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少年少女の結婚過程《ハイラート》  作者: 三月弥生
紅蓮の炎に誓いを込めて
5/25

   確かに事実は小説よりも奇なり (2)


「改めて自己紹介するね、あたしはミルディ・フォーレスト。狼の獣人と人間の血を引く亜人でレイリアとは小さい頃からの友達なの、よろしくね!」


「神月焔、です……よろしく」


 レイリアとは違い明るく社交的なミルディと名乗り合う焔。しかし、心なしか涙目である。

 三階の自室で醜態を見せてしまった事を気にしているのだろう、買い置きとはいえ庚が用意してくれた美味しそうなお菓子と湯気が上がる入れたての紅茶を見ても焔の表情は硬い。


「そんなに緊張しないで、ここは君と庚君の家でしょ?」


「あはは、緊張なんてして無くも無い……かな?」


 焔は強ばった声でミルディに返事を返す。

 学園から商店街までの道のりに続き、レイリアとミルディ……二人の美少女が家にいるという今までにない状況だ。着替えているところを見られたことも含め、幾ら我が家とは言え緊張してしまうのは仕方が無い。


(ああ……今日からレイリアとミルディさんが家でしばらく暮らすんだよな。母さんも母さんだ、ホームステイに来るのが女の子だって何で言ってくれなかったんだ! 言ってくれれば少しは心の準備が出来たのに)


 そうでなくても歓迎の準備が出来ていない事に焔の焦りは一層強まる。

 今ここに母である響が居てくれれば女同士、話に華を咲かせていたはずだ。そうなれば自分は食事の準備に取り掛かる事が出来るのにと、ついリビングのドアを見てしまう焔。


(――まだか? まだなのか! まだ帰ってこないのか、母さん!!)


 普段は自分をからかって遊んでいる母親にため息を溢したくなる。だが、こんな時ばかりは早く帰ってきて欲しいと願わずにはいられない。


「……焔」


「ど、どうしたレイリア? お菓子もっと食べたいのか? 紅茶おかわりするのか? あ、ジュースの方が良かったか!?」


「落ち着きなよ、焔」


「お、落ち着いてるって!」


 焔は庚が準備していたくれた紅茶を飲もうと手に取る。落ち着いていると言っていた焔だったが、寒くもないのに紅茶の入ったカップを持つ手は震え、カップから紅茶が溢れ受け皿に溜まっていく様は彼が落ち着いてなどいない事を示していた。


「……寒いの?」


「寒くないぞ! 普通に緊張してるだけだ!!」


 しかも、自分から本音を暴露してしまう始末……焔はその事にも気づいていない。

 庚とミルディはそんな焔の姿に苦笑するしかなかった。

 その後、焔達はリビングでテレビを見ながらお菓子を食べ四人で気兼ねなく話をしていた。と言っても、実際に話をしているのは庚とミルディだけでレイリアは囁くような小さい声で相づちをするだけ。

 焔に関しては心休まる我が家だというのにレイリアとミルディを前にして緊張に緊張を重ね、まったく喋れずにいた。異性が気になる年頃としては普通の反応なのだが、焔の場合レイリアとの出会いがあまりにも衝撃的すぎたらしい。


「………………」


 無言で焔を見ているレイリアを見て言っても上手くも何ともないが、焔は他の家から借りてきた猫のように大人しくなっていた。

 そんな二人に気を遣って庚とミルディは何度か話を振るが、全くと言っていいほど会話が弾まない。もうしばらくこの状態が続けば、庚達も話す事が無くなってしまい黙り込み暗い雰囲気に四苦八苦する状況に追い詰められてしまう。



「――たっだいまー♪ みんな揃ってるかしらー?」



 リビングで沈黙へのカウントダウンが始まってしまいそうになった時、ギリギリのタイミングで救世主の如く響が帰ってくる。


(よし! これでこの気まずい雰囲気から抜け出せる。急いでご飯の準備しないとな!)


 焔はレイリア達に見えないよう小さくガッツポーズをする。


(良かった、もう少しで僕達も黙り込むところだったよ)


(こんなに気を遣ったの、あたし初めてかも)


 庚とミルディも両肩にのし掛かっていた見えない重荷を下ろす。

 兎にも角にも、響が帰ってきてくれた事で話の輪から向け出した焔は響と入れ替わるように夕食の準備に取り掛かった。


「ごめんねー、焔ちゃんてば女の子に慣れてなくてー」


 逃げるようにキッチンへ駆け込んだ焔の後ろ姿に困ったような表情を浮かべる響。

 我が子の健全さを母として嬉しく思うべきか不安に思うべきか……そんな顔だった。


「気にしてませんから。それに庚君から大体の事は聞いてましたし」


「そう言ってくれると助かるわー。でも、二人とも綺麗になったわね。ビックリしちゃったわー!」


「ありがとうございます。でも、響さんも変わらず美人さんですよ」


「あら! ありがとー、ミルディちゃん」


「お世辞でも嬉しそうだね、母さん」


「何よー、良いじゃない喜んだって。女は幾つになっても女なのよ。ねー、二人とも」


 わざとらしく眼を潤ませレイリアとミルディに同意を求める響。


「……うん」


「そうですよね!」


「これは分が悪いね、あはは」


 夕食の準備をしている焔を除いた四人はまるで本当の家族のように話に花を咲かせる。やはり経験豊富な年長者が入るだけで、がらりと雰囲気が変わる。さっきまでの互いに相手の様子を伺いながら話を繋いでいた時とは違い自然とテンポの良い会話が続く、今なら焔を呼んで話をしても何とかなるだろう。


「……ところで、焔ちゃんの様子はどうなの?」


 そんな和やかな雰囲気の中で響は急に声を小さくして呟く。その声には先ほどまで感じられていた明るさはなく、むしろ重い空気を感じる。


「やっぱり、あの日の事は憶えてないみたいだよ」


 庚はキッチンにいる焔を一瞥して頬をかいた、こちらも響きと同じくその表情には落胆の色が浮かんでいる。


「レイリアさんと会っても思い出さなかったくらいだからね」


「そう……困ったわねー」


 響は出されていた紅茶を口にするも、お茶はすでに冷めており響の顔が更に渋いものになった。


「……私は憶えてる」


「そうだね、レイリアさんはちゃんと焔や僕達のことも憶えてるし……でも、焔は憶えてない。しかも憶えてないのは十年前のあの日だけじゃない、レイリアさんの記憶と〈彼〉に関する記憶も残ってない」


「やっぱり〈彼〉が……」


「そうだと思う」


「なんとか話す事ってできないの?」


「焔があの様子じゃ無理じゃないかな」


 庚はミルディの言葉に同意したかったが、焔のレイリアに対するぎこちない対応を見てしまってはそれはできなかった。


「そうなるとあの話は少し時間がかかりそうねー」


 響は腕を組み眉間にシワをよせる。


「そうですね、まあ……あたしは時間が掛かったとしても全然大丈夫ですけど」


 響の心配をよそにミルディは頬を朱く染めながら庚に寄り添う。その動きはあくまで自然で、ぎこちなさもなかった。庚も焔と違って恥ずかしがる事もなくミルディを優しく抱き寄せる。


「僕も種族間交流の事がなくても決めてましたよ」


「ありがとう、庚君」


「ミルディさん」


 二人はお互い顔を朱く染めながらも視線を重ね離れようとはしなかった。


「あー、お熱いことで!」


「……うん」


 庚とミルディの熱々甘々な様子に響は両手で自分の顔を扇ぎ、レイリアも静かに同意する。そして、キッチンから様子を窺っていた焔は四人に声をかけるべきか迷っていた。


(……こ、声かけにくいな)


 何を話していたのかまでは分からなかったが、まさか庚達があんな行動を取るとは思ってもいなかった。

 しかし、あの二人の様子を見る限り初対面ではない事は分かる。それに、庚達だけではなくレイリアと響の態度にも妙な違和感を感じる……何がと言われても分からないが。


(何か引っかかるけど……今はそれどころじゃないな)


 雰囲気的に話しかけづらい状況に立たされる焔。だが、タイミング良く庚とミルディが離れたのを見てすかさず声をかける。


「ごめん、待たせた」


「あら、焔ちゃん。ご飯できたのー?」


「ああ。あとは並べるだけだから、こっちに来て座ってくれ」


 焔は響達に席へ座るよう促し冷蔵庫を開ける。


「今日は鍋だっけ? それにしては準備が早かったね」


「えっと、鍋は中止。ちょっと事情があって、今日は手巻き寿司に変更したんだ」


 事情も何も商店街で買い物をしていた時、レイリアが魚が好きだという事が分かったので自分なりに親睦を深めようと思っただけだ。

 女の子は苦手だが嫌いではない、それに二人は種族間交流が目的のホームステイで家に来てくれたのだ。しばらく一緒に住む事を考えても、ここは少しでも友好的かつ快適に暮らして貰えるようにしよう。

 レイリア達が家に居る間に、人間に良い印象を持ってもらえれば母の面子は護られるはずだ。


(それに、新しい友達ができるかもしれないしな)


 最後に自分の個人的な希望が入ってしまっている事に気づき苦笑してしまう焔。


「ちょっとした事情って?」


「大した事じゃないよ、だから気にしないでくれ兄ちゃん」


 苦笑いを誤魔化しながら焔は冷蔵庫から寿司の種である刺身と小皿に分けておいた春菊のお浸しを取り出し、里芋の含め煮をそれぞれの皿に装う。最後に電気ポットからお湯を急須に入れ全員にお茶を配る、もちろん温度は茶葉の香りと味が楽しめる八十度。


「焔ちゃんのお鍋楽しみにしてたのにー」


「ごめんごめん、だけど手巻き寿司でも食べるだろ?」


「食べるわー!」


「これ、全部焔君が作ったの?」


 ミルディはテーブルの上に並べられた料理の品々に驚かされた、時間的には一時間ちょっと。魚屋で買ってきた大量の生魚達を一から捌き刺身にするにはそれなりに手間がかかるはずだが、刺身だけでなく他にも用意された料理も手を抜いた様子は全く感じられなかった。


「普段の食事は俺が用意してるから、これくらいは」


「そうなんだ。えらいね、焔君」


「毎日やってればすぐできるよ」


 ミルディの褒め言葉に照れつつ、焔もエプロンを外して椅子に座る。


「それじゃー、みんなで」


 焔が席に座ったのを見計らって響は両手を合わ、焔達もそれに続く。


「「「「「いただきます」」」」」


 ご飯の前の挨拶もすませ各自が海苔の上で酢飯をほぐし、それぞれが好きな寿司ネタを乗せ巻いていく。仕上げにわさび醤油をつければ完成。


「今日もご飯が美味しいわー、手巻き寿司なんていつ以来かしらー?」


「焔が中等部に入学した時じゃないかな」


「そうだったー?」


「多分ね」


 会話もそこそこに手巻き寿司をパクついていく響、その姿はとても高校生二人の母親とは思えない姿である。庚は手巻き寿司の他にも出されたおかずを食べ、ミルディも意外と慣れた手つきで巻いていく。


「これ美味しいよ、焔君! 後で作り方教えてよ」


「良いよ、って言っても魚とか捌くだけだけど」


 焔も手巻き寿司を口いっぱいに頬張る、寿司につけたワサビ醤油の辛みと香りが程よく感じられる。手巻き寿司は酢飯を失敗しなければ誰でも上手に作れる簡単な料理。今日もうまくできていたことにほっとする……のだが。


「………………」


 そんな中、レイリアは一言も喋らず食事をしていた。その上、視線は焔の方に向いている。


「……えっと、うまいか? レイリア」


「……うん」


 レイリアもミルディと同じよう上手く巻いた手巻き寿司を少しずつ食べていた、食べるペースこそ遅いが焔の用意した料理を黙々と口に運ぶ。


「そっか、口に合ったなら良いんだけど」


「………………」


(何で見られてるんだ?)


 やはりレイリアの視線がずっと自分に向けられているのが気になる。特に何かした覚えはないがもしかしたらやってはいけない事をしてしまったのかもしれない。

 焔はずっと見られているという状態に居心地の悪さを拭うべく、レイリアに話しかけた。


「レイリア、俺の顔に何かついてるのか?」


「……動かないで」


 焔と向き合うように座っていたレイリアは左手で右腕の袖を押さえテーブルの上に身を乗り出す、そこから右手を伸ばし焔の口元を優しく触る。


「なっ!」


「……お米、ついてた」


「あ、ありがとう」


 口元に米粒がついていることに気づけなかった事と、レイリアに触られてしまった恥ずかしさで赤面する焔。


(言ってくれれば自分で取ったのに……)


 焔は自分の注意力の無さにため息をもらしながらレイリアにティッシュを一枚差し出す。


「いらない」


「へ?」


 しかし、レイリアは焔が差し出したティッシュを受け取ること無く、そのまま右手の細くしなやかな人差し指についている米粒を小さな口に運び――食べた。


(た、たべ……っ!)


「………………」


 口にするのは気恥ずかしい事をされてしまった焔は酸欠した金魚のように、声も出せず口をパクパクと動かす焔。反対に、レイリアは何事も無かったように食事を再開している。

 そんな様子の焔に響はイタズラ心全開のにやけ顔を浮かべた。


「もう! 焔ちゃんも仲良しさんなんだから、お母さん嬉しいわー!」


「母さん!」


 響の言葉に動揺し勢いよく立ち上がる焔。


「別に変な事は言ってないと思うよ、仲が良いのは良い事だと思うけど」


「そうだよ、そんなに照れなくても」


 庚とミルディも何を当たり前のことで驚いているんだ、と立ち上がった焔を不思議そうに見ていた。


「いやいやいやいや!? こういう事は恋人がされる事であって俺がされるこ事じゃないから!」


「嫌だったの、焔?」


「い、嫌とは言ってないだろ」


 焔は庚達に反論するもすぐに丸め込まれる。

 繰り返すような事になるが一般男子としては嬉しいことでも、焔の場合は嬉しいと言うより恥ずかしさが先走ってしまい何とも言えない心境になってしまうのだ。


「でも、焔ちゃんはレイリアちゃんと結婚するんだから間違った事は言ってないわよー」


「…………はい?」


 深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとしていた焔は響の言葉に耳を疑った。しかし、それが聞き間違いではないというように、響はため息混じりにさっき言った事をもう一度繰り返す。


「だから、レイリアちゃんと結婚だってばー」


「…………血痕?」


「そういうボケはいらないわよー」


 響は見ていて眩しくなるような笑顔で焔の疑問を切り捨て、レイリアは困惑している焔に止めの言葉をかける。


「……約束した、結婚しようって……」


 その言葉に何も言えず焔は立ちつくし、何事もなかったように食事を続けるレイリア達を見ていることしかできなかった。





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