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少年少女の結婚過程《ハイラート》  作者: 三月弥生
消えても変わらぬ証明を
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02-02  寄り添う資格(1)


 ――どうしてこうなった、とは言わない。

 今更疑問を感じたところで意味は無い。

 だって、こうなる事は最初から決まっていたからだ。

 彼女と出会って過ごした間、幾らでも気がつくことが出来たのに、それが出来なかった自分が間抜けだったというだけ。

 ……だが、それでも一つだけ言わせてくれるなら本当に一つだけ。心の底から一言言わせて欲しい。どうして、どうして……


「一緒に学校行こうって言ってくれなかったんだ……レイリアっ!」


 苛立ちでは無い、大声でも無い。

 しかし、その声は漸くと言って良いほどに弱々しい声音で絞り出された少年の――焔の心からの切実な叫びだった。

 時刻は午後十二時三十分。

 午前中最後の授業が終わり、全校生徒にとって貴重な昼休みの真っ直中。仲の良い友人達との昼食を取ろうと教室に残ったり、手入れの行き届いた中庭で話に花を咲かせたり、静かに微睡む事が出来る図書室に居座ったり。

 各々が自由な時間を過ごす中、学園内でも特に生徒達に人気のある屋上に焔はいた。

 勿論そこには数少ない友人である武と志保、そして焔が切実な声を送ったレイリアの姿もある。

 しかし、向かい合って座る四人の間に漂う空気は重くも無かったが軽くも無い。


「今の普通は惚気にしか聞こえないってのに……凄え苦々しいな」


「そりゃそうでしょうね、焔君は間違いなくクラスの男子達から目の敵にされてるんだもの」


「目の敵ですむなら、まだマシだよ……はあ~」


 焔は購買で買った昼食に手を付けず溜め息を溢す。


(別にレイリアが学校に来るのはおかしな事じゃ無い。けど、あの自己紹介は……やっぱりまずいよなあ)


 レイリアとミルディは人間族と獣人、亜人族に置ける種族間の関係をより良くするために神月家へとやってきた。レイリアと同じようにミルディも庚のクラスへの編入手続きを完了している。

 全種族の交流を是としている光稜学園にレイリア達が生徒として通うことに何ら問題は無い。しかし、焔が胸に抱く不安も簡単に割り切れる物では無い事も確かだった。


 (俺とレイリアの結婚の話は〈種族間交流促進機関(イリス)〉の人達でも知ってる人が少ないって母さんが言ってたし、兄ちゃんとミルディさんの事もまだ正式に公表してない。それをあんなさらっと言って大丈夫なのか?)


 実際、あの後レイリアは休み時間の度にクラスメイト達に質問攻めにあいそうになっていた。尤も、レイリアもレイリアで休み時間と同時に自分の所へ来るので自然と彼等の足も遠ざかり、こうしてゆっくりと昼休みを過ごすことが出来ている。

 《契約術》を使えなかった自分に対して、褒められた態度をとて来なかったことで近づきにくいのだろう。少し自虐的になってしまうが、そのお陰で変なやっかみももめ事も起きづらくなっているのだから助かった事に変わりは無い。


「んで、響さんは何て言ってるんだ? 何回か電話掛けてただろ」


「大丈夫みたいな事は言ってた……と思う」


 朝礼の後と三時限目の後の休み時間に、響に携帯に電話をいれた焔。

 どちらも電話に出てくれたのだが、話そうとすると受話口の向こうから聞こえてくるのはくぐもった響の声。〈種族間交流促進機関(イリス)〉いるのは間違いないようだが、どうやらレイリアの朝食によるダメージが尾を引いているようだった。何か喋ろうとすると吐き気をもよおすようだ、嫌でも仕事に使用がきたしているのが分かってしまう。

 そんな響に相談するのは追い打ちを掛けているようで、罪悪感を覚える焔。しかし、そこは助けを求められた母の意地が上回ったのか、


『――だいじょ……話は、通し……ある……からぁ…………うぷっ…………』


 声をくぐもらせ言葉に詰まりながらも助け船を出し来たったのだ。


「ちょっと忙しそうであんまり話せなかったけど、母さんは母さんで色々してくれてるのは分かったから少しほっとしたかな」


「そっか。なら安心してクラスの奴等にレイリアちゃんとイチャイチャしてるとこ見せつけてやれ!」


「武の言う通りね。焔君、周りが何を言っても無視よ無視。貴方は戦わずして勝者となったの、むしろ今まで馬鹿にされていたんだから逆に独り身ご愁傷様と嘲笑ったって許されるわ!」


「許されないから! 武も志保も励ますならもっと穏便な事を言ってくれる!? 目の敵どころか身の危険しか感じないんだけど!?」


「確かに少し言いすぎたかも知れないな。でもよ、その心配はするだけ無駄だと思うぜ? レイリアちゃんを見てみろ」


「………………?」


 話の矛先が自分に向いた事に気づくレイリアだったが、焔のように落ち込んだり慌てふためく様子もなく小首を傾げるだけだった。


「ご覧の通り、レイリアちゃんは平常運転だ。焔もレイリアちゃんを見習って堂々としてろって」


「普段通りにしてた方が周りも突っかかってこないわよ、変に意識しすぎるから酷い被害妄想に陥るの」


「そ、そう言われても……」


 その普段通りが色々と拙いのだ。二人も昨日の事でそれを理解してくれたと思ったのだが、やはりレイリアの大胆なスキンシップは家だけの事と思っているのかも知れない。


(……いや、家と違って大勢人が居る学校なら大丈夫かも)



 学園で出会った時、公衆の面前で熱い要用を交わした前科は一旦置いておくとしても、自己紹介から今に至るまで腕を組むどころか手を握ってくることも無かった。

 もしかしなくてもクラスメイト達が自分達にこっそりと眼を向けていることを知って、節度を守ってくれているのかも知れない。なら、自分が思っているよりもレイリアのスキンシップに焦ったり恥ずかしい思いをしなくてすむのでは無いだろうか。


(二人きりの時間が少なくなるって、レイリアも言ってたじゃないか。つまり腕を抱きしめてきたり身体をくっつけたりするのは家の中だけでって事だよな? うん! きっとそうだ!!)


 普通に考えても校内で人目も憚らずピンク色の雰囲気を出すなんてもってのほかだ。

 大抵は授業が終わった放課後、生徒である事に変わりは無いが学園内から出てしまえば教師と言えど恋人同士の時間をどうこう言う事はできない。遠慮無く注意できるとすれば互いの友人か親だけ。

 レイリアが恥ずかしげも隠す気もゼロで自分達の関係を暴露してしまったのだから周りから向けられる視線はどうしようも無いが、家でのレイリアとのスキンシップの嵐は気を張って耐えれば良いのだ。

 《契約術》が使えるようになった事、親公認のレイリアとの交際……何もかも今まで通り静かな学園生活とまでは言わないが、自分が思うよりも平和な学園生活になると思って良いのでは無いだろうか。

絶対にそうだと言い切れないが少なからず平穏無事に過ごすことが出来る、その可能性が確かに存在するという事実に肩の荷が下りたのか、焔の表情に明るさが戻り始める。


「そうだ、俺は何も疚しい事はしてないんだ。それにレイリアと一緒にいるのだって別に変な事じゃ無い、むしろ自然なことなんだから何も問題無い。……うん、何も問題無い!」


「ふいぃー……漸く立ち直ったようで何より。だけどよ、独り身への気遣いが足りてないぞ。俺と志保じゃなかったら絶交ものだぜ」


「しれっと私を巻き込まないで、恋人がいないのは事実だけど武より可能性はあると断言できるもの」

「そうやって俺を自然に罵倒するの止めろ! するならせめて反論の余地をくれっ!!」


「た、武……それじゃ結局何もかわってなくないか?」


「少なくとも反論は出来る、聞いて貰えるかは別としてもなっ!!」


「そ、そうか」


 自分を励ましてくれる武の事は常日頃から頼もしく思っているのだが、何故こうも墓穴を掘るような事を言って最後の最後で台無しにしてしまうのだろう。

 焔は武の格好が決まり切らない励ましに苦笑を浮かべるも、何とか気持ちを立て直し今度は武に助け船を出すべく話を逸らす。


「と、取りあえず昼ご飯を食べよう。俺が言えた義理じゃ無いけど、ちゃんと食べとかないと午後保たないぞ」


「そうすっか、午後はまるまる《契約術》の授業だしな。……ふっふっふ! 今日は昨日お見舞いできなかった一撃を叩き込んじゃる! まだ《契約術》に慣れてないからって手は抜かぬ! 覚悟しとけよ、焔!!」


「手を抜かないのは別に良いけど、思い出させないでくれ……今思い出しても恥ずかしいんだからな」


 美少女に抱きしめられ、更には豊満な胸に顔を埋めて眠る。男なら憧れないわけが無いシチュエーションが焔の脳裏で鮮明に蘇り頬が朱みを帯びる。

 しかし、その事を根に持っていると言うわけでは無いのだろう。言葉は恨みがましいもの武の見せる表情に陰湿さはない。どちらかと言えば焔からかって楽しんでいるようだ。

 自分の不用意な発言で志保に容赦無い制裁を喰らっても数秒後には忽ち回復してしまう身体と同じように、精神的にも嫉妬や妬みなどの感情もさらっと流せる性格は武の長所の一つ。こうして気さくにじゃれ合える関係は貴重だと、感謝しつつも朱くなった顔を扇ぎながら焔は食事を取ろうと自分の昼食へと手を伸ばす焔。


「あれ? 俺の分が無い?」


 本日の焔の昼食メニューは購買で買った食べ応え充分な肉厚のカツサンドに、一日分の野菜が取れると評判の野菜ジュースである。小柄とは言え、育ち盛りな高校生の昼食としてはかなり少ない量だ。

 少ないからこそ袋が破れて墜ちたとしてもすぐに気付ける。しかし、よく見ても袋の中には何も入っていない。

 いったい何処にと焔が顔を上げた時、


「…………はい」


 レイリアの小さな声と共に行方知れずだったカツサンドが焔の口元にそっと近づけられた。


「レイリアが封を切ってくれてたのか、ありがとう」


 そんなに長い時間、話をしていたつもりは無かったがレイリアが最初に食べ終わっていたようだ。野菜ジュースも飲み口が空いており、焔はちょっとした一手間を省いてくれたレイリアに礼を言いながら差し出されたカツサンドをを受け取ろうと右手を伸ばす。

 が、掴もうとした瞬間にレイリアが手を引っ込める。


「レ、レイリア?」


「…………はい」


「う、うん?」


 何故引っ込められたのか戸惑いつつも、焔はもう一度差し出されたカツサンドを――


「………………」


 取ろうとして、今度は右手をレイリアの左手で自分の膝の上まで下ろされる。


「あの、レイリア……さん?」


「あーん」


「えっ!?」


「ふーん……へえー……ほおー……」


「添い寝してた時もだけど……迷いが無いわね」


 何の躊躇いも恥じらいも無く自分の手から食べさせようとするレイリアの姿に、焔は眼を見開き、武は胸中で砂糖を吐き散らし、志保は驚嘆と尊敬の念を露わにした。


「あーん……だよ」


「いや、その……ですね……」


 レイリアに悪意が無いのは分かっている。しかし、響達の前でもされた事が無い事を武達の前でされるとは……。


(ゆ、油断した! いや、そう言う事じゃ無いのは分かってるけど油断した!!)


 学園では積極的な行動は取らないだろうと思い込んだのが最後。

 レイリアの積極性……と言うより無くなってしまった焔との思い出を日々取り戻し増やしていこうというレイリアの年相応な恋心の純粋さを忘れていたのだ。そんな彼女の好意を嬉しく思いながらも、焔は自分の口元に差し出された甘い試練を前にどうすべきか葛藤に駆られた。


(ど、どうする? やっぱり食べさせてもらうしか無いのか?)


 この考え自体、近くで事の成り行きを見守っている武を始め世のモテナ――良縁に縁が無い紳士達を敵に回しているのだが当事者である焔はそれどころではない。


(初めての『あーん』……レイリアからの『あーん』……武と志保がガン見してるのに『あーん』……駄目だ! 『あーん』を断る理由が一文字も湧いてこない!!)


「……食べないの?」


「た、食べる! 食べるよ!! ……食べるけど、ちょっと待って。少し心の準備をさせてください、お願いします!」


 ただ差し出されたモノを食べるだけなのに何て緊張感なんだろうか。

 これならまだ朝、レイリアが作ってくれた朝ご飯をもう一度食べる方が楽な気がする。それはそれで胃に無視できないダメージを覚悟しなくてはならないが、人前で恋人らしいことをする恥ずかしさに比べれば耐えられる自信がある。

 家では小さい頃に両親がしている所を見た事がある、最近は同じ境遇にある兄の庚が婚約者であるミルディと互いにしている所を見た。そして今度は自分の番……実際に自分がその立場になると、見るとされるのとでは恥ずかしさが天と地ほどの差があると痛感させられた。


 …………じいぃぃぃぃぃぃっ…………


(そんなに見られたら余計恥ずかしいって………………ええい、ままよ!)


 食い入るように自分に眼を向ける三人の視線に、顔の赤みを強くしている焔。

 しかし、焔がどれだけ顔を赤くしようとレイリアは変わらず『あーん』臨戦態勢である。今日の朝食と同様に焔に残されている選択肢は食べる一択、黙って『あーん』をされるほかない。

 その揺るがない事実と遺憾なく存在感を示すカツサンドの食べろという圧力に覚悟を決め、焔は意を決して口を開きレイリアが差し出しているカツサンドにかぶり付いた――


 



「レイリア様! レイリア様はいらっしゃいますかっ!!」

「んぐっ?」





 その瞬間、何処か焦ったような声と共に勢いよく屋上の扉が開く。


「…………あー…………」


「う~ん、こういうのも女難って言うのか?」


「分からないけど、絶妙すぎるタイミングね」


 人生初の恋人からの『あーん』の気恥ずかしさを漸く乗り越えた焔だったが、


「………………」

「よく噛んで……」


 誰がどう見ても仲睦まじい自分達の姿を見られた事を理解しきるまで、焔は眼を点にして機械的に差し出されたカツサンドを黙々と食べ進めるのだった。






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