青春スクエア ~綾崎翼の片思い~ 小学生編4
再び春の季節がやって来た。
桜の舞う、暖かな陽気の中――
翼は小学二年生へと進級した。
だが、やはり進級式にも両親と森さんの姿はなかった。
それは入学式の時と同じだった。
そのようにして、翼は二年生へとなった。
二年生になり、またもジョージと同じクラスだった。
二年生になったので、今度はクラスメイト達と仲良くしようと思っていた。
二年生からは虐められないようにしようと考えていた翼だが。
やはり、自分から話し掛ける事はあまりしなかった。
なので新しいクラスになり数日は一年の時、別のクラスだった生徒達が声を掛けて来たのだが。
またすぐに無視されるようになった。
更には虐めもまた再開された。
どのようにしてみんなからの虐めを避けられるだろうかと、必死に考える。
しかし、幾ら考えても答えは見つからなかった。
そんな時だった。
教室でいつものように孤立していた所。
「綾崎君、ちょっと職員室にテストを運ぶの手伝ってくれない?」
「はい」
新しいクラスの担任にそう言われ、翼は自分の席から立ち上がった。
教卓の上に積まれているテストの束を一階にある職員室まで運ぶように言われた。
翼はテストの束を手にして担任と共に一階の職員室へと向かう。
「綾崎君、新しいクラスはどう?」
「まだ、わかりません。あんまりみんなと話してないから」
「そうだよね。まだ日も浅いし」
そう言って担任は笑う。
そのように雑談をしながら職員室へと向かい。
無事に職員室へとテストの束を運ぶと担任は嬉しそうに微笑み。
「ありがとう。助かったよ」
そう言い残して職員室へと入っていった。
そこで、翼はある事に気付いた。
そして、辺りを見渡してみる。
周りにクラスメイト達はいなかった。
つまり、教師と一緒に居れば虐めには合わない。
その事に気付いたのだ。
それに気付いて以来、翼は休み時間になると教師と話をするようになった。
そして昼休みになると、図書室で本を読むようになった。
そのように翼は虐めから自分の身を守る術を見つけた。
そうやって毎日を過ごしていたある日の放課後。
帰りのホームルームが終わり、担任がクラスから出て行ったので翼もすぐに居室から出ようとする。
後少しで教室から出られると思った時。
教室に残っていたクラスメイト達が翼の目の前まで来ていた教室の出入口の扉を閉めた。
その事に驚いている間にも、翼の背後にジョージが立った。
そんなジョージを静かに見つめて、翼は聞いてみる。
ずっと気になっていた事を、ジョージに聞く。
「…ぼく、ジョージやみんなをきずつけた……?」
「キズつけたよ」
「ぼくがなにかしたの!?」
ジョージの言葉に、思わず声を荒らげてしまった。
傷付けた。
翼は傷付けた覚えなどない。
それ所か、翼の方が傷付けられた。
クラスメイト全員に。
なので、ジョージが自分に傷付けられたという言葉に耳を疑った。
翼が声を荒らげてそう聞くと――
ジョージは俯いて静かに答えた。
「――さくぶん」
「え……?」
「きょねんの時のさくぶんだよ。なんで――なんであんなの書いたんだよ!?」
ジョージは口を開いてそう言った。
――翼にはジョージの言葉の意味がわからなかった。
いや、更に訳がわからなくなった。
(作文……?)
あの作文は、みんなが褒めてくれた。
読んだ人からは皆、小説家になれる才能があると言われた。
あの作文の何が……。
あの作文の何処に問題があるのだろうか。
その事を必死に考えていると。
「なんであれをさんかん日でよんだんだよ!?」
ジョージはそう叫びながら怒っている。
――どうして、ジョージが怒っているのかわからない。
何一つ、理解出来ない。
「……どうしてぼくの作文がいけないの…?」
「とーさん達に言われたんだよ!!」
一年生の時に同じクラスだったクラスメイトが声を荒らげた。
驚いて、そのクラスメイトの方を見る。
すると――
「……わたしも、お父さんとお母さんに言われたの。ああいうのを書けないなんて、ダメな子だって……」
「おまえはああいう事が思いつかないのかって!」
「おまえはみんなからほめられるのに、オレ達はほめられない。それにオレ達よりもずっと頭いいだろおまえ!!」
「だからわざとあんなの書いたんだろ」
「じぶんはできる子なんだって、みんなに言いたかっただけだろ!」
「ちがっ……」
「さいきんずっとせんせいといっしょにいるし!」
「どーせヒイキしてもらってんだろ?」
「おまえなんていなきゃいいんだ!!」
ズキン。
クラスメイト達に暴言を吐かれても耐えられたのだが。
ジョージの言葉には、胸が酷く痛む。
ジョージの暴言だけは、目尻に涙が浮かぶ。
ジョージとは幼稚園の頃、仲良く一緒に遊んでいた。
一緒に笑い。
一緒に泣いた。
同じ時を、ジョージと過ごした。
ジョージを強く信頼していた。
ジョージは翼にとって最も信頼している人物だ。
そう、ジョージは翼にとって――
親友だったのだ。
そんなジョージに今、暴言を浴びせられる。
「おまえなんかしねばいいんだ!!」
「……ッ!!」
それだけ言い残すと。
ジョージは教室から出て行った。
すると、それに釣られるようにしてクラスメイト全員が教室から出て行った。
教室で一人になり、翼は気が付けばその場にしゃがみ込んでいた。
そして、静かに目から涙を流す。
静かに――
声を殺して泣いた。
胸が痛くて堪らない。
何度涙を拭っても次から次へと涙が溢れ出る。
そのまま下校時刻になるまでずっと教室で一人立ち尽くしていた。
胸が、ずっと痛む。
酷く、痛む。
だが下校時間になってしまったのでそんな胸を抱えながらも家へと帰った。
その後はどうやって家へと帰ったか覚えていない。
それでも何とか家へと帰り、森さんと一緒に夕食を摂った。
森さんが帰ると同時に出海さんが来て勉強をした。
したのだが、その内容を全く覚えていない。
気が付いたら勉強が終わり、家に一人だった。
静かな部屋の中、翼は勉強机の椅子に腰を下ろす。
椅子が翼の体重で軋む音だけが、部屋に響く。
机の上にノートを広げ、鉛筆を手に取る。
そして、今日感じた事を全てノートに綴っていく。
〝君の言葉が心に刺さって、痛いよ。
涙が溢れてきて、止まらない〟
涙が零れそうになると、すぐに服の袖で涙を拭う。
そうやって翼は自分の想いや感情を綴っていった。
主に、寂しさや悲しみ――苦しみを。
そして気分が落ち着いて来ると、今度は自分が理想とする幸せを別のノートへと書いていく。
幸せな家族を。
仲の良い友達を。
今の自分とは正反対の、もう一人の自分を描いていく。
しばらくノートに書き続け、鉛筆を置く。
少し休憩しようとして伸びをし、時計を見てみると――
時計の針はもう九時を過ぎていた。
時計を見てすぐに風呂に入る準備をして、一階へと降りていった。
それからしばらくしての事。
いつものように学校へ登校し、休み時間は教師と話をしようと思い廊下を歩いていると。
「綾崎君」
逆に、呼び掛けられた。
呼び止められ、足を止めてから自分を呼び止めた人物の姿を探す。
振り返ってみると、そこには自分を呼び止めた人物がいた。
その人物は――
一年生の時の担任だった。
「せんせい。どうしたんですか?」
「綾崎君に渡したいものがあって」
「わたしたいもの?」
「はい、これ」
そう言われて差し出されたものは、一枚の紙だった。
翼はその紙を受け取って目を通す。
渡された紙に目を通していると、一年の時の担任が口を開く。
「この間知ったんだけどね。来年の十二月に結構大きな賞があるの。その賞で優勝するとすぐに小説家になれるみたいでね。先生、綾崎君の書く話なら優勝出来ると思うの。でも、この事はお父さんとお母さんにちゃんと相談してから決めてね」
一年の時の担任が話をしている間、翼は渡された紙に目を通していた。
渡された紙は、その小説大賞応募の知らせだった。
恐らく、ホームページの応募条件を印刷して渡してくれたのだろう。
その応募条件を見た所、年齢不問。
書くジャンルは何でも良いとの事だった。
その事を教えてくれた一年の時の担任に感謝した。
「はい! 教えてくれてありがとうございます!」
「じゃあ、頑張ってね」
それだけ言い残すと、一年の時の担任はその場を去った。
去った後でも、翼はずっと渡された紙を見つめていた。
これは、自分の夢に近付ける大きな一歩。
どうしてもやってみたい。
そう強く思った瞬間――
頭の中が様々なアイディアで溢れた。
様々なアイディアが浮かび上がり、色鮮やかに彩られる。
応募する話はどんな話の設定にし、主人公はどんな人物にするか。
アイディアが頭の中で溢れて飛び交い、考えるだけでも楽しい。
早く帰って、このアイディアをまとめたい。
もっとじっくりと、話の構成を考えたい。
そう思いながら、翼は授業を受けていた。
だが、授業の内容が全く頭に入って来なかった。
まぁ、入って来なくても問題はないのだが。
考え始めたら、もう止まらない。
その事ばかり考えてしまう。
早く学校が終われば良いと強く思った。
そんな事を考えているとすぐに全ての授業が終わり、帰りのホームルームが終わるとすぐに家に向かって走り出した。
早くこの考えを。
浮かび上がるこのアイディアを形にしたい。
そんな強い衝動に駆られる。
家へと戻り、手洗いとうがいをするとすぐに自分の部屋へと駆け上がった。
部屋に駆け込み、手にしていたランドセルを投げ捨て――
いつもならすぐに制服から着替えるのだが、着替える事もせずにそのまま机へと向かった。
勉強机の前に来るとまだ何も書かれてない新しいノートを取り出す。
そして直ぐ様鉛筆を手に取ってノートに浮かび上がったアイディア達を書き記していく。
話の設定のアイディアの中から、良いと思う設定を取って構成していく。
(おうぼする話は……主人公が夢に向かって進んでいく話! 夢は――小説家……? いや、それじゃあぼくと同じだ。もっと違う…。もっとキラキラした……)
翼は授業中からずっと主人公の設定についてずっと考えていた。
そこで引っ掛かっていたのは主人公の持つ夢だった。
アイディアを一つ考えるだけで様々なアイディアが飛び交っていく。
バスケット選手、野球選手――スポーツ系。
小説家、漫画家――芸術系。
しかし、どれも翼の考えにはしっくりと来なかった。
他に何があるだろうか。
ダンサー、アイドル――
(アイドル……?)
そこで、一度アイディアの飛び交いが止まる。
そして――
次の瞬間、アイドル関連の知識やアイディアが再び飛び交い始める。
(アイドル……グループ…。いや、そんなグループみたいな人数はいらない…。歌……歌――)
そこまで考えた時。
今度は完全に思考回路が停止した。
「……歌手……」
この物語の主人公の夢は、歌手。
そう思った瞬間。
何かが噛み合うような。
まるで歯車が噛み合ったような感覚がした。
(これだ!!)
そう決まった瞬間。
先程よりも多くのアイディアが頭の中で溢れ返り、飛び交う。
アイディアが溢れ出るのと同時に、字を書く手も止まらなくなってしまう。
翼がノートに字を書くまでは、このノートは真っ白だった。
しかし今、翼が字を――
翼の考えたアイディアを書いていく事により。
このノートは七色のように様々な色に染まった。
そして、このノートに物語を描いていく事がとても楽しい。
思わず時間を忘れてしまうほど夢中になって書いていた。
やがて一階から森さんが夕食の準備が出来たと翼を呼ぶ声が聞こえる。
森さんの声で我に返り、翼は手を止めた。
気が付くと、ノートにはもう何ページも書いてしまっていた。
それを少し眺めてから一階へと降りて行った。
いつものようにリビングに行くと。
そこには驚いた表情をした森さんの姿があった。
「どうしたの? 森さん」
「まだ制服から着替えていなかったんですか……?」
「え……?」
翼自身驚きながらも自分の服装を確認してみた。
自分がまだ制服を着ているという事にたった今気付いた。
それほどまでに夢中になっていた自分に驚いていると。
「何かに夢中になっていたんですね?」
「え――」
「本を読む事以外に何かを始めた。それに今夢中になっている…。そうでしょう?」
「……うん。新しい話を書き始めたんだ」
「それはどんなお話なんですか?」
森さんは優しくそう聞いて来てくれた。
その事が嬉しく、翼は思わず森さんに思い付いた話を語り始めたのだが――
「その前に。制服を着替えてきましょうね。夕食を食べながらそのお話を聞きましょう」
「わかった!」
それからすぐに翼は自分の部屋に戻り制服を脱いだ。
その後、森さんに今日自分の考えた物語を教えながら食事をした。
だが、一つだけ森さんに教えていない事があった。
それは、今語っている物語を投稿する事だった。
その理由は、両親から投稿しても良いと言われた時に森さんに伝えようと思っているからだ。
なので、その事は言わずにいたのだ。
それから少しして、土曜日がやって来た。
小説を投稿する事は藤森先生にだけ言おうと思っていた。
そのため、いつも藤森先生のいる――
綺麗な桜の木の下に行く。
そこにはやはり藤森先生が居た。
桜の木の下で風に煽られながら空を見上げ、煙草を吹かせていた。
何処か物思いに耽けている様子だったのだが。
幼い翼がそんな事に気付くわけがない。
「ふじもりせんせい!」
「ぉわっ!? な、なんだ…翼君か……」
「タバコ、すっちゃダメなんだよ。ちゃんとタバコすう場所があるんだからそこに行かなくちゃ」
翼がそう言って藤森先生に説教をすると。
藤森先生は優しく笑い、少し屈んで翼と同じ目線になってくれた。
それから翼の目を見て口を開いた。
「あそこはね、タバコ臭くて先生嫌なの。ここならタバコ臭くないし、景色が良いからね。だから、これは僕と翼君だけのヒミツ。いい?」
唇の前で人差し指を立て――
その上にウィンクをして藤森先生はそう言った。
翼は少し腕を組んで許すべきかどうか迷い。
深い溜息を吐き出してから答えた。
「う~……しかたないなぁ…」
「ありがとう」
そう言うと藤森先生は優しく微笑んでくれた。
翼に微笑みを向けると、立ち上がって空を見上げる。
そんな藤森先生の表情は、何処か嬉しそうにも悲しそうにも見えた。
どうしたのかと翼が聞こうとしたのだが。
それよりも前に、藤森先生の方から翼に話し掛けてきた。
「今日はどうしたの? なんだか嬉しそうだけど」
藤森先生にそう言われ、今日病院に来た理由を思い出した。
本来の目的を思い出してしまうと、藤森先生の変化について考える事をすぐにやめてしまった。
そして、藤森先生に言いたかった事を言い始める。
「うん! じつはね、小説をとーこーする事にしたんだ!」
「へぇ……、そうなんだ。良かったね」
藤森先生は嬉しそうに笑ってそう言ってくれたのだが。
翼はその笑顔に違和感を感じた。
だが、何が違うのかがわからなかった。
藤森先生に何かあったのかと聞くよりも早く藤森先生が翼に話を振ってくる。
〝投稿するお話、聞かせて欲しいな〟そのように、聞かせようとはしない。
そうなのだが、やはり藤森先生はいつもと同じで――
やがて翼は藤森先生の違和感について触れるタイミングを完全に失った。
「僕ね、翼君の考えるお話が好きなんだ。だから、聞かせてくれる?」
「うん、いいよ! でもまだつづき考えてないんだけどね――」
そうして、翼は自分の考えた物語を語り始める。
物語の主人公は、歌う事が大好きな男の子。
男の子はどんな時でも歌を歌っていた。
嬉しい時や、悲しい時。
自分の感じた事を歌に込めて――
歌に乗せて伝えていた。
そのため、男の子が楽しい時に歌った歌は楽しく聞こえ。
逆に悲しい時に歌う悲しい歌は、聞く人も涙が出るほど悲しく聞こえる。
そんな歌声を男の子は持っていた。
その歌声に、聞く人誰もが酔いしれた。
そんな時、男の子はある女の子と出逢った。
女の子は男の子の歌声を聞いて〝大好き〟と言ってくれた。
――――――――――
「今はまだここまでしか考えてないんだ」
「そっか…。でもやっぱり翼君の考える話はすごいよ。すごく続きが気になるし、翼君の考える世界観に惹き込まれる……」
「ありがとう、ふじもりせんせい」
「……投稿する事は院長と――いや、お父さんとお母さんには言ったの?」
「ううん、まだだよ。おとうさんとおかあさんに話すのは、今度あえた時にするんだ。でも次もあえなかったらその時はね、このお話が出来た時にするんだ」
「……そっか。お父さんとお母さん、投稿する事を許してくれたら良いね」
そう言うほんの一瞬前。
藤森先生が悲しそうな表情をしたように見えた。
――やはり、今日の藤森先生はいつもと何処か違う。
いつものように振舞っているのだが。
何処かに違和感が生じる。
だが、藤森先生はそれを聞くタイミングを与えなかった。
藤森先生はズボンのポケットから携帯用灰皿を取り出し、煙草の火を消してその中に入れ――
「じゃあ僕、そろそろ戻るね。続きが出来たら今度聞かせてね」
「うん。またね」
そう言い残すと藤森先生は翼に背を向けて、行ってしまう。
藤森先生が行ってしまうと、翼も自分の家へと足を向ける。
家へ戻る道を歩きながら、翼はずっと考えていた。
どう考えても、今日の藤森先生は少し違っていた。
何処か、悲しそうに見えた。
寂しそうにも見えた。
(……なにがあったんだろう…?)
何があったのか、聞きたかった。
だが、藤森先生は聞くタイミングを与えてくれなかった。
恐らく今度逢った時に聞いても、はぐらかされるであろう。
何事もなかったように、振舞うに決まっている。
そんな事を考えながら帰っていると、すぐに家へと着いた。
玄関の扉を開け、靴を揃えてから洗面所へ向かい手洗いうがいをする。
手洗いうがいを済ませると、翼はリビングの扉を開ける。
すると台所には森さんが立っており、昼食を作っていた。
「おかえりなさい、翼様」
「森さん、手伝うよ」
「え、いいんですか? それに翼様、料理出来るのでしょうか?」
「本で読んだからやり方は知ってるけど……。やった事ないから、そこは森さんが教えて?」
「はい、わかりました。では、野菜を切ってもらえますか?」
「うん、いいよ」
「包丁を使う時左手は――」
「ネコの手、でしょ?」
そう言いながら翼は左手を猫の手のように丸くしてみせた。
そして包丁を手にして野菜を切っていく。
初めて包丁を手にしたとは思えないほどに自然に包丁を使いこなし。
切った野菜が繋がっている事はなかった。
「流石翼様。上手ですよ」
森さんはそう言うと、料理を続けた。
翼にアドバイスする事など一つや二つほどしかなく。
効率良く料理が出来た。
料理が完成すると、森さんが褒めてくれた。
本の知識だけで良くここまで出来たと。
褒められて、翼は嬉しかった。
その後二人で作った昼食を森さんと一緒に食べた。
森さんは作った料理を一口食べ、味も良いと褒めてくれた。
味付けは翼がしたのだが――
完璧とまで言われ、翼は少し困った。
そうして、夕食も一緒に作る事となった。
そのようにして、一日が終わった。
――それから数日後の事。
翼は投稿する小説を原本から訂正しつつパソコンに書き写し始めた。
だが、話の設定や原作はノートに書いていた。
学校に着き、自分の席に座った時に気が付いた。
間違ってそのノートを持って来てしまっていたのだ。
いつも学校へ持って来ている手提げの中に入っていたのだ。
恐らく、森さんが間違えて入れてしまったのだろう。
手提げの中にノートが入っていたので、翼はそれを机の中へと入れた。
それが、迂闊だったのだ。
もっと注意を払っていれば良かったのだ。
しかし、翼は注意を払う事を忘れていた。
いつものように過ごしてしまっていたのだ。
そして一日が終わり、放課後がやって来た。
今日も何事もなく終わった。
そう思っていつものように帰ろうとした時。
ある事に気が付いた。
今日は間違えてノートを持って来ていた事に。
教室の出入口まで来ていたがすぐに足を止め、自分の席へと戻る。
机の中に手を入れてみた――が。
ノートの感触を得る事が出来なかった。
嫌な予感が頭を過ぎったが、翼は恐る恐る机の中を覗いてみた。
――そこにノートはなかった。
何処にやってしまったのだろうか。
翼はノートがない事に気付き、すぐに探し始めた。
今日自分の行った場所や、心当たりのある場所。
図書室へ行ったり、今日行っていない場所まで探してみた。
しかし、何処にもノートはなかった。
同じ場所を何回も探し、下校時間になるまでずっと探していた。
それでも何処にも見つからなかった。
翼は最後に教室を探し――
それでも、ノートは見つけられなかった。
諦めてランドセルを手に取り、教室から出ようとする。
教室の出入口まで来た時。
まだ探していない場所を思い出した。
そこにあると、信じたくない場所。
だが、ただそこにあるだけでノートは無事である事を願いその場所の方にゆっくりと向く。
こんなに探してもないという事は、クラスメイト達にあのノートを見られたという事だ。
そして、ノートを隠されたか。
〝捨てられた〟以外には考えられない。
翼は恐る恐る教室の隅に置かれているゴミ箱へと近付いてみる。
恐らく、翼の探しているノートはこの中にあるだろう。
そう思いながら、ゴミ箱の中を覗いてみた。
その瞬間、翼は驚愕した。
呼吸する事も忘れてしまうほどに、驚いた。
確かに、ノートはゴミ箱の中に入っていた。
入っていたのだが。
ハサミでバラバラに〝切り刻まれた〟ノートが、ゴミ箱の中にあった。
ノートの切れ端を手に取ってみるが。
ほとんど読めないほどに切り刻まれていた。
それを見た瞬間、全身から力が抜けていってしまった。
まるでパズルのようにバラバラにされたノートの欠片をゴミ箱の中から必死に集める。
だが、全て拾う事は出来なかった。
小さく切られたノートの欠片はもう、見つけられない。
それでも翼はずっとノートの欠片を探していた。
そして、いつの間にか頬は涙で濡れていた。
必死に考えた物語が。
設定を自分なりに必死に練って作った世界が。
必死に考えて生み出した人物達が――
誰かの手によって壊された。
こんなにもバラバラに。
時に、寝る間も惜しんで書いた物語が。
手にペン凧が出来るほど書いた物語が。
こんなにも簡単に壊された。
翼は酷く後悔した。
どうして家を出る前に、ちゃんと持ち物の確認をしなかったのかと。
どうして、ノートを机の中に入れてしまったのだろうかと。
何故、ノートに注意を払わなかったのだろうかと。
どうして、ここまでされないといけないのかと。
翼はその場に蹲り、声を殺して泣いた。
ポタ、ポタ…。
翼の流す涙でノートの欠片が濡れる。
何をされても、翼は決して涙を流さなかった。
物に対する虐めで、泣く事はなかった。
胸が痛むだけだった。
しかし、今回は違う。
自分の考えた物語をこのようにされる事には、耐えられない。
涙が溢れ出た。
教室で一人泣きながら翼は強く思った。
もう二度と、大切なものは学校に持って来ないと。
こういう風にされるなら、絶対に持って来ないと。
拾えないほど小さく刻まれたノートを必死に拾いながら。
翼は泣いていた――
~To be continued~