其の4
翌日の夜。
「そうですか。分かりました」
通話を終え、エリがPCをぽいっと放る。
「何かあったのか?」
俺は自宅から持ち込んだ『まじかる☆きゅ~と!きづなちゃん』のフィギュアを手入れしつつ問うた。
「政治家がやられたわ。今回は三人いっきに」
「一晩で三人を消したのか!?」
俺は驚きのあまり掃除していたきづなちゃんのフィギュアを机から落としてしまう。
『マジカルマジカル☆ きゅ~っと解決!』
落とした反動でフィギュアが喋りだしたがそれはそれ。このフィギュアは中に機器が埋め込まれており、振動に反応して喋るのである。
「みたいね。手口も同じ。“ヒューマンイーター事件”の同一犯とみて間違いないわ。
ただ一つ違うのは――」
「? 違うのは?」と俺は話の先を促した。
「犯人が警備員に姿を見せていることよ」
「なっ!?」
姿を……見せた……!?
『きづなちゃんにきゅ~っとお任せ☆』
落としたことで壊れてしまったのかきづなちゃんフィギュアが勝手に喋りだしているが放っておこう。
しかし信じられない。今の今まで何の感情も無くただただ人を殺し、余韻も残さなかった犯人が……。
『マジカルマジカル☆ きゅ~っと解け――』
「うるさい」
ボキッ!
エリがきづなちゃんの頭をもぎ取った。
「ぎゃあああああああ! 喋るきづなちゃんフィギュアがああああああ!」
「そのおかげで今回は病死や突然死って方法はとれず、情報規制もできなかったみたい。現在、ニュースで流れているそうよ。殺人事件として」
きづなちゃんの頭をぽいっと放って何事もなかったように話を続ける橘さん。
『もう許ざナインだザザから! きゅ~っと退治してザザあゲル☆』
床に転がった頭がタイミング良く呪いの言葉を発していた。もうこりゃホラーの領域だぞ。
エリがテレビをつけると、まさにその事件をニュースで取り上げているところだった。
慌しくキャスターに原稿が渡され、ニュースが読み上げられる。
『い、今入ったニュースです! 今日、夜七時頃、政府役員である沼日原久宗、経済産業大臣政務官宅へ何者かが侵入し殺害したとの急報が入りました……! 続いて同七時半に安全保障理事、巳人崎克栄衆議院議員が、同八時に蓮古里直唯防衛事務次官が殺害された模様です……! 国家政府に恨みを持つ者の犯行である可能性が高いと見られ、警視庁は『非常に狡猾で残忍な手口』と事件の解決と究明を急いでいます……! どうやら目撃者と中継が繋がっているようです……!』
「犯人を見たって警備員か」
俺はテレビの前に椅子を持ってきて、どかっと座り、テレビの音量を上げた。
テレビに警備員のおっちゃんが映される。
『物音がしたんですよ。それで見に行ったら彼はもう……。そして振り返ったらいたんですよ』
『犯人ですか?』とマイクを持った女性が彼に問う。
『あ、ああ、そうに違いない』
『犯人はどんな格好をしていたんでしょうか?』
『女だった。髪の長い女。黒いコートを着て、緑の瞳をしていた』
黒いコートに……緑の……瞳……。
俺の脳裏にとある女性の姿が浮かぶ。
――樹……。あなたを自由にしてあげる。
…………。まさか……な……。
ガシャン!
背後で何かが割れる音がする。
振り返るとエリがカップを落としたらしく床で粉々になっていた。
「黒いコート……緑の瞳の……女……」
エリはそう震える声で呟いた。
「あん? なんだ? 心当たりでもあるのか?」
俺の視線に気づくとエリはハッとして顔を伏せる。
「…………。……いえ」
小さくそう答えるとエリはカップを拾った。
「あんたこそ、心当たりは? 知り合いのアンサラーとかどうなの?」
「ところがどっこい思い当たる人ならいるんだよな。だけど彼女はもう……死んでる」
「…………ええ、そうよ。そうよね。死んでちゃ人も殺せないわよね」
そうだ。彼女は――“クイーン”は既に死んでいる。
だっていうのに、この不安はなんだ。
何かが引っかかる。
何かを見落としているのか?
「にしても、いよいよやっこさん方が本気で政府を潰しにきたか。経済産業大臣政務官、安全保障理事、防衛事務次官……。そうそうたる顔ぶれだな」
「でも理由が分からないわね。なぜ政府側であるテトラポッド社が政治家を狙うのよ」
「消された政治家に共通点は?」
「それが全然。何か目的があって消しているのは確かだと思うんだけど」
「ま、流石にここまでやっといて愉快犯じゃ面白くない冗談だな」
と、その時だ。
ピンポーン!
インターホンが来客を告げる。
『!?』
有り得ないことに俺とエリは顔を見合わせた。
このセーフハウスのことを知っている人物は限られている。
しかし俺たち、いやエリに関してはロッジの一件でテトラポッド社から狙われているはずだ。
つまり、ここを突き止めたテトラポッド社が襲撃にきてもおかしくはないわけで。
同時に銃を取り出し、机をバンと倒してバリケードにする。
俺とエリはリビングから玄関へと続くドアを挟んで壁を背にした。
どくん、どくんと静かに緊張の鼓動をしめす心臓。
一体、誰が来たっていうんだ……。
不意にエリがくいくいと指で指示を送ってくる。
俺に行けってか……。
俺は肩をすくめて言った。
「レディファーストだ」
するとエリは『はあ』とため息を吐いた。
そして次の瞬間。
俺がドアを静かに開けると同時にエリが無音で玄関近くにある風呂場に続く廊下へと移動する。
ピンポーン、ピンポーン!
再びチャイムが鳴った。
エリが忍び足で扉に近づき、外を確認する。
そしてふうっと安心したように息を吐いた。
俺の方に振り返ると彼女は銃を腰になおして言った。
「お友達よ」
エリが扉を開けると、そこにはツバキたんの姿があった。
ツバキたんは持っていたコンビニの袋を掲げる。
「ほれ差し入れだぞ。今回は私もちゃんとナビゲーターとしての役割をせねばならんだろう」
「ツバキたん! 気がきくじゃないか! っと、ありゃ?」
俺とエリはツバキたん以外のもう一人の人物に気づく。
そうだ。ツバキたん以外にそこには驚くほど綺麗な女性が立っていたのだ。
「シズル! なんでここに!?」
誰だ? エリの知り合いみたいだが。
「私もツバキ先輩と一緒よ。協力するわ。相手はテトラポッド社……二人だけじゃ一筋縄ではいかないわよ」
『ツバキ……先輩?』
俺とエリはツバキたんに眼をやった。
「? なんだ?」ときょとんとしているツバキ先輩。
「ツバキ先輩は私の師よ。彼女はサーチャーだったのよ。六年も前の話だけれどね」
「はあ!? 六年って!? ツバキたん今、何歳なんだよ!?」
「れでーに年齢を訊くとは失礼な。少なくとも私はお前より年上だ。見れば分かると思っていたが?」
分かるわけねーだろ、というツッコミは入れないでおこう。今回の件でツバキたんの助力は必須だ。
「立ち話もなんだし、中に入って」とエリが二人を中へ促した。




