第21話 妖狐と帰り道。
「ふぅ……」
『物の怪』を消滅させて、都子は軽く息を吐き力を抜いた。
すると、今まで都子を中心に外側に吹いていた風が逆方向に吹き始め、キツネ耳とキツネ尻尾が消える。
白髪は、光り輝く粒子のようなものが空気に溶けながら黒髪へと戻っていった。
都子が人の姿に戻ると風も止み、辺りを何事も無かったかのように静寂が包む。
リボンで髪をポニーテールに結い直しながら、都子は俺の方に戻ってきた。
「お疲れ様、都子」
「うんっ! ……その女の人、大丈夫かな?」
「息はしているみたいだけど……少し様子を見て、救急車を呼ぼう」
「……そうだね」
地面に寝かせておくのもどうかと思い、都子と二人がかりで女性をベンチに移した。
それから、数分後――。
「うぅぅ……」
「あっ! 祐、気がついたみたい」
「そうだな……特になにも無ければいいんだけど」
後遺症とか、起きた瞬間に発狂されたら凄く怖い。
瞼を開けた女性は最初、焦点が合ってない感じでボーっとしていたが、ハッと上半身を起こし辺りを見回し始める。
「あ……あの黒いモヤみたいなのは……!?」
辺りをキョロキョロと見回して、不安そうな表情を浮かべる。
良かった――。発狂とかはしなさそうだな。
しかし、どう話したもんか? 襲われた本人とはいえ、『物の怪』なんて存在を信じてもらえるだろうか?
いっそのこと正直に本当のことは話さない方が良いかもな。
「あの、大丈夫ですか?」
驚かせないように極力、柔らかなトーンを意識して話しかける。
「ひっ!? ……あ、あなたたちは?」
「あぁ……。えっと、僕たち倒れてるを見かけたのでベンチまで運んだんですよ。な、都子?」
傍目から見てもビクッと肩を大きく震わせて、俺たちに視線を合わせる。その瞳は不安で揺れいているようにも、怯えているようにも見える。
まぁ、得体の知れないものに襲われて気絶していたんだ。どんなに気をつけて話しかけてもこういう反応されるよな。
とりあえず、都子に話を振る。多分、話に乗ってくれると思う。
「うんっ! お姉さん、大丈夫ですか?」
「え、えぇ……。運んでくれてありがとうね? あなたたち、何か変なもの見なかったっ!? 黒いモヤみたいだったと思うんだけど――」
「いやぁ、僕は見てないですね……」
「そう……」
どこか納得がいかない表情と不安げな表情が混ざった渋い顔をしていたが、頷いてくれた。
なんとか誤魔化せたかな?
「大丈夫そうなら、僕たちは行きますね?」
「あ、うん。本当にありがとう」
大丈夫そうだし、あまり話してボロが出ても困るので適当に会話を打ち切る。
都子と二人、軽く会釈して公園をあとにした。
「あの女の人、無事だったし、『物の怪』のことも誤魔化せて良かったな」
「そうだねー。それに、やっぱりついて来て正解だったねっ!」
都子がついて来てくれなかったら、あの女の人は少なくとも何かしらの被害を受けていただろうし、俺も無事に済んだかわからない。
「確かに……。都子、ありがとな」
俺の言葉に都子は、ふるふると頭を横に振る。
そして、俺と視線を合わせながら呟く。
「ううん、祐が無事ならそれでいいの」
その声は、普段の元気な都子のものとは思えないくらい静かな響きだった。
どう返答すれば良いのかわからず、まごついていると都子が口を開く。
「さっきの『物の怪』だけど――」
「ん?」
言葉を発してから少し考え込む都子。続きの言葉を待つ。
「学校でこの間配られたプリントの事件、あったでしょ? 犯人はあの『物の怪』じゃないかな? 多分だけど……」
「あぁーなるほど」
そういえばプリントが配られたとき、都子は難しそうな顔をして見てたっけ……。
「あのとき、随分と難しそうな表情してたよな、都子」
「えっ!? そうかなぁ?」
「冬花も心配してたよ。どうしたのかな? ってさ」
「そっかぁ……冬花にも心配かけちゃったね。今度からは気をつけないとだね」
そんな話をしていると家が見えてきた。
家が見えてきてホッとして気が緩んだのか、腹が豪快に鳴ってしまった。
「やっと帰ってきた……。なんか腹減っちゃったよ。あはは……」
照れ隠しに腹をさすりながら笑ってみる。
全力でダッシュしたしね! 成長期の男子高校生だしねっ!
「ふふ、すぐに準備するからね」
都子はフワッと微笑む。良く考えれば、いや良く考えなくても都子の方が疲れていてもおかしくないんだけど、俺よりも元気だ。
基本スペックが段違いなんだろうなぁ、と微笑む都子を見ながらぼんやりと思った。
次話の投稿は明日、3月9日(水)の午後6時半ごろを予定しています。