其の12
「ここが俺たちの愛の巣か」
「何が愛の巣よ。言っておくけどちょっとでも変なことしようとしたら殺すわよ」
エリは長いボストンバッグを両肩にかけ両手にも持ちながら中に入っていく。そしてリビングに行くと早速バッグの中身を取り出し始めた。
マシンガン、スナイパーライフル、電磁レールガン、手榴弾……ってもう少し女の子っぽいものは持ってきてないのか、この人。
だがしかし! 男性諸君よ! 聴いて欲しい! これら四つのボストンバッグの中には絶対に彼女の肌着も入っているはずなのだ!
ああ、分かっているとも! 任せておけ!
ここで動かずして何が男――いや漢か!
俺はカメラ目線でぐっと親指を立てて見せた。
ちらりとエリの方を確認してみると、彼女は銃火機を組み立て、並べることに完全に気をとられているご様子。
俺は手近にあった彼女のバッグを開けてみる。
な~にが~でるかな~。
そこには――
『男性の意識を変えるフリルファッション』という雑誌が入っていた。
…………フリル?
俺は橘さんがふんわりフリルなスカートを翻してる姿を想像してみた。
「………………」
俺はその本を静かにバッグの中へ戻し、ジッパーを閉じる。
「? どうかした?」
「あ、いや……別に……」
俺は彼女をちらりと見て眼を泳がせる。
「なによ? 勝手に私の荷物触ったら怒るわよ」
「ああ、分かってる。なあ、エリ」
俺は哀れむように彼女を見た。
「お前は充分、今のままで魅力的な女性だよ」
「はあ?」
何言ってんの、コイツとばかりに眉を曲げるエリ。いや、何買ってんの、お前と言いたいのはこっちだから。
「急に言っておきたくなったんだ。気にしないでくれ」
おいおいと涙をぬぐう俺を見て訝しげな彼女。だが俺の近くにあったバッグを見た瞬間、彼女の顔が『かーっ!』と赤くなった。
「あんたまさか……!」
「橘さんがフリルなんて着たらへぎょろ!?」
彼女のコークスクリューパンチを頬に受けて俺は体を回転させながら吹っ飛び、壁に背中をうちつけた。
「最ッ低ね、アンタ!」
「すいませんでした。まさかそんなものが出てくるとは思っていなかったので……」
俺は正座して頭を下げた。
「はあ……。珍しく反省しているみたいだし、もういいわよ。つーか、慣れたわよ」
途端にぱあっと明るい顔をする俺。
「じゃ、じゃあお詫びに片づけ手伝うよ」
「いいわよ、別に。自分でやるから」
後ろ手にひらひらと手を振って、バッグの元へ戻るエリ。
「まあまあ、そう言わずに。これはどこに納すのかな~?」
「だからいいってば! ちょっと……! 荷物に触らないでよ!」
「遠慮するなよ」
俺たちは二人で一つのバッグを引っ張りあい始める。
「遠慮とかそういう問題じゃないのよ! だってそのバッグの中身は……!」
とその時だ。互いに引っ張りあったせいでジッパーが壊れ、その反動で中身が空中に放り出された。
ばさっ!
ひらひらとソレは宙を舞って自分の頭にのっかったものをつまんで目の前に持ってくる。
「げ!」と思わず声が出てしまった。
それはなんというか橘さんの下着だったのだ。
エリは並べた銃火器のところまで無言で歩いていくと、一番でかい電磁ガトリング砲を両手で抱え上げた。
連射性能にも優れ、その威力は戦車の装甲をも貫くという代物だ。
でも、いくらキレたとしてもまっさかそこまでは……。
とか思っていると、エリは慌てず騒がずセーフティーを外しやがるではないか。
まず……! コイツ、本気……逃げ……! いや無理……ころさ……!
俺の体が反射的に逃げようと動き出す!
だが――
「Have a nice die」
ドガガガガガ……!
まるで工事中にドリルで地面を掘っているような騒音とともに弾丸が連射された!
瞬間、アンダーソンくんもびっくりなほど世界がスローモーションになる。
「ぎぃいいぃぅゅうわあぁああぁあぁっ!」
「しぃにぃなぁあさぁぁぁあいぃっ!」
銃弾が床を穿ち、砂埃が巻き上がる。
俺は脅威の回避能力で自分に向かってきた銃弾を避け、転がり出るように部屋の扉を突き破って外へ脱出するのだった。
◇◇◇
ぐつぐつぐつ。
いい感じに煮えてきたカリーをおたまですくって口に含む。
うむ、うまい。成層圏までぶっ飛びそうなうまさだ。
俺は鍋を持ったままガムテープで蝶番を固定したリビングへの扉を開ける。
「おーい、できたぞー」
そして鍋を蜂の巣になった机に置いた。
「結局カレーにしたわけ?」
割れた窓ガラスにダンボールを張る作業をしながらエリはそう言った。
「このカリーをただのカリーだと思ったら大間違いだぞ、愚民」
「はあ? たかがカレーに対した違いなんてないでしょ。当たり外れの無い料理じゃない、カレーなんて」
エリは手に持っていたガムテープをその場において、こちらにやってこようとした。すると、まだ充分に固定できていなかったのか、窓に貼り付けていたダンボールがべろりと剥がれる。
「…………#」
あ、イラついてる。こいつ意外に不器用でやんの。…………別に意外でも何でもないか……。まあそれはともかくとして――
「カレーじゃないカリーだ!」
俺はだんっと机に拳をふりおろす。すると穴だらけになっていたこともあり、簡単にその部分だけ割れてしまった。
「カレーでもカリーでもなんでもいいわよ」
はあ、と本当にどうでもよさそうな橘さん。
ぷっちーん。
そのあまりにカリーを冒涜するような言い草に俺の額の血管が限界に達した。
「ばっかもーん!」
俺はどこかの派出所の部長さんみたく怒鳴ってちゃぶ台をひっくり返した。
「ちょっと!」とエリが慌てて空中でカレー鍋をキャッチした。
俺が半壊して裏がえった机を元に戻すと、エリはほっと息を吐いて鍋を置いた。
「ふぅ。思わずカリーを台無しにしてしまうところだったぜ」
額の脂汗をぬぐい、カリーに大事がなかったことに安心する。
「何がしたいのよ、あんたは」
じとりとした眼で俺を見ている橘さん。
「ふん。聞いて目玉を飛び出すがいい。このカリーにはな。樹マジック特製七種のブッダが求めた幻の大変有り難い伝説の万病に効く宇宙パワーが詰め込まれた貴重な香辛料が使用されているのだ!」
ざぱーん!
俺の背後に津波が押し寄せた。
「凄いと言いたいのは分かったけど尾ひれが尽きすぎて信憑性が薄くなってるわよ。てゆーか、うさんくさい」
「えぇい、黙れ! ならば食ってみるがいい!」
「やっと食べさせてくれるのね」
はあとため息をついて樹マジック特製(中略)香辛料を使ったカリーを口に含む。
刹那!
ズガシャアァーーン!
エリはスプーンをくわえたまま雷に打たれたような表情をする。そしてぷるぷると震えながらスプーンを握りしめ、眼から光線を出しながら立ち上がった!
「うまぁーーーーい! この口の中でまろやかに広がるカレーいやカリーの風味! これは……まさに宇宙の広がり……!? そう、まるでビックバンのよう……! 至高の一品と呼ぶにふさわしいカリー!」
その姿はどこかの美食家のおじさんのようだ。
「一体……一体何を入れたの!?」
「決まってるだろ。あ・い・じ・ょ・う」
そう言ってウィンクするとエリは急に冷静になって座った。
「なんか萎えた」
「ええええええ!?」
仕方なく俺も座る。
かくして俺たちは無言のままカリーの消化に当たるのだった。




