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AnsweRer ~アンサラー~  作者: 著者不明
Answer-1 『ガーディアン』
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其の6

 テスト期間。

 なんて嫌な言葉なんだろうか。


「違います。何度言ったら覚えられるんですか、新谷くんは」


 みちる先輩がにこにこ笑顔で額にぴきぴきと青筋をたてながら言った。

 俺の頬を一筋の汗が流れ落ちる。


「うっ……。ほ、ほら、俺って興味の無いことはなかなか頭に入らないタイプで……」


「へぇー、そうなんですか。では新谷くんは一体何に興味をお持ちなんでしょう?」


「エロス全般」


 ぼきっ!

 みちる先輩は笑顔のまま持っていた電子ペンを片手でぶち折った。バチバチと少し先輩の右手が放電する。


「ひぃっ!?」


 信じられない力だ。

 俺は体がガクガクと震えてしまうのを止められなかった。

 テスト勉強会っていったらもっとこー……和やかな雰囲気でやるものじゃないんだろうか……。


『先輩、ここが分かりません』


『あら……どの問題……?』


 ノートに書かれた『先輩に愛を伝える方法』という文字を指す俺。


『まあ……新谷くんったら……』


 赤く頬を染める先輩。


『先輩っ!』


『新谷くんっ!』


 そして激しく抱き合う二人。


「ああっ! 先輩、それはまだ早いです! ああ、そんなところを……! だめです、そこは! ああっ! ああああああああ!」


 妄想にふけってくねくねと身をよじる俺を遠巻きに見て、ため息を吐く部員のみなさん+ツンデレ。


「仕方ないですよ、先輩。新谷は正・真・正・銘・の馬鹿!! ですから」


 と、水崎が電子ノートに電子ペンを走らせながら言う。


「えぇい、黙れ部外者。そもそもなぜ貴様がウチの部室にいるんだ、オォ? アァン? エェ?」


 俺は席を立つと両手をポケットに入れて、ヤクザ歩きで水崎のところまで行き、不良のように斜め下からガンをくれてやる。

 しかし水崎はライオンも泣いて逃げ出しそうな俺の怒り顔に臆することはなかった。


「みちる先輩が勉強会開いてくれるって菊に聞いたから来たのよ。あんたが来るって分かってたら来てなかったわよ」


 やれやれと首を振って答えるツンデレラこと水崎。

 顔を赤くしてどもりながら言っていたら『惚れてまうやろー!』なツンデレ台詞だが、残念なことに水崎は真顔で言っていた。


「桜咲菊隊員!」


 俺は廉人に勉強を教えてもらっていた菊にバッと振り返る。


「はい! なんでありますか、新谷樹隊長!」


 するとノリの良い菊はびしっと敬礼しながら立ち上がった。

 これも俺の調教の賜物である。


「なぜ貴官はこのようなクズを我が隊に呼んだ! このようなクズが我が隊に加われば、我が隊の名が落ちるではないか!」


「ハッ! 申し訳ありません、隊長!」


「罰として今からグラウンドでストリップ一○回してこい!」


「…………は?」


 菊の顔が一瞬で固まる。


「お前な。グラウンド一○周走ってこい、みたいなノリでセクハラするなよ」


 廉人がご丁寧にツッコミを入れていたが無視しておこう。


「当たり前だろう、菊! このようなクズを我が隊に呼ぶという重大なミスを犯したのだ! こんなクズがまだこの世に蔓延っているというだけで虫唾が走るというのに、このようなクズ――」


「クズクズうっさいのよ!」


 どむぐ!


「がはっ……!」


 ついにキレた水崎の強烈なボディブローを受けて俺は床に膝をついた。

 くっ、この俺が避けれない速度で拳を放つとは……ツンデレは化け物か……!?

 朦朧とする意識で顔をあげるとそこには微笑んだみちる先輩が立っていた。

 きっとイジめられている俺を見るに見かねて助けにきてくれたに違いない。


「め、女神よ……! 迷える子羊をお救いくだされ……!」


 しかしそこで俺は頭上にあるそれ、先輩が手に持っているものに気付いた。

 え? ダンベル(一〇キロ)? 何で部室にダンベル(一〇キロ)が?


「先輩それどうするつ――」


「うふふ、セクハラはいけませんよ、新谷くん」


「だめえ! 離さないでくださいよ!? 絶対に離さないでください! 絶対にですよ!? 絶対ですからね!?」


「自分でフラグ立ててるぞ樹」とまた呆れながらツッコミを入れている廉人。


 冷静に傍観しやがって! なんて友人だ! こんな状況で某お笑い芸人の伝統ノリなんかするわけが――


「発射!」といきなり菊が敬礼した。


「菊てめっ! うらぎ――」


 するとにこやかな笑顔でパッとダンベル(一〇キロ)を手放す先輩。

 スローモーションで近づいてくる鉄の塊。

 ガツンッ!

 俺は声も出さずに昏倒した。



 ◇◇◇


 

「ホント懲りねぇな、樹は。てか先輩。さすがにそれは樹でも死にますって」


 廉人が『あーあ』と床で倒れている樹を見て頭を掻く。

 樹の体はぴくぴくと痙攣を起こしていた。


「うっわ、気持ちわるー。ぴくぴく動いてるわよ、こいつ」


 水崎がげしげしと樹の頭を足で小突く。


「大丈夫ですよ、秋原先輩。なんたって樹先輩ですから!」


 菊は樹のマネをして爽やかな顔でビッと親指をたてた。


「あらあら桜咲さんったら、もうっ」


 くすくす笑いながら人差し指で菊の頭を小突く先輩。すると菊は


「てへっ☆」


 とピンクの舌を出して自ら頭を拳でコチンとやる。

 そして『あっはっはっは!』となんだかアメリカのホームドラマでよくある大団円っぽく笑う四人。

 すくり。


「ぎゃああああああああっ!」


 いきなり俺が無言で立ち上がったことに水崎が驚いて椅子から引っくり返りそうになる。

 俺はそのまま無言で席につくと、もくもくと問題を解き始めた。


「君たちはいつまでもそうやって笑っているといい。ボクは君たちみたいに馬鹿じゃないんだ。ああ! フェルマーの最終定理は簡単だなー!!」


 俺はわざとらしく声を大きくして言った。


「樹が壊れた……。てゆーかフェルマーの最終定理なんて試験範囲じゃないだろ」


 廉人の言葉に菊はにこにこと笑う。


「やだなぁ、秋原先輩。樹先輩はいつも壊れてるじゃないですか」


「あらあら、新谷くん。頭から血が出ていますよ?」


 ハンカチをポケットから取り出して俺の側頭部をとんとんと優しくぬぐう先輩。

 唯一、心配してくれているのはみちる先輩だけであった。まあそもそも流血したのはみちる先輩のせいだが。


「フェルマーの最終定理が理解できるならその問題全部解けるわよね?」と嫌らしい笑みを浮かべて言ってくる水崎。


「当たり前じゃないか水崎くん。ボクにかかればこんなもの足し算・引き算レベルだよ」


 俺はすらすらと電子ペンを走らせて、電子ノートをみちる先輩につきつけた。

 そして自信満々の顔でキラリと歯を光らせる。

 先輩はその電子ノートにひととおり眼を通して、小首を傾げにっこりと微笑む。


「全部間違ってます」


「ぶぷーーーーっ!」


 ツボに入ったのか、水崎は噴出すと腹を抱えて机に突っ伏し、バンバンと机を叩きだす。


「ひぃーっひっひ! もうだめ! あっはっはっはっは! お腹……! お腹痛いひーっひっひ!」


 バカ笑いする水崎。

 こいつに笑われるとまるで馬鹿にされてるみたいで激しくムカツいちゃうなー。


「むきぃー! 勉強なんてやってられるかー! 世の中勉強なんてできなくても生きてけるんだよ、バーカ! 世の中を生きていくのに関数なんて使ったりしないだろーが、バーカ!」


「ぷくくく……い、樹先輩ついに極論に出ましたね、くくくく……」


 同じく大笑いしていた菊が眼の涙を指ですくいながら言う。


「新谷ぷくくお願い……! もう喋らないで……! 笑い死ぬ……! くくく……!」


 どうやら水崎が笑いのツボから抜け出せない状態に入ったらしい。こういう時の人間は何をやっても笑ってしまうものだ。

 なので俺はとっておきの物まねを披露することにした。水崎の前で怒り顔をして歌舞伎役者のようにポーズをとる。


「羅漢像」


「あーっはっはっはっは! ひぃーっぃっぃ! くるしぃー! 息が……! あっはっはっは! やめ! やめて新谷……! ひぃーっひっひっひ!」


 水崎はついに椅子から転げ落ちて大笑いを始める。

 フン。良いざまだ。そうやって死ぬまで床でのたうち回ってるがいい。


「菊」


 俺は相方に目で合図を送った。すると何かを悟ったように菊が真剣な顔でこくりと頷く。


「風神」と俺。


「雷神」と菊。


「ぎゃははははははは! 菊まで……! やめて……! もう無理だって……! あーっはっはっはっは!」


 俺と菊のダブル物まねを受けてさらにごろごろと転げまわる水崎。椅子とか壁とかに頭をぶつけまくってるけど大丈夫か、コイツ。


「そういえばどっかのバカに比べて本当にみちる先輩は頭いいですよね」と廉人が先輩に話をふった。


「みちる先輩は大学をでてるんですよね、確か」


 菊は未だに笑い転げている水崎の背中をさすりつつ言う。


「遺伝子生命学を専攻していたので理系は得意なだけですよ。代わりに文系はあまり芳しくありませんから」と苦笑する先輩。


 俺はマジックでチョビ髭を書き、髪を七三に別けた。そして水崎が見えるように彼女の前にしゃがみ、真面目な顔をする。


「夏目漱石」


「ぎゃーっはっはっは!」


 バタバタと足をバタつかせて大笑いする水崎。ドコドコと俺のアゴや腹に蹴りが入っていてっ痛い! 痛いっっつのっ! でも嬉しい……!


「遺伝子生命学専攻だったんですか!? お父さんと同じですよ!」


「へぇー、菊りんのお父さんも遺伝子生命学に携わってる人なんだ。今なにやってんの? 大学教授とか?」


 俺は夏目漱石の物まねをしたまま尋ねる。


「菊りんって呼ばないでください。今は企業の研究室で働いてますよ。遺伝子治療の研究をしているんです」


「そうだったんだ。じゃあ高給取りだね」


 廉人が何気なく言った言葉に俺はくわっと真剣な顔になった。


「逃げろ、菊! 廉人が逆タマを狙って菊に近づこうとしているぞ!」


「してねぇよ! お前じゃあるまいし!」


「ひぃーっひっひ! 逆タマって! あーっはっはっはっはっは!」


『………………』


 何が面白いのかは分からないが水崎が床で笑い転げている。

 そんな笑いのトリップ状態になっている水崎を俺たちは無言で眺め続けていた。


「だ、誰か……ひぃーっひっひ! た、助けあーっはっはっはっは! おねがい……! ひぃーっひっひっひ……!」


 

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