其の24
「おい、エリ! 大丈夫か!」
俺は彼女の名前を呼びつつ、駆け寄る。
「!?」
彼女は俺に気づくと、こちらに向かって走り出す。
「樹!」
「エリ!」
お互い無事だったことに安心し俺はエリを抱き止めようと両手を広げた。
ああ、これだよ!
感動の再会が今まさに――
「このっ……!」
不意に両足で地面を蹴って跳躍するエリ。
「どアホがあぁああ!!」
そして三六文ロケット砲を繰り出してきた!?
どぎゃお!
エリの両足靴底が俺の顔面にめり込んで俺は鼻血を吹き出しながらぶっ飛ぶ。
「ウボォオアァァ!?」
な、なんでいきなり……。
地面に倒れ伏したまま、このひどい仕打ちを疑問に思っていると、エリが俺の胸ぐらを掴んで無理矢理上半身を起こしてくる。
「あんたねぇ……!」とぶちギレのご様子な橘さん。
「な、なんすか!? 俺なんかしましたっけ!? ちなみに下着を盗んだ件なら謝りますから!? ちょっとした出来心だったんですぅ!」
俺は怒られる前に誠心誠意を込めて謝った。
しかし、エリは下着の件でキレているのではないようだった。
「あんた……! 元NKってどいうことよ! しかも“エース”ですって!?」
げっ!
これはまずい。下着の件よりも遥かにまずい。
「よっくも今まで騙してたわね!」
床に寝そべっている俺の腹を踏みつけようと脚をあげるエリ。
「ぎゃああ!? パンツ見えてますよ、橘さん!」
俺は慌てて体を横に転がした。
ズゴォン!
エリの足がコンクリートの床にヒビを作った。それもそうだろう。彼女の革靴の靴底には鉄板が仕込まれているのだから。そもそも人間の脚力は腕の筋力の三倍の力を持っている。そんな馬鹿げた力で蹴られれば生身では一たまりもない。
あ、あぶねぇ……! 食らったら内臓破裂どころの騒ぎじゃねーぞ!
俺がうつ伏せに寝そべったままふぅと額の汗を拭っていると、
「避けるな! 裏切り者!」
とすぐに追撃してくるエリ。
「ひぃぃい!?」
ズゴォン!
俺はすぐさま立ち上がってその蹴りを避けた。
「避けないと死ぬだろーが、バカ!」
「死ね! 死ね! 蹴られて死ね!」
ひゅん、ひゅひゅ、ひゅん!
エリの連続で繰り出す足技を避けて、避けて避けまくる。
ズガアアァン!
エリの繰り出した蹴りがコンクリートの壁に埋まる。隙ありとばかりに俺はエリの生足を右脇に挟んで確保した。
「お前! どこで俺が元NKだって!?」
「“キング”から聞いたの、よ!」
がつん!
頭突きをされ俺は思わずもんどり返る。
「んぎゃああっ!? 頭が硬い人だとは思っていたけど貴様の頭はスチール製か!?」
「るさいわよ!」
「え? ちょっと待った」
俺は右拳をつくり振りあげたエリをとめる。
なんか今、すんげー嫌なおっさんの名前が聞こえた気がするんだけど……。
「今、誰に訊いたって?」
眼をぱちくりさせる。
「だから……“キング”よ」
「いるのか……!? ここに!?」
俺は思わずエリの肩を掴む。
俺のその行動にびっくりしたのか気圧されするエリ。
「え、ええ……。それに“スラスト”や“スパイダー”もいるわよ。正直言って私じゃ相手にならないレベルだったわよ」
「戦ったのか、あいつらと。よく生きてたな」
思わず感心してしまう。運が良かったのか、それとも殺す気がなかったのか……。
赤髪のニヤける顔が脳裏に浮かぶ。
たぶん後者だな。なんだかんだで俺に嫌われることはしない奴だし。
そこで俺の脳天にピシャーンと雷が落ちた。
「あれが噂のヤンデレか……!?」
「はあ? 何言ってんの、アンタ」
不審そうに橘さんが眉をひそめたその時だった。
「貴様らもストレンジャーか!」
後ろから武装したエージェントが飛び出してきた。
『!?』
俺とエリに緊張が走る。
ダンダンッ!
だが男が撃つより早くエリが男を撃ち抜いていた。
あっさりと大の字になって倒れる男。
倒れた男を見て俺はくっと奥歯を噛んだ。
「おい……! だから殺すなって何度言えば分かるんだ!!」
エリの胸ぐらを掴みあげる。
「…………」
だがエリは無表情に俺の手をぱしんっと叩くと、とことこと歩いて倒れた男の腹をぎゅっと踏んだ。
「痛い!? 痛い痛い痛いっ!」
すると男が救いを求めるように手をあげる。
エリは俺に向き直ると両の手のひらを天に向け肩をすくめて見せた。
「おかしいわね。急所を外したみたい」
「……おまえ……」
思わずまじまじと見て、ほっと顔がほころんでしまう。
まったく……こいつって奴は……。
「…………。殺すまでもなかっただけよ」
エリはそんな俺の表情を見ると少し顔を赤らめながらそっぽを向いた。そんなエリを見て思わず俺は笑ってしまった。
嬉しかった。彼女が理解してくれたことが俺はたまらなく嬉しかったのだ。
きっと“クイーン”も草葉の陰で微笑んでるよ。
そう思った時だった。
不意にその音は聞こえてきた。
ドス……ドス……。
足音だ。
砂埃の向こうから聞こえてくる。
「!」
そこでエリがハッとする。
「忘れてたわ……!」
「ああ、そうだな。まだ感動の再会には付き物の激しいチュウが……!」
と、俺が
「“アポカリプス”よ! “コードA:計画”の要! あいつ、 “アポカリプス”って名前に相応しいほどクレイジーさよ。あれが研究所から出たらこの街は半日で壊滅するわ」
俺は頭をポリポリと掻いた。
「半日で壊滅って……まぁたそりゃでたらめな強さだねぇ。どちらにせよ“キメラ”も外に出すわけにはいかないからね」
「そうね。でもまずは“アポカリプス”よ。あれは桁違いだもの。なんせ“アポカリプス”の素材になったのは――」
それは急に、エリの言葉に被さるようにいきなり轟音が鳴り響いた。
ズドオォォオォン!
壁が破壊され、辺りに瓦礫が散らばる。もくもくと土煙が立ち込める。
「立ち話が過ぎたわね! 追いつかれたわ……!」
「それじゃあ、いっちょ頑張りますかねぇ……!」
銃を煙の向こうへと向ける。
ガラガラッ……!
煙の向こうから影が見えてくる。
「あいつが……“アポカリプス”……」
感じる。
そんじゃそこらにいる暗殺者じゃない。この壮絶な殺気は……昔の俺たちにも似たオーラが感じられる。相当な熟練者……!
俺はごくりと生唾を呑んだ。
横で構えているエリが一歩距離をとるように後ろへ下がる。
「エリ……! お前は逃げろ……!」
「足手まといだって言うの!?」
「この殺気が分からないお前でもないだろうが……!!」
「っ!」
エリは悔しそうな顔でギリと奥歯を噛んだ。
賢い彼女のことだ。自分の力ではどうにもできないことなどとうに見抜いているはず。
だが俺の予想と違う答えをエリは放った。
「何のために組んでると思ってんのよ! 最後までやりきるわ……!」
この人はほんと真っ直ぐというかバカ正直というか……!
「……手助けできなくても怒らないでくれよ……!」
「手助けなんて必要ないわ……!」
俺とエリは改めて煙に目をやった。
ドス……ドス……。
煙の中でそいつは立ち止まった。
“アポカリプス”と呼ばれ、“コード:A計画”によって作り出しされた殺人兵器。
政治家や企業の重役を肉塊に変え、食したクレイジー馬鹿。この事件の元凶……!
さぁて、姿を拝ませて貰いましょうか……。
砂煙が晴れていき、その全貌が明らかになる。
俺はその姿を見て目を見開いていた。
うそ……だろ……!
驚きで瞳孔が開く。




