其の1
俺は自宅へ戻ってきていた。
冷たいシャワーを浴びて頭を冷やす。冷静になって考える必要があった。
彼女――ガーディアンが話したことはそれだけの時間を必要とする内容だったのだ。
俺はつい先ほど、彼女と話したことを思い出す。
◇◇◇
『いいえ、アンサラーである、貴方に』
なんとなく分かってたけどバレてる上での急襲だったか……。
『今、依頼って言いました?』
『ええ』
俺は彼女の両の手をがしりと掴んで、瞳を見つめた。
『受けます。貴女とならどんな困難な任務も達成してみせます』
『暑苦しいわね。離れてくれない』
情熱的な熱視線の俺とうって変わって彼女は冷ややかに俺を睨んでいた。
どうやら恥ずかしがり屋さんらしい。
俺はそう勝手に納得すると仕方なく手を離した。
彼女は微妙に俺から距離を置きながらうんざりとした様子で金色の髪を掻き揚げる。
『依頼の話をしてもいいかしら』
『どうぞ、マドモアゼル』
紳士的スマイルで話を促す。
『…………。まあいいわ。これ見て頂戴』
彼女はひゅっとこちらへ何かを放った。
手で受け止めその何かを見てみると、それは手の平サイズのチップだった。
データチップだ。昔で言うところのCDやDVDの役割をする機器である。この中には従来のそれよりも遥かに膨大なデータ量を含蓄することができるのだ。今では一般化されていて低価格で販売もされている代物だ。しかしCDやDVDがそうであったのと同様にこれ単一では何の役にも立ちはしない。これを読み込む機器が必要なのだ。
詰まる所のPCである。PCとはパーソナルカードのことで、これまた昔で言うならば携帯電話というのが適当だろうか。だがその機能性と実用性は携帯電話の比ではない。電話、メールなんてものは当然のこと、ミュージックプレイヤーやゲームと様々な機能が充実した機器なのである。
今の現代、パーソナルカードを持っていない人間などほぼ皆無だろう。なぜならばこのパーソナルカードは一種の身分証明書のようなものにもなるからだ。学生証明書からレンタルビデオ店の会員証まで多くの証明書を登録することができる。
そんな大事なものを持ち歩くことに抵抗を感じる人もいるだろう。そのことを考えてか、パーソナルカードは本人の指紋や声紋などでしか起動しない設定になってあるのだ。例え盗まれたところで本人がいなければただの薄っぺらい電子機器でしかない。
まあ、一部の地域の人間は持ってないだろうが……。
それはまた……別のお話。
俺は昔あった機関車アニメ(?)のナレーション風にまとめて、データチップをPCに差し込む。
その中にはいくつかの画像と資料が入っていた。
その資料の表題には『ヒューマンイーター事件』とある。
画像を開けてみて俺の心臓がどくんっと大きく鼓動した。
なんというか……その画像には男の死体が写っていたのだ。
しかもただの死体ではない。
俺は一目見ただけで理解した。
これは“異常な死体”だ。
かろうじて人型であるが、その節々はあまりにも欠損している。しかもその欠損具合は刃物や銃器といった道具を使っていないようだった。なぜ俺がそう思ったのかというと、とれた腕から筋肉が糸のように伸びきってはみ出しているからである。
切断したのではない。
まるで引き千切られたようだ。
考えられないことだった。人間の筋力ではヒトの腕を引き千切るなんてことは不可能だ。
どんな方法であったにせよ、これはあまりにも人間外の殺害方法であることに違いはない。
他の画像もどうせこんな死体が写っているんだろう。
俺はその一枚だけで他の画像を見る気をなくすと、PCから視線をあげて女の顔を見た。
そしてニヒルな笑みを浮かべて言ってやる。
『……吐いていい?』
『……呆れた。……死体を見るのは初めてです、なんて言わないわよね?』
こんなひどいの見たら誰でも吐きたくなると思うよ、おねーさん!
『これ……なに?』
『分かるでしょ。それを創り上げたのは人間であって“人間”じゃない』
『少なくともこんなこと俺にはできないよね。技術的な意味でも、人間的な意味でも』
『そこに写ってる死体は企業の重役や政治家。職業はバラバラよ。だけど一つの共通点があるわ』
『へぇ、興味深いな。でもそれよりも興味深いのはキミのことなんだけどな』
キラッと白い歯を光らせてみせる。
『それは国家政府の重要な役人でもあったってことよ』
はい、スルー頂きました!
缶があったら『ちぇっ』とか言いながら可愛く蹴飛ばしたい気分だ。
『政府としてはこんなことをした馬鹿を放っておけないわ。
そこで貴方への依頼』
彼女が言いたいことを読み取って先に口にする。
『犯人を捕まえろって?』
『そういうこと』
『だが断る』
俺はどこかの漫画家のようにきっぱりと断言してやった。
『この俺が最も好きなことの一つは自分で強いと思ってる奴に「NO」と――』
『そういうわけにはいかないわ』
あぁん! まだ台詞の途中なのに! ガーディアンったら恐ろしい子!
『あのー、申し訳ないんですけど俺は小さい依頼専門なんですよ。国家政府なんてところから来るような重要な依頼は他のアンサラーを当たって欲しいんだけど……』
『そうね。私もそうしたいわ。あなたがどんな人間なのか、今までこなしてきた仕事の数々を調べさせてもらったもの』
大変遺憾なことではあるが、どうやらアンサラーの辞書にプライバシーという単語はのっていないようである。
そこで俺はハッとした。
こうなってくると俺の部屋にあるエロ雑誌の山も気づかれているかもしれないじゃないか!
『……なに頬を染めてるのよ。気持ち悪いわね……』
俺がくねくねと体をよじらせているのを見てさらに半歩退くお姉さん。
『……ち、違うんです……! 健全な一六歳には仕方が無いことなんです! みんな男の子は持ってるもんなんです!』
俺は拳を握って必死に訴えた。
『は、はあ? 一体、何の話よ……』
眉を曲げて訝しげに俺を見ているおねーさん。
『新谷樹。高校二年生。三年前にこの街に引っ越してきてるわね。アンサラーとして政府に登録されたのはその時から。情報の工作、奪取が一七八件、窃盗が五六件、殺しが0件。任務中に死人を出したことがないどころか、負傷者さえほとんど出していない。
とんだアンサラーね。探偵ごっこの方が似合ってるわ』
彼女は肩をすくめてみせた。
探偵ごっこって……。まあ確かに本人もそのつもりなんだけどね。
別に好きでアンサラーなんてやってるわけじゃないし。悲しいかなこの世知辛い世の中は愛だけでは生きていけない。両親のいない俺はどうしても先立つもの――要するに金のために働かなければならないのだ。
『殺さずが信条なもんで。別に某剣客漫画を読んでそうしようとか思ったわけじゃないよ?』
『はぁ……マンガって……。どうしてあの人があんたを指名したのか本当に理解できないわ。あんたみたいな安っぽいアンサラーと組むなんて不安で仕方ないけど、命令は絶対。辛いところね』
『あの人?』
『依頼人よ。私はあんたに調べさせるよう頼まれているのよ』
ほう。面白いことをおっしゃる。こんな厄介事に俺を関わらせようとしている人間がいるとな?
是非、ぶん殴ってさしあげたい。