其の5
「以上が彼と会った感想ですが……」
「フ。彼は相変わらずだな」
私がアンサラー新谷樹について報告し終えるとフランベルク長官は楽しそうに笑った。
「決定事項に口を出すのは無意味と承知ですが、彼にこの任務が務まるかどうか甚だ疑問です」
その言葉を聞いて、長官は急に真剣な表情になった。
机に両肘をついて顔の前で手を組む。
「私は……彼こそ世界最高のアンサラーだと思っている」
その眼差しは嘘をついているものではない。
つまり、長官は本当に思っているのだ。
あの男が――あの変態が“世界最高のアンサラー”だと。
私は笑いだしてしまいたい気持ちをぐっとこらえた。
「まさか……。そこらにいる並のアンサラーと同レベルですよ。いいえ、それ以下ですよあいつは。これは手合わせした者の意見としてお聞きください」
フランベルク長官が誰かを褒めるのは非常に珍しいことだ。ましてや『世界最高』なんて言葉を使ったことなど今まで一度たりとなかった。
私の中であの男に対する嫉妬心みたいなものが疼く。
「彼は隠すのが得意な人間だからな。あのワインをどこにやったのやら……」
普段の調子に戻って『うーむ』と何か考え込む長官。
「長官!」
バンッと私は思わず机を叩いてしまう。
「あ、いや、関係ない話だったな」
ごほんごほんと咳をして長官はお茶を濁した。
「君も先ほど言ったとおり、今回の件を君と樹に任せることは決定事項だ。文句を言う前に彼の良いところを探す努力をしたまえ」
「無理です」
私はきっぱりと即答した。
努力をしなくても分かる。
無理だ。絶対に無理だ。あんな男に今回の件の真相を突き止められる筈が無い。
まずアンサラーとしてのオーラが欠けている。品格も欠けている。性格も欠落している。知性もない。緊張感もない。やる気もない。ないないばっかできりがない! あー! イラついてきた!
「君みたいなじゃじゃ馬――あ、いや行動力のある人間と組めるのは彼ぐらいなものだろう。
うむ、そうだ。この際、君のパートナーにでも――」
「無理です!」
再び私はきっぱりと、即答した。
「…………。……すぐに分かる。私が彼こそ世界最高のアンサラーだと言った意味がな」
長官は話はこれまでとばかりに椅子を回転させて私に背を向けた。
◇◇◇
「ひっく。なーにが世界最高のアンサラーよ! あんあのただの変態じゃない!」
ガンッ!
私は八つ当たり気味にグラスを机に置いた。中に入っていたワインがちょっと零れ、ヒューマンイーター事件の資料に斑点をつくる。
部屋に戻った私はソッコウでワインを引っ張り出すと、それをぐいぐいと煽り始めたのだった。
「静かにして頂戴。近所迷惑よ」
相部屋の住人、春先シズルが鏡の前で顔面にパックをぺたぺた張りながら言う。
「迷惑!? あぅんな奴と一時でも組まはれる私の方が迷惑してるわひょ!」
バン!
再び空になったグラスを机に叩きつけると、机の上に置いてあったヒューマンイーター事件の資料がバサバサと落ちる。
「私はね!? 怒ってれの!」
「見れば分かるわよ」
はあ、とため息をつく彼女。
そんな彼女に私はグラスを突きつけた。
「ん」
ちらりとグラスを見ただけで、興味無さそうにパック張りに戻るシズル。
「なに?」
「シズルも飲ぅで!」
「お断りだわ。
私、明日早いもの。実働するだけの貴女と違って私は常に情報に目を通していなきゃならないんだから。付き合っていられないわよ」
シズルはアンサラーでいうところのナビゲーターの役割をする人物“サーチャー”だ。彼女らが集めてくる情報によって、国家政府は動き、ガーディアンに指示を出す。
そのためか、あれこれと毎日忙しいらしい。
それは分かっているつもりだ。
だが、それでは今日の私の怒りはおさまらない。
そうだ! おさまるはずがないのだ!
「一人で呑めっていうの!? 信じらへない! 信じらはへうわ!」
私はよろつきながら立ち上がりオーバーに手を広げてみせる。
アルコールが回っていたせいか、ふらふらと体が傾いで壁に頭をぶつけてしまった。
「いらぃっ! こぉんの!」
頭をぶつけた怒りを、その壁に向けて発射する。
ドゴボォ!
私のくりだした後ろ回し蹴りは大きく壁に穴を開けた。
「ひっく。はっは! ざまぁみりょ! あんたなんかより私の方がずぅーーーーっとしゅごいアンハラーなんだかりゃ!」
壁に向かって高笑いしてやる。
とても気分がいい。
「貴女、えらく今日は出来上がっているわね。その穴の修理代は貴女の給料から天引きしてもらうから」
「えへへ~、天下無双は言いしゅぎよ~、シズリュ~」
私は破顔してシズルに抱きついた。
「誰もそんなこと言ってないわよ。酒臭いわね。離れなさい」
無表情のままツッコミをいれるシズル。
彼女はいつもクールだ。笑った顔を見たことがないくらい彼女はクールだ。
「何でもいぃから呑れ!」
私は彼女の頬にグラスをぐりぐりと押し付ける。
「はぁ。仕方ないわね」
すると観念したのかシズルはパックを外して鏡台から立った。
「お、美人がきたじょ、びーじーん!」
「知ってるわ」
「もうね~! 今日はぶっ倒れりゅまれ呑うわお!」
「はいはい」
こうして彼女たちの夜は明けていくのだった。