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9/22

青春スクエア ~綾崎翼の片思い~ 小学生編9

九月に入り、翼の誕生日が近付いて来ていた。

その頃には嗄から貰った本の数も増え続け――

本棚のほとんどが嗄から貰った本で埋まりつつあった。

今日も嗄が家に来ていつものように話をしていたのだが。

唐突に嗄が言い出した。

「翼君、ちょっとテストを増やしてみようかぁ」

「え?」

「僕の作ったテスト、ちょっとやってみない? このテストでも百点取れたらご褒美があるって事でどう?」

「……いいんですか?」

「良いよぉ。でもその代わり……」

そこで嗄は言葉を切った。

何か条件を付けるのだろうかと思いながら翼は静かに嗄を見据える。

すると嗄はアイドルスマイルで微笑み、左手の人差し指を唇の前で立てて。

おまけにウィンクまで付けて口を開いた。

「僕のテストは本気で、ね?」

――本当に嗄がそんな動作をすると似合う。

似合うと言うよりも、様になっている。

それからすぐに嗄は鞄の中からお手製のテスト用紙を取り出した。

嗄からテストを受け取り、一瞬だけ問題を見て気付いた。

嗄の作った問題は少しレベルが高い。

かと言っても、一瞬だけ見ただけなのでまだわからないが。

シャープペンシルを手に取り、問題を解き始める。

問題を解きながら翼はある事に気付く。

嗄が家庭教師になってから初めて勉強をするという事に。

流石にそろそろ嗄の立場を考えなくてはいけない。

そうとも思ったので、今回は勉強をする事を選んだ。

だが、流石は嗄の作ったテストだ。

このテストには全教科の問題がランダムに入っており、平均中学生の学力問題だ。

その上、一問だけ高校生の学力問題がある。

正直言うと、学校で出されるテスト問題よりも遥かに嗄のテストの方がやり甲斐がある。

――翼の学力を嗄はよく理解していた。

中学生の学力問題は全て簡単に解ける。

だが、一番難しい問題が一問だけ。

それは高校生の学力問題だ。

解けない事もないのだが、恐らくこれは引っ掛け問題。

そこに少しだけ躓いてしまった。

少し手を止めて、考え込む。

ふと、嗄の事が気になり横目で嗄の方を見てみると――

嗄は翼の集めた本を手に取って読んでいた。

そんな嗄の姿を見て、再び問題用紙に目を向けた。

それから五分ほど掛けて、なんとか解く事が出来た。

テストを全て埋めて、それを嗄に渡した。

今はテストの採点をしてもらっている。

満点だとはわかっているのだが、少しだけ不安だった。

この無言でのポールペンが紙の上を走る音だけが聞こえる中にいると、どうしても。

やがて、採点を終えた嗄がペンを置いて口を開いた。

「……珍しいね。難問が解けてるのに簡単な問題で間違えるなんて」

「え――」

「ほら、ここだよ」

そう言うと嗄はテストを返してくれた。

テストを受け取り、すぐに確認してみる。

――確かに、難問が解けるならば簡単な問題を間違えていた。

それに完全に計算間違い。

答えが全く計算と合っていない。

それ所か擦りすらしない。

「もう少しゆっくり問題を解いてみよう? そうしたらわかるよ」

「…………はい」

こんなに簡単な問題、間違えるわけがない。

問題を間違えた事に翼自身驚いていた。

その後はいつも通りに嗄と話をし、時間になってしまうと帰る。

嗄が帰った後でも、翼はテストを見つめていた。

どうして、間違えてしまったのかとずっと考えた。

最後に確認もした。

それでも、間違いに気付けなかった。

「――――?」

どうしてだろう?

その時はまだ、気付く事が出来なかった。

それから数日後の事。

いつものようにテストをし、そのテストが返ってくる。

その時だった。

担任からテストを返してもらう時に言われた。

「どうしたんだ、綾崎。調子でも悪いのか?」

「――――」

そう言われる理由はわかっていた。

しかし、自分でもその理由はわからないのだ。

だが、あえて何も言わない。

「最近のテスト、満点を一回も取ってないじゃないか。調子が悪いなら少し休むんだぞ」

そう言われて返されたテストに視線を落とす。

返されたテストの平均点は全て八十点まで下がっていた。

これもまた、簡単な問題での計算間違い。

どうしてこうなってしまったのか自分でもわからない。

またもや、テストの点が下がったために執拗な虐めに遭う。

更には一週間ほどずっとテストの点は下がり続けた。

テストの点が下がり続けている事に嗄はすぐに気付いてくれた。

嗄のテストを受けていればすぐにわかる事なのだが。

今回もまた、嗄の作ったテストをして計算間違えがあった。

それも五問ほど。

簡単な問題でまたも間違えてしまった。

それを見て嗄は小さく唸りながら翼に聞いて来る。

「――翼君、また勉強が嫌になったとかじゃないよね?」

「違います」

「そう、だよねぇ…。嫌だったら僕のテストはしないだろうしぃ……。それに翼君からはやる気をすごい感じられるし…。でも、テストの点は下がっていってるね……」

嗄はそう呟き、翼の解いたテストに視線を落とす。

――どうして簡単な問題で計算間違えをするのか全くわからない。

翼は深い溜め息を吐き出し、久々に本を開いてみた。

ここ最近は話ばかりを書いていたので、本を読む事はなかった。

本に目を落とした瞬間。

翼と嗄は、ほとんど同時に気が付いた。

テストの点が下がった理由がわかったのだ。

先に口を開いたのは嗄の方。

「――翼君、もしかして」

翼は本を見つめて初めて気付いた。

いつものように家で本を読む時は体育座りをして弁慶の泣き所辺りに本を固定して読む。

それでちゃんと読めていた。

だが今は――

字が霞んで、よく見えない。

目を顰めて見ると、なんとか見えるレベルだ。

その事に驚いていると。

「視力、落ちてるんじゃないかなぁ……?」

「視力が……」

「だってよく1と7を、7と9を、1と9とかを間違えて計算してるし……。今度、眼科で視力検査に行こうか?」

「そう、ですね…」

「僕が付いて行ってあげるよ。とりあえず……今度の土曜日は予定空けておくね。あ、土曜日で良かった?」

「はい」

「じゃあちょっと待ってねぇ~…時間を確認するからねぇ……」

そう言うと嗄は自分の鞄の中から手帳を取り出した。

少しの間、手帳を見つめて。

小さく唸り声を上げた。

それから、優しく翼に聞いて来る。

「今度の土曜日、勉強の時間を使って眼科に行こうか。それでいい?」

「それでいいです」

「じゃあ今度の土曜日だね。でも翼君、もしかして視力が落ちたのに今気付いたの?」

「……はい」

「……本当に気付かなかったの?」

「遠くが見えるので、近くが見えない事はあんまり気になりませんでした……」

「そう、だったんだぁ……。まぁ、そうだよねぇ。気付かないからこうなってたわけだし……」

確かに、嗄に言われて視力が落ちた事に気付いた。

その前に気付かなかった自分も自分だと思う。

とりあえず、これでなんとかなるだろう。

そう思いながら翼はその日、嗄と話をして過ごした。

 そして、約束していた土曜日がやって来た。

嗄が家まで迎えに来てくれる事になっていたため、翼は家で嗄が来るのを待っていた。

待っていたのだが――

初めての眼科。

何をどうすれば良いのかわからない。

(何か持って行くべき…なのかな…)

完全に翼は動揺していた。

その時、一階から呼び鈴が鳴る音が聞こえてきた。

付けていた腕時計で時間を確かめようとするのだが、霞んでよく見えない。

目を顰めて見ると、なんとか時間が見えた。

もう嗄の来る時間になっていた。

翼は慌てて一階へと降りて行き、玄関の扉を開けた。

玄関の扉を開けたそこには、やはり嗄の姿があった。

「こんにちは、翼君。じゃあ行こうか」

「は、はい…」

爽やかに微笑む嗄に促され、翼は家から出た。

玄関に鍵を掛け、ちゃんと鍵が掛かっているかを確認してから嗄の隣を歩く。

嗄が予約してくれた眼科へと向かっているのだが――

そこで、翼はある事に気付いた。

(――嗄さんと何処かに行くの、初めてだ)

基本的に、翼は誰かと一緒に何処かに行く事はなかった。

以前なら森さんと一緒に買い物のためにスーパーへ行ったりなどしていたのだが。

小学校に上がってからは人と一緒に何処かへ行った事はなかった。

それに嗄とこのようにして一緒に歩く事は何回かあった。

病院からの帰り道で良く逢い、一緒に家に向かったのも何回かある。

しかし、このように共に何処かへ行くのは初めてだ。

少し歩き、嗄の予約してくれた眼科へとすぐに着いた。

眼科へ入った瞬間、急に緊張し始める。

なんとなくわかったような気がした。

歯医者へ行くと、激しく帰りたい衝動に駆られるような気持ちが。

歯医者独特の甲高いあの音こそ聞こえないが、激しい不安は拭えない。

その上に、初めての眼科。

どうしようもない不安が翼を襲う。

不安を抱えていると、受け付けをしてくれた嗄が優しく言ってくれた。

「大丈夫だよ。僕が付いているからね」

嗄の顔を見上げてみると――

そこには柔らかく、優しい笑みがあった。

作り笑いではない、〝本当の〟笑顔。

そんな嗄の笑顔を見た瞬間。

胸の奥が暖かくなったように感じられた。

まだ心臓がドキドキとはしていたが、

それは不安や恐怖から来るようなものではなかった。




 検査を終え、後日眼鏡屋に行って後は眼鏡を選んで買うだけになった。

そのため、今は安心して喫茶店に入ってお茶しているのだが――

翼はまだ緊張していた。

だが、それも仕方ない。

産まれて初めて喫茶店という場所へ来たのだから。

見慣れない景色を見渡していると。

「でも、本当に良いのぉ? 眼鏡代、僕が出すよぉ?」

そのような嗄の声が聞こえ、驚きながらも答える。

「大丈夫です。それくらいは貯金してるので……」

「そりゃあ、病院を経営してるんだからお金持ちだよねぇ」

そう呟きながら嗄は飲んでいるメロンソーダの氷をストローで突いて遊ぶ。

左手首で頬杖をしながら。

――その姿が妙に物凄く様になっている。

しかも……。

周りを見てみると、店内に居る女性達の視線が全て嗄に集まっている。

時折り、男性の目も惹いているような気がする。

確かに嗄の容姿はまるで芸能人のように整った顔立ちをしている。

それに――

嗄の顔をじっと見つめていると、不意に嗄が顔を上げて目が合った。

すると嗄はまるでアイドルのような笑顔を向けてくれた。

その瞬間、店内では至る所から女性達の黄色い声が上がった。

(――本当に嗄さんは、芸能人みたいな顔してる……)

それこそ、テレビの中の人のようだ。

自分のような常人とは遥かに遠い場所に居るような人。

どんなに手を伸ばしても届かないような場所に居る人。

嗄はきっと、そんな人だ。

その時、出入り口の扉に掛かっているベルの音が聞こえ新しい客が入って来た。

家族連れだったのだが、その中に居た女の子が嗄の顔を見ると大きな声で言い出した。

「あの人ッ!! 白夜役の人に似てる!!! すごい似てる!! つーか本人じゃね!!?」

「知らねぇし。つかうるせぇよ」

「ほら、大人しくしなさい」

「向こうの席の方に行こうか」

「そうだな」

「絶ッ対似てるってぇ!! てか、あの人兄弟じゃね!? てか絶対に兄弟だろォォォォォォォ!!!!!」

「うるせぇつってんだろクソ姉貴!!」

そんな声が店内に響き渡るが、話題にされてる当人は全く持って他人事のように振る舞っていた。

その後も嗄は店に入って来る女性達の注目の的になり。

店から出てもやはり女性達の目を惹いていた。

嗄と共に歩くのはいつも大抵薄暗い夕方。

だから気付かなかった。

こんなにも嗄が女性の目を惹く人だとは。

翼の家まで戻り、もちろん嗄も上がってくれるのだと思っていたのだが――

嗄は玄関まで来ずに、門の前までしか来なかった。

どうしたのかと聞こうとした時。

「今日はもう疲れたでしょう? 帰ってゆっくり休めば良いよ」

「でも……」

「それに、眼鏡が手に入るまで勉強は無理そうだからねぇ。じゃあ、また明日来るねぇ~」

そう言って嗄は優しい笑顔を向けて、手を振ってくれる。

それに翼も小さく手を振り返して言う。

「……はい。また、明日…」

翼がそう言うと、嗄は背を向けて行ってしまう。

――急に胸に冷たいものが宿る。

これは、耐え切れようのない寂しさ。

寂しさから、涙が零れ落ちそうになる。

それを無理矢理抑え込む。

――帰らなければ良いのに。

そんな事を思ってしまう自分が居る。

それから、自分の家を見上げてみる。

自分一人だけが住んでいる、大き過ぎる家。

この家に、たった一人。

ずっと、一人。

――ズキン――

そう考えただけでも胸が酷く痛む。

それでも翼はその家に帰った。

翼の帰る家は、そこしかないからだ。

 九月十七日。

翼の十歳の誕生日がやって来た。

だが、そんなのは関係ない。

誕生日でもいつもと変わらない。

何一つ変わらない。

今日も、何もない一日が始まる。

目覚まし時計の音で目を覚まし、ベットから起き上がる。

だが、視界がぼやけてハッキリとは見えない。

そこでようやく眼鏡の存在を思い出した。

目覚まし時計の横に置いてあった眼鏡を手に取って掛ける。

嗄と眼科へ行って数日後、一人で眼鏡屋へ行き眼鏡を手に入れた。

そのおかげで学力も元に戻る事が出来た。

更には嗄の作る問題用紙は全て満点だ。

満点を以前より多く取るようになり、嗄から貰った本の数も増えていた。

嗄のくれた本で埋まりつつある本棚を見つめ、学校がある事を思い出して支度をする。

――今日は翼の誕生日。

しかし、祝ってくれる人など誰も居ない。

――誰も居ない――

ほんの小さな期待を翼は抱く。

(嗄さんは…俺の誕生日、祝ってくれるかな…?)

気が付いたらそんな事を考えていた。

けれど期待していて何もなかった場合はショックを受ける。

今までがそうだった。

なので期待などしない。

そう、思っていたのだが……。

学校が終わり、病院に行くと――

「めぐみにぃちゃん! たんじょーびおめでとー!」

「「「おめでとー!」」」

子供達が翼の姿を見た瞬間、翼の元に来てプレゼントを渡してくれる。

これは、予想外の出来事だった。

誰一人、自分の誕生日など祝ってくれないと思っていたのに。

(嗄さん…祝ってくれるかな……?)

そんな事を考えながら子供達と接していたのだが。

帰る時間になっても、嗄が来る時間になっても子供達は解放してくれない。

帰ろうとする度に、子供達に引き止められる。

それに今日はナースが子供達の傍に居ないため、子供達を止めてくれる人がいない。

「めぐみ兄ちゃん! あそぼっ!」

「きょーはにーちゃんのたんじょーびなんだからぁ!」

「でも、もう帰らないと――」

「こらこら。我が儘言わない。困ってるじゃないか」

藤森先生の声が聞こえ、振り返ってみる。

そこには藤森先生の姿があったのだが、随分と久しく藤森先生の顔を見たような気がする。

すると子供達は一斉に藤森先生の元へと歩み寄って行く。

藤森先生はしゃがみ込み、子供達と視線を合わせてみんなに聞く。

「どうしたの? みんなで集まって。遊んでもらってたの?」

「ちっがーう!」

男の子はそう言うと、藤森先生の背に飛び乗った。

今日の藤森先生のヘアスタイルは前髪を左上で結っていたのだが――

ヘアゴムを男の子が引き抜いてしまい、前髪が顔に垂れ落ちた。

「痛っ!? ちょっ……今髪の毛も抜いたよね? 抜いたよね? 今」

「わ~! オバケだぁ~!」

「こわ~い!」

そう言いながら子供達は嬉しそうに走り回っている。

この間に帰ろうと思い、藤森先生に後を任せるため声を掛けた。

「藤森先生。後は任せても良いですか?」

「え?」

藤森先生の驚くような声が聞こえた。

すると藤森先生は前髪を掻き上げ、翼の方を見る。

翼の顔を見て驚きながら口を開いた。

「あれ、翼君!? え、その眼鏡どうしたの? 眼鏡掛けてたから翼君だってわからなかったよ」

「視力が落ちて見えなくなったので……」

「せんせーきょーはねーめぐにぃのたんじょーびなんだよー」

女の子がそう言ってくれた。

それを聞いた藤森先生は立ち上がりながら乱れた髪を直す。

それから思い出したように口を開く。

「ああ! そうだったんだ。ごめんね、翼君。最近忙しくて気付けなかった」

「良いですよ。でもそろそろ帰らないと――家庭教師を待たせてるので……」

「なら子供達は僕に任せて。休憩がてら相手するよ」

「ありがとうございます。それでは」

それだけ言い残し、翼は病院を後にした。

走りながら腕時計を見てみるともう十五分も遅刻していた。

大慌てで家へと向かって全速力で走り出す。

息を切らせて走り、なんとか家の前まで帰る事が出来た。

――門の前には蹲っている嗄の姿があった。

そんな嗄に近寄り、息を切らせながらも声を掛ける。

「み、嗄さん……。遅れて、すみません……っ」

「あ、良かったぁ。五分遅れちゃったから怒って入れてくれないのかと思っちゃったぁ」

「え……?」

それを聞いて逆に翼の方が驚いた。

嗄は必ず十分前行動をする人間だ。

時間には厳しい人だと思っていた。

そんな人だからこそ、遅刻したという事に驚いたのだ。

――何か、あったのだろうか?

翼は息を整えてから嗄に聞いてみた。

「………何か、あったんですか?」

「えぇっとねぇ……ちょっとバイトが長引いちゃってねぇ。あ! 悪いけど早く家に入れてくれないかな? 早くしないと溶けちゃうかもしれないから……」

嗄の手には何かがあるのだが、まだ街灯が照らされる時間ではないので辺りは薄暗い。

そのため、嗄の手に何があるのかはわからなかった。

嗄に促され、翼は門を開けて玄関の扉を開け放った。

そして玄関の電気を付けて嗄の居る方に振り返った瞬間――

「誕生日おめでとう翼君」

「え――――」

優しい微笑みを浮かべている嗄の手には小さなケーキの箱が。

自分の為にケーキを買って来てくれた。

ちゃんと、翼の誕生日を祝ってくれる。

ケーキの箱を翼に向けて差し出してくれている嗄を見て、嬉しさのあまりに泣きそうになった。

だが涙を必死に堪えながら口を開く。

「…ありがとうございます…」

そう言って頭を下げた。

その後はいつものように手洗いうがいをし、キッチンから皿とフォークを手にして二階へと上がって行く。

自室へ戻ってみると、嗄がテーブルに買って来たショートケーキを広げていた。

「良かったぁ。ケーキ溶けてなくてぇ……」

持って来た皿とフォークを嗄に渡すと、手際良くケーキを皿に乗せてくれる。

その間に翼はランドセルを勉強机の横に置く。

着替えは基本的に違う部屋でいつも着替えるのだが……。

今日は嗄が誕生日を祝ってくれる。

着替えをしようかと躊躇っていると嗄の声が聞こえる。

「これを買ってたから遅れたのもあるんだぁ。はい、こっちのが翼君の分ねぇ」

嗄の声を聞き、テーブルの上へと視線を向ける。

テーブルの上にはショートケーキが置いてあり――

翼のケーキには小さなプレートが乗っていた。

それを見て、目頭が熱くなるような気がした。

そこには〝Happy Birthday megumi〟と書かれていたからだ。

――このように他人から誕生日を祝ってもらった事はない。

森さんを除けばの話だが。

その上にこのようにしてケーキを買ってもらった誕生日は初めてだった。

森さんが居た頃、誕生日ケーキは手作りだったからだ。

そのせいだろうか。

嗄の行動全てが嬉しい。

「あ、バースデーソング歌おっか!」

「え…あ、はい……」

翼が戸惑いながらも答えると――

嗄はバースデーソングを歌い始めた。

想像していたよりも嗄は歌が上手く、正直驚いた。

もしかしたら、テレビに出て歌っている歌手よりも上手いかもしれないと一瞬思ってしまった。

とても短いバースデーソング。

嗄が自分の誕生日を祝ってくれている。

そう実感すると、どうしても思い出してしまう。

三年前の誕生日の事を。

七歳になった時の事を。

たった一人で誕生日を祝ったあの日。

こうして誰かが自分の為に誕生日を祝ってくれるとあの時の悲しみが……。

寂しさが溶けて消えていく。

それはまるで雪のようで。

今まで積もり積もっていた悲しみや寂しさが嗄の温もりと優しさで溶けていく。

そして溶け出した寂しさが、涙となって溢れ出る。

――これは一体、何だろう。

嬉しくて。

優しくて。

暖かくて。

それでいて何処か切ない。

これは一体何なのか。

バースデーソングを歌い終えた嗄が驚きながら聞いて来る。

「ど、どうしたの!? 僕、悪い事したかな……?」

「そう……じゃない…。嬉しくて……ありがとう、ございます…」

零れ落ちる涙を拭いながらそう言うと。

嗄は優しく微笑み、翼に向けて手を伸ばした。

嗄の手は暖かく、優しい手付きで翼の頭を撫でてくれた。

その上に嗄は――

「よく、頑張ったね」

優しく嗄は言ってくれた。

その瞬間、先程よりも一層増して涙が溢れ出た。

そんな、十歳の誕生日。

七歳の時とは全く違う。

東夜嗄と共に過ごした十歳の誕生日の事だった――









                                              ~To be continued~

絶対に、李哉編よりも長くなる気しかしないw

今現在書いてるストックで、もう15話ですから…。

そして15話も誕生日編だから、わからなくなった。

この話とwww

九月十七日は、翼と私の誕生日ですからねww

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