其の11
カポカポ……カポカポカポ……。
「歩きにくいわね。あんた足のサイズでかいのよ」
私と新谷樹は物影に隠れながらストレンジャーたちの本拠地脱出を試みていた。
「人から靴を奪っておいてよく言えますね」
私の足元を見て言う彼。
そう。鉄板を仕込んであるブーツをとられて裸足だった私だが、今は彼の好意にあやかって彼の靴を履いている。
「武器もないのに逃げられるかしら……」
私は人気のない廊下をすたすた歩きながら呟く。
あれからだいぶ時間が経ったせいか、ストレンジャーの連中も見張りを除いて眠ってしまったようである。
この分だと私たちが牢獄から逃げ出したことにはまだ気づいていないようだ。
「そうだなぁ。一丁しかないのは心もとないよな」
一丁?
その言葉に私は振り返って彼を見た。するとどうだろう。彼はハンドガンを指でくるくると回しているではないか。
「って、ええええ!?」
私は思わず小声で叫んで、彼の持つ銃を指差す。
「あんた、それどうしたのよ! 銃回収されたでしょ!」
すると彼はひょうひょうとした感じでこうのたまう。
「ああ、とられた。でも胃の中のは回収されなかった」
「は?」
意味が分からない、という表情を私がしていると、彼はこくりと頷く。
「説明しよう。人間ポンプって知ってるだろ? あの金魚を口からだすやつ。あれと同じで銃をバラバラにして――」
「ああ、はいはい。あんたが大道芸人だってのは分かったわよ」
私はうんざりとしながら再び歩き始める。
こいつの言う事はいまいち信用にかける……。というか、どこまでが本当の話なのか判断しにくいのだ。銃を分解して胃に入れていたなどという話も真実かどうか……。
私は内ポケットから小さな鏡を取り出すと、その反射を利用して廊下からその先の様子を確認した。
この先はどうやら広い玄関ホールになっているようだった。暗いながらも外への扉が見えている。
出口はもうすぐそこだ。
かといって安心はできない。ここはまだ敵の本拠地内。敷地の外に出るまで気を抜いてはいけない。
「もう一丁あるけど出そうか?」
その言葉に私の表情がぱっと明るくなる。
「もう一丁あるの!? ありがたいわ! てか、あんた、胃に何丁いれてるのよ……」
「いや、もう一丁はお尻の――」
「いるか!!」
バカの頭を拳でどついた。
「まったく……さっさと出るわよ」
と、玄関ホールへと出たその刹那。
「そこまでだ」
その言葉と共にカッと私の網膜を白い光が焼く。
ライトの方向を見てみると、二つの大きなライトの真ん中に人が立っているのが分かる。
それは誰であろうかなストレンジャーのリーダー、工藤宏治であった。
「……! 囲まれてるわね」
私はそこでやっと周りの気配に気付く。
ザッザッザッザ。
銃器を持ったストレンジャーたちが私とバカを囲む。私とバカは背中合わせになって周りに眼をやった。
所詮は烏合の衆と侮っていたわね……。まさか潜んでいる気配にも気づかないなんて……。
数はざっと二十人ほどだろうか。
完全に私たちは包囲されているようだった。
新谷樹は抵抗しないことを表すためか、銃のマガジンをだす。
ガチャン、と彼の足元に落ちるマガジン。
「さすがといったところだ、樹。どうやって牢から逃げ出した?」
「だから口からカードキーをこう――」
私は無言で背後にいるバカの横っ腹に肘鉄を入れる。
どす!
「ぐぼ!」
「そのネタいつまで続ける気なのよ。こんな時にふざけないで」
「?」
そんな私たちの様子を訝しそうな眼で見る工藤宏治。
「あー、気にしないで。こっちの話だから」
「そうか。本音を言ってしまえば君たちにはストレンジャーに加わってもらいたかったんだが……。
どうやら不可能……みたいだな」
工藤宏治は残念そうに眼を閉じた。
ふん。私たちを殺さずに牢獄に入れていたのはそのためだったのね。
「当たり前でしょ。私はガーディアンだもの。あんたら国家に反逆するストレンジャーに属するなんて死んでもごめんよ」
「だろうな」
彼は眼を閉じたまま、深いため息を吐いた。
「では、仕方ない。我々の敵をこのまま逃すわけにはいかないのでな。
せめて、苦しまずに逝け」
工藤宏治がすっと手をあげ、部下たちに指示を送ろうとしたまさにその刹那だった。
ぞわっ……!
私の背筋を尋常ではない殺気がかけ抜ける!
それは感覚の鈍い一般人でも身が竦み吐き気を催すような濃密な殺気。
これが本当に殺気と呼べるものなのかそれさえも怪しい。
幾人……幾百人、いや幾千人をも殺した者だけが会得できるような老練で研ぎ澄まされ刃となった気……!
その殺気にあてられれば誰もが恐怖せざるを得ないだろう。
なぜなら私とてその殺気に声が出せないでいたからだ。
一体、何が起こっているのか分からない。
ただその殺気は背後から伝わってきているものだということは理解できていた。
振り向けない……。
振り向きたくない……!
ガクガクガクガク……!
震える。
自然と体が震えてしまう。
ガチガチと歯が合わさらずに音をたててしまう。
数多の修羅場をくぐった私でさえ弾き返せない殺気。
私の背後にいるのは――
“化け物”だ……!
その空間にいた誰もがその殺気に気圧されていた。
信じられないほどの威圧感と圧迫感。まるで金縛りにでもあったかのように動けないでいる。
圧倒的不利な状況だというのにこの空間の支配者は間違いなくこの殺気を放っている人物であった。
過去にこの恐ろしい殺気を受けたことでもあるのか、いち早く反応できたのは工藤宏治だった。
焦燥を隠そうともせず、大声で叫ぶ。
「何してるんだッ! 早くあいつを――!」
だが遅かった。
その刹那!
私の体が後ろに巻き込まれるように風が轟ッと靡き危うく倒れそうになる!
ダ、ダゴゥンン! ダゴゥンン! ダゴゥンン!
私が聴いたのは三発の銃声。いや四発か。
しかし銃弾は私を貫いていなかった。
ストレンジャーたちが撃ったのではない。
ぽたり、と額から出た汗が流れ、地面に落ちる。
私は恐る恐る振り返った。
彼の持つハンドガンの銃口から白い煙が立ち昇っている。
そう。撃ったのはド変態のバカ野朗――新谷樹その人だったのだ。
遅れてバタバタと周りにいたストレンジャーたちが同時に倒れる。
「ぐあっ! ああああっ!」
「撃たれたぁ! 撃たれたァ!」
「なんだ……! 一体、何が……!?」
完璧に肩を撃ちぬかれ、苦しみ悶えている。
私は理解できなかった。
銃声は四発。だというのに倒れている人数はそれを遥かに上回る。
物理法則に反していた。
いやそもそもマガジンは抜けていたはず……! なのにどうして弾が……!? チェンバーの中に弾を残していた!?
普通一般的に銃弾を補充する時、予めコックして弾を一発薬室の中に入れてからマガジンを装着するものだ。そうすればマガジン+一発分の銃弾を撃つことができる。それはマガジンを抜いても一発は薬室に残すことができるということだが……。
だとしても一発だけのはず……!
そこで私は彼の足元のマガジンがなくなっていることに気づいた。
そして樹の銃にはちゃんとマガジンが刺さっている。
まるで空間が転移でもしたような現象。
一体、なにが……!?
私がそう思った矢先。
彼の足元の地面についた銃痕に気づいた。マガジンがあった場所に銃痕があったのだ。それ以外にも空のマガジンが二つ。
まさか……! こいつ……!
それを見て私は今の現象を推察することができた。
銃の中にあった一発でマガジンを撃って上に弾き飛ばし、それを銃に装着してこいつらを撃ったっていうの……!?
しかも二回もマガジンを入れ替えた!?
あの一瞬で……!?
だがそう考えれば計算が合い、物理的にも可能である。
私が聴いた四回の銃声。最初の一発はマガジンを弾くため。他の三回、その一回の銃声が一つのマガジン分の銃声だとするなら……!
合う。
ぴったりと合ってしまう。
私の頬を脂汗が流れる。
ごくりと生唾が喉を流れる。
でも……!
有り得ない……!
こんな奴にそんな芸当ができるはずが……!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
地響きのような音となって聞こえてくるような、それほどに圧倒的な存在感。
銃を構えるその姿にいつものへらへらとした様子は一厘も見えない。
彼は私が見たことの無い鋭い眼をしていた。
これが……こいつの本気……なの!?
新谷樹がゆっくりと次のマガジンを装着する。
そして工藤宏治に銃口を向けた。
「チェックメイトだぜ?」
私は長官の言葉を思い出す。
――すぐに分かる。私が彼こそ世界最高のアンサラーだと言った意味がな。
っ……! こいつ……!
と、その時だった。
『ゴゴゴゴ……ガチャ……ま~じかる~きゅ~と~~♪ きづなちゃ~~ん♪』
どこからか流れてくるポップなメロディ。
「は?」と思わず私の眼が点になる。
私だけではない。その場の誰もが眼を点にしていた。撃たれたストレンジャーたちも痛みを忘れ口をぽかんと開けている。
工藤宏治の色眼鏡もずるりと片方に垂れ下がってしまっている。
よく見ると樹のポケット(おそらくPCだろう)からそのメロディが流れてきているではないか。
「あ、しまった! 威圧感の効果音の上にきづなちゃんのテーマソング上書きしたの忘れてた! くそっ、せっかく橘さんが俺に惚れそうだったのに!」
慌てて樹はPCを何やら操作する。
『ゴゴゴゴゴゴゴ……!』
再び流れ始めた地の底から響くような音。
またもや渋い表情に戻って銃を構えるバカ。
「………………はあ」
せっかくの緊張感が台無しになって、私はだらりと肩を落とした。




