王が喉を鳴らして笑い始めた。


「くくっ……。あやつの、あの様な姿が見られるとは」


 アキヨと目が合った国王は、一つ咳払いをする。


「アキヨとやら」


「はい」


「まずは謝罪しよう。我が国の者が数々の無礼を働いたな。済まなかった」


 義務的に淡々と、王はそう言った。


 何と答えればいいのか分からず、ぎこちなく一つ頷く。


「我はケダトイナの28代目国王、メヤチオ・デ・ルワジー・ケダトイナだ。さて、謝罪の気持ちとして、其方の望むものを何でも与えよう。遠慮はいらぬぞ」


 思わぬ申し出に唖然とする。




 ――――望むもの。


 それはまさに、ここ数日、時間さえあれば考えていたことだった。




 アキヨは首を横に振って答える。


「……ありません」


「ほう?望むものがないと。――それは、我が国では手に入らぬ物であると?」


 国王の声が一段低くなる。ひやりと空気が冷える。何か気に障ることを言ってしまったらしい。



 しかしアキヨは、素直な言葉を続けた。


「――望むものが、分かりません」


「分からない?」


「はい、今探しています」


 こちらをじっと見つめる国王。その視線を見返して数秒。




「ふむ、なるほど。其方は愚者であったか」


「……」


「赤子ですら乳を望む。幼児ですら、あれが欲しいと駄々を捏ねる。だが其方はそれ以下だ」


 国王が目を眇める。


「解らぬな。()()スクリムがお前を “主” とする理由が。余程、我が娘の方が賢い」


 国王の言葉に、内心首を傾げる。


 先程も「主」という単語が出てきた気がするが、それは自分のことだろうか。どういう意味だろう。



「スクリムは気高き騎士よ。それが小娘一人に現を抜かし、挙句に騎士団を抜けると言い出すではないか。奴をそこまで堕とすなど、どんな賢人かと思えばこんな乳子にも劣る小童とは。これで退団を許可しろなど、我を愚弄しているとしか思えんな」


 酷く冷たい声だった。同じく冷たい視線がこちらに突き刺さる。


 スクリムというのはローアルのことだろう。


 しかし、ローアルが騎士団を辞めた……?初耳だった。そして、同時に思い至った事実にふっと息が詰まる。



 ローアルが自分の世話をしてくれていたのは仕事だからだ。しかし、騎士団を辞めた今、その必要もなくなったということ。


 つまり、彼がアキヨの傍にいなければならない理由は、もうない。



「我が娘の伴侶となる道を蹴ってまで、お前の傍にいる利点などないだろうに。なぜ、スクリムはお前を選んだ?」


 真っ直ぐな視線が「答えろ」と促す。


 しかし、アキヨからすればそもそも「選ばれた」つもりはない。



「ローアル……さんは、仕事だから、私の傍にいた、だけです。騎士団を辞めた、なら、その仕事も終わりだから、もう私とは、関わりなくなる、と思います」


 ひとまず、こちらにローアルを拘束するつもりはない事だけは明示しておかねばと、拙い言葉を綴る。


 伝わっただろうかと国王を見上げれば、何故か口を半開きにした状態で固まっていた。



「は……、よもや、何も知らぬのか?」


 言われている意味が分からず沈黙を返せば、国王の口からふっと息が漏れた。


「ふっ――わっはっはははは!」

「!?」


 突然盛大に吹き出した国王に肩をびくつかせ、目を白黒させる。


 目に涙を浮かべ、腹を抱えて笑う国王は、先程までの冷徹な様子とは打って変わって、ひどく人間味のある表情でこちらを見下ろした。


「なるほどなるほど。お前も被害者だったわけか。これは失敬」


「……」


「では質問を変えよう。お前はスクリムと共にいたいとは望まぬのか」


 聞かれて考える。


 もちろん、先程ローアルとの関係に唐突な終わりが見えて、悄然としたのは事実だ。


 しかし、それはまだ恩返しも何もできていない内に別れることになる可能性に思い至ったからであって、ローアルと共にいる未来を望んだからではない。


 首を横に振って応えたアキヨに、国王が鷹揚に質問を重ねる。


「なぜ?ローアルは好い男だろう。お前に執心のようでもある。満更でもないのではないか?」


「あの、すみません。よく分からない、ですけど」


 いまいち質問の意図が掴めずに困惑しながらも、これだけは分かってもらわねばと手を握り締める。


「ローアル、さんを、拘束するつもりは、全く無いです」


 下がってしまいそうになる視線を意識して上げ、国王を真っ直ぐ見つめる。


「ローアルさんには、とても助けられました。だから、これからの彼の時間を、奪わないことが、せめてもの恩返しだと、思ってます。だから……、彼が望むことを、邪魔するつもりは、ないです」


 国王と見つめ合うこと数秒、ふと空気が緩むのを感じた。


「彼が望むことを、か。そうだな」


 その独り言のような呟きには、温かい響きがあった。こちらを見る視線に、もう冷たさは無い。


「ふむ、奴が夢中になるのも、その純粋さ故か」


「?」


「確かに、我が娘にはないものだ」


 くっくと喉を鳴らして笑った国王は、何かに納得したように数回頷いた。


「良い良い。認めよう。――して、お前には、誠に、何一つ望みはないのか」


 話しが戻った。改めて問われて思考を巡らす。


 そして気付いた。



 未だに「やりたいこと」の答えは出ていない。しかし、そこに辿り着くためのヒントは、すでに掴めている。


 そしてそれは、間違いなく自身の「望み」であった。




「私には分からないことが多いから」


 呟くように落ちた声は、広間によく響いた。


「知りたい。この世界のことも……、自分のことも」


 幸せとは何なのかも。




 暫くの沈黙の後、国王がゆっくりと、一つ瞬く。


「それが其方の望みか」


「――はい」


「なるほど。知りたい、か」


 顔を上げる。何だかすっきりとした気分だった。


「……愚者が賢者と成るのも、一興か」


 国王が小さな声で何か呟き、やがてふと表情を緩めた。


「良い。その望み、受け入れた。我が国は、お前の知識の妨げとならぬことを誓おう。……さて、其方の騎士がドアに張り付いて待っているぞ。早う行ってやれ」


「え」


 どうやら話しは終わったらしい。


 戸惑いつつも、作法通り礼をして、壇上に背を向ける。




「正義は常に正当とは限らん。惑わされるな」




 追いかけてきた声に振り返り、国王を見上げる。


 その目はどこまでも真っ直ぐだ。



「――はい」


「ふっ、手間をかけたな。また何時でも来るが良い」


 微笑む国王にまた一つ礼を返し、扉を押し開ける。






 国王の言う通り、ドアを出てすぐの場所にローアルが立っていた。王子の姿はない。


「アキヨ!何か嫌なことはされませんでしたか?」


 衛兵がいる前で、堂々と国王を不信する言葉を放つローアルに、慌てて首を横に振る。


「何もされてない」


「本当に?」


 大きく頷いてみせると、ホッとしたように肩の力を抜くローアル。寧ろ何をされたと思っているのだろう。


「後でどんなお話をしたか教えてくださいね」


 頷いて踵を返しながら、王様との会話を反芻する。


 なんだかとても大切な宝物を貰ったような、不思議な充足感のある時間だった。













 家に着いてすぐ、ヘルの元に向かう。その後ろを、ローアルが不思議そうに付いてくる。




 ヘルは作業部屋にいた。


「ん、おかえりー。お城はどうだった?」


 作業が一段落ついた頃だったのか、マグカップを片手に一息つくヘルが、こちらに気付き片手を上げる。


 そんなヘルの前まで行き、少しだけ息を吸い込む。


「私、自分がやりたいことは、まだ分からないけど、望んでることなら、あった」


 少しだけ驚いたような表情で、ヘルが瞬きをする。


「うん?」


「知りたいの。いろいろ、たくさん」


 言葉がまとまらず、アバウトな説明になってしまったが、ヘルには伝わったようだ。



「そっか。知りたい、か……。うん、いいね。良いこと思い付いた」


 ヘルは無邪気な笑顔を浮かべて、人差し指をピンと立てる。


「こういうのはどう?」


 金色の瞳が、クルリと光る。



「旅に出る」


「たび……」


 思わぬ単語に、瞬きを数回繰り返す。



「色々なことを知りたいんでしょ?それが一番早いと思うな。まあ決めるのはアキヨちゃんだけど」


「……」


 少し考えてみる。だけど結論はすぐに出た。


「……私」


 ヘルを見つめる。




「私、旅に出る」




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