其の2
ちーん。
ロッジについても俺は口から半分魂が抜けかけた状態でだらりと座席に座っていた。
「だ、大丈夫か、みんな……」
後ろを見てみると水崎と菊はごちゃごちゃと入り乱れた状態で眼を回していた。
「ら、らいりょーふれふ~~」
頭と足が逆さまになっている菊らしき人物の声が聞こえてくる。
「い、いきへる? いきへるのわらひ?」
水崎はくるくると頭を回転させながら何かうわ言のように呟いている。
「まあ、いい景色ですね」
みちる先輩はといえばすくりと立ち上がると何事もなかったかのようにすたすたと新雪を踏みしめて、うーんと気持ちよさそうに伸びをした。
あ、あの人……エリのあの運転で何ともないのかよ……。相変わらず凄い人だな……。
俺はくらくらとふらつきながら、扉を開けて雪を踏む。
ジャッジャと小気味良く雪が鳴く。
このロッジは小高い丘に建っているらしい。長い雪の坂を下ったところにスキー場が見えている。
どうやらスキー坂と真逆の位置にこのロッジはあるらしい。
その景色のよさに俺も思わず言葉をなくしてしまう。
夕方の赤い光を浴びて、白の坂がきらきらと赤く輝いているではないか。
スキー場では米粒みたいな点がすいすいと動いている。
うーむ、ツバキたんめ。よくこんなところ見つけたなぁ。感謝の気持ちを込めて俺のヌード写真を送っておこう。
◇◇◇
ぱおーーん!
樹からのメールを開いた私はソレを見て固まってしまっていた。
何かの見間違いかと思い一旦、PCを閉じ、深呼吸をし、もう一度確認してみる。
ぱおーーん!
私の頭がソレを認識すると同時にびきりと額に青筋が立った。
ばきん!
手に力が入りすぎたせいか、PCのモニターにヒビが入っていた。
◇◇◇
あっれー? ツバキたんから何の返事もないなぁ。忙しいのかな?
「ちょっとー! 寒いんだから早く開けてよー!」
遠くからエリの声が聞こえてくる。
まったく……。感動のない奴だ。
俺はロッジの鍵を開けて、荷物運びを開始した。
荷物を運び終わった頃には水崎と菊も歩けるようになってロッジの中にやってくる。
「うっわ~、ひろーい」
菊は玄関で口をぽかーんと開けて突っ立っていた。
このロッジは玄関から入ってすぐリビングになっている。壁で隔てられることなくキッチンも見えていて開放感重視になっているようだ。二階は個室になっているようだ。
「へぇー、内装もいい感じじゃない」
水崎はとことこと中を見て回り始める。
パチッ……。パチパチッ……。
暖炉からは火にくべられた木々が爆ぜる音がしている。おそらくエリがやったのだろう。
あれ……そういやエリはどこに行ったんだ……?
俺がそう疑問に思ったのと同時に、すっかりスノボウェアに着替えたエリが二階から降りてくる。その手にはスノーボード。
「…………。なんだかんだ言ってお前も滑るのか」
「うるさいわね。ゲレンデを目の前にして私が滑らないわけないじゃない」
また唐突にスノーボーダーみたいなことを言い出す奴だな。
エリはゴーグルをかけるとそのままスキー場に向かって坂を滑って行った。
ロッジの中からそれを見送って俺はみちる先輩へと向き直った。
「どうします? 俺たちも滑りますか?」
「言っておくけど私そんな元気ないわよ」
ひらひらと手を振って暖炉の前のソファに寝そべっている水崎。
「そうですねー。晩御飯の支度もしなければなりませんし、滑るのは明日にしましょうか」
いつものごとくにこにことみちる先輩は笑う。
『はーい』と俺たちはそれぞれ返事をした。
◇◇◇
みんなで晩御飯を食べつつ談笑している時だった。
大きな音をたててロッジの扉が開く。
「?」
みながそちらを向くと、雪に吹雪かれて半身を真っ白にした廉人の姿がそこにあった。
「ああー! なんか忘れてると思ったら廉人! お前だったのか!」
俺はポンと手を打って納得したような素振りを見せた。
「嘘つけえええええええ! 忘れてなかっただろーが、お前えええ!」
大声を張り上げ荷物を玄関に投げ捨てる廉人。
「だって最近は空気だったし」
「今言ってはいけないこと言ったな、てめぇ!」
血の涙を流しそうな勢いでつかつかと歩いてくる。だが不意にくらりと体が傾いでそのまま床にダウンする。
どうやら彼の限界が訪れたらしい。
「あらあら。秋原くん、大丈夫ですか?」
「し、しっかりしろ! 春はすぐそこだぞ!」
俺は廉人の体を抱きかかえた。
「俺は……もうダメだ……。せめて俺の分まで……楽しんで……」
「死なないでー、秋原先輩!」
菊が髪の毛を振り乱して叫ぶ。
「フ……。お前らのこと、結構好きだったぜ……」
意識が落ちたように力が抜ける廉人の体。
「廉人ォーッ!
畜生! お約束という名の魔物が彼を……! 彼をこんな目に……!」
おいおいと廉人の死を悲しむ俺たち。
「…………。何やってんのアンタたち」
たっぷり滑ってきたらしいエリは冷ややかな眼で俺たちを見ていた。
こうしてなんとか全員が揃ったのだった。




