其の3
アンサラーが情報を求めて行く場所といえば決まっている。何を隠そうナビゲーターのところである。
そうナビゲーターだ。アンサラーには依頼者とアンサラーを繋げるナビゲーターと呼ばれる存在がいる。基本的にアンサラーはナビゲーターを通して依頼を選び仕事をするのだ。その他にもナビゲーターは依頼された仕事の情報を収集してくれたりと、アンサラーにとってなくてはならない存在なのである。あんまり表立って動くことがないので、一般的な噂には出てこないが、ナビゲーターはアンサラーにとって大変重要な役割を担っている。
噂なんてそんなもんである。
例えば噂だけならばアンサラーという存在はお金をもらえば誰の言うことでも聞く一匹狼なイメージが強いが、実際はまったく別。
アンサラーは国家政府の登録制なのだ。国家政府に認められなければアンサラー業は行えない。もちろん認証無しに仕事してるような野良も存在するが。
ぶっちゃけ政府の犬なんだワン。
そして俺は列記としたアンサラーだ。なのでもちろん俺にもナビゲーターがいる。
ひゅおおおお……。
冷たい風が閑散とした街並みを吹き抜ける。
ヒビ割れた壁、割れた窓。
電気が通ってないせいか、辺りは真っ暗で陰気な雰囲気をより一層強くしている。
そう、ここは普通一般人が訪れるような……ましてや住んでいるような場所ではない。
貧民街。人々に、ここはそう呼ばれていた。日本が破産したことによって、更なる広がりを見せた生活落差。それは最終的にこのような場所を作り出すに至った。
ここに住む人は充分な教育も生活も保障されていない。そのため街が発展するわけがない。
なので一般人はこんなところに寄り付かないわけだ。そして寄り付かないもう一つの理由。それは暴力、窃盗、殺人がここでは日常茶飯事だからだ。無法地帯もいいところなのである。
「ゴホッゴホッ……」
近くの壁に寄りかかって座っている男が苦しそうに咳き込む。
ここに住んでいる人間は今日食べる物を買う金もない。ましてや病院に行くお金なんてあるはずがない。
と、そこで俺のスーツの裾がくいくいと引っ張られた。
振り返るとそこに少女が立っていた。
ボロボロのセーターを着た少女が俺を見上げている。
「たべもの……」
「…………」
「たべものくれたら……なにしてもいいよ」
日本はどこで道を間違えたのだろう。
俺は少女の目線まで屈んで、手を握った。
少女は何か掴まされたことに気づいて手に眼をやる。
「ごめんな。おにーさん、これしか持ってない」
少女は手の平のものを見ると、服の中に隠してどこかへと走り去った。
救われない。こんなことしたって彼女はいつしか餓えに苦しむだけだ。ちょっとした期間を凌いだだけ。
俺はため息を吐いて、再び歩きだす。
目的地にはすぐに辿り着いた。
そこは半分崩壊している寂れたビルだった。そこの一室に彼女はいる。
ノックをして勝手に部屋にあがる。
しかし部屋に入っても誰もいなかった。
どこかに出かけちゃったのかな?
仕方ないから洋服タンスでも調べて時間を潰そうと思ったその時だった。
「む、樹ではないか。仕事を探しにきたのか?」
幼い女の子の声がした。
振り返るとコーヒーカップを持った年端もいかぬ女の子が立っていた。
くりんくりんの大きな瞳にきゅっと小さな唇。焦げ茶の髪を後ろで結ってポニーテールにしている。彼女がナビゲーターのツバキだ。本名かどうかは分からないがここではそう呼ばれている。
どうやらキッチンでコーヒーを淹れていたらしい。
危なかった。タンスを調べているのを見られでもしたら俺は職をなくすところだった。
「仕事に熱心になってくれるのはいいがな。今はお前が気に入りそうな仕事はないぞ」
妙に大人らしい喋り方なのは彼女が幼いからといって舐められたくないかららしい。だが、その声はとても可愛らしいため威厳が半減しているのは内緒だ。
ツバキはコーヒーを台に置くとパソコンの前の椅子に登った。
うん。『登った』っていう表現であってると思うよ。
椅子に登り終え、ふぅと一息つくとツバキはとんっとキーボードを叩きパソコンを再起動させた。
電気の通っていないこの街でどうやって電気を供給しているのかは知らないが、彼女が住んでいるこの部屋には水も、電気もネットさえも接続されている。
「実は仕事を探しにきたんじゃないんだ。
もうそろそろ嫁入りの用意ができたかと思ってツバキを迎えにきたんだ」
いつもの軽口で返すと、ツバキは俺をじとりと睨んだ。
「…………お前“ろりこん”だったのか? ならば私もお前への対応を変えねばならんな」
言って懐から取り出したのはその小さな手に不釣合いな拳銃。その銃口はもちろん俺に向いている。
「こらこら。そんなもんお前が撃ったら肩が外れちゃうじゃないか」
俺はひょいっと彼女の手から拳銃を取り上げた。
「むっ! か、返さんかー!」
椅子から飛び降りて必死に俺の手から銃を取り替えそうと俺の脚に抱きつくツバキたん。だがその身長差から彼女の手は俺の胸までしか届かない。
「返さんか~~!」
涙眼になってぴょんぴょん跳ねるツバキたん。
ちょっぴりドSな気分になってしまう。
「ほぉれ、ほれ。とってごらーん」
と、不意にツバキがぐっとしゃがみ込んだ。
「返せと……!」
そして、俺の息子目がけて膝蹴りを繰りだして……くる!?
「言っておるだろ~~!」
ズギューンッ!
「はうあんっ!」
俺は股間を押さえると無様に膝をついてぴくぴくと体を震わせる。
さすが貧民街で生きる少女だ。涙が出るほどたくましい。
「生きろー俺のむすこー! 子孫繁栄! 子孫繁栄!」
俺は痛みにバシバシと床を叩きながら息子を応援した。
「まったく。何をしにきたのだお前は。また私をからかいにきたのか?」
床に落ちた拳銃を拾って、大事そうに懐にしまうツバキ。
「こ、この……デ、データチップの中身を解析して欲しぃ……」
俺は床に伏せこんだまま、震える手でスーツの内ポケットから三センチ四方のチップを取り出す。
「それならそうと早く言え、まったくぶつぶつ」
ツバキは椅子に登りなおすとデータチップをパソコンに差込み、キーボードをかたかたと打ち始めた。
「ロック解除できそうですか、ツバキ先生」
俺は壁を支えにして腰をとんとんしながら彼女の様子を伺う。
「さて、どうであろうな。最近は目まぐるしくシステムも変わるからな」
ツバキが操作をするごとにパソコンの画面がどんどんと表情を変える。
どんなに可愛くても、どんなに幼くてもツバキのナビゲーターの実力は本物なのだ。
「ふむ。これならばさして時間はかからんだろう」
「さすがツバキたん。頼りになる」
「誰がツバキ『たん』だ。そのような呼ばれ方は好かん。
まったく、あっちへふらふらこっちへふらふら。男ならもっとしゃっきりしたらどうなのだ」
「何を言うんだ! 俺は最初からツバキたん一筋!
アナダガー! スキダカダー!」
俺は昔あったらしいテレビコマーシャルの真似をしてみた。
それを聞いてふぅとツバキはため息をついた。
「私が言ったところで改めるようなお前でもなかったな」
最近、呆れられることが多いような気がする。
まずい。もしかして俺飽きられてる?
『好き』の反対は『嫌い』ではなく『無関心』だと言った人がいるみたいだが、まさに今俺その状況? スルー?
俺はこの現状を脱するためシリアス顔+ニヒル声で話を進めることにする。
「あと少し調べて欲しいことがあるんだが」
「なにを急に変な声を出しているんだ。その変な顔もやめい。なんかむかつく」
「ちくしょー!」
俺はバンバンと壁を叩いて悔しがった。
「相変わらず訳の分からん奴だな、お前は。
まあいい。いつも一人で動くお前が私に助けを求めるのは珍しいことだからな。興味があるから話せ」
視線をモニターに戻してツバキが話の続きを促す。
興味が……ある? 俺に興味がある? 『無関心』の反対って『興味』でもあるよな? ってことはえーっと『嫌い』の反対は『好き』でもあるから……。
『興味』=『好き』!?
ツバキたんは俺のことが好き!?
「俺も大好きだ、ツバキたん!」
だきっ!
「きゃ!?」
いきなり俺に後ろから抱きつかれてツバキたんは眼を白黒させて驚いた。
「うざい! 離れんか!」
だがすぐに振りほどかれる。きっとこれも一種の愛情表現なのだろう。なんたってツバキたんは俺のことが好きなんだからな、うんうん。
嗚呼、女の子って難しいんだなぁ。
「ヒューマンイーター事件って知ってる?」
俺はにこにこしながら話を進めた。