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青春スクエア ~綾崎翼の片思い~ 小学生編18

〝僕には敬語、使わなくていいよ〟

柳葉李哉にそう言われたあの日から、二人の距離は以前に比べて近付いた。

今では柳葉君と、苗字で呼び合っている。

いつもならばさん付けなのだが――

仲が近付いたという事が凄く嬉しかった。

距離が近付くと共に、クリスマスも近付いて来る。

楽しみであり、来ないで欲しいとも思っているクリスマスが。

その理由は嗄の事だった。

翼の誕生日、嗄は来なかった。

もしかしたら、クリスマスも来ないのではないだろうか。

そう思うと憂鬱だ。

だが、病院のクリスマスパーティーがあるので楽しみなのも確かだ。

そんな気持ちで、翼はクリスマスパーティーが来るのを待っていた。

六時前になると腕時計のアラームが鳴る。

クリスマスの時期でなければ嬉しいアラームなのだが。

嗄と中々逢えないこの時期はただの門限のアラームと何ら変わりはない。

最近では真っ直ぐ家へ帰ったり。

本屋で本を探したりなどして自分の時間を過ごしている。

それはそれで楽しいのだが――

やはり嗄と一緒の方がもっと楽しい。

けれどこの時期はそれが出来ないので翼は真っ直ぐ家に帰って来た。

一人だけの家はやはり嫌だ。

どんなに帰りたくないと思っても、寝泊り出来るのはこの家しかない。

家の中に入り、手洗いうがいを済ませてからリビングに入る。

そこで、ある事に気が付いた。

ほとんど鳴る事のない固定電話の留守電ボタンが点滅している事に。

森さんの居た頃には結構使われていたのだが。

今となってはあまり使われずにいる。

一体誰だろうかと思い、留守電を再生する。

『預かっている伝言は一件で、今日の午後六時二分です』

丁度、病院を出たくらいの時間だ。

誰からの伝言だろうか。

そう思いながら留守電に耳を傾けつつ、夕飯の用意を始める。

音声再生音がリビングに響いた次の瞬間。

『嗄です』

不意に嗄の声が流れ、手にしていた夕飯の具材を危うく落としそうになった。

――久々に聞く嗄の声――

そのせいで完全に動揺してしまっていた。

『明日、他の仕事が落ち着くので家に行こうと思います。それでは失礼します』

音声再生が終わり、翼はそれでもその場に立ち尽くしていた。

一瞬、何が起こったのか理解出来なかった。

自分の耳が確かならば明日、嗄が家に来ると聞こえた気がする。

「……嗄、さんが…?」

そう呟いた次の瞬間。

翼は台所で赤面して立っていた。

更には耳までも赤くしていた。

どうして良いのかわからなくなり、その場で狼狽える。

一体、どれくらいぶりに嗄と顔を合わせるだろうか。

嗄の顔を思い出すだけで心臓が煩い。

せっかく忙しい仕事が落ち着いたというのに。

忙しいのだから一日くらい休んでも良いというのに、嗄は自分を選んでくれた。




――――嗄の優しさが嬉しい――――




自然と口元が緩む。

それから、夕食を作ろうとしていた事を思い出して夕食の支度を始める。

早く明日が来ないかなと。

明日が来るのがとても待ち遠しかった。

 翌日、翼は一日中浮かれていた。

周りから見てもあまり顔には出していない為、わからないだろうが。

内心では子供のように喜んでいた。

そして、放課後になり病院へ向かう。

病院へ向かう道すがら、翼はふと思った。

いや、思い出したと言った方が近いだろうか。

柳葉李哉に、クリスマスパーティーについて言っていなかった事を。

自分でも珍しいと思いながら横断歩道を渡る。

今まではずっと、クリスマスパーティーの宣伝をする為にも病室を回っていたというのに。

本来の目的を完全に忘れてしまっていた。

それ程までに、柳葉李哉と居る時間が楽しいと思ってしまっている。

こんな事、今までに一度もなかったというのに。

「――――」

本当に不思議な人だ。柳葉李哉は。

病院の前まで来てそう強く思う。

目を覚ましたばかりの頃と今。

本当に別人のようだ。

一緒に居るだけで楽しい。

本当に不思議な人だと思う。

クリスマスパーティーについては今日の帰りに伝えれば良い。

当日は車椅子を用意して待合ホールに向かえば良い。

そう考えながら病院内に足を踏み入れるが――

何を考えていてもやはり頭の片隅では嗄の事ばかり考えていた。

早く帰る時間になれば良いとさえ思っている。

李哉の病室の前まで来て一瞬、扉をノックするのを躊躇った。

何故ならば……。

ここ二日程、柳葉李哉は眠ったままだからだ。

足の痛みが酷いのだろう。

それなのに無理をして痛みを我慢し続け、数日前に翼が病室に入ると気を失ってしまったのだ。

最近、李哉は気絶ばかりしている。

それも仕方がないだろう。

目を覚ました最初の頃はどうしてもこのような生活になってしまうのだから。

今日は起きているだろうか。

そう思いながらも静かにノックしてみる。

すると、「どうぞ」と柳葉李哉の声が返って来た。

どうやら今日は起きているようだ。

安堵の息を小さく吐いて病室へと入って行く。

そこにはいつものように嬉しそうな表情で自分を見つめる柳葉李哉と梅の微笑んでいる姿が。

梅に頭を下げ、李哉の前の椅子に腰を下ろす。

「――柳葉君、大丈夫?」

「うん。なんとか」

「無理しないようにって言ったのに。今度無理したら朗読は聞かせない」

「え~、せっかく来るまで必死に頑張って耐えたっていうのに」

「我慢出来ないくらいに痛かったらすぐに言う事。身体に良くないから」

「でも…綾崎君の朗読を聞いている間は痛みを忘れられるんだ。だから――読んでくれると嬉しいんだ」

そう言い、柳葉李哉は翼に笑顔を向けてくれる。

まるで太陽のように明るい笑顔を。

――柳葉李哉の言葉はストレートだ――

嘘や偽りが全くない、素直な言葉。

本音をそのまま口にする。

他人が中々出来ない事を柳葉李哉はしている。

だからこそだろう。

誰も口にしないような事を言うのは。

それに柳葉李哉の言葉はストレート過ぎる。

一瞬、どう反応して良いのか困る。

朗読をして欲しいと言われて嬉しくないはずがない。

とりあえず、翼は本を開いて朗読を始めた。

完全に朗読に夢中になっていた時。

アラームの音が病室内に響き渡る。

アラームの音で現実へと引き戻された。

腕時計で時間を確認し、アラームを止める。

待ちに待った帰宅時間。

すぐに帰る準備をしていると――

「それ、何のアラーム?」

不意に柳葉李哉がそう聞いて来た。

翼はアラームの鳴った腕時計を見つめる。

「これは――」

森さんが、誕生日のプレゼントにくれた腕時計。

ずっと使っていたので随分と古くなってしまったが。

時間を見て、もうすぐ嗄に逢えると思うと表情が緩む。

「家に帰る時間のアラーム」

今日は意味があるアラーム。

大切な、大切なアラーム。

「六時には家に帰らないといけないんだね?」

梅の声が聞こえ、顔を上げてみる。

見つめて来る梅の目を見て翼は答えた。

「まぁ、そうです」

「門限? それとも他に、何かあるの?」

「――六時に、家庭教師が来るから」

「へぇ、家庭教師雇ってるんだ」

「今から家に向かわないと間に合わないから」

今日は、今から帰らなければ間に合わない。

嗄を待たせるわけにはいかない。

と言っても基本的に嗄は翼がアラームをセットしている時間には既に家の前で待っているのだが。

長い間待たせるわけにはいかない。

そう思い、翼は椅子から立ち上がって梅に頭を下げる。

それから柳葉李哉の方を見て「また」と声を掛け、扉を開けて病室から出た。

扉が閉まる瞬間に見た柳葉李哉の表情。

一瞬だけ、柳葉李哉は寂しそうな表情をして見せた。

そんな表情を見て、翼は少し反応に困った。

どうしようかと考える暇もなく、病室の扉は閉まってしまった。

扉が閉まってしまい、翼は少しだけ諦めたように廊下を歩き出す。

それから、翼は廊下を歩きながら考えてみる。

もしかして、自分もあんな感じなのだろうか。

嗄が帰ると言い出した時の表情は。

そんな時はいつも、嗄は優しく言ってくれる。

〝大丈夫。また明日も来るから〟

そう言ってくれるという事は恐らくはそうなのだろう。

――確かに、何度も思った事がある――

帰って欲しくないと。

ずっと、居てくれれば良いと。

ならば、柳葉李哉もそう思っているという事だろうか。

その事に気付いた瞬間、翼は歩みを止めた。

柳葉李哉には、梅と自分以外には誰も居ない。

梅が面会に来なくなれば。

翼も病室へ行かなくなれば。

柳葉李哉は一人になってしまう。

翼ならば居ようと思えば居る事が出来る。

しかし、今の所ずっと一緒に居られるのは大晦日辺りだろうか。

大晦日は一日中一緒に居られる。

両親に逢わなければの話だが。

それよりも、大晦日の前にクリスマスだ。

そこで、翼は何かを忘れているような気がした。

何を忘れているのかと思い出しながらもナースステーションでランドセルを受け取って背中に背負う。

恐らくは本についての事だろう。

ならば後日に回せば良い事だ。

いや、そんな事ではなかったような。

もっと、大事な事で――

(嗄さん? いや、違う。……柳葉李哉?)

色々と記憶を辿りながら正面玄関まで来た時だった。

正面玄関から藤森先生が病院内へと入って来る姿が見えた。

藤森先生は翼の姿を見つけると声を掛けて来る。

「翼君。クリスマスパーティーの宣伝の方はどう?」

「……宣伝……」

藤森先生の声に顔を上げる。

そしてもう一度頭の中で〝宣伝〟と呟いた瞬間、思い出した。

柳葉李哉にクリスマスパーティーの宣伝をまだしていない事を。

思い出した瞬間、翼は腕時計へと視線を落とす。

腕時計が示していた時間は五時五十四分。

別に明日でも良いのだろうが……。

クリスマスパーティーに参加するのならばプレゼントの事を考えると早く伝えた方が良いに決まっている。

けれど、嗄を待たせるわけには。

柳葉李哉の病室のある方へ視線を巡らせ。

正面玄関の方へと視線を巡らせる。

今日は久々に嗄と逢える。

少しでも長く嗄と一緒に居たい。

だが、日にちが迫っているクリスマスパーティーの宣伝もしなくてはいけない。

「――――ッ!」

刹那、翼は藤森先生に目もくれずに走り出した。

もちろん、柳葉李哉の病室へと引き返したのだ。

「えっ……翼君!?」

藤森先生の声も耳には届かず、一目散に駆けて行く。

病院内を走るというのはいけない事だとはわかっているのだが――

走らなければ絶対に間に合わない。

六時に間に合うようには帰れないだろうが。

あまり嗄を待たせたくない。

一分一秒でも嗄と共に過ごしたい。

久々に嗄と逢えるのだから。

李哉の病室前まで来て、いつもならば扉をノックする事さえ躊躇うというのに。

今はそんな余裕さえなかった。

恐らく、翼の行動では絶対に有り得ない行動を取った。

ノックもせず、勢い良く病室の扉を開け放ったのだ。

扉を開けると病室に居た李哉と梅が驚いた表情で翼を見つめる光景が目に飛び込んで来た。

そんな二人を見て、今更だが我に返る。

病院という神聖な場で、走った上にノックも無しに病室に飛び込むなど。

病室の扉に手を付き、息を整えながら少し反省した。

すると、李哉が戸惑いながらも尋ねて来る。

「ど…どうしたの? 何か、忘れ物でもした?」

すぐに答えたいのだが。

息を切らせていて、すぐには答えられない。

少し息を整えてから、一つ深呼吸をして答える。

「伝え忘れたから。来週の二十五日、病院でクリスマスパーティーをするんだ。柳葉君、参加する?」

「クリスマスパーティー?」

「と言っても、ただのプレゼント交換なんだけど。参加するならプレゼントを一個持って来て。それで参加出来るから」

「わかった」

李哉の返事を聞き、クリスマスパーティーの宣伝が無事出来たと安心する。

それから、梅を驚かせた上に騒いでしまったので深く頭を下げた。

「すみませんでした」

それだけ言い残し、翼はいつも通り静かに病室の扉を閉めた。

扉を閉め切った後、時間を確認する為に腕時計へ目を落とす。

時計の針が示す時間は五時五十六分だった。

「やばいっ……」

そう呟くや否や、翼は再び走り出した。

だが、脳裏に父親の姿が浮かぶ。

病院内を全力疾走している事が父にバレたら恐らくは怒られるだけでは済まないだろう。

父の事を考えた瞬間、走るスピードを落とした。

病院内は足早に歩き――

正面玄関から外へ出た瞬間。

地を蹴る足に力を込め、再び全力で走り出す。

もうこの時期になると外は真っ暗だ。

そんな中を翼は全力疾走で駆けて行った。

 息を切らせて翼は自宅前まで戻って来た。

薄暗い闇の中。

唯一街灯に照らされた門の前へと目を向ける。

呼び鈴と表札が設置されている柱に背を凭れて待つ人物がそこに。

俯いて目を閉じたままで。

息を切らせながら翼はその人物に歩み寄る。

「……嗄、さん……?」

小さく声を掛けてみると。

街灯に淡く照らされた嗄が少し顔を上げた。

翼と目が合うと、両耳からイヤホンを外してから。

凄く嬉しそうな笑顔を向けてくれた。

まるで、子供のような笑顔を。

「翼君、久しぶり。ごめんねぇ、家庭教師なのに中々逢えない上に勉強も教えられなくてぇ……」

「いえ、良いんです。嗄さんも忙しいんですから」

「そう言ってくれると、助かるよぉ」

苦笑気味に嗄が笑ってみせる。

そんな嗄を見ながら門を開け、玄関の扉を開ける。

今まで通りに嗄を家に上げ、手洗いうがいをしてから二階へと上がって行く。

勉強、といっても嗄の作ったテストを二枚解く程度なのだが。

テストに必要な時間は二十分。

その上、もう一枚。

それは嗄が翼の学力に合わせて作ったテスト用紙。

難問ばかりが書かれているテスト。

それも合わせて掛かった時間は合計で二十四分。

終わらせたテストを採点する時、嗄が驚きながら口にした。

「今日はいつもよりペースが早いねぇ。どうしたのぉ?」

「久々に逢ったんですから、色々と話したいじゃないですか」

「それもそうだねぇ。じゃあすぐに採点を済ませるから待っててねぇ」

「はい」

嗄が採点を始めたので、翼は近くにあった本を手に取る。

本をパラパラと捲りながら、ふと気付く。

ここ最近、ロクに本を読んでいなかったと。

クリスマスパーティーの事ばかりを考え、チラシ作りに励んだり。

クリスマスでなければ、柳葉李哉の事ばかり。

自分の時間を作ってゆっくりと読書する時間がない。

まぁ、それでも今は充実しているのだが。

そんな事を考えている間にも嗄が赤ペンで丸を付けていく音が耳に届く。

心なしか、丸を付けていくスピードがいつもよりも早い気がする。

少し嗄の事が気になり、嗄の方へと視線を向けてみる。

嗄の採点していくスピードは尋常ではなかった。

それこそ、ただ丸を付けているだけのようにしか見えない。

しかし、真剣な表情で。

嗄の焦点は左右に忙しく動いているのが近くで見ればわかる。

つまり、尋常ではない速さでちゃんと採点していっているのだ。

一瞬で嗄は答えが合っているかどうかを認識して丸を付けていっている。

流石は嗄だと思う。

嗄もまた、三分弱で全ての採点を終えてしまった。

採点を終え、赤ペンをペンケースに片付けながら告げる。

「相変わらず完璧だねぇ。採点しやすかったよ――――あっ!!」

「どっ……どうしたんですか……?」

突然嗄が大きな声を発したので、一瞬心臓が止まるかと思った。

今でもまだ心臓がドキドキしている。

いや、そうでない時も嗄を見ていればそうなのだが。

今のドキドキはそういう時のものではない。

「ごめん! 翼君!」

嗄が両手を自分の顔の前で合わせてそう言って来た。

翼に至ってはキョトンとした顔で嗄を見つめるしかない。

嗄に謝られるような事をした覚えがないからだ。

「今日はご褒美の本、持って来てないんだぁ……。忘れて来ちゃってぇ……。本当に、ごめんね……」

嗄にそう言われ、ようやく理解出来た。

別に、本なんていらないのに。

どうして、そんなにも悲しげな表情をするのだろうか。

少しだけ悲しげな嗄を見つめられなくて、視線を泳がせる。

「……俺は大丈夫ですから。嗄さんと話せるだけで十分ですよ」

翼は微笑んでそう告げた。

すると嗄はほんの少しだけ悲しげに微笑んだ。

それから、いつものように口にした。

「……翼君、ありがとう」

「お礼なんて良いですよ」

「あ、じゃあ……クリスマスにご褒美させて?」

そう言って嗄は右手の人差し指を唇の前で立てて。

若干首を傾げて言ってみせる。

更にはアイドルスマイルで。

――眩し過ぎる――

久々だと心臓に悪い気さえして来る。

「……クリスマス、ですか……?」

「そう。クリスマス。去年は結局ギリギリにしか来れなかったからねぇ。だから、今年は翼君とちゃんと一緒に居たいんだ」

「嗄さん……」

嗄の言葉に驚いた。

嗄の口から〝一緒に居たい〟なんて言われるとは。

嬉しくて翼は小さく微笑む。

「バイト仲間に今年は一緒に過ごしたい人が居るって言っておくからぁ。二十五日は九時ぐらいには絶対に仕事上がるようにするね」

「わかりました。でも、正直助かりました。俺も、クリスマスパーティーをするので」

「翼君、クリスマスパーティーするのぉ?」

「はい。今年から病院でクリスマスパーティーをする事にしたんです。丁度クリスマスパーティーが終わるのが九時前だったので」

「そっかぁ。じゃあ、クリスマス楽しみだねぇ」

「そうなんです。今日も帰る前にクリスマスパーティーの宣伝をまだしていなかった人が居て、その人に宣伝して来たんですよ。時間ギリギリで思い出したので、そのせいで少し遅くなったんです」

「そうだったんだぁ」

「その患者さん、俺と同い年でその子もクリスマスパーティーを楽しみにしてると思うからクリスマスパーティーは絶対に成功させたいんです」

笑って。

楽しそうにそう翼は嗄に話す。

嗄はそんな翼を見て優しく笑い、口を開いた。

「……そっかぁ。翼君に、同い年の友達が出来たんだねぇ。良かったぁ。翼君って同い年の子の話をしなかったから、なんか安心しちゃったぁ」

「え……」

翼は驚いた表情をする。

クリスマスの話をしていたというのに。

何故、〝友達〟の話になってしまったのだろうか。

不思議に思いながら嗄を見つめていると。

嗄は優しく微笑んで告げる。

「患者さんの話でも、年上の子の事ばっかり言ってたから。翼君の口から同い年の子の話題が出るなんて……。それにねぇ、翼君が患者さんの話をする時。今みたいに笑って話してくれる事はなかったからぁ」

「――――」

良く考えてみればそうだ。

嗄の前で同い年の患者の話をした事がない。

そもそも、同い年の患者が居なかったので仕方ないのだが。

嗄と逢えなかった時に出逢った柳葉李哉。

今患者の中で一番仲が良いのは李哉だ。

ならば同い年である李哉の話が翼から出ても可笑しくはない。

そう思えば納得出来た。

嗄も嗄なりに、翼の事を心配してくれていた。

友達が居ない事を嗄は心配してくれていた。

その事が凄く嬉しかった。

嗄の想いに少し触れて翼は俯いて微笑んでいた。

 しばらくして、嗄は時間になると帰ってしまった。

嗄が帰った後、翼は風呂場へ行き入浴して来た。

それから風呂上がりのパジャマ姿で自室へ戻る。

タオルで雫の落ちる髪を拭きながら勉強机の前に腰を下ろす。

小さく息を吐いてから日記を取り出して開く。

日記を開けば、十二月に入ってからはずっと柳葉李哉の事ばかりが綴られていた。

今まではずっと嗄の事ばかりだったというのに。

随分と、柳葉李哉は自分の中で大きな存在になったと思う。

ノートのページを捲りながらふと思い出す。

プレゼント交換をする時のプレゼントについて。

「……プレゼント」

嗄以外にクリスマスプレゼントを渡したい人が居るのだろうか。

不意に思い浮かぶのは柳葉李哉の顔。

クリスマスパーティーでプレゼントを渡すのならばやはり、李哉にだ。




――――李哉に渡すならば、どんなプレゼントが良いだろうか――――




考えてみるが、何一つ思い付かない。

同い年の子供が喜ぶものとは、何だろうか。

それが全くわからない。

一体、何が良いのだろうか。

本は――手の麻痺が抜けるまで一人では読めないだろう。

オルゴール。

何かが違う気がする。

「う~ん……」

唸りながらしばらく考えてみる。

喜ぶものがわからないのならば、李哉に似合うプレゼントを想像するが。

やはり何一つ思い付かない。

考えるのをやめて翼は溜め息を吐き、パソコンの電源を入れた。

パソコンで調べるのも一つの手だろう。

〝人気のあるプレゼント〟で検索を掛けてみる。

そこで、ある物がヒットした。

それはブランド物の腕時計だった。

「腕時計……?」

プレゼントに腕時計なんて、どうだろうか。

例え身に付ける事は出来ずとも、横になったまま時間を確認する事が出来れば良い。

あの病室には既に壁掛けの時計があるのだが。

元気になった時。

手術が成功した時、渡した腕時計を身に付けてくれたら嬉しい。

「…………」

どうしてだか、無性にこの腕時計をプレゼントにしたかった。

患者に対して、腕時計を贈る事等可笑しいのだが。

何故だか、それを良いと思い即買ってしまったのだ。




 翌日、翼は病院でクリスマスパーティーの宣伝ばかりしていた。

今回は参加するとすぐに答えてくれる人が少ないので参加者の数が未知数だ。

その為、今日は参加者の確認の為にも各病室へと出向いて参加者リストを作っていた。

そこで初めて気が付く。

すぐに返事をしなかった大半の患者が皆、プレゼントを用意して参加する事がわかった。

やはりみんなクリスマスを楽しみにしているようだ。

恐らくクリスマスはハロウィンの時よりも人数が多い事だろう。

もしかすれば、サンタの袋をもう少しサイズアップしないといけないかもしれない。

そう思いながら病院内を歩いていると。

ふとある事を思い出し、腕時計を見つめる。

もう五時を過ぎていた。

李哉の元へ行かなければと思い、足早に廊下を歩いて行く。

ナースステーションを通り過ぎてから、翼は歩みを止めた。

朗読の為の小説を受け取らなければと。

ナースステーションに引き返し、いつものようにナースに声を掛ける。

昨日廊下を走った事について怒られるだろうなと思いながら。

だが、翼が怒られる事はなく。

ナースはいつも通り本を渡してくれた。

昨日の事を、誰からも注意されない。

その理由は恐らく、将来この病院を支える者として大目に見られているからだろう。

父親に逢わなくて本当に良かったと思う。

参加者リストと宣伝をナースに任せて翼は李哉の病室へと向かう。

李哉の病室前まで来ると、翼は病室の扉をノックする。

今日は起きているだろうか。

そんな事を考える間もなく、返事が返って来る。

「ど、どうぞ!」と、少し上擦った声が。

どうやら元気そうだ。

しかし、驚いたにしては妙な返事だった。

何か、あったのだろうか。

不思議に思いながらも扉を開け、病室へと足を踏み入れる。

病室に入り、李哉の顔を見てみるがいつもと何も変わらない。

梅が病室に居ない事以外は。

寧ろ逆に安心したような顔で息を漏らしていた。

翼は椅子に腰を下ろして李哉に尋ねる。

「どうかした?」

「あ、いや…今日は綾崎君が来るのが遅かったから、綾崎君に何かあったんじゃないかって思って――」

李哉の言葉を聞いて少し驚いた。

確かに今日はいつもより来る時間が一時間も遅くなってしまった。

その事に対して、心配してくれたのだから。

何かあったのではないかと、心配してくれた。

「心配、してくれたんだ」

「うん。いつも来る時間に来なかったから」

「ごめん。他の病室の子にクリスマスパーティーがあるって宣伝して来てたから……」

と言っても、今日は参加者の確認だったのだが。

だが、新しく入って来た患者にも宣伝していたので間違ってはいない。

「宣伝?」

「そう。だから来るのが遅くなったんだ。俺一人じゃみんなの所まで回れないし、柳葉君に会えなくなると思ったから後は看護士さんに宣伝頼んだけど」

そう口にして手にしていた本を開く。

前に読んだ所に栞を挟んでおり、続きを朗読しようかとしたのだが。

不意に李哉が聞いて来た。

「クリスマスパーティーだから、みんな知ってるんじゃないの?」

「ん?」

李哉の質問に少しの間、理解出来なかった。

何故、宣伝するのか。

以前から居る患者達は初めてのクリスマスパーティーだからと宣伝の理由がわかる。

新しく入って来た患者達はクリスマスシーズンなので理解が早い。

それに比べると、李哉にだけは話したなと思う。

〝宣伝〟と口にしたのは。

他の患者には〝クリスマスパーティー〟としか言っていないからだろう。

そう思うのは。

「ああ、このクリスマスパーティーは子供向けで――まぁ一応大人も来ていいんだけど多分子供くらいにしか期待出来ないから。特に子供達は毎年クリスマスパーティーしたいって言ってたから今年から俺が主催した。だから主催者の俺がみんなに宣伝してるんだ」

宣伝する理由を李哉に言うと――

李哉は驚いた表情で翼を見つめて来る。

それ所か、何か言いたげに口を開いているのだが。

その口から言葉は何一つ出て来ない。

「柳葉君、どうかした?」

「ど……どうして綾崎君がクリスマスパーティーを主催出来るの!?」

突然大きな声で李哉がそう尋ねて来た。

声の大きさに驚いたが、どうやら声を発した本人も驚いている様子だった。

李哉にそう言われ、そこでようやく気が付いた。




――李哉に自分が医者の息子だという事を言っていないと――




李哉は気を失っている事が多かったので、言うタイミングを完全に失っていた。

どうして今まで言わなかったのだろうか。

そう考え、答えが一つ浮かび上がった。

院長と総師長の息子だと言うと、患者の態度が若干変わった。

今まではずっと〝普通の子供〟として見ていた目が急に。

〝医者の息子〟として見る目になった。

そういう目で李哉からは見られたくないと思ったからだろう。

それに、他の新入りの患者達はみんな知っていたからだろう。

みんなが翼の事を黒衣の医師と呼ぶ事を。

自分が、医者の息子だと。

李哉が知らなかったのは、病室から外へ出られないから。

外からの情報が入って来ないからだろう。

藤森先生が翼の事について言い回る事をしないのを知っているから尚更だろう。

「そういえば、まだ言ってなかったかな。俺、この病院の院長の息子。その上に母親は総師長。だからこの病院にいる人とは大抵全員と話をしてる。先生達だって俺の事は知ってる。子供達は――父さんから年の近い子とはなるべく親しくなれって言われたから仕方なく」

自分の事を教え、少しだけ李哉が他の患者と同じ目をするのを恐れた。

しかし良く考えると――

李哉はこの病室の世界しか知らない。

ならば、恐らくは大丈夫だろう。

そう思い、再び驚いた表情をしている李哉に続ける。

「父さんと母さんはただ自分の仕事さえ出来ればそれでいいみたいで、クリスマスパーティーなんか今までずっとなかったんだ。だから今年から俺が主催して、子供達を楽しませてあげようと思って――」

両親の事を口にし、思い出す。

夢を諦めろと言われた、あの日の事を。

だが、すぐにその記憶を奥へと追いやる。

それから、少し李哉の反応を待ってみる。

今までの患者だとこう言えばみんな同じ反応。

〝自分とは生きている次元が違う〟

そんな顔をして、完全に他人事。

その上に「それは大変だな」等と吐き捨てる。

――しかし、柳葉李哉は違った――

驚きながらも、悲しげな表情をして見せたのだ。

それに最初から柳葉李哉は他人とは違うとわかっていた。

改めてそう思い、少し嬉しくなって口にする。

「でも、柳葉君だけは違う」

「え?」

「父さんに言われたから仕方なくじゃなくて、今回は俺の意思で柳葉君と一緒に居るんだ。誰かのために自分の好きな小説を選んで持って来て朗読するなんて――柳葉君が初めてだから」

〝初めて〟

それは、李哉が教えてくれた。

多くの初めてを。

それが伝えられて嬉しい。

少しでも、伝わってくれれば良い。




――――柳葉李哉が、他の患者とは違うと言う事が――――









そして、十二月二十五日がやって来た。

学校が終わった後、翼はすぐに病院へと向かった。

今日がクリスマス本番だ。

絶対に成功させたい。

いつもより足早で病院に着き、クリスマスパーティーの準備をするのだが……。

今日は樹姫の姿が見当たらない。

樹姫所か、藤森先生の姿も。

あの二人はいつも居るというのに。

特にイベント時には。

藤森先生に至っては主役なので居てくれないと困る。

最初は藤森先生の手伝いをしているのかと思ったのだが。

それにしては中々逢えない。

二人の事が気になり、クリスマスパーティーの準備を手伝ってくれていたナースに尋ねる。

「藤森先生と樹姫さん、どうしたんですか?」

「え? あぁ、そっか。そういえばまだ翼君居なかったんだっけ。樹姫ちゃんね、昼過ぎに発作が出ちゃったのよ」

ナースの言葉を聞いて驚く。

まさか、あの樹姫が。

昨日までは元気そのものだったと言うのに。

きっと、無理をしていたのだろう。

「樹姫さん、大丈夫なんですか?」

「今は落ち着いてるから大丈夫よ。でも、今日は安静にしておいた方が良いからクリスマスパーティーには参加出来ないと思うよ。樹姫ちゃん、あんなに楽しみにしてたのにね」

「……そう、ですか」

樹姫は普段元気で、癌を抱えているようになんて見えない。

つまり、辛くてもそうは振る回らないと言う事だ。

あんな男らしい性格だからだろうか。

きっと、人に心配されたくないのだろう。

「――――」

李哉を迎えに行く時、樹姫の様子も見て行こう。

翼がそう思っていると――

「樹姫ちゃんの事、気になるんでしょ?」

「え……?」

顔を上げてみると、先程のナースの姿が。

翼に優しい微笑みを向けてくれていた。

その姿は正しく白衣の天使だ。

「パーティーの準備は私達に任せて、樹姫ちゃんの所に行ってあげて」

「……ありがとうございます」

ナースに頭を下げると、翼は樹姫の病室へと足を向けた。

恐らく、樹姫は子供達の中でも一番にクリスマスパーティーを楽しみにしていた。

なのに、楽しみにしていたクリスマスパーティーに参加出来ない。

一体、樹姫は今どんな気持ちなのだろうか。

そう思いながら樹姫の病室前まで来たのだが……。

李哉と同じように、個室の病室。

病室の前にある樹姫のネームプレートを見つめる。

年を越した頃、樹姫は大部屋へ移動する事になっている。

だが、一つ問題が。

樹姫は他の患者達から怖がられている。

樹姫を恐る為、他の患者達は樹姫と同室になりたがらない。

この病院内で樹姫は少し孤立している。

樹姫の事を理解しているのは藤森先生や数少ないナース達。

それと、翼だ。

翼の場合は、幼い頃から樹姫の姿を病院内で見掛ける事は多々あった。

目が合った事も何度かあるので樹姫の方も覚えているだろう。

樹姫の事を深く知ったのは父親からカルテを受け取った時。

樹姫と近付いたのはコミュニケーションを取る為。

だがそこで口調こそは悪いが、実は良い人なのだと知ったのだ。

それ以来、以前と比べると仲は良くなったと思う。

今では笑って話せる仲だ。

翼は病室の扉を静かにノックしてみる。

「どうぞォ」

元気そうな樹姫の声が返って来て少し安心した。

病室に入ってみると、そこには藤森先生の姿もあった。

藤森先生と樹姫の様子からすると、大分落ち着いたようだ。

「大丈夫ですか?」

「うん。今は落ち着いてるけど、念の為に安静にしてるように言ってるんだ」

「わかってるって。でも参加したかったなァ、つってるだけだろうがァ」

「樹姫、無理はしないように」

「だからわァってるっての。まァ、明日にでもどうだったか教えてくれや」

「わかったよ。だから、今日はゆっくり休んでて。ね?」

「へいへい」

樹姫は退屈そうに頭の後ろで手を組んでそう返す。

安静にしていると樹姫が言うので、藤森先生と共に病室を出る。

クリスマスパーティーの打ち合わせをしなくてはいけない。

それに、翼には樹姫に掛ける言葉がなかったからだ。

きっと、参加したかったと口にしたあの言葉は本心だろう。

クリスマスパーティーの風景を樹姫にも見せたいのだが……。

翼がそう考えていると、隣に居た藤森先生が口を開いた。

「樹姫ちゃんの為にビデオカメラでクリスマスパーティーの様子を撮っててあげようか」

「え……」

「僕達から樹姫ちゃんにしてあげられる事はそれくらいだからね。僕、ビデオカメラの用意して来るよ」

「わかりました」

藤森先生はそう言うと白衣を翻してすぐに行ってしまった。

本当ならばクリスマスパーティーの打ち合わせをしたかったのだが。

ハロウィンの時の演技力ならば問題ないだろう。

後は、ナース達と打ち合わせをしなくては。

廊下を歩きながら、ふと腕時計を見つめる。

少し時間に余裕があるが、李哉を迎えに行く時間だ。

翼は待合ホールへと足を向ける。

車椅子を取りに行き、李哉の病室へ向かえば丁度良い頃だろう。

廊下を歩いていた時、ある事に気が付いた。

先程、病院に来る前は降っていなかった雪が降っている事に。

この様子だと恐らく今日はずっと降り続く事だろう。

「――――」

ホワイトクリスマス。

それは楽しく、キラキラと輝いたもの。

クリスマスというものを知らない自分でも、みんなが楽しいと思えるクリスマスが出来るだろうか。

少しだけ、不安になって来る。

だが、樹姫のように楽しみにしてくれている患者達も居る。

子供達の期待を裏切らない為にも成功させるしかない。

 待合ホールから車椅子を押して李哉の病室へ。

一歩、歩き出した時だった。

正面玄関から誰かがまるで嵐の如く走って来て、病院内へと入って行った。

尋常じゃない速さで走り去った人物に周りの患者達が呆気に取られた顔をして見ていた。

翼の見間違いで無ければ、今の人物は梅だった。

そういえばここ数日、梅の姿を病院では見掛けなかった。

その事と、今の梅の姿。

何か関係があるのだろうか。

梅と李哉が話せるように、少しだけ歩くスピードを落とす。

ゆっくり歩いても李哉の病室に辿り着く事はわかっているのだが。

着いた時は外で少し待てば良いだろう。

廊下をゆっくりと歩いていると――

「めぐみ兄ちゃん!」

「めぐにぃ!」

子供達の声が聞こえ、振り返ってみる。

そこには嬉しそうにはしゃぐ子供達の姿が。

「ねぇねぇ! 今日のクリスマスパーティーでどんな事をするの?」

「ねてるときにサンタさん、きてくれるかな?」

嬉しそうに、楽しそうに笑って。

キラキラと、瞳を輝かせて聞いて来る子供達。

そんな子供達の姿を見て、一瞬だけ自分の過去と重ねてしまった。

幼い頃、サンタ等は居ないと知っていた。

居たとしても、サンタの正体は父親だと。

翼にはプレゼントを寝ている間に置いてくれるような人物は居なかった。

その頃の自分は、この子供達のように瞳を輝かせていただろうか。

恐らく、輝いては居ない。

今のような瞳でもなかったはずだ。

ほんの少しだけ、子供達を羨ましく思えた。

「パーティーは、始まってからのお楽しみ。サンタさんは――良い子にしてたら、来てくれるよ」

翼の場合は、良い子にしていても来なかったが。

だが、この子達ならばナース達が眠っている時にプレゼントを置いてくれるかもしれない。

まぁ、今回はその必要がないのだが。

「めぐにぃ、クリスマスパーティーしないの?」

「するよ。でもこれからクリスマスパーティーに参加する人を迎えに行くんだ。その人と一緒に行くから安心して」

「わかったぁ」

「ぜったいだかんな!」

それだけ言い残すと、子供達は待合ホールへと行ってしまった。

翼も車椅子を押して李哉の病室前まで来た。

病室から、梅の声が聞こえる。

何を話しているかは聞き耳を立てず、約束の時間になるのを待つ。

と言っても、あと一分弱なのだが。

話が付いた頃合を見計らって病室へ入ろう。

そう思った時だった。

「ありがとう、おばあちゃん」

病室から李哉の声が聞こえた。

声が聞こえた時、腕時計に目を落とすと。

丁度約束の時間になった。

どうやら話も落ち着いた様子だったので、扉を静かにノックする。

今回は車椅子があるので李哉の返事を待たずに病室へと入って行く。

病室には少し窶れたような顔をした梅と。

嬉しそうに、楽しみで仕方がないといった表情をした李哉の姿が。

クリスマスパーティーを楽しみにしている李哉に尋ねる。

「準備は良い?」

「うん」

まるで先程逢った子供達のように頷いて答える李哉。

そんな李哉を横目に、車椅子をベットの横へと付ける。

それから李哉と向き合い、掛けてある布団を捲り。

自分では動かせられない両足をこちらへと向かせて、李哉の身体もこちらへと向ける。

患者を車椅子へ乗せるこの方法。

医者になる為、医療知識の書かれた資料を父から渡された。

その中に書かれていたこの動作。

それを覚えていた。

本や資料から得た知識。

一度は目を通せと父に言われてそうした。

悲しい事に、一度目にしたものをずっと記憶してしまう自分が嫌になる。

しかし、李哉が喜ぶのならばそこまで嫌でもない。

嬉しそうに笑うのならば。

少しだけ、李哉の笑う顔を想像しながら李哉の身体を抱き抱える。

李哉と密着して、そこで初めて気付く。

李哉の心臓の音が大きい事に。

(そんなにクリスマスパーティー、楽しみなんだ)

それか、病室から外に出るのが楽しみなのだろうか。

そう思いながら李哉の身体を持ち上げて車椅子へと乗せる。

そこでまた、ある事に気付いた。

最初に見たカルテに書かれていた体重を思い出す。

李哉の体重は35kg。

しかし、どう考えてもこの軽さは35kgではない。

それも仕方ないだろう。

目を覚ましてからはずっと吐き続けていたのだから。

体重も減るに決まっている。

まぁ、体重に関してはこれから増やせば問題ないのだが。

李哉は車椅子に乗せた瞬間に何故か固まってしまっていた。

車椅子のストッパーを外してから梅に頭を下げ、車椅子を押して病室から出て行く。

車椅子を押して廊下に出た所でふと気が付く。

李哉は今まで病室から外に出た事がない。

その為だからだろうか。

こんなにも緊張して固まっているのは。

「――――」

李哉の緊張を解そう。

このままではせっかくのクリスマスパーティーを楽しめないだろうから。

翼は李哉に声を掛けてみる。

「そういえば、柳葉君って病室から出るの初めてだっけ?」

「う、うん」

まだ緊張しているようで、戸惑いながらの返事が返って来た。

そんな李哉の後ろ姿を見つめながら廊下を歩く。

真っ白な廊下を。

翼は真っ白な廊下の先を見つめてある事を李哉に聞く事にした。




――――今まで、誰にも聞いた事のない事を――――




「――この病院、どう思う?」

「えっ…」

一瞬だけ、困ったような声が耳に届く。

やはり緊張している相手にこの質問はなかっただろうか。

でも、聞いてみたかったのだ。

柳葉李哉がどんな答えを出すのかと。

すると李哉は少しの間黙り込んだと思えば。

不意に口を開いて告げた。

「白い色が多くて清潔感があって、いいね」

「――――」

李哉の言葉を聞いて、初めてこの病院に足を踏み入れた時の事を思い出した。

全てが真っ白な空間。

真っ白な世界。

働く人々も皆、白衣に身を包んでいて。

白が凄く綺麗で。

一瞬で好きになった色。

成長するに連れて、今の李哉が口にしたように感じるようになった。

夢を失う、あの時までは。

「――俺も最初はそう思ったよ」

けれど、嫌いになった。

それなのに、どうしてなのだろうか。

ここに居るのは。

何故、患者達の為に尽くしているのだろうか。

そんな事を考えながら、待合ホールへと足を運んで行った。

李哉の病室は二階だったのでエレベーターを使い、一階へと降りる。

その頃にはもう、李哉の緊張はすっかり解れていた。

病院内をまるで子供のように見渡す李哉。

そういう姿が年相応なのかもしれないが。

ほんの少しだけ、子供らしく振る舞える李哉を羨ましく思えた。

やがて二人は待合ホールへとやって来た。

先程までは然程人は集まっていなかったのだが――

数分前とは打って変わり、多くの患者の姿が見えた。

こうして集まってもらってわかる。

最初は幼い子供向けのイベントだったのだが。

中学生や高校生の患者の姿も見える。

それくらいの年代なら、ようやくクリスマスパーティーをやるのかと思って来てくれたのだろうが。

待合ホールに集まった患者の姿を見て翼は改めて驚いた。

やはりみんな、クリスマスパーティーを楽しみにしてくれていた。

それがわかって嬉しくなる。

絶対に、クリスマスパーティーを成功させたい。

みんなの期待に応えたい。

李哉の乗っている車椅子を押して、特等席に車椅子を止める。

一番後ろだが、ここからでも十分にクリスマスパーティーの様子を見渡せる。

寧ろ、ここの方が前の方よりも見え易いのだが。

翼は車椅子が動かないようにストッパーを掛けて腕時計に目を。

もうすぐ六時になる。

クリスマスパーティーがついに始まる。

そう思うと楽しみで仕方ない。

それは待合ホールに集まった患者達も同じだろう。

時計の針が六時を指した時。

翼は李哉に呟いた。

「六時になった。柳葉君、後で感想――聞かせて」

「え――」

夢の時間が始まる。

聖夜の奇跡が。

翼は小さく笑ってみせる。

それから、小さく頷いた。

翼の頷きには誰も気付かない。

気付いたのはナースの背に隠れていた藤森先生だけだ。

藤森先生も頷き返してくれた。

次の瞬間、子供達の目を盗んでサンタの格好をした藤森先生が姿を現す。

「メリークリスマ~ス!!」

藤森先生の声が待合ホールに響き、その場に居た全員が藤森先生の方へと視線を向ける。

良かった。出だしは順調だ。

サンタが出て来る前に子供達に見つかってしまってはおしまいだ。

まぁ、その為にナース達には壁になってもらって居たのだが。

それに翼がこの場所に車椅子を止めたのにも理由がある。

患者達の様子も伺えるこの場所。

子供達に見つからないよう藤森先生を誘導させる為でもあった。

サンタの姿を見つけた子供達が嬉しそうに騒ぎ出す。

サンタの正体がすぐに藤森先生だと気付かれてしまう。

だが、翼はあの人物を藤森先生だとは思わない。

あそこに居るのは本物の〝サンタ〟だ。

藤森先生は完全にサンタに成りきっているはずだ。

だからあの人は藤森先生ではない。

今だけは。

「ふじもりせんせい!」

「せんせー!」

さぁ、楽しい楽しいクリスマスを始めよう。

聖なる夜にやって来たサンタと共に。

雪が止んでしまわない内に。

最高のクリスマスパーティーを。

「知らないおじさんから物を貰っちゃいけないって、みんなお母さんやお父さんから言われているだろう? だからサンタさんはみんなの知っている人の姿になってプレゼントを渡すんだよ」

サンタが翼の考えた台詞を口にする。

台詞を考えた時、翼の想像の中にあったサンタよりもずっとサンタらしい。

仕草も、優しい口調も。

本当に本物のサンタがそこには居る。

クリスマス独特の空気と雰囲気。

幸せな雰囲気。

自分の考えたシナリオ通りに事が進んでいくのを見て、翼は思わず口元が緩む。

「サンタさん! プレゼントちょうだい!」

「ねぇ、サンタさん!」

「良いよ」

そう言ってサンタは袋の中へと手を伸ばすが――

袋の中には何も入っていない。

その事にたった今気付くサンタ。

「あぁっ!? どうしよう! みんなにあげるはずのプレゼントを入れていた袋に大きな穴が開いちゃってるよ!」

穴の開いた袋を見せながら、サンタは困ったように頭を抱える。

どうしたものかと必死に考えているその姿は正にサンタそのもの。

ジェスチャーを付ける所がとても自然だ。

流石は藤森先生だと思う。

「どうしよう…このままじゃあみんなにプレゼントが渡せない……」

項垂れてそう呟く。

が、そこでサンタはある事に気付いた。

待合ホールに集まっている子供達が全員、何故かプレゼントを手にしている事に。

「ん? あれ。みんな、どうしてプレゼントを持ってるんだい?」

サンタが子供達へ問い掛ける。

サンタの問い掛けに子供達が答える。

翼の考えたシナリオ通りにいけば良いのだが。

みんなの視線を自分に集められれば良い。

一瞬だけでも。

例え子供達が自分の名を口にしなかったとしても。

自分で名乗り出るつもりだった。

それに翼には自分の考えたシナリオ通りになると確信していた。

子供達のノリの良さならば。

翼がそう思っているのも束の間。

「めぐみ兄ちゃんが持って来るようにって言ってたから!」

男の子が、そう口にした。

更には翼の方を指差してくれたのだ。

次の瞬間、その場に居た患者達の視線が一斉に一番後ろに居る翼と李哉の元へと集まる。

この時を待っていた。

翼は自分を指差す男の子の後ろに立つ藤森先生を見る。

藤森先生は素早く後ろに用意していた穴の開いていない袋と手にしていた袋を入れ替えた。

そして、翼へと頷いてくれた。

それを見て、翼は安心した。

ここが上手くいけば後はもう大丈夫だ。

そう思うと自然に笑みが零れた。

それから自分を指差してくれた男の子に「そうだよ」と優しく答える。

すると、サンタは言い出すのだ。

「そうだ! みんなが持っているプレゼントをこの袋の中に入れてくれるかい? それをシャッフルしてみんなに渡そう!」

その為に参加者達にはプレゼントを持参するように言ったのだから。

全ては、この為に。

ここまでは完璧に翼のシナリオ通りだ。

さて、ここからは自分がシナリオ通りにする為に動く。

シナリオ通りにと導く役だ。

「さぁみんな。サンタさんの持っている袋に持って来たプレゼントを入れて」

翼がそう子供達に促すが……。

みんなの視線はサンタの袋へと向けられていた。

袋の穴の事を気にしているのだろう。

さぁ、サンタの魔法に掛かる時。

「でも、サンタさんの袋に穴が開いてるよ?」

女の子がその場に居た患者達の思いを代弁してくれた。

それに対してサンタはまるで何事もなかったかの如く言うのだ。

「大丈夫だよ。サンタさんの魔法で直しちゃったから」

そして、手にしていた袋をみんなに見せる。

一瞬でも魔法だと思ってくれれば良い。

子供達の反応はもちろん、大喜び。

不思議そうに袋を見つめていた。

それは中学生、高校生の参加者達もだ。

どうやって直したのかと首を傾げていた。

そんな中、翼は子供達や参加者達の手にしているプレゼントを袋に入れるように促す。

参加者達のプレゼントを袋に次々と入れて行くと、袋は膨らんでいった。

サンタが子供達からプレゼントを回収していく姿を見て、翼もプレゼントを取り出す。

このプレゼントは、李哉の為のもの。

クリスマスパーティーの企画を考えた当初は子供達の喜ぶものをプレゼントに選ぶはずだった。

それが今では――

誰かの為だけのプレゼントになってしまっていた。

サンタが李哉の手からプレゼントの箱を取り、袋の中へと入れる。

最後に翼が袋の中にプレゼントを入れればプレゼントの回収は終わり。

翼は李哉の為のプレゼントを迷う事無く袋の中へと入れた。

その理由は、自分のプレゼントが李哉以外の人の手に渡ったとしても自分に回って来たプレゼントと交換してもらうつもりだったからだ。

李哉本人の手に渡る可能性もあるのだが……。

李哉の手に翼のプレゼントが渡る確率など、かなり低いに決まっている。

そうなる場合はかなりの幸運を持っているという事になる。

もしかしたら聖夜の奇跡が起こるかもしれないが。

起こるはずがない。

それにプレゼント交換が終わると食堂へと誘導する時に自分のプレゼントを探す事が出来る。

自分のプレゼントはその時に探せば良い。

「じゃあみんな、目を閉じて両手を出して。サンタさんが良いって言うまで、絶対に開けちゃダメだよ。音楽が止まるまでにサンタさんがプレゼントをみんなの手の上に乗せて行くからね」

サンタの声が聞こえ、翼も目を閉じて両手を差し出す。

目を閉じるというプレゼント交換。

これは、嗄がレインボーローズをくれた時のワクワクを子供達にも味あわせたいと思ったからしたものだ。

何が来るかわからない。

来た時に目を開いてびっくり。

それを味わってもらいたかった。

目を閉じて翼は少し考える。

自分のプレゼントが別の人へと渡った場合。

用意していたプレゼントを李哉に渡すと、翼の分のプレゼントはない。

その代わり、李哉のプレゼントは二つになる。

「――――」

別に良い。

最初からそのつもりでプレゼントを選んだのだから。

それに、翼にプレゼントを渡してくれる人など居ない。

だから自分の分は良い。

嗄と過ごせるならば、それで十分だ。

やがて、ラジカセからジングルベルが流れ出す。

ジングルベルの曲が流れる中、サンタの声が聞こえる。

「じゃあプレゼントを渡して行くね。絶対に、目を開けちゃダメだよ。開けたらサンタさん、すぐに帰っちゃうからね」

サンタがそう言っても子供達は目を開けてしまうのだろうか。

それとも、先程のサンタの魔法を見たので本物のサンタと思って目を開けないだろうか。

誰か一人でも目を開けてしまえばサンタは消えてしまうかもしれない。

子供達はそう思っているかもしれない。

まぁ、目を開けてもサンタは消えはしないが。

目を開いた瞬間にプレゼント交換が直ぐ様終わるわけでもない。

別に目を開けても良いのだ。

どんなプレゼントが回ってくるのか、期待に胸を膨らませる為にそうしているのだから。

ジングルベルが二回程繰り返された頃の事。

翼の手の上にプレゼントが置かれた。

手に置かれたプレゼントに触れ、少し違和感を感じた。

手の上に置かれたプレゼントの大きさは両手で包み込める程のもの。

翼の元に回って来たプレゼントの大きさは、先程翼が手にしたプレゼントと同じ大きさだった。

もしかして、自分のプレゼントが戻って来たのだろうか。

いや、その確率は低い。

しかし、このプレゼントの大きさは――

「はい、みんな。プレゼントを配り終えたから目を開けてもいいよ」

自問自答を繰り返しているとサンタの声が耳に届く。

自分の目で確認すれば良いと思い目を開けてみる。

翼の手の中にあったプレゼントは……。

大きさこそは同じだが、ラッピングが全く持って異なっていた。

ラッピングを目にしてやはり自分のプレゼントではないと溜め息を零す。

少しだけ苦笑し、子供達へと目を向けた。

いつの間にかサンタからいつもの白衣を身に纏った藤森先生の姿が見えた。

子供達といつものように話している。

まるで何事もなかったかのように。

そんな藤森先生を見ていると本当に先程のサンタは本物なのではないかと思えてしまう。

だが、藤森先生がこちらに向けてウィンクをしてくれているのでどうやら藤森サンタだったらしい。

――クリスマスパーティーは無事に成功した――

そう思うと自然と笑みが浮かぶ。

喜ぶ子供達の顔を見て再び実感する。

クリスマスというものを知らない自分でもクリスマスパーティーを成功させられた。

その事がすごく嬉しい。

嬉しく思うのと同時に、子供達が少しだけ羨ましくも思えた。

このようにキラキラと輝いて眩しいクリスマスが出来るなんて。

幸せなクリスマスが出来るなんて。

笑って、クリスマスを過ごせるなんて。

少しだけそんな事を考え、翼は子供達を食堂へと促す。

李哉に渡す為のプレゼントを回収しなくては。

そう思い、子供達の手にしているプレゼントに目を通していくのだが。

何処にも翼の用意したプレゼントはなかった。

子供達はみんな食堂へと向かった。

病室へと戻った子供達の手にも翼のプレゼントはなかった。

見逃してしまったのだろうか。

ならば、食堂でもう一度プレゼントを探そう。

そこにも無ければ、今日中に何とか病室を回って返してもらおう。

きっと嗄は今日も遅くなる事だろう。

プレゼントを返してもらう時間はあるはずだ。

しかし、その必要はなかった。

何故ならば、待合ホールにただ一人残された李哉の手の中に探していたプレゼントがあったからだ。

最後に李哉を食堂へ連れて行こうとして振り返った時に知った。

まさか渡したかったプレゼントが本人の元へ行くなど、誰が想像出来ただろうか。

まだ右手に麻痺が残っているらしく、プレゼントを開けようと苦戦している李哉。

そんな李哉の姿を見て、すごく安心した。

安心から口元が綻ぶ程に。




――――良かった。本人に届いて――――




「――そのプレゼント、柳葉君の所に行ったんだ」

「え?」

李哉が不思議そうな顔をして翼を見上げる。

プレゼントの箱を開ける事も忘れて。

必死に箱を開けようとするその瞳は正に子供だ。

「それ、俺の用意したプレゼントなんだ。柳葉君にあげようと思ってた。別の人の所に行ってたら俺のプレゼントと交換して貰おうと思ってたけど――良かった。柳葉君の所に行って」

本当に、良かった。

誰かが一度開けたプレゼントを渡す事にならなくて。

ちゃんと、李哉に届いてくれて。

そう思うと表情が綻ぶ。

それから李哉の元へと歩み寄る。

李哉に渡ったプレゼントを開けてあげようと思ったのだ。

その手では開けられないだろうから。

元々、李哉にプレゼントを渡す時は自分で開けて見せてあげたかった。

だが、一応李哉に聞いてみる。

「開けてあげようか?」

「うん」

李哉の返事を聞き、翼は李哉の手からプレゼントの箱を手に取る。

そして李哉にも中身が見えるようにして包装紙を取って行く。

包装紙を取り、箱を開く。

姿を現したのは美しいフォルムの腕時計。

腕時計を目にした瞬間、李哉は驚いて聞いて来る。

「これ…こんなに高そうな物、貰っていいの?」

「もちろん。柳葉君のために買ったんだから」

「…どうしてこんなに良い物を?」

「それは――」

翼は自分の手の中にあるプレゼントの腕時計に目を向ける。

――どうして自分はこれを渡そうと思った?――

――どうして〝俺〟は柳葉李哉にプレゼントを渡そうと思った?――

李哉に問われて翼はプレゼントを買った時の事を思い出す。

李哉に似合うものをプレゼントしたかった。

李哉の喜ぶ顔が見たかった。

李哉の笑う顔が見たかった。

自分が与えたという笑顔を見たかった。

大切な友達の為に、何かをしたかった。

その答えに辿り着き、我に返る。

〝友達〟だなんて思っているのは自分だけなのではないかと。

あまり話もした事がないくせに。

逢ってまだ日も浅いのに。

互いの事を知りもしないくせに。

そんな翼と李哉の関係を、〝友達〟等と呼べるのだろうか?

急にこんな物をプレゼントされて引かれただろうか。

李哉も、自分から離れて行ってしまうのだろうか。

大切なものを失う恐怖を感じ、翼は小さく服の裾を握る。

もしも、李哉が自分から離れて行ってしまうとしても。

例え、李哉が自分に向かって暴言を吐くとしても。

〝友達〟だと思ったその想いは。

この言葉には何一つ、嘘はない。

「――そう思ってるのは俺だけかもしれないけど、柳葉君が……友達になってくれたから」

翼の声は静かなホールに響く。

先程までは騒がしかった待合ホールとはまるで対照的だ。

静かな空間で、李哉と二人。

――李哉は多くの〝初めて〟を教えてくれた――

李哉と居ると楽しいと思えた。

李哉と居れば笑えるようになった。

何より、李哉は言ってくれた。

〝僕には敬語、使わなくていいよ〟と。

ありのままの自分で居て良いのだと。

李哉はそう言ってくれた。

初めて、そう言ってくれた人だ。

翼はそんな人を友達だと思う。

今まで以上の友達だと。

しかし、目の前の李哉は驚いた表情で翼を見つめるだけ。

言葉を失っているように、翼の目には映って見えた。

呆れられた。

困らせてしまった。

そう思ったや否や、翼は口にしていた。

「……そう思ってるの、俺だけだよね。ごめん。今の忘れて」

否定されるのが怖かった。

拒絶されるのが嫌だった。

だから、李哉の答えから逃げるようにして立ち上がった。

その時だった。

「嬉しい」

小さな声が耳に届いた。

すぐに消えてしまうような。

そんな儚い声が、ホールの静寂を破るようにして。

「え……?」

今、何と言った?

〝嬉しい〟と聞こえたのは空耳だろうか。

すると、李哉はそんな翼を見透かすようにして再び告げる。

「友達だと思ってくれて、嬉しい」

今度は李哉の声が静かなホールに響く。

李哉の言葉が心にも響いて来るような気がした。

「会って、まだ一週間くらいしか経ってないけど…友達だと思ってくれて、嬉しい。だって僕、綾崎君が朗読を始めてくれなかったらずっと笑えなかった。ずっと窓の外を見ているだけで、楽しい事なんて見つけられなかった。楽しい事なんて有るわけが無いって思ってたんだ。僕、絶望してたんだ。どうして生きているんだろうって、どうして事故に合った時に死ななかったんだろうって。絶対に走る事は出来ないって…。立つ事も、歩く事も出来ないって…。でも、希望の光を綾崎君が教えてくれたから。だから僕は今、こうして笑えるんだよ。それにどうして死ななかったかって理由もわかった。僕は――」

そこで李哉は一息置く。

真剣な表情で。

真っ直ぐな瞳で翼を見つめて。

李哉は告げた。

「僕は――翼君と会うために生きてるんだって」

「――――」

嬉しいのは、こっちも同じ。

ずっと笑えなかったのは、こっちも同じ。

楽しい事なんてないと思ってたのは、こっちも同じ。

絶望していたのは、こっちも同じ。

どうして自分は生きていて死なないのかと思っていたのは、こっちも同じ。

希望の光をもらったのは、こっちも同じ。

今ならわかる。

〝俺は――李哉君と逢う為に生きているんだって〟

そう思うのも、同じなんだって。

そう伝えたくても、上手く伝えられない。

翼は初めて知った。

嬉し過ぎて辛いという事を。

嬉しくても涙が出そうだという事を。

だから、涙を堪えて。

涙ではなく、笑顔で言う。

この嬉しさが全部伝われば良いと願いながら。

「ありがとう、李哉君」

翼が心を込めて礼を言うと、李哉は嬉しそうにプレゼントの腕時計を見つめた。

まるで、今すぐにでも身に付けてみたいと言うように。

そんな李哉を見て、翼は優しく聞く。

「付けてあげようか?」

「うん!」

翼が聞くと、李哉は嬉しそうに顔を輝かせた。

本当に李哉は子供のようだ。

腕時計を付けてあげようとして右膝を床に付いた時だった。

カツーンと、何かが床に落ちる音がホール内に響く。

何が落ちたのかと思い、落ちた物に目を向ける。

それはプレゼント交換で翼の元に回って来たプレゼントだった。

先程ポケットの中に入れたのだが、どうやら落ちてしまったようだ。

落ちたプレゼントを拾い上げると「それ…」と李哉の声が聞こえた。

「これ?」

李哉の方を見てみると驚いたように翼の手にするプレゼントを見つめていた。

その様子から考えて翼は聞いてみる。

「もしかして――李哉君のプレゼント?」

思い付いた事を口にする。

まさか、そんな奇跡なんて……。

しかし、李哉の表情。

更には頷いて「う、うん…」と答える李哉。

――これが聖夜の奇跡というものなのだろうか――

翼のプレゼントが李哉の元へ行っていた。

李哉のプレゼントも翼の元へとやって来た。

こんな奇跡、有り得るだろうか。

自分でも少し驚きながら李哉に聞く。

「開けてみても良い?」

「…うん」

李哉の返事を聞き、李哉からのプレゼントを開ける為に一度、手にしていた李哉へのプレゼントを李哉に返す。

それからプレゼントの箱を開けてみる。

同年代からクリスマスプレゼントを貰うのは、一体どれくらいぶりだろうか。

六年ぶりくらいだろうか。

包装紙を取り、箱を見て少しだけ違和感を感じた。

だが、箱を開けて中身を見てみる。

そして箱の中身を見た瞬間、時間が止まったような感覚に襲われた。

何故ならば、李哉からのプレゼントの中に入っていた中身は。

翼が李哉に贈った腕時計と全く同じものだったからだ。

――こんな偶然があるだろうか――

こんな奇跡が、あるのだろうか。

聖夜の奇跡だからあるのだろう。

プレゼントを見て固まってしまった翼が気になったらしく、李哉が自分の贈ったプレゼントを目にして――

李哉もまた、固まってしまった。

この様子だと恐らく、李哉自身もプレゼントの中身を知らなかったのだろう。

そこで繋がったような気がした。

まるでパズルのピースが次々と嵌っていくように。

翼がクリスマスパーティーがあると伝えた日、梅がプレゼントを探して来ると言ったのだろう。

だから今日まで姿を見なかった。

そして今日、プレゼントを手にしてギリギリ滑り込んで来たのだと。

その為、李哉はプレゼントがどんなものか知らなかった。

もしくは梅から腕時計の事を言われて決めたのかもしれない。




――――全部、同じだ――――




自分と、同じだ。

思ってた事も、感じてた事も。

考える事も。

この、プレゼントも……。

ここまでシンクロするようなものなのだろうか。

「ぷっ……あはははははははは!」

あるわけがない。

偶然でもこんな事。

可笑しくて思わず翼は笑い出してしまった。

こんなにも全てが同じだなんて。

こんなにも似ているだなんて。

ずっと、自分のような人間など居ないと思っていた。

まさかここまでシンクロするような人なんて存在しないと思っていた。

けれど、それは違っていた。

柳葉李哉という人が居た。

その李哉はというと、突然笑い出した翼にどう対応して良いのかと困惑していた。

そんな李哉に笑いながら言う。

「俺達、考える事が同じなんだな。ありがとう。すごく嬉しい」

嬉しい、楽しい。

こんなにも笑ったのはきっと初めてだ。

李哉と居ると、笑顔になれる。

本当に、柳葉李哉は不思議な人だ。

しばらくして笑いが収まると、翼は李哉の手からプレゼントの腕時計を手にして左手首に優しく付けてあげる。

その後、自分の右手首に付いている腕時計を外す。

森さんのくれた腕時計を。

お疲れと心の中で呟いて。

外した腕時計の代わりに、李哉から貰った腕時計を付けた。

辛い時や苦しい時、この腕時計を見れば頑張れる。

そんな気がした。

「今更だけど……俺と、友達になってくれる?」

「もちろん!」

元気に答えた李哉は、腕時計を付けた左手を差し出す。

すると翼も自然と腕時計を付けた右手を差し出していた。

お揃いの腕時計を付けて握手。

友情や絆が目に見えないものならば、この腕時計は――

「「友情の証だね」」

同時に口にした言葉。

それが可笑しくて二人して笑い出す。

楽しそうな笑い声が待合ホールに響き渡る。

十二月二十五日。

聖夜の奇跡。

それはまだ続くというのを……。

この時の俺は知る由もなかった。









                                              ~To be continued~

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