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少年少女の結婚過程《ハイラート》  作者: 三月弥生
紅蓮の炎に誓いを込めて
16/25

   焔と騎士の誓い (2)



 庚は焔達の魔力を自分の物としたアスクに鋭い視線を向け、ながらミルディ達を巻き込まないよう声をかける。


「ミルディさん、《契約術》を。僕が言うまで絶対に結界を解かないで下さいね」


「うん……庚君も気を付けて」


 ミルディは庚の指示通りレイリア抱きしめ、球状の結界を自分達の周囲に張り巡らせる。


「別れは済んだか、神月庚」


「そんなの必要ありません、倒れるのは貴男だ。焔の仇、取らせてもらいます――――!」


 庚は持てる魔力の全てをアモンに捧げ《契約術》を発動させようとしたが、何故か驚いたように眼を見開きそのまま動かなくなった。


「どうした神月庚、かかってこないのか?」


「そうですね、あなたの相手は……僕じゃない」


 静かな怒りをたたえていた庚の灰色の瞳が普段の穏やかな眼差しを取り戻す。


「どういう意味だ」


「あなたの相手は後ろにいますよ」


「何?」

 

 庚が自分から注意を逸らす為のはったりだと警戒しながら、アスクは背後へと振り返り……自分の眼を疑った。


「……馬鹿な」


 彼の眼に映ったのは血にまみれ、緋色に染めあげられた身体で立っている一人の少年の姿。満身創痍の傷を負っても尚、闘う意志が灯る真紅の瞳を宿した焔の姿だった。


「……身体中、痛くて……しょうがないぞ」


「何故だ、確かに心臓を貫いたはず……何かしろの魔術を施していたのか?」


 焔が生きていた事に驚きつつも動揺を押さえ込むアスク。だが、それでも疑いの眼を焔に向けるしか出来なかった。


「……ほむ……ら?」


 その光景にレイリアも何が起きているのかわからなかった。焔が心臓を貫かれ倒れた時、絶望に打ちのめされた彼女の心が眼に飛び込んでくる光景を理解しきれないでいる。


「……焔?」


「ただいま……って、おかしいな、これ」


 レイリアはもう一度少年の名前を呼び、ボロボロの身体で立上がった少年は痛みに耐えながらも笑顔を浮かべて見せた。


「焔!」


 レイリアはミルディの腕を振りほどき彼の元へ駆寄ろうとしたが、焔は静かに右手をかざしそれを止める。


「レイリアは、そこにいてくれ」


「……焔……」


「大丈夫だ……すぐ、終わらせるから」


 レイリアを安心させるように頷いてみせるが、自分が動いていられる限界が迫ってきている事を焔は分かっていた。


「どうやって命を繋ぎ止めたかは分からないが……その身体で私と闘う気か?」


「ああ、俺はあんたを倒す……倒して、それで終りだ」


「ならばもう一度……いや、今度こそ息の根を止めてやろう!」


「っ……」


 アスクの言葉に身体を押される錯覚を覚える焔、アスクが喋る度に眼に見えない圧力が傷ついた身体に叩き付けられている気がする。


『――奴はお前とレイリア嬢の魔力を上乗せしたようだな』


「みたいだな」


 ヴォルカニカが意識を通して話しかけてくる、ヴォルカニカの声が聞こえるのはどうやら自分だけらしい。でなければアスクや庚がこの声に何かしろの反応を見せるはずだ、なのにそれがない。

 これも再契約の影響なのだろうと納得する焔。


『闘う覚悟はあるか?』


「……ある」


 ヴォルカニカもそれが分かっているのか、声を潜めることなく焔へ問いかける。その問いかけに焔は小さく息を吐き……はっきりと答えを返す。


『死なない覚悟はあるか?』


「ある」


『逃げない覚悟はあるか?』


「ある!」


 焔は右手を自分の血で赤く染まった胸に押し当てる、自分の言葉と覚悟を確かめるように

「行くぞ、少年!」


 全ての魔法具に魔力を込め発動させるアスク、その姿に加減する気は微塵も感じられなかった。アスクが攻撃に転じようとする中で、焔はヴォルカニカの最後の問に答える。


『これから先、まだ見ぬ未来……どんな災厄が降りかかろうとも、彼女を護り続ける覚悟はあるか!』


「ある! その為の力だ!!」


 焔はヴォルカニカと契約した証である真紅の眼を見開き天を仰ぐ。そして望んだ力を、手にした力の名を叫ぶ。

 ――己の魂に決して破ることのない誓いを刻み込んで。


「来い! ヴォルカニカアアァァ!!」


 全身から迸る咆哮と共に焔の身体は猛狂(たけくる)う炎に包まれ、その炎は雲をかき消し天すら焦がす勢いで立ち昇る。


「なん……だ、それは……」


 アスクは押し寄せた熱気と炎に気圧され踏み止まり、言葉を失った。

 彼の眼に映ったのは爆炎の向こう側から姿を現した紅い騎士の姿、その姿は全身に繊細な装飾の施された紅い鎧を身に纏い自分の倍はあるであろう躯体を有した何か。そしてその手には、鎧と同じく見事な装飾の施された紅い大剣が握られている。

 その姿は人ではなく、その在り方は常軌を逸脱し、ただ別の存在として佇んでいた。


「まさか、次元体その物になったというのか……そんな、馬鹿な事が……!」


 何よりアスクに畏怖を与えたのは豹変した焔の姿でも天を焦がす巨大な炎柱でもない、紅い騎士へと姿を変えた焔が放つ魔力だった。

 比べる事すら馬鹿らしいとしか言えない絶対的な差、大気が震え息が止まる程の重圧……世界の全てを覆い尽くすような錯覚を感じさせる溢れ出る膨大な魔力。

 本来、この世界に生きる人間という(うつわ)には次元体という概念は収まりきらない。

 だからこそ、自身の魔力を代価として払い契約した次元体の力を借り受ける《契約術》がある。しかし、アスクが今眼にしているのはそんな物ではなかった。


「……そう言う事か、私は何という思い違いをしていたのだ!」


 アスクは喉を鳴らし息を飲み込む。そして、焔を監視し闘い感じていた違和感の正体に気づく。

 時間的制限があるとは言え、身体を木津着ける程の肉体強化を可能としてしまえる魔力付与になってしまう魔力許容量。種族に関係なく力尽きる量の魔力を奪われても尚、更に引き出す事が出来る魔力総量。



 ――その人の身には過ぎた膨大な魔力が、日常の中で焔に何の影響も与えていなかった事に。



 真にアスクが警戒すべきだったのは焔の次元体に匹敵する魔力ではなく、その魔力を宿すことが出来る器である焔自身だったのだ。

 これまでの闘いが、感じていた違和感が、そしてアスクが眼にしている全てが、焔が人でありながら次元体の領域に足を踏み入れている事を物語っていたというのに。

 今更ながら気付いてしまった致命的な失態に歯がみするアスク。


「……愚かだったのは、私の方だったか」


 そんな彼の心境を表すかのように、焔が解放した魔力に耐えきれず〈別離する現世(デスペディーダ)〉によって隔離された世界に亀裂が走る。


『ここに契約は完了した。だが、お前の身体は限界に近い。短期戦で行くぞ』


「ああ」


 アスクとの距離をつめようと焔は一歩足を踏み出し――


「なっ!」


 次の瞬間、焔はアスクの背後に立っていた。

 焔は振り向きざまに紅剣を振り抜く。アスクはギリギリの所で《拒絶の盾》と〈魔力を暴食する(グロトネリーア)〉を駆使してその一撃を受け止める。


「ぐぅっ! この威力は……あの技か!」


 しかし、アスクは焔の剣を受け止めたものの、その威力に耐えかね上空にはね飛ばされる。


「やはり速力だけでなく技の威力も上がったか……だが、それだけでは今の私は倒せんぞ!!」


 アスクは空中で体勢を整え焔の攻撃に備え剣を構える。

 が、そこに庚が言い放つ。


「勘違いしないで下さい、アスク・ミック。今のは魔力で形作った剣で貴方を斬りつけただけです、……技でも何でもないただの斬撃ですよ」


「ただの斬撃……だと……!」


 《契約術》を最大展開した庚は焔とアスクの闘いの余波からレイリア達を護るた為、ミルディが張った結界の前に立ち黒の両翼を広げた。


「焔、遠慮はいらないよ。全力で闘うと良い」


「ありがとう、兄ちゃん」


 焔は右手に持つ剣に溢れ出る魔力を注ぐ、剣に流し込んだ魔力は紅光となり、そして炎へと姿を変え刀身を燃え奔る。


「これで決める!」


 まだ空中にいるアスクの元へ焔は先程と同じように刹那としか思えない一瞬で間合いを詰める、今までとは比べものにならない速度……アスク程の実力者でもその動きを眼で捉えきることはできない。

 焔は炎を纏った紅剣をアスクへ振り下ろす、アスクはその剣を受け止めるだけで精一杯だった。

 その剣戟がオーバーエンドに匹敵、下手をすれば凌駕していたからだ。


「まだ力が上がるのか! いったい何が、何が少年をここまで闘わせるのだ!」


 焔はアスクの問いには答えずアスクを弾き飛ばし、紅剣へ魔力をよりいっそう注ぎ込む。


「オーバーエンド――」


 紅剣の刀身を完全に包み込んだ炎が注ぎ込まれた魔力に共鳴するように、その勢いを増して燃え盛る……これが答えだと言うように。

 レイリアを護るという誓いを、彼女の傍にいたいという願いを、そして忘れてしまった幼き日の約束を果たすという決意を――想いの全てを荒ぶる紅蓮の炎に変えて解き放つ。


「メギド!!」


 振り切った紅剣から放たれる斬撃を象った炎は、《拒絶の盾》と魔法具の力を物ともせずアスクを飲み込み空と大地を切り裂いていく。炎刃が大地を抉り残した軌跡には何も無い、アルのは粉雪のように舞い散る火花と灰だけだった。


「……凄い、これが焔君の本当の力なの?」


「はい、十年前を境に使えなくなった焔の……レイリアさんを護る為の力ですよ」


 焔が見せた力に唖然としているミルディを見て柔らかな表情を浮かべる庚。

 そんな中、呆けるミルディの腕を振りほどいたレイリアは、空からゆっくりと降りてくる焔の元へ駆寄った。


「焔!」


 《魔装術》が解除されているのか、雄々しい騎士の姿は紅い光の量子となって大気にとけ込むように消えていく。その幻想的な光景の中から焔の姿が浮かび上がる。


「……ごめんな、レイリア」


 元の姿に戻った焔が最初に口にしたのは謝罪の言葉だった。


「突き飛ばしたりして悪かった。その、怪我とか……無いか?」


 アスクが自分ごとレイリアを突き刺そうとしていたことに気づき、レイリアだけでもと咄嗟にレイリアを突き放したのだが力を加減している暇が無かったのだ。自分の方が酷い傷を負っているにも関わらず、焔はレイリアの事を真っ先に気遣う。

 戦いの最中では仕方がない事だったとは言え、レイリアを突き飛ばしたことを酷く気にする焔。


「……焔」

 

 そんな彼にレイリアは変わらぬ表情を涙で濡らし、自分が傷一つ負っていない事を伝えるかのように焔を力一杯抱きしめた。


「ぎぃやああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 アスクとの闘いで傷みきった焔の身体がレイリアの渾身の抱擁に耐えられはずもない、焔は彼女の柔らかな感触も感じてはいたが羞恥心よりも全身を駆けめぐる激痛に絶叫する。


(死ぬ死ぬ死ぬ! 本当に――)


「――死んだと思った」

 

 焔の心の内を引き継ぐように小さく呟き、レイリアは抱きしめる力を緩めた。だが、両腕は焔の背に回したままで彼の温もりを確かめているようだった。


「良かった……本当に」


「レイリア……」


 こんな時どんな言葉をかければ良いのか、と迷う。その時、焔の脳裏にある事が思い浮かぶ。


(泣いてる時は、いつもこうしてくれたっけ)


 躊躇いがちではあったが焔はレイリアをそっと抱きしめ返す。

 小さい頃、自分が《契約術》を使えず周りからの心ない言葉に泣いていた時、父である司が優しく抱きしめてくれた事を思い出す。泣きやむまでずっと胸を貸してくれていた父の温もりは今でも覚えている。

 父のようにレイリアの涙が止まるまでこうしていたかったが、頭の中にヴォルカニカの声が響く。


『焔、奴はまだ――』


「分かってる……出てこいよ、アスク」


 焔は背後に感じていた気配の主に声をかける。この空間が未だに解除されていないのだ、自分達を隔離した張本人はまだ健在だ。


「……少年達の魔力を奪っていなければ死んでいたぞ」


 全身に重度の火傷を負いながら、生きているのが不思議だと思える程のダメージを受けても彼は足を引きずりながら焔達の前に姿を見せる。


「まだ闘う気なら――」


「闘うつもりはない、この様ではな」


 もう戦意は無いと、刀身が溶解した〈満たされぬ狂食者(フィールフラース)〉と殆ど原型を留めていない〈魔力を暴食する(グロトネリーア)〉を一瞥し首を横に振るアスク。

 焔とレイリアの魔力を上乗せしその全てを防御に回したというのに、アスクはメギドを凌ぐだけで満身創痍となっていた。


「せっかく拾う事が出来た命だ、ここは引かせてもらう」


 アスクは焼け爛れた右手に〈別離する現世(デスペディーダ)〉を召喚する、その表面には幾つもの亀裂が走っていた。隔離空間を形作っていた魔法具も焔の魔力に耐えきれなかったのだろう、アスクの身体が魔法陣の光に包まれ薄れていき赤かった世界も少しずつ色を取り戻していく。

 今度こそ隔離空間が解除されたようだ。


「消える前に言っとくぞ、アスク」


 焔は振り向くことはしなかったが、その口から出た言葉はアスクにとって脅威以外のなにものでもないものを感じさせた。


「またレイリアを狙うつもりなら容赦しない、お前の組織の連中にもそう伝えろ」


「……記憶に留めておくことにしよう」


 アスクはその言葉を残し姿を消していった。周りの景色も完全に色を取り戻したものの、庚は念のために魔力を探る。


「……うん、近くにあの人の魔力も気配も感じない。今度こそ大丈夫みたいだよ」


「そっか……なら、よかっ……た」


 小さく息を吐きながら焔はレイリアにもたれ掛かる。


「……焔?」


 撓垂れてくる焔を抱き止めようとしたレイリア。しかし、彼女も疲労しており支える事が出来ず一緒に倒れ込む。


「焔!」


「焔君!」


「……重い」


 レイリアを押し倒す様に崩れ落ちた焔は、三人の声に何の反応も見せる事無くそのまま眠りにつくのだった。





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