其の1
「はいはーい! 経研部のみなさんはこちらですよー!」
試験終わりで開放感バリバリの学生たちが下校していく最中、俺はパタパタと旗を振りながら校門に立っていた。
中にはちらりと奇異の眼で俺を見る学生たちもいたが、経研部の名を耳にすると『なんだ経研部か……』と言わんばかりに、っていうかあからさまに視線を反らす。
どうやらこの高校で経研部は触れてはいけない禁忌の世界らしい。
知ってたけど。
たぶん俺のせいだけど。
「経研部がそんなに変な存在か、アァン?」
俺は下校しようとしていた見たこともない男子生徒の胸倉を横からいきなり掴んだ。
「は? え? な、なんですか、急に!?」
「今、経研部だって、きもーい☆とか思ったろ、コラ」
「えええええええええ!? 思ってませんよ! 冤罪ですって!」
俺が暇つぶしに男子生徒に絡み始めたのを気づいているのか、気づいていないのか。俺の後ろにある赤いスポーツカーには気ダルそうにエリが運転席についている。
「なんでガーディアンの私がこんなことを……」とかさっきからずぅーっとぶつぶつ言っているがそれはそれ。気にしないでおこう。
下校中の男子たちがエリに気付くといちいち呆けたように立ち止まっている。まるでボーリングのピンみたいに集まって突っ立っているがそれも気にしないでおこう。
そりゃまあこんな金髪美人が真っ赤なスポーツカーで校門前にいりゃーなぁ。しかもオープン車。あ、オープン車っていうのは屋根のないやつのことね。
「えい☆」
俺はエリに見とれているピンたちに向かって胸倉を掴んだ男子生徒をそのままぶん投げた。
「わっ、わわわ!」
がすっ! どたどた!
『ギャー!』
男子生徒が当たってバタバタと将棋倒しになるピンたち。
「おー、ストライク」
俺が見事に倒れた男たちを見ていると声がかかった。
「…………もっと人目につかないようにできなかったの、アンタ」
最初に来たのは水崎だった。
「お、一番のりだぞ、水崎。よほどこの企画が気に入ったと見える」
「ま、悪くは思ってないわよ。試験勉強で鬱屈した気持ちを晴らせるし」
「ダイエットもできるしな」
「……っ! こぉの……!」
と拳を振り上げたところで、彼女はエリに気付いた。さすがに見知らぬ人の前ではツンデレの拳も鈍るようだ。
「あ、どーも。今日はお世話になります」
ゴス!
「ごはっ」
エリに笑顔を送りながら拳を俺の頬に打ちつける水崎。
初対面にも関わらず凶暴な性格を隠さないあたりがとても彼女らしい。俺はまだ水崎という人間を侮っていたようだ。
「いいわよ。これもシ! ゴ! ト! だから」
仕事の部分をえらく強調して俺をギンと睨みつけてくるエリ。
「お待たせしました」
「うわ! 凄い! 本当に旅行みたい! さすがですね、樹隊長!」
みちる先輩と菊がやってきた。
「ふふふ、そうだろうそうだろう。ロッジからの雪景色も見ものだぞ。今日はロマンチックにいこうか、菊」
俺は菊の顎を掴んでくいっと上にあげた。
「や~だ、先輩ったら!」
どごむ!
菊の結構本気な膝蹴りが俺の鳩尾に入って俺は無言で校門に手をつく。
「あら荷物入るかしら」と頬に手をあて小首を傾げるみちる先輩。
なにせ車体の低いスポーツカーのトランクだ。五人分の荷物を詰め込むのはちょいとキツい。
「大丈夫ですよ、先輩。この車こう見えてこうやって押し込めばほら、ぎゅーっと」
「あ、ちょっと! 私の車に傷つけたりしないでよ!?」
エリが慌てて車から出てくる。
「んあ? ああ、大丈夫、大丈夫。ちょっとトランクの下地凹んだくらいだ」
「ギャーーーー!」
詰め込まれた荷物を見て何やら叫んでいる金髪。
まったく、校門前で騒がしい奴だ。みんなが注目しているじゃないか。
「それじゃあ、そろそろ出発しましょーか!」
「殺す……企業を割り出せなかったら絶対に殺すわ……コイツ……」
何か恐ろしいことを呟きながら、運転席へ向かうエリ。
彼女はドアに腰をつくと、くるっと体を回転させ足を中にいれ運転席へと乗り込む。
おおー、さすが持ち主。様になるなぁ。俺も真似してみよーっと。
俺も助手席のドアに腰をかけ、くるっと体を回転させようとしたところでフロントガラスにがつんと足が当たる。
「ありゃ?」
橘さんは無言で俺の胸倉を掴んだ。
「次やったら殺す」
「…………すいませんでした」
俺はガクガクと震えながら助手席に着席する。先輩、水崎、菊は後ろの座席に座る。
「おー、革シートが気持ちいいな。いくらしたんだ?」
「千四百万よ」とミラーの角度を直しながら言うエリ。
「ブッ! 高ッ!?」
「せ、千四百万!?」
「あらあら」
その値段をきくと後ろの三人もいきなり居心地悪そうに身をそわそわとさせる。
「アンティークだもの。もうパーツが生産されてないから壊さないでよね」
「壊してもお前の給料ならすぐにもう一台買えるだろ」
「そういう問題じゃないでしょ!」
エリがキーをまわすと重低なエンジン音が鳴る。
「おっしゃー! 何か忘れてるような気がするけどしゅっぱーつ! 本当は気づいてるけどお約束という名の魔物には勝てないんだ! ごめんね廉人!」
「気づいてるなら乗せろよ、樹いぃいいい!」
なんだか真横から叫び声が聞こえるが無視しておこう。
瞬間、エリがエンジンの回転をMAXまで持って行く。そしてゴッゴッとトップギアに入れるとそのままクラッチを繋ぎやがるではないか。
ギャギャギャギャ!
タイヤの跡を残していきなり走りだす真っ赤なスポーツカー(千四百万円)。
「ぎゃあああ! ふざけんな! 壊すなとか言いながらクラッチがイカれそうな発進しやがって!」
「黙ってないと舌噛むわよ……!」
前に見えてくるT字路。
そしてバックミラーから見えなくなる廉人。
超速度で壁に迫る真っ赤なスポーツカー(千四百万)。
「ぶつかる! ぶつかるうう! こんな速度じゃ木端微塵になっちゃううう!」
するとエリはニヤリと不気味な笑みを浮かべハンドルを曲げる。
瞬間、ぐぐっと横にGがかかる。
「出る出る! 落ちるぅう!」
エリはクラッチを切るとサイドブレーキを思いっきりを引いた。
ギャギャギャギャギャ!
自然の掟に従ってお尻を振る真っ赤なスポーツカー(千四百万)。
「きゃああああああ!」
「降ろしてえええええ!」
「あらまあ」
後ろの席でも悲鳴が巻き起こっている。若干一名動じてない声も聞こえてきたが……。
ちょうど九十度に曲がったところでエリはサイドブレーキを戻し再びクラッチをトップギアで繋げ直し発進する。
「こんな住宅街で無駄なテク見せるな、バカやろおお!」
俺の叫びが街中を木霊するのであった。




