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清酒スクエア ~綾崎翼の片思い~ 小学生編2

あれから数ヶ月後。

翼の家に家庭教師が来るようになり、翼の成績は愕然と変わった。

常にクラス内でトップ。

学年トップも夢ではないほどまでになっていた。

勉強が出来るようになり、翼は学生生活を楽しく感じていた。

今日も翼は学校へと行き、授業を受ける。

「じゃあ、この問題がわかる人はいるかな~?」

「はいっ!」

元気良く手を上げたのは翼だった。

担任は元気良く手を上げた翼を指名した。

すると翼は椅子から立ち上がり、元気良く答える。

「22+59−11=70です!」

「正解! よく出来ました」

担任が、嬉しそうに拍手をしながらそう言ってくれた。

翼が正解すると――

クラスメイト達が歓声を上げる。

「すごいなめぐみ!」

ジョージも、そう言ってくれる。

そんなクラスメイト達の言葉に翼は笑って返す。

更に、テストが返ってくれば全教科全てが百点だ。

翼の返ってきたテストを見たクラスメイト達がみんな褒めてくれる。

「どうやったらそんなてんがとれるんだ?」

「あやさきくん、べんきょうおしえて!」

「おれも!」

「わたしも!」

「うん、いいよ」

勉強が出来るようになっただけで、すぐにクラスでの人気者になった。

休み時間になれば、翼はクラスメイト達に勉強を教えた。

みんな、翼から勉強を教えて欲しいと言って翼の席に集まる。

午前はそのようにして、クラスメイト達に勉強を教え――

午後からはクラスメイト達に勉強を教えるのではなく、自分の席でずっと本を読んでいた。

そして放課後になると、翼は図書室へ向かおうとする。

ホームルームが終わり、翼が自分の席から立ち上がると。

「めぐみ、きょうこれからあそぼーぜ。たんじょうびにかってもらったゲーム、みんなでしようぜ」

ジョージがそう言いながら翼の席までやって来た。

ジョージが翼の席まで来ると。

他のクラスメイト達も翼の席へと集まってきた。

みんなで翼も一緒に遊ぼうと誘ってくれるのだが。

翼は手にしていたランドセルを背負い、ジョージの顔を見て答える。

「ごめん。かていきょうしが来るからムリなんだ」

「そっか、じゃあまたこんどなー」

「うん。じゃあまたあした」

そうやって断り、翼は図書室へと向かった。

クラスメイト達とは仲が良いのだが、一緒に遊ぶ事はなかった。

森さんから、夕飯の時間には戻ってくるようにと言われているからだ。

夕飯の時間は、午後五時半。

六時には出海さんが来てしまうからだ。

なので、ほとんどみんなと遊ぶ時間がない。

そのため、翼は誘いを断っていたのだ。

翼の一日は、このようなものだ。

平日は、朝から学校へと行き――

学校から戻ると、森さんと一緒に夕食を食べ。

その後に出海さんが来て、勉強をする。

休日ならば、出海さんの来る午後三時までは好きな時間を過ごす。

図書館へ行ったり、両親に逢おうとして病院へ行ったり。

最近では本を読む時間に使っているのだが。

その他に、空いた時間は基本的にずっと本ばかりを読んでいる。

――今の翼の生活は、そのようなものになっていた。

そんなある日。

翼はいつもと同じように学校へ登校する。

教室に入ると、ジョージやクラスメイト達が話し掛けてきてくれる。

昨日見た、テレビの話題。

翼は、家では森さんと一緒にニュースぐらいしか見ないのでクラスメイト達の話題には付いていけない。

それでも、相槌を打ったりはする。

少しすると、勉強を教えてくれとクラスメイトの一人が言い出し。

翼はそのクラスメイトに勉強を教え始める。

そのように過ごしていたのだが――

クラスの担任が、朝礼のチャイムが鳴ると同時に教室に入ってきた。

すると、翼の席に集まってきていたクラスメイト達はみんな自分の席へと戻る。

全員が自分の席に座ると、教師は教卓の前に立ち。

挨拶をしてから、連絡事項を口にする。

「みなさん、参観日が近付いてきましたね。そこでみなさんに、宿題を出します!」

えぇ~、とクラス中からブーイングが発生するが。

担任はそれを気にも止めず、更に口を開く。

「みなさんには、参観日に読み上げる作文を書いてもらおうと思います」

「またさくぶん?」

「でも、ただの作文じゃなくてね。みんなの考えるお話を書いてくれたらいいの。みんなが想像する世界を、書いてくれればいいの。だから、魔法使いが出てきても動物が喋ってもなんでもいいの。みんなの考える事、思った事を好きに書いていいの。それが今回の宿題。参観日までにみんな、書いて来てね」

担任はそう言うと、出席を取り始めた。

出席を取っている間も、みんな宿題について話し合っていた。

どんなのを書くのかと。

クラスメイト達と同じように、翼も必死にどのような作文を書くか考えていた。

そして、思い出した。

前回の参観日の事を――

前回、初めての参観日。

両親は来てくれなかった。

森さんも都合が合わず、誰も来てくれなかった事を。

それでも翼は、初めての参観日に両親についての作文を読み上げた。

すると、みんな拍手してくれた。

拍手してくれたのだが、やはり何かが足りなかった。

両親が居てくれたら、どんな想いだったのだろうかと。

翼は少し考えた。

だが、それよりも今は他に考えないといけない事がある。

そう思い、翼は作文について考え始めた。

本を読む事もせずに、必死に宿題について頭を悩ませる。

(このさくぶん、うまく書けたらお父さんとお母さんはきてくれるかな……)

少しそう考え、そうだったら良いと思う。

ならば、この作文は良いものにしなくては。

みんなから認められるような。

そんな作文にしよう。

翼はそのように思って空いた時間で作文を書くのだが――

そう簡単に、物語など書けない。

宿題が出されてから、初めての休日。

翼は朝からずっと、自分の部屋に居た。

朝食を食べてからはずっと、机の上に置かれた原稿を見つめている。

「……なにもおもいつかない……」

翼は呟き、手にしていた鉛筆を置いた。

一体、何を書こうか。

自分の考える事を好きに書いていい。

そう言われるとどう書いていいのか、わからなくなる。

原稿の前で必死に考えるが――

やはり、何も浮かばない。

翼は少し諦めて、机の前にある窓を見上げる。

カーテンが開いているので、外に広がる綺麗な青い空がよく見える。

そんな青空を眺めていると。

鳥が優雅に空を舞うように飛んでいる姿が見えた。

鳥の姿を見て、翼は思う。

(わたり鳥って、いろんなせかいを見てるんだよね……。鳥って、どんなことを考えるんだろう……)

そんな事を考えながら、ぼーっと空を飛ぶ鳥を見つめる。

その時、不意に翼は鉛筆を手に取った。

そして原稿に鉛筆を滑べらせていく。




〝生き物〟

大空を飛び回る鳥は、どんなものを見ているんだろう。

ぼく達の見た事のない世界を、鳥達は知っているのかもしれない。

少なくとも、ぼく達の見た事がない景色をたくさん見ていると思う。

渡り鳥はぼく達の知らない遠い所で産まれてからぼく達のいる所までやって来る。

そんな渡り鳥の中には一度も休まないで飛び続ける渡り鳥もいる。

それはきっと、ぼく達には出来ない事。

一度も休まないなんて、ぼく達だとすぐに倒れてしまう。

そんな空を飛ぶ鳥は、どんな事を考えるんだろう。

きっとぼく達とは違う事を考えているんだろう。


キレイでどこまでも広い海を泳ぐ魚は、どんなものを見ているんだろう。

ぼく達が見た事のない、キレイな海の中を知っているのかもしれない。

人が一度も見ていない場所を知っているかもしれない。

広い海で産まれた魚は七つの海を旅しているのかもしれない。

本当の事はぼく達にはわからないけど。

魚は夜、ぼく達のように眠る事はないんだ。

寝ないでずっと泳ぎ続けているんだ。

寝ないでずっと起きているなんてぼく達には出来ない事。

ぼく達は気が付くと眠っていて、いつの間にか朝が来てるんだ。

そんな広い海を泳ぐ魚は、どんな事を考えるんだろう。

多分、鳥ともぼく達とも違う事を考えているんだろう。

魚は何を見て、生きているんだろう。


とても自由に生きてる猫は、どんなものを見ているんだろう。

ぼく達の知らない事ばかり知っているのかもしれない。

ぼく達が行けないような細い道を通って。

ぼく達の知らない場所に行ける。

そんな猫はどんなに高い所から落ちてもちゃんと着地出来る。

ぼく達は高い所から落ちるとケガをしてしまう。

猫はそんなぼく達よりも強い生き物なんだ。

そんな自由に生きてる猫は何を考えるんだろう。

あんなにキレイな目で何を見ているんだろう。

きっと、鳥や魚やぼく達とは違う事を考えているんだろう。


ぼくは今、何を見ているんだろう。

空を飛んでいる鳥を。

机の上にあった本の表紙に書かれてる魚を。

塀の上で寝ている猫を。

ぼくは鳥達みたいに特別な事が出来るだろうか。

今のぼくには思い付かない。

その代わりに、ぼくは考える。

ただ、考える。

鳥達は何を見て、考えるのか。

ぼくは鳥達を見て、そんな事を考える。

鳥達は、どんな事を考えるんだろう。

ぼくはそれが少しだけ、気になるんだ。




 翼は、そのようにして作文を書き終えた。

後は、参観日当日を待つだけとなった。

両親が今度の参観日に来てくれる事を祈って――

そして、参観日当日。

翼はいつものように朝食を食べ、森さんに聞く。

「森さん、きょうがっこうにこれる?」

「そう、ですね……。今日もこの後に用事がありまして――」

「これないの……?」

「すみません」

「じゃあ、お父さんとお母さんはきてくれるかな」

「どうでしょうか。ですが、前回は来てくれなかったので今回は仕事の合間を縫って来てくれるかもしれませんよ」

「そうだよね。じゃあ、ぼくがっこうにいってくるね!」

「はい、行ってらっしゃいませ」

翼は元気良くそう言って家から飛び出した。

学校に着くと、クラスメイト達が少し作文の読み上げについて不安を抱いたり。

楽しみにしていたりしていた。

そんな中、翼は両親が来るのをずっと待っていた。

両親が来るのを信じて――

参観日の時間が近づくに連れ、クラスメイトの両親。

それに他のクラスの両親で人が溢れ返る。

翼は人混みに紛れ、正門から入って来る両親を確認するために廊下に出る。

廊下からはグランドが一望出来る。

廊下から翼は両親の姿を探すのだが。

どんなに探しても、両親の姿が見当たらない。

そのように探している内に始業のチャイムが学校中に鳴り響く。

チャイムを聞き、翼は作文を読んでいる間に両親が来る事を祈って教室へと戻った。

教室に戻ると、教室の後ろの方にはクラスメイト達の父兄で埋め尽くされていた。

やはり、教室内にも翼の両親の姿はなかった。

そして、参観日が始まる。

「今回はみんな、自分の考えたお話を書いて来たんだよね。それを今日はここで読んでもらいます。緊張するかもしれないけど、いつもみたいにしてくれればいいからね」

そのようにして、担任が進行させていき。

一人一人作文を読み上げる事になった。

出席番号順に進むなら、翼が一番最初だ。

出来る事ならば、真ん中くらいか後ろの方で読み上げたいと強く思う。

両親に、来て欲しい。

両親に、聞いて欲しい。

翼がそう思っていると――

「じゃあ、読んでもらいましょうか――の前に」

担任が、そう口にした。

不思議に思って翼が顔を上げて担任の方を見てみると。

担任は教卓からくじ引き用の箱を取り出した。

一体何が始まるのかと思った時。

「作文の読み上げは、くじ引きで決めます! この中にはみんなの名前が入ってて、先生が引いたくじに書かれてる人から順番に作文を読んでもらいます」

そう言って担任はくじを引き始めた。

そのおかげで、翼の読み上げは少し遅くなった。

その間、翼は両親が来るのをずっと待っていたのだが。

クラスメイト達の半分ほどが作文を読み上げた頃。

担任が箱から名前の書かれたくじを引いた。

「次は、綾崎翼君!」

「――はい」

翼は少し躊躇いながら、立ち上がった。

まだ両親は来ていなかったのだが……。

作文を読み上げている間に両親が来る事を祈って翼は自分の書いた作文を読み始めた。

翼が読み上げを始めた瞬間。

空気が変わったように感じられた。

まるで、この教室中が翼の作り出した世界に入ってしまったかのような。

教室内だけ、別の世界になってしまったような。

何処となく、不思議な空気へと変わった。

そして翼が作文を読み終えると空気は元に戻ったのだが。

今度は張り詰めたような空気へと変わっていた。

翼は一瞬、戸惑った。

今までみんなが作文を読み上げても、そのような空気にはならなかった。

翼以外だと、作文を読み終えるとみんなすぐに拍手をするのだが。

翼には、それがない。

それも、クラスメイト達や担任。

クラスメイト達の父兄達、みんなからだ。

物音一つしない静寂が、怖く感じられた。

怒られるかもしれない。

翼がそう思った瞬間。

教卓の方から拍手の音が聞こえた。

すると。

その拍手の音に釣られるようにして、次々と拍手が沸き起こる。

拍手の音に驚いていると。

「翼君は将来、小説家になった方がいいんじゃないかな。今の話を聞いたら、翼君は小説家に向いてるよ」

担任が拍手をしながらそう言い、翼は両親の姿を探すために教室の後ろの方に立っていた父兄達の方を見る。

父兄達も、納得するようにして頷きながら拍手をしていた。

――拍手の嵐。

みんなから褒められた。

嬉しい、はずなのに。

翼は周りを見渡した。

やはり、両親の姿はない。

これは、我が儘なのだろうか。

みんなから褒められたのに、嬉しくない。

本当に褒めて欲しい人は、両親なのだと。

両親から、褒めて欲しいと思うのは――

我が儘、なのだろうか。

「――――」

胸に、何か冷たく鋭いものを感じる。

(これは、なんだろう……)

そんな事を考えながら、翼は椅子に座る。

それからは、クラスメイト達の作文を読み終えると帰りのホームルームをして下校となった。

クラスメイト達はみんな、両親と一緒に帰るのだが――

翼だけが、一人で帰る。

ランドセルに教科書やノートを入れて。

背負って教室から出ようとした時。

「あやさきくん」

声を掛けられて、翼は足を止めた。

そして振り返って自分を呼び止めた人物を探す。

振り返るとそこには、クラスメイトの女の子が立っていた。

「どうしたの?」

翼がそう声を掛けると――

女の子は翼の周りを見渡してから、口を開いた。

「あやさきくんのおとうさんとおかあさんは?」

「え――」

「まえもあやさきくんのおとうさんとおかあさん、きてなかったよね? どうして?」

目の前にいる女の子は、不思議そうに首を傾げて聞いて来る。

その質問に、翼は至って普通に答える。

「いそがしいからだよ」

「でもみんなのおとうさんとおかあさんはきてるよ? みんなきてるのにあやさきくんのおとうさんとおかあさんだけきてないなんて、へんなの」

「え……?」

「美優、行くわよ」

「うん、わかったー」

女の子の母親が声を掛けて来た。

その声に返事をすると女の子は行ってしまった。

翼は、まるで時間が止まってしまったかのように感じられた。

ずっと、女の子の言った〝変〟と言う言葉が頭の中で飛び交う。

(ぼくのお父さんとお母さんが、へん……?)

その言葉の意味が、翼にはわからなかった。

何処が変なのか、理解出来なかった。

 結局、両親も森さんも参観日には来なかった。

その事にも少しショックを受け、翼が我に返ったのは教室からみんな出て行った後だった。

結構みんなが帰った後に帰っているのだが。

まだ帰り道には親子連れのクラスメイト達がいた。

一人で帰る事は、いつもの事なのに。

いつも、一人で帰っているのに。

どうしてだか、今日だけはいつもと違う。

両親と仲良く帰っているクラスメイト達を見ていると――

胸の辺りに、冷たくて鋭い痛みを感じる。

(これは、なんだろう……)

周りを見渡してみる。

――隣に両親がいないのは、翼だけ。

そこで、翼の脳裏にはある事が過ぎった。

読んだ本に描かれていた事を。

家族みんなで夕食を食べるシーン。

両親と手を繋いで夕焼けの中を歩くシーン。

翼の読んだ本には、大抵両親と共に過ごした描写が描かれていた。

〝家族とは、支え合って強くなるもの〟

小説に書かれていた一文を思い出す。

〝家族とは、かけがえのない時間〟

(かぞくって、いっしょにいるものなの……?)

翼は思う。

家族とは、今目の前にいる――

手を繋いで、仲良く歩いているあのクラスメイトの事を言うのだろうか。

〝みんなきてるのにあやさきくんのおとうさんとおかあさんだけきてないなんて、へんなの〟

女の子の言葉を思い出す。

可笑しいのは、周りの人達。

クラスメイト達の両親は、暇だからこのようにして逢いに来る。

その考えが、違っていたとしたら?

みんなが可笑しいのではなく。

(ぼくのかぞくが、おかしいの……?)

そう思いはするのだが。

翼には自分の家庭が可笑しいのだと思えるような決定的な証拠がなかった。

しかし、今日の参観日も。

前回の参観日にも両親は来てくれなかった。

それだけではなく、幼稚園の頃の行事に一度も来なかった。

それ所か。

もう随分と顔を合わせていない。

両親の顔を、忘れてしまいそうなほどに。

そこで、翼の脳裏にもう一つある事が過ぎった。

その事に気付き、それを確認するために翼は足を家へと向けた。

気が付くと走っており、家に向かって急いでいた。

家に着き、普段ならば手洗いうがいをしてから自分の部屋へと行くのだが。

今日の翼は違い、家に帰るとすぐにリビングへと向かった。

リビングの扉を勢い良く開けたので、台所に立っていた森さんが驚いた表情をしていた。

そして翼はリビングを見渡す。

だが、翼の探しているものは見つからない。

翼はリビングから出て、あまり使われていない両親の部屋へと向かった。

両親の部屋に入って部屋を見渡すが――

やはり、何処にもない。

何処にも、置かれていない。

部屋だけではない。

家中、何処にもない。

何処にもないのだ。

〝写真〟というものが一つも。

両親の顔を、忘れてしまいそうなほど見てない。

つまり、写真すら見ていない。

それに、このように中々逢う事が出来ないならば写真を数枚置いていくだろう。

少なくとも、翼の読んだ本の中ではそのようにしていた。

しかし、その写真が何処にもない。

翼は再びリビングへと戻り――

台所に立っていた森さんに聞いてみた。

「ねぇ、森さん。ぼくのしゃしんってどこにあるの?」

翼の言葉を聞いた森さんが、悲しげな顔をしてみせた。

どうしてそのような顔をするのかと翼が聞こうとすると――

それよりも先に森さんが口を開いた。

「すみません……。翼様の写真はないんです…」

「どうして? お父さんとお母さんのしゃしんもないのに?」

「――旦那様と奥様から〝そんな事はしなくていい〟と言われましたので……」

森さんの言葉を聞いて、気付けたような気がした。

いや、森さんの言葉と写真がない事で確信を得た。

自分の家庭は他の人とは違うのだと。

今までずっと、クラスメイト達の生活は自分と同じなのだと思い込んでいた。

しかし、それは違った。

翼だけが、違っていたのだ。

それに翼の両親は――

大切な思い出の事を〝そんな事〟と言う人なのだ。

翼の家庭は、他人と比べると可笑しいのだ。

翼は、それを知った。

自分が、クラスメイト達とは違う事に気付き。

翼の脳内には、女の子の言葉が繰り返すようにして聞こえていた。

〝へんなの〟

(――ほんとうだ。へん、だったんだ……)

それを知ってしまったが、翼はどうすればいいのかわからなかった。

知った所で、翼にはどうしようもない。

だが、自分の信じていた幸せが違う事を知ってショックは受けていた。

しかし、ショックを受けている時間もなかった。

時は刻々と過ぎていき、夕食を食べる時間になった。

夕食は、いつもと違って無言の食事となった。

森さんは、何があったのかと聞いては来なかった。

きっと、察したのだろう。

翼がこの家庭が、異常だという事に気付いたのだと。

そのまま特に会話はせず――

森さんは後片付けをし、出海さんが来たと同時に帰ってしまった。

出海さんは来るとすぐに翼に聞いて来る。

「こんばんは、翼君。今回のテストの点はどうだった?」

「よかったと、おもいます」

そんな事を話しながら、翼は出海さんと一緒に二階へと上がる。

二階の翼の部屋に着くと、翼はランドセルからテストを取り出す。

毎回テストは、出海さんに見せるようにしているのだ。

その時。

今日読み上げた作文も一緒に取り出してしまったようで。

出海さんは一緒に入っていた作文にも目を通した様子だった。

しかし、翼はその事に気付くのに少し遅れた。

いつもならばテストの点を確認するとすぐに今日やる勉強を教えてくれるのだが――

今日は少し反応が遅かったので出海さんの方を見た。

すると、出海さんが今日翼が読み上げた作文を読んでいる姿が視界に飛び込んで来た。

「あっ……!」

翼はそれを見て、直ぐ様出海さんの手の中から作文を奪い取った。

奪い取った作文をすぐに自分の机の引き出しの中へと入れた。

みんなからは褒められた作文だが。

やはり無断で誰かに見られるのは羞恥を感じた。

きっと、今の自分の顔は赤く染まっているであろう。

そんな翼に出海さんは――

「翼君……これ、すごい才能あるよ! 小説家、目指してみていいんじゃないかな?」

出海さんは驚きながら、そう口にした。

だが、次の瞬間出海さんは急に口を閉じた。

まるで、言ってはいけない事を言ってしまったかのように。

しかし、翼はその表情を見ていなかった。

――この作文を聞いたり、読んだ人は必ず言う。

〝小説家〟という言葉を。

小説家という言葉自体を知らないわけじゃない。

(しょうせつかって……しょうせつをかく人のことだよね…?)

〝小説家になれる〟

翼にはその才能がある。

その言葉を聞いて、翼の胸には何かが広がった。

とても暖かく、優しいもの。

そして、とても輝いているもの。

それに名前を付けるならば――

〝夢〟なのではないだろうか。

みんなからそう言われ、翼は小説家になりたいと強く思った。

そして翌日。

翼は放課後になるといつも通り図書室へと向かった。

昨日読み上げた作文を手にしてから。

図書室に着くと、翼は図書室のカウンターに居た先生に声を掛ける。

「せんせぇ! これ、読んでみてくれる!?」

カウンターに近寄って行くと。

先生の反応は、翼の想像していたものと違っていた。

カウンターの椅子に座っていた先生は、人差し指を唇の前で立てて。

「綾崎君、図書室では静かに」

そのように、注意されてしまった。

怒られた事に少しショックを受けながら、翼は謝る。

「……ごめんなさい」

――どうしても、この先生には見て欲しかった。

前に図書室で本を多く借りた時に、手提げを貸してくれた先生だ。

とても優しい、他の教師からも人気の高い教師だ。

その上に顔も良いので、女教師からは特に人気なのだ。

怒られた事に少しショックを受け、一瞬帰ろうかと思った時。

先生が翼に向けて右手を伸ばして来た。

翼はその意味がわからず、先生の顔をしばらく見つめる。

すると先生は優しく。

「何を読んで欲しいんですか? 見て欲しいものがあるんでしょう?」

優しく微笑んでそう言ってくれた。

その言葉のおかげで先程怒られた事などすぐに記憶から吹き飛んでしまった。

翼は嬉しくなり、すぐに先生に作文を差し出した。

先生は作文を受け取って目を通していく。

すると――

先生の表情がみるみると変わっていった。

少しして全部読み終えた先生が口を開く。

「綾崎君は、小説家に向いてる……」

「せんせぇ、ぼくしょうせつかになれる?」

「うん。もっとたくさんの本を読んで知識と文章力を上げてみると絶対になれるよ」

「じゃあ、ぼくのゆめは今日からしょうせつか!」

「頑張ってみて。綾崎君ならなれるよ」

「うん!」

とても無邪気だった、幼いあの頃。

この日、俺は小説家という夢を持った。

まだ、俺は知らなかった。

自分の置かれている立場を。

俺の、生かされている本当の意味を。

あの頃の俺は本当に何も知らない。

ただの子供だった――




 翼が小説家になるという夢を持ってから数ヶ月が経った。

九月に入り、翼の誕生日が近付いて来た。

それと同時に――

クラスメイト達にも変化が見られた。

あの参観日以降、クラスメイト達の態度が急に冷たく感じられるようになった。

前は、翼の席にクラスメイト達が集まって来ていた。

しかし、今ではそれがない。

それ所か、みんな翼に話し掛けてすら来ない。

その理由が翼にはわからなかった。

わからなかったのだが……。

幼稚園の頃から仲の良かったジョージすら話し掛けて来ない。

基本的に翼は向こうから話し掛けられないと話をしないタイプなので。

いつもジョージが話し掛けて来てくれていた。

しかし、そのジョージが話し掛けて来ない今は。

誰も話し掛けて来ないので本を読んだり。

ノートを広げて自分の想像する物語を綴っていた。

翼は学校で一人になった。

なので最近では、空いた時間は本を読むか話を書く事ばかりしている。

勉強の方は、出海さんが家に来てくれているので勉強に抜かりはない。

今ではテストの点は全教科オール百点だ。

ここ数ヶ月、ずっと満点を保ち続けている。

それに最近出海さんは、小学校三年生レベルの勉強を教えてくれているので勉強は遅れていない。

寧ろ逆に進んでいる方だ。

そのため、時間はいくらでも空いてしまったのだ。

そして今日も翼はノートに鉛筆を走らせる。

〝空はまるで人のように色々な姿を見せる。キレイな青空かと思うと、今日は曇ってる。今日は空の機嫌が悪いみたいだ〟

先日読んだ本のような文章で一文書いてみる。

その時、チャイムが学校中に響いた。

もう帰りのホームルームの時間だ。

このホームルームが終わると、放課後になる。

ホームルームが終わると、翼はすぐに図書室へと向かう。

図書室へ来ると、翼はある本を手に取る。

そして翼がいつも座る、特等席へ行き手に取った本を開く。

だが、数ページ本を捲るとすぐに手を止めた。

「――――」

手に取った小説に書かれていた事とは。

主人公が、家族から誕生日を祝ってもらうというものだった。

小説で描かれていたのは、幸せな家族。

家族全員で、楽しそうに誕生日ケーキを食べる描写。

翼は静かに本を閉じた。

――翼の誕生日は、明後日だ。

きっと、明後日だって両親は帰って来ないだろう。

このように、家族三人で誕生日を祝う所か。

翼は家族三人で食卓を囲んだ記憶がないのだから。

翼の考える事は、現実では絶対に有り得ない。

絵空事なのかもしれない。

(ぼくって、わがままなのかな……)

森さんが誕生日を祝ってくれるのではなく。

両親に祝って欲しい。

そう思う事は、我が儘なのだろうか。

「――わがまま、言っちゃダメだよね……」

迷惑を掛けてはいけない。

森さんに両親と逢いたいと。

一緒に誕生日を祝って欲しいから家に帰って来てと頼むのは。

きっと迷惑になる。

自分の我が儘で誰かを振り回す事はいけない。

「ガマン、しなくちゃ」

小さく呟いて、自分に言い聞かせる。

すると、胸の辺りが痛む。

――この痛みは、一体何だろう。

痛む時はずっと痛む。

そうじゃない時はすぐに消えてしまう。

翼は胸を右手で押さえ、少し深呼吸してみた。

そうすると、少し楽になった。

だが、今日はもう本を読むような気分ではなくなってしまった。

なので今日は図書室から出て、家に帰る事にした。

家へ帰ると、いつものように森さんが台所で夕食を作っている音が聞こえる。

翼は手洗いうがいをしてから、リビングへと入る。

「おかえりなさい、翼様」

「森さん、あしたのぼくのたんじょうび。いっしょにいわってくれるよね?」

「どうしたんですか? 急に」

「――あした、お父さんもお母さんもやっぱりかえってこないんでしょ? だから」

「そうですね……。明日は私が一緒に祝ってあげますよ」

そう言って、森さんは優しく微笑んでくれた。

その事が嬉しく、翼も笑う。

「ぜったいだよ?」

「はい、わかりました」

「じゃあぼく、じぶんのへやにもどるね」

それだけ言い残すと、翼は自分の部屋へと戻って行った。

自分の部屋へと戻り、制服から着替えてすぐに机へと向かう。

ノートを机の上に広げ、話を書いていく。

そのようにして、誕生日の前夜は過ごした。

そして、翼の誕生日当日。

翼はいつもと同じように起きる。

いつもと同じだが、今日は少し違う。

何も変わらないが、何かが違う。

そんな一日がやって来た。

起きて制服へと着替え、顔を洗ってからリビングへと行く。

台所にはやはり森さんがおり、テーブルには朝食が置かれている。

翼は自分の席に座り、森さんに聞く。

「ぼくのたんじょうパーティーってなんじくらいにするの?」

「そうですね。翼様が帰って来た頃、ですかね」

「じゃあいつもとおなじ時間にかえってくればいい?」

「そうですね。ではそれくらいには用意しておきますね」

「たのしみにしてるね」

そう言い、朝食を済ませて学校へ行く準備をすると。

元気良く森さんに挨拶をして、家から飛び出した。

いつもより足軽で、学校へと向かう。

今日の誕生日会が楽しみだ。

その日、翼はずっと浮かれていた。

しかし、学校に着いてある事に一つ気付いた。

毎年、ジョージは翼の誕生日になるとプレゼントをくれた。

それなのに今年はそれがない。

顔を合わせたらすぐにプレゼントを渡してくれるのだが。

それがなかったのだ。

最初は焦らしているのかと思っていたのだが――

そうではなく、放課後になってもジョージからのプレゼントはなかった。

それだけではなく。

誰一人として、翼におめでとうとは言ってくれなかったのだ。

その事が不思議だった。

翼の誕生日は、みんな知っているはずだ。

自己紹介カードというものが教室の後ろに貼ってあり。

そこに誕生日が書かれているので知らないはずがない。

不思議に思いながらも、翼はいつも帰宅する時間に家へと戻った。

だが――

家に帰ると、玄関に鍵が掛かっていた。

その事に気付き、森さんがサプライズを用意してくれているのかと思いながら翼は玄関の鍵を開けた。

そして、家の中へと入る。

家の中に入ると、やけに家の中が静まり返っていた。

不思議に思いながら、翼は手洗いうがいをしてからリビングの扉を開けてみた。

すると。

リビングには、翼以外に誰もいなかった。

更には、食卓の上には恐らく誕生日ケーキが入っているであろう箱が置かれているだけだ。

そこで、翼の席の所に置き手紙のようなものがある事に気付いた。

翼はその置き手紙を手に取って見る。

〝すみません翼様。急用が出来まして、出掛けなくてはいけなくなりました。本当に申し訳ありません。明日、ちゃんと祝いましょう〟

手紙には、そのような事が書かれていた。

――翼の胸に、冷たくて鋭い痛みが走る。

今日も、いつもと変わらない。

家に帰っても、両親はいない。

更には、森さんもいない。

何も、変わらない日。

いつも通りの一日。

本来ならば、今日は翼の誕生日だ。

両親が誕生日を祝ってくれ。

祝福してくれる日。

普通ならば、誕生日はそのような日だ。

そう〝普通〟ならば。

(ぼくの家は、ふつうじゃないから……)

それは仕方ない事。

翼の両親はみんなと違って忙しいから仕方がない。

この家庭に〝普通〟を求めてはいけない。

そう思った瞬間。

胸の痛みが酷くなったように感じられた。

痛過ぎて、思わず胸を押さえてしまうほどに。

――〝普通〟を求める事もきっと我が儘だ。

それに両親はきっと自分のために忙しく働いてくれているのだろう。

ならば、我が儘など言ってはいけない。

誕生日くらい、一緒に祝って欲しいなんて。

〝普通〟の生活がしたいなんて。

そうやって翼は我が儘を我慢し。

感情を無意識に押し殺していた。

翼は、テーブルの上に置かれている誕生日ケーキの箱を見つめる。

そして、箱からケーキを取り出してみた。

ケーキの真ん中にはプレートがあり。

〝7さいのたんじょうびおめでとう! めぐみくん〟と書かれていた。

このケーキに、蝋燭を刺し。

その蝋燭に火を付けてくれる人はいない。

胸に、とても冷たいものが。

鋭い痛みが。

これは一体、何だろう。

翼は蝋燭も刺されていないケーキを見つめて小さく呟く。

「…………ハッピー、バースデー……」

呟く。

だが、その呟きはリビングに小さく響いて消える。

更に翼は口を開いた。

「ハッピバースデー、トゥーユー……」

バースデーソングを、歌う。

一人で。

自分のために。

すると、自然と頬に涙が流れ落ちた。

自分がもしも、物語の主人公ならば――

誰かの描く、物語の主人公だとしたら。

もっと、幸せな生活を送っていたのではないだろうか。

きっと、このように涙など流さなかったのではないだろうか。

そうじゃないという事は――

これが、現実だからだ。

誰かの描く夢物語ではないからだ。

その日、翼は現実と物語の違いを知った。

それは綾崎翼、七歳になった日の事だった――









                                              ~To be continued~

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