青春スクエア ~綾崎翼の片思い~ 小学生編13
熱い夏が終わり、涼しい秋がやって来た。
秋が来ればすぐに翼の誕生日が来てしまう。
そこでふと、ある事に気が付く。
――嗄と逢って二回目の誕生日だと。
そう、〝自分〟は二回目の誕生日だ。
嗄の誕生日はクリスマス。
去年はバイト先のケーキ屋が忙しくて逢えなかった。
一日遅れで祝う事になってしまったのだ。
だからこそ今年はちゃんと嗄の誕生日を祝いたい。
毎年自分ばかりが祝ってもらうのは嫌だ。
そう思い、自分の誕生日よりも嗄の誕生日の事をずっと考えていた。
(プレゼントは……どうしよう? 思い出――いや、大切に使ってもらえるものの方がいいな…)
メモ帳を開いてプレゼント候補を書き上げていっては線を引いて消していく。
先程からずっとその繰り返しだ。
シャーペンでメモ帳をコツコツと叩きながら必死に思考回路を巡らせて考える。
出来ればずっと使えて、肌身離さずに持っていて欲しい。
本をプレゼントしたとしても、既に嗄が読んでいる可能性がある。
それに本だとプレゼントが被ってしまう恐れもある。
去年の嗄がくれた誕生日プレゼントは本だったからだ。
何にしようかと迷うが――
結局何も思い浮かばない。
翼は深い溜め息を吐き出す。
少し、外に出た方が良いだろうか。
もしかしたら良いプレゼントを見つけられるかもしれない。
そう思い、必要な物だけを手にして家から出て行く。
嗄の来る六時前までに戻れば問題ないだろう。
家から外へ出たのは良いのだが……。
気が付けば翼の足は何故か本屋へと着いていた。
どうしても、無意識にここへ来てしまうようだ。
今日は嗄の誕生日プレゼントを探しに来たのだと強く自分に言い聞かせる。
――まだ三ヶ月も早いのだが。
家から出た目的を思い出し、本屋から足を遠ざける。
もうこの際、肌身離さず持っていてくれなくても良い。
嗄の喜んでくれるようなものを選ぼう。
しかし、何をプレゼントして良いのかわからない。
どんなものをプレゼントすれば嗄は喜んでくれるのだろうか。
きっと何が欲しい?と聞いても返って来る答えは。
〝なんでもいいよ〟だろう。
自分でもそう言うのだから、そうに決まっている。
ウィンドウショッピングをしながら考えるが、やはり何も思い付かない。
再び、深い溜め息を吐き出す。
本当に自分は人への贈り物に慣れていない。
人からは貰った事があるのだが、逆に贈る事はあまりして来なかった。
その為、何を贈れば良いのか全くわからない。
だが、ここは自分の感性でなんとかカバーすれば良い。
良いものであり、相手が喜ぶもの――
(……それが思い付かないから困ってるんだろう……)
そんな事を思いながら、自分自身に呆れる。
こんな時、きっと嗄ならばプレゼントなんてすぐに思い付くのだろう。
翼の場合は選択肢が本しかないので簡単に思い付くに決まっている。
「……プレゼント、何が良いかな……」
小さく呟いて歩き出す。
やはり、クリスマスシーズンになってからプレゼントを買うべきだろうか。
その方が今よりももっとプレゼント候補が上がるだろう。
そう思いはするのだが、クリスマスシーズンでは手に入らないようなものが欲しいとも思う。
完全に考えが矛盾している。
相対する思いの中、プレゼント巡りをしてみる。
歩きながら良い案も上がるのだが、すぐに消え去ってしまう。
やはり、クリスマスシーズンに探した方が良いだろうか――
そう思った時だった。ある音色が翼の耳を擽った。
翼にとっては、聴きなれないその音色。
音の聴こえた方を見てみるとそこには……。
オルゴール店があった。
店の入り口辺りにあるオルゴールの音色が聴こえたのだ。
思わず翼は歩みを止めて、オルゴールの音色に聴き入っていた。
――本物のオルゴールをこの目で見て、実際に音色を聴くのは初めてだ。
なんて、心が安らぐ音色なのだろうか。
この音色を……。
オルゴールをプレゼントにしたら、嗄は喜んでくれるだろうか。
そう思った瞬間、嗄へのプレゼントはオルゴールに決まった。
店の中へと入ろうとした時。
出入り口前に置かれた看板が視界に入った。
〝本格的な手作りオルゴールを作りませんか? 世界にひとつだけの音色を〟
看板にはそう書かれていた。
世界にひとつだけの、音色。
その一文にも惹かれて店内へと入って行った。
オルゴール職人の人にオリジナルのオルゴールを作りたいと声を掛けると。
職人のおじいさんは優しい笑みを浮かべて受け入れてくれた。
翼の誕生日前日の九月十六日。
オルゴールは嗄の誕生日までには余裕で完成するとの事だった。
渡すプレゼントの用意は出来た。
次は――
クリスマスと誕生日を、同時に祝うかどうかだ。
そこまで考えて、翼はある事に気付く。
翼はクリスマスというものにあまり縁がなかったという事に。
翼にとってクリスマスの認識は、プレゼントを貰える日。
正確に言えば、クリスマスは誕生日と同じだ。
他人とプレゼント交換をした記憶などない。
サンタが現れた記憶もない。
それに翼は幼い頃から知っていた。
サンタの正体は、両親だと言う事を。
両親の居ない翼の元に、サンタは一度も姿を現していない。
親に逢う事のない翼の元には一生サンタが来る事はないと。
(……なら、誕生日だけでいいか。どうせ、クリスマスなんてわからないから)
去年、嗄と共にクリスマスを過ごせたら少しはクリスマスというものを知れたのかもしれない。
「――――」
ズキン。
少しだけ、顔を歪める。
普通じゃない家族。
そんな環境で、翼は育った。
ズキン。
翼は深呼吸を一つして気合を入れる。
明日は、自分の誕生日だ。
嗄の誕生日も大事だが、その前に自分の誕生日がある。
嗄は一体、どんなプレゼントをくれるのだろうか――
そんな事を考えていた時。
放課後の学校。
病院へ向かおうとして花壇の前を通り正門から出ようとしていたのだが。
嗄の事ばかり考えていた為、周りに注意を払っていなかった。
突然、水が翼を襲って来たのだ。
驚いて、水の襲って来た方を見てみると……。
そこにはホースを手にしたクラスメイト達の姿があった。
翼の濡れた姿を見て笑い、正門へと走り去って行く。
そんなクラスメイト達の後ろ姿を見つめていた。
もう十分と肌寒い秋だ。
全身に水を浴びると寒さから身体が震え出す。
「……冷たい」
心に、冷たいものが。
それが全身に広がるようにして、全身が冷えていく。
――ズキン。
「ッ……」
全身が濡れたまま翼は真っ直ぐ家へと帰った。
このまま病院へ行っても迷惑を掛けるだけだと思ったのだ。
家に帰るとすぐに翼は風呂場に向かい、身体を温める。
そして嗄が来るまでずっと自室で話を書いていた。
そして、翌日の九月十七日。
翼の誕生日がやって来た。
それでも翼は素直に喜べなかった。
ズキン。
酷く、痛む。
ズキン。
頭が痛んで、どうしようもない。
実は昨日からずっと頭痛がしていた。
家に帰ってから頭痛薬も飲んだ。
それでも頭痛は治まらない。
今日は誕生日だと言うのに、体調を崩してしまった。
嗄が来る頃、どうすれば良いだろうか。
やはり、頭痛を隠して過ごすしかないだろう。
せっかく嗄が祝ってくれるのだから、横になっている場合ではない。
なので翼は学校が終わるとすぐに帰路に着く。
とりあえず、嗄が来るまでの間は横になっていた方が良いだろう。
嗄が来る少し前に起きれば問題はない。
なんとか家に着き、持っていた鍵で玄関の扉を開ける。
しかし、熱が出て来たようで意識が朦朧としている。
流石にこれは危ないと思った瞬間。
突然、目眩が襲って来た。
倒れそうになる身体を支えようとするのだが――
上手く身体が動かせず、玄関に倒れ込んでしまう。
起き上がろうとしても身体に力が入らず、起き上がれない。
どうすれば良いのだろうか。この状況を。
この家には翼以外誰も居ない。
つまり、翼が倒れても誰も助けてはくれない。
唯一の嗄も、六時までは来ない。
「――――」
目尻に涙が浮かんで来る。
どうして、この家には自分しかいないのだろうか。
どうして、一人なのだろうか。
視界が、霞んでいく。
(…………みやぎ、さ……)
そこで、翼の意識は途切れた。
静かに、目を覚ます。
一瞬、自分が何処に居るのかわからなかった。
あれから自分はどうなったのだろうか。
思い出そうとしている所に隣から声が聞こえた。
「翼君、大丈夫?」
隣で心配そうな顔をして嗄が聞いて来る。
そこでようやく、自分の居る場所が自室で、ベットの上に横になっているのだと気付く。
「びっくりしたよぉ。玄関の電気だけが付いてて、呼び鈴押しても出て来ないから、もしかしてって思って玄関の所まで来たら無用心に鍵も掛かってないし、翼君が倒れてるしぃ……」
「……嗄さん…。すみませんでした……」
「謝らなくて良いよぉ。熱が出てたけど、今は大分下がって来てるからもう大丈夫。あ、おかゆ作ったんだ。食べれる?」
「えっと……」
少し視線を泳がせる。
すると、翼の勉強机の上にはラッピングされたプレゼントが置かれていた。
嗄の用意したケーキは恐らく、冷蔵庫の中だろう。
せっかく、誕生日を祝いに来てくれたと言うのに。
「――――」
嗄は静かに翼を見つめる。
それから、優しく言ってくれた。
「誕生日は台無しになってないよ。ケーキは食べられなくても、代わりにバースデーソングを歌ってあげるよ。それから、僕で叶えられる事ならなんでもするよ。誕生日はね、一年の中で一番の我が儘を言って良い日なんだよ」
嗄はそう言ってくれた。
――我が儘を言っても良い日――
ならば、言っても良いのだろうか。
恐らく、翼にとって最大の我が儘を言っても。
「……じゃあ、我が儘を一つ、いいですか…?」
「ん~? 何でも良いよぉ」
「…………嗄さんの誕生日、一緒に居たいです。一緒に、祝いたいです…」
翼がそう言うと、嗄は少しだけ驚いた表情をして見せた。
そして、嬉しそうに微笑む。
「うん、いいよ。今年は翼君を優先するね」
嗄の微笑みを見ただけで胸が高鳴り、凄く安心出来る。
熱が出て来たのか、それとも嗄を見ているせいか。
頭がぼーっとする。
その上に嗄が優しく頭を撫でてくれている。
「……僕もね、翼君ぐらいの頃に風邪を引いた事があってねぇ。翼君と一緒で、家には誰も居なくってね。あれ、物凄い寂しいんだよね」
「……はい」
「僕も小学校の頃、ずっと家で一人だったから翼君の気持ち、わからなくもないよ」
「……はい」
「あ、そういえばね。小さい頃、サンタが来なかった理由を自分で考えてたんだけどね。兄さん達がデビューする前はちゃんと来てくれてたのに、急に来なくなっちゃってね。だからずっとね、自分が良い子じゃないから来ないんだって思ってたんだぁ。それもね、サンタさんの事を小学校四年生くらいまで信じてたんだ」
そう言って、嗄は笑う。
周りの子供達はサンタなんて居ないってずっと前に気付いてたのに、と。
昔話をするように、優しく目を細めて嗄は言う。
そんな嗄の笑顔を見て、翼は小さく本音を零した。
「――俺は、最初からサンタなんて存在しないって思ってた。サンタの正体が両親だって知ってたから。それに、俺の元にサンタは一度も来なかった。だから、サンタなんて見た事がない」
これはきっと、熱が出てるせい。
そのせいでこんな事を言ってしまうのだ。
そう自分に言い訳をしていた。
嗄は翼の言葉を聞き、少しだけ悲しそうな顔をして見せた。
しかし、すぐに優しい微笑みを向けてくれる。
嗄は翼が眠るまでずっと、傍に居てくれた。
だが、夜中に目を覚ました時には既に嗄の姿はなかった。
眠る前までは、傍に居てくれたのに。
嗄が帰ってしまったと思った瞬間に襲って来る寂しさ。
自分でも思う。
自分は寂しがり屋だと。
どうしても、この寂しさには耐えられない。
ベットから起き上がり、勉強机の上に置かれたプレゼントを手に取る。
出来る事ならば、体調の良い時に誕生日を迎えたかった。
それでも嗄はずっと一緒に居てくれた。
恐らく、いつもより長く。
その事に対して少し嬉しくも悲しくも感じられた。
包装紙を破かないように気を付けて開け、少しだけ涙が出そうになった。
嗄からの誕生日プレゼントは、メガネケースと高そうなボールペンだった。
――これを笑顔で受け取れたなら。
嗄の前で開けられたら、どんなに良かった事だろうか。
「……ありがとう、嗄さん……」
そう呟き、翼は心に決めた。
クリスマス。嗄の誕生日は最高のものにするのだと――
十二月二十五日、クリスマスがやって来た。
やはりクリスマスシーズンになるとバイトが忙しいらしく、今年もやはり嗄は家庭教師を休む事になった。
休む前に言われた嗄の言葉を思い出す。
〝クリスマス、いつもの時間には行けないと思う。でも、なるべく早く行けるようにするね〟
去年は来れなかった。
だからこそ、今年は来て欲しい。
翼はテーブルの下に置いてある嗄へのプレゼントに視線を向ける。
このプレゼントが無駄になってしまうのではないかと、先程からずっとそんな心配ばかりだ。
嗄の為に作った、オリジナルのオルゴール。
これをちゃんと、嗄に渡したい。
ケーキも、嗄の為に買って来た。
どんなに翼が頑張っても誕生日感ばかりがあり、クリスマスらしさがない。
それ以前にクリスマスのイメージがあまりわからない。
(やっぱり、料理かな。ご馳走を並べれば良い? 肉料理を?)
今年はケーキしか用意していなかった。
クリスマスらしさにたった今気付くが、すぐにその考えをやめる。
(でも料理って、恋人っぽくないか…?)
恋人。
その言葉が脳裏に過ぎった瞬間に考えてしまった。
嗄と恋人になれた場合の事を。
自分で考えたくせに赤面してしまい、部屋の中を異様に歩き回る。
嗄の事を考えてしまうと駄目だ。
そう思い、本棚から一度読んだ本を手に取って読み始める。
読み始めた頃の時間は六時だった。
いつもならば、嗄の来る時間なのだが今日は違う。
今日は、この時間より遅く来る事になる。
嗄は〝なるべく翼君を優先する〟と言ってくれた。
その言葉を信じている。
しかし、もしも嗄が来なかった場合――
それでも翼は嗄を待つつもりだった。
例え十二月二十六日になろうとも待つつもりだった。
馬鹿みたいに嗄が来る事を信じていた。
だが、時間だけが刻々と進んでいく。
七時が過ぎ、八時が過ぎ……。
気が付いた時にはもう十時を回っていた。
あと二時間程でクリスマスが終わってしまう。
そう思った時、呼び鈴の音が家中に響く。
呼び鈴が聞こえた瞬間、翼はすぐに部屋から飛び出して玄関へと向かった。
そして、すぐに玄関の扉を開け放った。
もちろん扉を開けた先に立っているのは、嗄だ。
「ごめんねぇ、遅くなっちゃってぇ……」
「大丈夫です。嗄さんが来てくれたので。上がってください」
そう言って嗄に家に入るようにと促す。
先に嗄を自室へ向かわせ、その間にケーキを用意して持って行く。
自室に戻り、テーブルの上にケーキを置くと嗄が驚きの声を上げた。
「豪華なケーキだねぇ。ありがとう、翼君」
「いきなりで悪いんですけど、バースデーソングを歌っても良いですか?」
「うん、良いよ」
バースデーソングを嗄の為に歌う。
想いを込めて。
来てくれた事に感謝しながら。
嗄は微笑んでバースデーソングを聴いてくれていた。
バースデーソングを歌い終えると、嗄が優しく言ってくれる。
「翼君、ありがとうね」
それからは嗄と一緒にケーキを食べた。
嗄は嬉々として今日バイト先での出来事を話してくれてるのだが――
翼はプレゼントを渡す機会を探していた。
しばらくして、嗄が口を閉じた時に翼はプレゼントへと手を伸ばした。
嗄が口を開く前に、口を開く。
「あの……これ、嗄さんにプレゼントです」
そう言ってなんとかプレゼントを差し出す事が出来た。
嗄は優しく微笑み、プレゼントを受け取ってくれる。
それから、優しく聞いて来る。
「開けても良い?」
「……はい」
翼の返事を聞くと、嗄はプレゼントをゆっくりと丁寧に開けていく。
嗄の反応が気になって、早くプレゼントを開けて欲しいと思う。
だが、気に入らなかったらどうしようとも不安になる。
心臓がドキドキと煩い。
まるで全身が心臓になってしまったのではないかと思うくらいに高鳴っている。
心臓が耳元にあるんじゃないかと思うくらいに。
「――――」
プレゼントを開いて嗄が驚いた表情を見せた。
必死に考えたプレゼント、喜んでくれるだろうか。
不安に思いながら嗄の顔を見つめていると――
嗄が不意に聞いて来た。
「……これ、聴いても良い?」
「どうぞ」
翼がそう答えると、嗄はゆっくりとオルゴールを開いた。
すると、美しくも綺麗なオルゴールの音色が部屋中に響き渡る。
心安らぐ、オルゴールの音色。
オルゴールが鳴らなくなるまでずっと、嗄は聴いてくれていた。
翼の渡したオルゴールは最後まで聴き終えると自然にオルゴールが閉じる仕組みになっていた。
オルゴールが閉じると、嗄が驚きながら口を開く。
「このメロディー……僕の好きな曲、だよね…?」
「はい。オリジナルオルゴールで、曲は嗄さんの好きな曲にしました」
「――ありがとう、翼君。本当に、ありがとう」
そう言うと嗄は嬉しそうに、今までよりもずっと優しい笑みを浮かべた。
その笑顔を見て、ようやく安心する事が出来た。
――嗚呼、自分はこの笑顔が見たかったのだと――
嗄の笑顔を見てそう思った自分がいた。
「じゃあ、プレゼントのお返しをしなくちゃいけないねぇ」
「え、いいですよ。そんなの……」
「今日はクリスマスだよぉ。翼君にも、ちゃぁんとプレゼントを用意してるんだからぁ」
そう言うと嗄は右手の人差し指を唇の前で立てると。
何故か翼の部屋から出て行ってしまった。
一体、どうしたのだろうか。
もしかして、体調でも悪いのだろうか。
無理をしてでも来てくれたのだろうか。
不安になり、翼がドアの前に立った時。
ドアの向こうから嗄の声が聞こえた。
「ドアを開けちゃダメだよぉ。さっきの場所で目を閉じて、待っててねぇ」
「……はい」
不思議に思いながらも、元居た場所へと戻る。
しばらく黙ってドアの方を見つめていたが――
諦めて目を閉じた。
これはきっと、嗄の用意したサプライズなのだろう。
ならば、それに大人しく従うしかない。
少しの間待っていると、再び嗄の声が聞こえる。
「僕が目を開けて良いって言うまで開けちゃダメだよぉ?」
「はい」
「じゃあ……」
そんな嗄の声と共に、ドアの開く音が耳に届いた。
一体、何をくれるのだろうか。
期待に胸を膨らませる。
先程までのドキドキとは少し違うドキドキが翼を襲う。
早く嗄が目を開けるように言わないか待っていると。
「もう目を開けても良いよ」
嗄の声が聞こえた。
言う通りに目を開くとそこには、驚きの光景が広がっていた。
目の前には赤、青、黄色、白、ピンクや緑などの色取り取りの花弁をした薔薇の花が。
そして、それを手にしている嗄の姿はサンタクロースの格好だったのだ。
髭こそは付けていなかったが。
それでも十分驚ける光景だった。
恐らく、先程部屋から出た時に着替えたのだろう。
花に関しては、鞄の中にでも入れてあったのだろう。
嗄は驚いている翼の顔を見て微笑み、言ってくれた。
「メリークリスマス! 翼君。良い子にしてた翼君にクリスマスプレゼントだよぉ」
「嗄さん……」
「誕生日の時、サンタさんが一度も来なかったって言ってたから僕からのサプライズプレゼント。このお花はね、良いものがあったからあげようと思って……。あ、この服はねぇバイト先でクリスマス期間限定の制服なんだぁ」
「……ありがとう、ございます…」
「このお花ね、レインボーローズって言ってね。特別な方法で作ってる花で、数が凄く少ないんだよぉ。それに、綺麗でしょう?」
「はい……。でも、本当に良いんですか? こんなに良いものを…」
「翼君にどうしてもあげたかったんだぁ。このレインボーローズの花言葉はねぇ……。〝無限の可能性〟なんだ」
「無限の……可能、性……」
「翼君はね、これから先どんな事も出来るし何にでもなれるんだよ。医者になるだけの未来じゃない。翼君の未来は無限大なんだ。だから、頑張って。諦めなきゃ、何にでもなれるんだよ。翼君の中には〝無限の可能性〟が眠っているんだよ」
優しく、嗄は言ってくれる。
嗄の言葉を聞き、レインボーローズを見つめる。
〝無限の可能性〟
きっと、嗄は必死に考えてこれを渡してくれているのだろう。
翼が医者になるしかない運命を知っていて、プレゼントしてくれたのだろう。
翼の為に。
そう思うと、涙が溢れそうになった。
とても優しくしてくれる嗄が大好きだ。
自分の事を大切に思ってくれる嗄が大好きだ。
翼は嬉しさから震える手で嗄からレインボーローズを受け取る。
〝無限の可能性〟を信じて。
未来の自分は医者ではなく、小説家になっていると信じて。
自分は医者になる為の存在ではないと、自分に強く言い聞かせた。
将来、翼は小説家になっていると。
――小学校五年生のクリスマス。
翼は大切な人から、〝無限の可能性〟を貰った。
それは何よりも大切なもの。
形であり、形ないもの。
そして、産まれて初めてサンタから貰ったクリスマスプレゼントでもあった――
~To be continued~




