04 刺客と不穏と無力さと (1)
焔が絶叫と共に気絶していた時間は十数分程度。しかし、学生の朝は一分一秒の遅れが手痛い状況に陥ってしまう。要するに、焔が朝食の準備をすることが出来なかったのだ。なので、この日の朝食は焔に代わって響が用意してくれたのだが……
「………………」
眼を覚ましてからずっと焔は沈黙を守っていた、何も喋らず黙々と用意された食事を食べ進める姿は通夜その物である。
「母さんのご飯久しぶりだけど、やっぱり美味しいよ」
「でしょー、こう見えてもお母さん歴は長いんだからねー」
「ホントに美味しいですよ、響さん!」
「……美味しい」
四人は弾むような会話を続けながらも全員が焔の様子を伺っていた、見る限り焔が会話に加わる様子は見受けられない。
「………………」
無言で朝食を食べ終えた焔は食器をてきぱきと片付け、鞄を手にする。朝食の準備が出来なかったとは言え、学園に登校するだけならまだ時間的に余裕はあるのだが……今の焔にしてみれば少しでも早く家を出る事にこした事はない。
「もう行くのー? 少し早いんじゃないかしらー
」
だが、響はそんな我が子の心中を察していながら、にやけ顔で焔を引き留める。
「そ、そんな事ないって」
「何か用事でもあるの、焔?」
「特にない、けど」
「もう少しゆっくりすればいいじゃない、焔君」
「……それは、ちょっと」
焔は俯いたまま視線を上げようとはしない、朝からこの状態が続いているため庚達もどう接したらいいのか困惑する。その中でレイリアが焔の前に静かに立ち――
「……ごめんなさい」
謝りながら小さく頭を下げた。
「私と一緒に寝るの、嫌だったのに……勝手にベッドに」
「いや、そうじゃなくて!」
焔はレイリアの謝罪に驚き急いで顔を上げる。
これ以上は黙ってやり過ごすことはできなさそうだった、何よりレイリアが自分に謝ることはない。
「嫌だったとかじゃなくて、その……」
「うん……」
焔はレイリアと眼があった瞬間、ついさっきの出来事を思い出し一気に体温が上がっていくのを感じた。
「と、とにかく! レイリアが悪い訳じゃ無いって、だから気にしないでくれ!」
焔は赤くなった顔を見せまいと逃げるようにリビングを飛び出す。玄関でも凄い音がしたがそれは気にしない方が優しさだろう。
「……焔、怒ってる」
「違うわよレイリアちゃん、アレは怒ってるんじゃなくて照れてるのよー」
焔の反応を見て安心したようにお茶を啜る響。
「……どうして?」
「そ・れ・は、レイリアちゃんのスタイル抜群で艶めかしい綺麗なはだ――もがっ!」
庚とミルディは響が焔の照れている原因の確信部分を言いきる前に口を塞ぐ。恋人関係、ましてや結婚する間柄である庚達でも触れにくい話題だ。
庚は戸惑い気味に笑顔を浮かべてはいたが、喜んでいるような声で首を傾げているレイリアに話しかける。
「焔は怒ってないですから大丈夫ですよ、むしろ……」
「……むしろ?」
「レイリアのこと気になってしょうがないんじゃないかな」
朝の光景を見たとき一時はどうなることかと思ったがどうやら何事もなく……はないだろうが、この騒ぎは終わるはず。庚とミルディは互いに苦笑を向けあった。
「んー、んーっ!?」
「あっと、ごめん母さん」
「すっかり忘れてました」
口を塞がれて呻くように抗議する響の声に、庚とミルディは手を離す。
「ぷっは……もう二人とも、朝からお母さんの扱いが酷いんじゃないかしらー」
「ちょっと手荒なことをしたのは謝るよ。でも、焔が照れてる理由を言っちゃうのは可哀想だよ」
「そうですよ、あたし達でも聞けば恥ずかしくなっちゃうくらいですから」
「はいはい、お母さんが悪かったわー。もうこの話はしないから。と言うか、庚ちゃんも準備した方が良いわよー」
「うん、そうするよ」
「あたしは食器とか片付けますね」
焔の残り少ない尊厳を何とか護ることが出来た庚は登校の準備をすべく部屋に戻り、ミルディは食後の後片付けのためにキッチンへ。
(まだまだ甘いわねー、お二人さん♪)
その場に残ったのは響とレイリアだけ、この拙稿の機会を彼女が逃がす訳も無い。
響は熱烈な添い寝の件を、こっそりと追求する。
「レイリアちゃん、聞きたい事があるんだけど良いかしらー」
「……何?」
「何で焔ちゃんをベッドに連れ込んだの?」
「焔がくしゃみをしてた、寒いのかと思って……」
レイリアは昨晩のことを思い出す。
明かりを消して眠った後、真夜中に眼が覚めた。喉が渇いたので下におりて水を飲んで部屋に戻り、もう一度眠ろうとした時、焔が何度もくしゃみをしていたのが眼に入ったのだ。しばらく続いたため寒いのだろうと思って……。
「じゃあ、なんでレイリアちゃん裸だったの?」
「暑くてなって寝苦しかった……から」
「それじゃ今度はレイリアちゃんが寒いじゃない?」
一つのベッドに二人で寝れば暑くなるのはごく普通の事だ。だが、だからといって着ているものを全て脱いでしまえば寒くなるのも当然である。
響の尤もな指摘をされても、レイリアは首を横に振った。
「焔、暖かかったから大丈夫」
「ぷっ――!」
響はレイリアの答えに笑いを堪えた。
レイリアの裸を見てしまい抱きつかれた事が恥ずかしくてしょうがない焔の様子だけでもおもしろかったのだが、寝ている間ずっと彼女の抱き枕になっていたと知ったら今度はどうなるのか……。
想像しただけでもお腹がよじれる思いに響は笑い涙を流す。
「ふふっ! 本当に焔ちゃんは幸せ者ねー」
「……?」
レイリアは響が涙を浮かべて笑っている理由がわからず眼を瞬きさせた。いつもよりも早く学園に向かった焔は、また気絶確定の事実が判明したとは思ってもいないだろう。