其の11
私たちは場所を屋上に移していた。
「くそ……!」
現在の桜咲さんの状況を説明し終えた彼の第一声がそれだった。
「状況は悪くなっているんです。このままでは桜咲さんの身が危ないかと」
「くそ……面会の時に娘と話していたことを誰かに聴かれていたのか……!」
「研究の話をしたんですね、桜咲さんに」
「ああ。君も知っているだろうが、娘はあれで頑固なところがあってな。二度とこの研究所に近寄るなと言っても一向に納得しなかった。だから、仕方なく真実を話してここから遠ざかるように言ったんだ」
「面会室は盗聴機が仕掛けられているのかも知れませんね。何にせよ極秘事項を知った桜咲さんは博士と別れた後、捕まった……と」
「……娘を守るためにこの研究所にきたというのに……なんということだ……」
頭を抱えてうめく桜咲博士。
「君はなぜここにいる。まさかそのことを伝えるためだけに来たわけでもないのだろう?」
「はい。実は……」
私は周りを見回し、誰もいないことを確認して声を潜めた。
最初は見るも無惨な桜咲博士だったが、私の話を聞くうちに少しづつ血の気が戻ってくる。
「アンサラー……。本当に実在したのか……。
いやそうだろうな。でなければあんな……! 化け物を……!」
桜咲博士が怯えるように震え始める。
「化け物……? 一体、あなたたちは何の研究をしているんですか? “コード:A”計画とはなんなんですか」
「世にも恐ろしい実験だよ……! 神をも恐れぬことを我々はしているんだ……!」
「遺伝子操作の人体実験……ですね」
私の言葉に博士はハッと私の顔を見た。そして苦虫を噛み潰したような顔で歯を食い縛る。
「ああ、その通りだ。我々は化け物をつくりだしているんだ……」
「化け物……」
「“アポカリプス”。それが“コード:A計画”の要だ。一般人を使った人体実験もすべては“アポカリプス”を完成させるためだ。
今まで何人もの人間が犠牲になっている。実験に耐えれず肉体がキメラ化して……最期は原型が留められなくなって弾け飛ぶ」
私は逃げた男性がまさにそうなった瞬間を目撃している。
なんと惨たらしい実験をしているのだろうか。考えただけで胃からこみ上げてくるものがある。
「でも何のために?」
「奴ら潰すつもりなんだ」
「潰す? 何をです?」
そんな化け物を生み出して一体テトラポッド社は何をしようというのか。
「アンサラーをだよ」
「アンサラーを……潰す?」
「詳しい理由までは分からない。だけど奴らはアンサラーにとって変わるものを造りあげようとしているんだ。アンサラーを雇うには莫大な報酬がいる。だが人造生命体ならどうだ。かかるのは制作費のみ」
「そんな……お金のために人の命を……!」
私の悲壮な表情を見て、彼は心配そうな表情になる。
「君のような子がいるべき場所ではない。すぐにここから逃げなさい。もし君が内通しているのがバレでもしたら――」
「そうはいきません。私にはやらなければならないことがありますから」
桜咲博士は顔をあげた。
「ここで行われていることは許されることではありません。絶対に止めないと。それに私の可愛い後輩も助けないといけませんし……ね?」
私がウィンクしてみせると桜咲博士は朗らかに笑った。
「娘は素晴らしい先輩の元で学園生活を送っていたんだな。川澄くん、私に協力できることがあればなんでも言ってくれ」
「はい。その時はお願いします」
握手するそんな二人を物陰から見つめる人物がいたことに、私たちはその時まったく気づいていなかったのでした。
◇◇◇
“アポカリプス”の製造。それが“コード:A計画”ってわけか……。
しかし――
「アンサラーを……潰す? なんのためにだ?」
先輩の報告を受け俺たちは首を傾げる。
「アンサラーの仕事を企業が請け負うようになっても利益はたかが知れてるわよね。確かに将来的な眼で考えればアンサラーよりも“アポカリプス”を製造する方が経費は削減できるかもしれないけど……。
それにしては――」
エリの言葉をとってツバキたんが続きを発する。
「うむ。リスクがあまりにも高すぎる。人体実験がバレれば経営どころの話ではなくなる。国民からバッシングの嵐を受けることになるぞ」
「ということは、その奥にまだ何か目的が……ある……のか……?」
ふぅむと俺は事態を整理すると共に考えを巡らせる。
確かにアンサラーは一つの仕事毎に多額の報酬が必要となる。それに比べれば初期研究費は莫大にかかるものの、“アポカリプス”とやらの製造が可能となれば後は量産すればいいだけ。そうすれば報酬の必要の無い使い捨てアンサラーの出来上がりだ。
エリの言うとおり、長期的な目線でみるならば“アポカリプス”の方がアンサラーよりも安く上がる。
だが、しかしこれではあまりにも動機が薄い。ツバキの言うとおり、それだけのために一般人を誘拐して人体実験を行うなんてリスクを背負うだろうか。
もっとこー、テトラポッド社には焦りのような急いでいるようなものを感じる。
それに、ただアンサラーに打って変わるだけのものを製造するというのなら政治家を狙って殺す意味も無い。
……アンサラーに打って変わる……。アンサラーを潰す……か。アンサラーを潰す、ねー……。
と、その時だ。
俺ははっと顔をあげた。
「アンサラー潰し! そういうことかよ……!」
「なによ、急に……」とエリが驚いたように俺を見る。
「アンサラー潰しだよ、アンサラー潰し! アンサラーが消えたらどうなる!? テトラポッド社の目的はこの後だったんだよ……!」
俺のその言葉にエリ、ツバキ、シズルさんの瞳に理解の色が灯った。
アンサラーが消えることのその真意に気づいたのだ。
この経済社会からアンサラーが消えれば――
「……そういうこと……! やってくれるわねっ……!」
ガツンとエリが壁を殴る。
「なるほど。大それたことを考えだしたようだな、テトラポッド社は」
ふぅむと唸るツバキたん。
「どうやら規模はこの街だけの話でなくなったようね」
シズルさんが静かに眼を瞑る。
「え? え? なにが?」
と、水崎だけが分からないでいる。
「ちょ、ちょっと……。私にも分かるように説明してよ。みんなだけで盛り上がってないでさ……」
俺は水崎の眼を見た。
「テトラポッド社が企んでいるのは……経済社会の崩壊だ……!」
アンサラーが消えることの意味。
社会情勢は皮肉なことにアンサラーという闇の部分があるからこそ回っている。アンサラーは詰まる所、経済のバランサーの役割を担っているのだ。
それが消え、特定の企業――テトラポッド社の息がかかった“アポカリプス”がはびこるようになれば、経済はテトラポッド社の思うがまま。
恐ろしいのはそれからだ。
経済をテトラポッド社が独占すればどうなるか……!
国はテトラポッド社に頼るしかなくなる!
つまり、ゆくゆくはテトラポッド社が国を牛耳ることになる!
おそらくそれが……本当の企み!
国家政府転覆……!
静かにじわじわと、テトラポッド社はこれを狙っていたのか……!
俺はドンと机を叩いた。
「樹……。……なんだかんだ言ってこの事件のこと真剣に取り組んでたのね……」
エリは神妙な表情を浮かべ、胸の前でぎゅっと拳を握る。
「くそ! 忙しすぎてすっかり『マジカル☆きゅ~と きづなちゃん』見るの忘れてた……!」
『………………』
部屋の全員に冷ややかな目線で睨まれたので俺はコホンと咳払いをした。
「いや冗談ですよ? 場を和ませようとしたジョークですよ?」
「だとしたらウィットのかけらもないくだらないジョークね」
腕を組んだままエリは俺を睨み続ける。
「ちなみにきづなちゃんはちゃんと録画してるから、お気になさらず。ほらデータチップ貸してやるよ」
俺は内ポケットからデータチップを取り出してエリに渡した。
「ありがと」
べきっ!
受け取った瞬間、エリはデータチップを手で真っ二つに折った。
「ああああああああ……! ……きづなちゃんが……折れた……。 この鬼畜!」
俺は床に落ちた二つに分断されたデータチップを見ておいおいと涙を流した。
「しかし日本転覆とはな……。まさかこの事件がここまで大きくなるとは……」
ツバキたんがぎぃっと深く椅子に腰をかけた。
「私、まだ頭が混乱してるんだけど……。話の規模が大きすぎて……」
ずっと黙って聞いていた水崎は苦笑いして頬を掻く。
「混乱ついでに一つ疑問があるんだけどいい? 政治家を狙って殺しているのは何のためなの?」
「テトラポッド社が狙っているのは国家転覆よ。推論の域を出ないけど、おそらくその企みの邪魔になる政治家を消しているのでしょうね。企業がアンサラーを使ってライバル企業の重役を殺すのと同じ理屈よ」
シズルさんのその言葉に水崎は『ああ、なる』と拳を手の平に振り下ろす。
「時間がない」
俺は単的に今の状況を言葉にする。
“アポカリプス”が実用の段階に入りつつあることはこれまでの事件からしてほぼ確証的だ。おそらく今、行われているのはちゃんと抹殺できるかどうかのデータ収集と、微調整。完成に至るまでもう幾ばくの猶予もないだろう。
「そうね。すぐにでも動きたいところだけど……何か良い案は?」
エリが周りを見回した。
「はいはーい!」
それに俺はすぐに手をあげる。
だがそれを無視して頭をひねるみなさん。
「何かいい案は……うーん」
「だからあるって! 案! 聞いてくださいよ橘さん!」
ギャゴン!
橘さんのヤクザキックが俺の頬をかすって後ろの壁に穴を穿つ。
「その名前で呼ばないでって何度も言ってるわよね」
「まあまあ。まずは俺の考えをきいてくれよ」
「そんなに自信があるのなら言ってみろ」
ツバキたんがGOサインを出してくれる。
「よしきた!」
俺はぐっと親指をたて笑顔で言いはなった。
「あの研究所を爆破しようぜ!」
きゅぴーんと俺の白い歯も光っているはず。
しーん。
「あのね……あんた真剣に考えなさいよ」
水崎が呆れたように俺の頬っぺたをつねってくる。
「いや、案外いいかもしれん」とツバキ。
「そうね。アリだと思うわ」とシズル。
『えええええええええ!?』
俺と水崎は二人して驚く。
「ってなんであんたまで驚くのよ!」
「いやだってテキトーに言っただけだし」
水崎にツッコまれて俺はてへりと頭を掻く。
「しかし問題はあの研究所を潰しても第二、第三の研究所がつくられるだけということだろう。これでは事件解決を先延ばしにしているだけだな」
後のことを冷静に分析するツバキたん。
「そうね。資料を回収して事件の全容と一緒に世の中にこのことを公開すればバッシングは必至。それに期待しましょ。それと今後こういうことがないように社長を殺しておきたいところだけど」
その言葉にシズルがかたかたと手持ちパソコンを操作した。
「テトラポッド社の河岸木田社長が研究所を訪問するのは……明日ね」
「グッド! いいタイミングね。流れがきているわ」
パチンッと指を鳴らす橘さん。
三人の話を聞いてぽかーんとしている水崎。
そんな水崎に近寄ると俺は静かに耳打ちした。
「なぁ怖いよなぁこの人たち。平気で人殺しの相談できるんだぜ」
「黙ってなさいエセアンサラー!」
アゴを思いっきり蹴りあげられ、俺の意識を闇の中へと落ちていくのだった。




