青春スクエア ~綾崎翼の片思い~ 小学生編8
学校が終わり、嗄が来る時間が迫っていたので翼は家へと足を向けていた。
――今日、テストが返って来た。
返って来たテストは二つ。
今回は二つとも取った点数は百点だった。
以前、嗄は翼が百点を取った分ご褒美をくれると言っていた。
なので、今回は少し試してみて二つ百点を取ってみたのだ。
それに嗄が家庭教師になってからテストを白紙で出す事はなくなった。
どれか一つは百点を取り、他は平均九十点内にしている。
全教科百点を取る事は簡単なのだが――
それはやはり、まだ両親の言い成りになっているとどうしても感じてしまうので出来ない。
だが、百点を取った分嗄はご褒美をくれる。
そのため、翼は遠慮がちに百点を取るようにしているのだ。
それに、本当に嗄が百点を取った分何かをくれるのか知りたかった。
そんな事を考えながら病院からの帰路に着いていると。
「翼君」
嗄の声が聞こえ、後ろを振り向く。
そこには微笑みを浮かべた嗄の姿があった。
「嗄さん。早いですね」
「うん。ちょっと早く来過ぎちゃったかなぁ。あ、そういえば今日のテストはどうだった?」
「……二つ、です」
「あ、じゃあ丁度良かったぁ! 今日はね、この間言った本を二冊持って来てたんだぁ」
「そうだったんですか」
「それより、翼君っていつもこんな時間に帰ってるの?」
「はい。病院に寄っているので」
「え。病院って――翼君、何処か悪いの?」
「え……?」
嗄の一言に驚いた。
それは嗄も同じだったようで、嗄が歩みを止めるのとほぼ同時に翼も歩みを止めた。
――もしかして嗄は、翼の家庭事情を知らないのだろうか?
いや、家庭教師なのだから両親から知らされているだろう。
「……知らない、…んですか…?」
「うん。ちょっと何の事かわからないなぁ」
少し焦った様子で嗄は頬を左手の人差し指で掻いていた。
そんな嗄の姿を見て気付く。
そうだ。翼の考えは常識論であり、〝普通〟の事だ。
しかし、翼の両親は普通ではない。
いや、翼の家庭は普通ではない。
そのため、嗄は恐らく知らないのだろう。
「俺の両親、病院の院長と総師長なんです」
「あ~、だから病院に行ってるんだぁ…。なら良かったぁ。翼君が病気なのかなって思っちゃったよ……」
「心配掛けてすみません……」
「いや、翼君が謝る必要なんてないよ。僕が知らなかっただけだからぁ」
嗄とそのようにして話をしているといつの間にか家へと着いていた。
家の中へ上げると嗄は先に翼の部屋へと向かい、翼は手洗いうがいをしてからお茶を手に嗄の待つ自室へ向かう。
部屋に入ると嗄は本棚の方を見つめてぼんやりとしていた。
「どうしたんですか?」
「あ。いやね、ちょっと考え事をね。両親が医療系の仕事やってるなら翼君がその跡を継がないといけないんだって思ってたんだぁ…」
「……そう、ですね」
「うん。翼君が勉強したくない気持ち、わからなくもないよ。翼君は、お父さんの跡を継いで医者になりたくないんだね?」
「――はい」
「そっかぁ……。両親から強制的に、かぁ……。僕の場合は自らやってたからなぁ……」
「そうなんですか?」
「そうなんだよぉ。僕は兄弟の中で一番出来が悪いって言われててね。落ち零れだって言われたくなくて、何でも必死にやった。でも――」
嗄は悲しげに。寂しげにそう口にしたのだが――
次の瞬間、嗄は突然顔に笑みを浮かべた。
作り笑いを浮かべたのだ。
作り笑いを浮かべ、口を開いた。
「なんでもないよ。それより翼君って、僕の顔や兄弟について触れないんだね?」
「え……?」
「いやね、僕の顔を見たらみんなが言うから――かなぁ?」
どうしてそんな事を聞くのかわからなかった。
確かに嗄の容姿は芸能人のように整っている。
なので誰かに似ていると言われるのだろう。
それに対して翼は、芸能ニュースというものを見ない。
基本的に芸能人達の色恋話には全く持って興味がないのだ。
そのため、そういう事は聞かないのだ。
「翼君って、普段どんなテレビを見てるの?」
「ニュースを見てます。芸能ニュースとかは、見てないです」
「そっか……。じゃあ翼君は僕自身を見てくれるんだね」
嗄はそう呟くと、静かに翼を見つめていた。
嗄からの視線にすぐに気付き、嗄の方を見つめる。
お互いの視線が絡み合った時、嗄が口を開いた。
「ねぇ、翼君は僕を見て何を思う?」
「え――」
「僕の事を見て、どう思う?」
そう言ってくる嗄の表情はなんだか――
不安そうで、悲しそうで、寂しそうに見えた。
そんな嗄に言っても良いのだろうか?
〝あなたの笑顔は作り笑いに見えます〟と。
そんな事、言ってしまっても良いのだろうか?
それ以前に、翼にはそんな事は言えない。
思っていても、口に出す事はどうしても出来ない。
そう思っていると。
「ごめん、今の忘れてぇ。ちょっと学生時代の事とか思い出してナーバスになっちゃったぁ」
嗄はまた作り笑いの笑顔を顔に貼り付けて明るく言い放った。
そうやって先程までの暗い雰囲気を打ち砕いた。
部屋の空気は元に戻ったのだが、翼の心は何だか晴れない。
そんな事を思っていると。
「はい。今日はテスト満点が二つだから二冊だよ」
いつものようにそう言うと、嗄は鞄の中から本を二冊取り出した。
そして、取り出した本を翼に差し出してくれる。
今回の本は嗄のお勧めしてくれた本だ。
今まではずっと一冊ずつだったのだが、今日は本当に二冊くれた。
その事が嬉しく、翼は嗄から本を受け取る。
本を受け取ると嗄は「思い出したぁ」と呟いて口を開く。
「この間ねぇ、前に翼君にあげた空の涙を買って読んだよぉ」
「そうなんですか。どうでした? 読んだ感想は」
翼はそう聞きながら受け取った本をテーブルの脚の辺りに置く。
翼が話を振ると、嗄は本の感想を語り始めた。
嗄の注目するポイントは翼と同じだったが――
感じる所が少し違っていたり、嗄の方が深い所まで良く読み取っていた。
それが十歳の年の差だろうか。
そんな嗄の感想を夢中になって聞いていた。
「あそこはそういう風に思ったんだぁ」
「俺もあのシーンは――」
その時だった。
翼が右肘を動かした瞬間、肘がお茶の入っているコップに当たった。
そのままコップが倒れ、お茶が零れると嗄のくれた本が濡れてしまう。
当たったコップが大きく揺れ――
「おっと…!」
嗄が身を乗り出し倒れそうになったコップを手で抑えて止めてくれ、そのおかげで本が濡れる事はなかった。
だが――
そのせいで翼の上に覆い被さるような体勢になってしまった。
傍から見れば嗄に押し倒されたように見えなくもない。
しかし、互いに好意を持っていないので何とも思わない。
思わないのだが……。
こんなにも近くで嗄の顔を見た事がなかった。
そのため、ある事に気が付いた。
嗄の瞳に映る自分を見つめていて気付いた。
「ごめん。大丈夫?」
「――嗄さんって、右と左で瞳の色が違うんですね」
「え……?」
「右の瞳と左の瞳じゃ光の反射する時色が違うので……」
「そう……なんだ…。え、どっちがどっちの色かわかるぅ?」
「えっと……右の瞳は左の瞳と比べて色が薄いから、多分茶色で。左の瞳は色が完全に濃いから、多分黒です」
「そっかぁ……わぁ、知らなかったなぁ……」
「そうなんですか?」
「うん。今まで全然気付かなかったよぉ。……そっかぁ、僕は父さんと母さん二人の瞳の色を持ってるんだ……」
「――今まで全く気付かなかったんですか……?」
「そうなんだぁ。学生時代とか、誰も僕自身を見てくれなかったからねぇ…。両親とも、兄弟とも話す時間もなかったし。一番は、そんなにじっくりと鏡を見る時間がなかった事かな……」
「そう、なんですか……」
「教えてくれてありがとう。帰って確認してみるね。でも、両目とも違う色ってなんだか格好良いねぇ」
そう言って嗄は笑った。
――時々嗄が口にする家族の事。
その時なんだか寂しそうな表情を嗄は見せる。
その表情から伝わってくるような気がした。
学生時代、今の自分のように嗄は一人だったのではないかと。
今の自分のように、寂しかったのではないかと。
そう思うのは翼の勝手な想像かもしれないが――
今まで嗄の口にした事を踏まえて考えてみると。
嗄はきっと幼い頃から兄弟と比べられていたのだろう。
落ち零れだと言われ、一人で必死に頑張っていたのではないだろうか。
もしかしたら、落ち零れと言われ誰も相手をしてくれなかったのかもしれない。
嗄からは、自分と同じようなものを感じる。
それから少しして嗄が自分のしている腕時計を見つめて呟いた。
「もう時間だね。じゃあ、また明日来るねぇ」
「はい。ありがとうございました」
玄関まで嗄を見送り、最後に笑顔を向けられ手を振られると翼は家へと戻る。
家に戻り、一人になってしまった自室で静かに勉強机に向かいあるノートを開いた。
最近翼は日記を書き始めたのだ。
〝今日のテストは百点を二つ取った。
約束通り、嗄さんが本を二冊くれるのか試してみたのだ。
結果、嗄さんはちゃんと本を二冊くれた。
更には丁度嗄さんは本を二冊用意してくれていた様子だった。
嗄さんの想いが嬉しかった。
俺のために本を持って来てくれる事が、物凄く嬉しい。
それに、どうやら両親は俺が病院の息子だと嗄さんに言っていなかったようだ。
それを知って改めて俺の家庭は異常だと思えた。
だが最近、嗄さんと話す事が楽しくて仕方がない。
時折見せてくれる作り笑いではない、本当の笑顔。
あの笑顔をもっと見ていたいと思う。
そして最後に、俺はある事に気が付いた。
それは、嗄さんの両目の瞳の色が違う事だった。
どうしてだか、嗄さんの目を見ていると目が離せなくなる。
嗄さんの顔が整い過ぎているからかはわからないが、やはり嗄さんは不思議な人だ。
――もっと、嗄さんの事を知りたいと思う〟
そこまで書き、翼はペンを置いた。
書き終えたノートを少し見つめ、手に取って読み返してみる。
そこで、ある事に気が付いた。
気付いた瞬間、翼はノートの一番最初のページから今日の分まで全て読み返す。
――最初のページから今日までずっと〝嗄さん〟の事しか書いていない。
その事に気付き、翼自身驚いていた。
だが、同時にそれも仕方がないとも思えた。
翼に友達はいない。
最近では藤森先生と以前のように話をする事はなくなった。
そのため――
今話題に出来る人物は嗄だけとなる。
翼はそれでも良いと思っていた。
書いていたノートを閉じ、やがて椅子から立ち上がる。
そして嗄のくれた本の並べられている本棚を静かに見つめる。
テストを受ける度に、本棚に本が一冊ずつ増えていく。
そんな本棚の前に立ち、今日嗄から貰った本を手に取ってみる。
しばらく本の表紙を見つめ、翼は本を開いたのだった――
~To be continued~
一日で書き終えましたwww
とにかく眠いですw
・・・寝ます。とにかく寝ますw
おやすみなさいw