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青春スクエア ~綾崎翼の片思い~ 小学生編14

ひらり、ひらりと花弁が舞い落ちる。

――再び、この季節がやって来た。

桜舞う春の季節。

そして、小学生最後の春でもある。

それなのに、翼の日々は変わらない。

いつもと同じ朝を迎え、いつも通り学校へと通う。

進級式に両親が来ないのも変わらない。

この様子だと恐らく卒業式にも両親は顔を出さないだろう。

いや、きっと決定事項なのだろう。

進級式が終わり、新しいクラスへと向かう。

最後の一年を過ごす教室に入り、翼は少し考えてみた。

小学生最後の年。

この一年もきっと、今までと変わらない一年になるのだろう。

友達の居ないまま。

虐められたまま、卒業を迎えるのだろう。

恐らく、今と同じような気持ちで卒業するのだろう。

「――――」

心の中で少しだけ願った。

時が止まってしまえば良いのにと。

そうすれば、医者にならなくて済む。

大人になんて、ならなくて済む。

しかし、そんな事は出来ないとわかっていた。

生きるという事は、時が進むという事。

生が止まる事など、決してない。

死を迎えるまでは――

「……死……」

小さく、呟いてみる。

――逃げれば楽なのだろう。

死んでしまえば、全てが終わるのだろう。

だが、その先には何があるだろうか。

恐らく自分の居なくなった世界は今と対して変わらないだろう。

〝誰かが自分の役割をして生きる〟

そんな世界なのだろう。

少しだけ〝死〟に関して考えはするが、それを実行しようとは思わない。

どうしてだか、自分は死ねないような気がするのだ。

それに、生きたくないと思うくせに死にたくないとも思っている。

翼をこの世界に留めてくれているのは恐らく、嗄だ。

嗄と居たい。そう思うだけで明日を生きれる。

この世界には、翼を世界に留めようとする人達が居る。

つまり、翼にとって〝死〟は〝無意味〟になる。

そんな事を考えている間にも進級式は終わり、翼は病院へと足を向けていた。

子供達と逢うのを楽しみにしながら。

病院の敷地内に入り、翼はある事に気付いた。

それは、噴水工事だ。

以前よく藤森先生と話していた時の――

藤森先生が〝大切だった〟患者を失い泣いていた、あの桜の木があった場所にだ。

今年に入ってすぐに噴水工事が決定した。

ナースから聞いた話によると、藤森先生は最後まで噴水工事に反対していたらしい。

そんな藤森先生の反対も虚しく、工事は始まってしまった。

確かに翼も噴水工事に対して反対派だった。

あそこは、病院から出られない患者にとって唯一花見の出来る場所だったからだ。

それに、初めて藤森先生と出逢った場所でもある。

そんな大切な思い出の場所が、無くなってしまう。

その事に対して残念に思いながら正面玄関へ向かっていると……。

噴水工事の予定が書かれた看板の前である人物が立ち尽くしていた。

無表情だが、どことなく悲しい雰囲気を漂わせて看板を見つめる藤森先生の姿が。

一瞬、そんな藤森先生に声を掛けるべきか迷った。

辛い思いを思い出させたくない。

ここはそっとしておいた方が良いと判断し、真っ直ぐ正面玄関へ向かおうとした時。

「翼君じゃないか」

不意に、藤森先生に声を掛けられた。

これはもう無視するわけにはいかない。

翼は藤森先生の方を振り返り、藤森先生の目を見る。

「……藤森先生」

「しばらく顔合わせてなかったけど……元気そうだね」

「はい」

とりあえず翼は工事については触れない事にした。

藤森先生は翼の方に来て、一緒に正面玄関に向かって歩き出す。

一緒に歩きながら、翼は藤森先生に話し掛ける。

「藤森先生。煙草、また吸ってたんですか?」

「え? あぁ…。煙草は禁煙、かな」

「禁煙してるんですか?」

「もう吸う意味がないからね。それに、長生きしないと」

そう言って笑うと藤森先生は翼より先に病院へと足を踏み入れた。

恐らく休憩中だったのだろう。

白衣を翻し、足早に廊下を歩く藤森先生の背中を翼は見つめていた。

 その後はいつものようにして子供達の相手をする。

今日は子供達の元に藤森先生は現れなかった。

それでも子供達は満足してくれたが。

今回は子供達が大人しく引いてくれたので、本屋に寄れるほどの時間が出来た。

なので本屋に寄り、嗄のお勧めしてくれた新作の本を買おうと計画を立てる。

他にはどんな本を買おうかと考えながら、病院の廊下を歩く。

少し腕時計を見つめ、嗄が来るまでにかなり時間が空いてしまった事に気付く。

本屋を早めに切り上げると家で話を書ける余裕まである。

それとも本屋は後日行って、今日はこのまま真っ直ぐ家に帰るべきか。

だが、他にも新刊が出ているのでそれを確認したいとも思う。

そんな事を考えながら廊下を歩いていた時だった。

「翼」

翼の名を呼ぶ声が耳に届いた。

翼の名を呼び捨てにする人物など限られている。

それにこの声は聞きたくなかった。

特に、この病院では。

全身に恐怖が駆け抜けた。

それでも翼は恐る恐る振り返ってみた。

この異常な威圧感。

威圧感を放ち、翼の事を名前で呼ぶ人物で病院に居る。

その条件に当て嵌る人物は、ただ一人。

翼はその人物の名前を口にする。

「……父さん」

「子供達からの信頼は得ているようだな」

「……はい」

「駄目だ。子供の信頼は得ても、年の近い子供とは話すらしてないようだが……?」

「それは――」

「〝それは〟なんだ?」

鋭い視線で見下ろされる。

逆らってはいけない。

全身がそう警告を発している。

言えない。

学校で虐められて、年の近い子供に対して恐怖感を抱いているなど。

言えるわけがない。

あの日の恐怖が全身を駆け巡る。

両親に逆らい、固い拳を浴びた日の事を。

翼は父親から少し視線を逸らして言う。

「……すみません…」

そんな翼を見て、父親は呆れるようにして溜め息を吐き出した。

翼は父親の顔を見る事が出来ず、俯いたまま。

父親の目を見る事が出来なかった。

冷たく、鋭く。

まるで蔑むような目。

まるで、〝翼〟という存在を否定するようなその目。

そんな目を見ている事が出来なかった。

「明日から年の近い子供達の病室に通え。いいな? これが患者のカルテだ。目を通しておけ」

「……はい」

「それから、年が近いからって礼儀だけは忘れるな。相手はただの患者だ。情を掛けてもどうせ死ぬんだ。患者とは適度な距離を保て。年下だろうが、敬語を使え。いいな?」

「……はい」

そう言い放ち、父親はカルテの入った分厚い封筒を差し出す。

一瞬、翼は封筒を受け取るのを躊躇った。

それを受け取ってしまえば、翼はもう医者になる道しか残されない。

受け取ってはいけない。

医者にはなりたくないと、突き返すべきだ。

そう、思いはするのだが――

思い出すのは、あの日受けた父親の固い拳。

逃げたい。

今すぐ、ここから逃げてしまいたい。

〝医者〟とは縁のない場所へ、逃げてしまいたい。

けれど、何処にも逃げれない。

「――――ッ」

拒みたい。拒めない。

逆らってはいけない。

翼は固く目を閉じた。

そして、父の手からカルテを受け取った……。

父親はカルテを受け取ったのを確認すると、その場を立ち去った。

父親が去った瞬間、先程までの威圧感は消え去った。

――しばらくの間、翼はその場に立ち尽くしていた。

手にした封筒を見つめながら。

やはり、逃れられない。

医者になる運命からは。

この病院へ足を運んでいる間は。

しかし、病院へ行かなくなればどんな目に遭う事だろうか。

考えただけで身震いがする。

父の言う通りにしなくてはいけない。

父親の言う事に従わなくてはいけない。

両親の言い成りになっている自分に吐き気がする。

両親に逆らう事の出来ない自分に腹が立つ。

それでも翼には従うしか他に選択肢がなかった。

翼は、滲み出る涙を噛み殺す。

それでも翼はまだ微かな希望を持っていた。

その光は本当に弱いが。

翼にとっては大切なもの。

それは〝無限の可能性〟

嗄の言ってくれた言葉だ。

〝医者になるだけの未来じゃない〟

〝翼君の未来は無限大なんだ〟

その言葉を翼は信じていた。

少なくとも、この時は――




 翌日、学校が終わると翼は病院の前まで来ていた。

病院の中へ足を踏み入れるのが難しい。

こんなにも足取りが重いのは初めてかもしれない。

こんなにも憂鬱な思いなのも初めてかもしれない。

翼は深い溜め息を吐き出す。

そして、静かに目を閉じた。

数秒後目を開き、気持ちを切り替える。

年の近い患者には一切、自分を出さない。

そうすれば怖くない。

敬語で自分を固めて接していれば、自分が傷付く事はない。

年の近い子供達の前では自分を出さず、仮面を被る。

そうして翼は病院内に入り、真っ先に子供達の元へと向かった。

「あ、めぐにぃ! きょーは何してあそぶー?」

「ごめん。今日は無理なんだ」

「えぇー!?」

「どーしてぇ!?」

「……やらなくちゃいけない事が、出来たんだ。本当に、ごめんね」

それだけ言い、翼はランドセルを背から下ろす。

下ろしたランドセルを近くのナースに預ける。

「すみません、ランドセルをナースステーションで預かっててもらえますか? 帰る時に取りに来るので」

「いいわよ」

「――じゃあ、またね」

子供達にそれだけ言い残し、廊下を歩いて行く。

――わかっている。

こんな事をすればきっと。

年の近い患者と話した瞬間、医者になる道が強まる事は。

強まる所か、医者になる道しか無くなってしまう。

小説家になりたいという夢を、自分自身で打ち砕く事になると。

「……ッ」

それだけは嫌だ。

しかしどうすれば小説家を目指せるのか、わからない。




――本当は、わかっている――




答えなら出ている。

ちゃんと、わかっている。

小説家という夢を諦めなければいけないのだと。

諦めるしかないのだと。

わかっているのだが……。

翼は患者の病室の前まで来て、躊躇っていた。

この扉を開ければ、恐らく夢を完全に失う事になる。

不意に嗄の言葉が脳裏に過ぎる。

無限の可能性を信じていないわけではない。

しかし、仕方がないのだ。

小説家の夢は、諦める。

夢を趣味にする。

そう自分に言い聞かせるのだが。

嫌だと酷く叫く自分が何処かに居る。

逆らってしまえと叫ぶ自分が居る。

「――――」

医者の家系に産まれてしまったのが運の尽き。

もしも、普通の家庭に産まれていたとしたら。

きっと今とは違った未来がそこにはあっただろう。

今とは違い、幸せに笑えていた事だろう。

翼は病室の扉に手を掛けた。

そして扉をノックする。

すると中からは「どうぞ」と返事が返って来た。

再び目を閉じて、深く深呼吸を一つ。

それから扉を開け放つ。

翼は、運命から逃れられない。

逃れられるのだろうが、翼はそれを選ばなかった。

子供のように嫌なものから目を逸らし、逃げ出す事はしなかった。

目の前に立ちはだかる壁と、一度でも向き合ったのだ。

――自由な空へと飛び立つ為の翼を持っていた。

だが、その翼の使い道がわからなかったのだ。

その為、背に生えた翼は使われる事なく朽ち果てていく――






















病院で年の近い患者と接するようになって数日が経った。

放課後、夕暮れ時の校舎。

翼はすぐに病院へと向かおうとした。

学校の廊下を歩き、下駄箱まで向かうその時。

ふと、歩みを止めた。

「――――」




――どうして、病院へ行く?――




――何故、行きたくもない場所へ嫌でも向かう?――




――どうして、両親に従ってる?――




そう問い掛けてくる自分が居た。

廊下に立ち止まったまま、翼は動かなかった。

行きたくない。

そう思った瞬間、翼の足はある場所へと向かっていた。

行きたくなくても、行かなければいけない。

ならば〝一応〟は行けば良いのだ。

早く病院へ行かなくても、良いのでは?

そう思った瞬間、翼は学校の図書室へと来ていた。

今すぐには病院に行きたくない。

それならここで時間を稼いでも良いのでは?

病院には二十分でも居れば十分なのでは?

「――――」

ほんの少しの、抵抗。

決して行かないわけではない。

病院へは行くつもりだ。

ただ、今は少しだけそっとしておいて欲しい。

今は、一人で居たい。

翼は本を一冊手に取り、いつもの席へ座る。

誰も居ない、静かな図書室。

グラウンドから部活をしている生徒の声が僅かに聞こえる程度だ。

とても静かな、穏やかな時間が流れる。




――嗚呼、ずっとこのままなら良いのに――




本を読むのではなく、翼はグランドのある窓を見つめる。

今だけは、このままで。

時間がくれば、病院へ行くから。

それまでの間は、どうかこのままで。

そっと、しておいて。

そう心の中で呟きながら、翼は窓から見える空を見つめていた――









                                              ~To be continued~

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