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少年少女の結婚過程《ハイラート》  作者: 三月弥生
紅蓮の炎に誓いを込めて
14/25

   決断の果て (3)


 焔達がアスクの第四位魔法具〈別離する現世(デスペディーダ)〉によって隔離空間に幽閉され戦闘状態に入ったその頃、ミルディは焦りに身を焦がしていた。


「どうするの庚くん!? 早くしないと二人が!!」


 今のミルディには焔とレイリアを見守っていた時の様な余裕はなかった、目の前で一瞬にして二人の姿が消え魔力すら感じられない。これはあきらかに敵の手に落ち手しまったことしか考えられない状態だ。

 焔達を護る為に庚と一緒についてきたというのに、これでは何の意味もない。


「落ち着いて下さい、ミルディさん」


「でもっ!」


 庚は気が動転しているミルディを落ち着かせようと優しく抱き寄せる。


「焔は確かに死にかけたました、でも退けています。それにレイリアさんもそう簡単には負けたりしないはずです……敵が本気を出してくるにしても焔達ならきっと持ちこたえられます」


 先程まで早鐘のような状態だったミルディの鼓動が、自分の言葉に少しずつ落ち着きを取り戻していくのを感じる庚。


「……ごめん、心配なのは庚君も同じだよね」


「気にしないで下さい、それよりも今は焔達です」


 庚はミルディから腕を離し周りを見回す。いくら焔達の行動に集中していたとは言え周りの気配にも気を配っていたのだ、近くに敵が潜んでいえも動きを見せれば気付けたはずだ。

 しかし、現に敵の姿も気配もなく焔達だけを隔離された。焔から話は聞いていたがやはり相手は並の実力者ではないらしい。


「どうして庚君が気づけなかったの? あたしだって周りに気を配ってたのに」


「多分ですけど……アスク・ミックはすでにここで待っていたのかもしれません」


「ここでって、どういう事?」


「これはあくまで理論上の力。でも、彼の実力が僕の想像通りだとしたら可能なはずです」


 庚はいまいち話の内容が理解できていないミルディに慌てず、しかし迅速に説明をする。


「彼はすでに隔離したこの場所で焔達が来るのを待って、僕達が彼に気付いていないと確信して焔達だけを隔離空間に取り込んだんだと思います」


 この状況を見る限りアスクは自分達が襲撃を警戒し家に閉じこもり守りを固めた為、あえて長期戦を選んだのだろう。命の危険があるとしても長い間ずっと家の中で立てこもっているわけにはいかない、物資の補給や精神安定をはかる為に焔達が必ず外出すると読んでいたのだ。

 常識的に考えれば何も情報がない状態で目的地を特定し待ち伏せをするのは困難を極めるが襲撃を警戒しての外出となれば自然と絞られる。

 襲撃に備えて一般人が少なく最も被害が出にくい場所、戦況が不利と判断した場合すぐに陣地(いえ)に戻れる距離であること。

 この条件を満たせる場所は神月家近辺では公園しかない。アスクは襲撃という戦術を戦略に変え、こちらの心理を完璧に読み切った上で待ち伏せし焔達だけを結界内に閉じこめたのだ。


「そうだとしても第四位魔法具を使って限定的に指定した人物だけを隔離するなんて……天魔人でもそう簡単には出来ないはずだよ」


「それが出来る実力の持ち主ということです」


 ここに焔とレイリアの姿が無い事がそれを指し示していた。庚もそれが分かっているからこそ冷静に対処しようと行動を起こす。


「魔法具の効果範囲はこの公園の筈ですから、魔力を通じて強制的に干渉して中に入ります。時間はありませんが今はそれくらいしか」


「どのくらいかかる?」


「できるだけ急ぎます、ですからミルディさんも、いつでも《契約術》が出来るように準備していて下さい」


「うん!」


 ミルディの力強い返事に頷く庚だったが、内心では自身の焦りと向き合っていた。


(相手は天魔人の中でも上位の魔法具使い、固有技能に加えて使ってる魔法具がこれを含めて三つ以上なら僕と同等かそれ以上……焔達が持ち堪えられるとしたら長くても十分くらい)


 焔から事前に聞いていた話と自分達に気づかせることなく焔達を隔離した手際の良さ、予想以上の力を持つアスクに庚の表情は険しさを強める。何よりアスクが使用した魔法具への干渉は困難だ。

 アモンが持つ『破壊』の力であれば隔離現象を破る事は可能だ。しかし、それをしてしまえば中に閉じこめられている焔達にどんな影響を与えてしまうか分からない。


「迷ってられないですね」


 隔離空間の核である魔法具を探し出すた為、精神を研ぎ澄まし魔力の僅かなよどみも感じ取れるよう探知範囲を広げる庚。


(無事でいてください、二人とも!)


 庚も焔と同様、制限時間という見えない敵との闘いに緊迫した表情を浮かべるのだった。



                ◇



 閉ざされた赤い世界。

 血の色を思わせる空の下に広がるのは、無残な姿に変わり果てた公園と呼ばれた人々が集う憩いの場。

 敷地内の設備は一つ残らず破壊され、緑鮮やかな芝生も土ごと捲れ上がっていた。

 破壊の爪痕である恐ろしいまでに鋭い斬撃の跡が幾つ至る所に刻まれ、それと同じ数の生々しい血糊の跡がそれを物語っている。しかし、それだけでは無い。

 闘いの余波によって巻き上げられ立ちこめる土煙の中で、焔は砂埃が口に入るのも構わずに肩で息をしていた。


「ハアハアハア……ッ……ハア……」


 焔は足りない酸素を取り込もうと何度も呼吸を繰り返すが、全く落ち着く気配が無い……むしろ悪化の一途を辿っている。


(息が、続かない……身体も重……い)


 顔は額から流れ落ちる血と汗で汚れ、着ているYシャツにも血が滲み、痛々しい傷が今も増え続けている。魔力行使による裂傷、アスクから受ける剣戟の後……焔はもう何時限界を迎えてもおかしくない。


(間に合ってくれ、まだ……動いてくれよ)


 レイリアと自分に迫るタイムリミット、時間が過ぎていく度に追い詰められていく状況に焦りばかりが募る焔。


「諦めろ、もう勝負は着いている」


「言ってろ!」


 焔は視界の端で僅かに変化した煙の流れを捉え、そこから姿を見せたアスクの一撃――首と胴を切り離そうとする斬撃を躱す。

 だが、剣の切っ先が掠めていた。喉元のあたりに小さな傷が浮かび上がり、同時に身に纏っている輝きが弱まる。


(またかっ!)


 〈満たされぬ狂食者(フィールフラース)〉で傷を負わせられる度に、その刀身から魔力を奪われてしまう。アスクの攻撃をギリギリでしか避けられない焔では、魔法具の効果まで対処できるはずもなかった。アスクが容赦なく剣を振るいその凶刃が幾重にも放たれ、鈍く輝く剣閃が焔の首筋、肩、太腿と次々と裂いていく。


(くそ! このままじゃ……)


 致命傷では無いとはいえ確実に自分の体力と精神力、そして唯一のアドバンテージである魔力を削り取られていく。魔力を奪われ動きが鈍り、反応しきれず攻撃を受けまた魔力を奪われる……この悪循環を何とかしなければレイリアを助けることが出来ない。

 このままではアスクの剣が肉どころか骨を断つのも時間の問題だ。


「この剣は擦るだけで大量の魔力を奪う。普通の人間なら――いや、どの種族でもう力尽きているだけの魔力は奪っているのだが……。やはり神位級の魔力を宿すだけのことはある、と言うことか?」


「それだけが取り柄だからな!」


 今にも倒れそうな身体で虚勢を張り、アスクから距離をとり煙の中から跳び出す焔。視界を覆う煙を利用され一方的に攻め立てられる状況を打破し、レイリアの姿を捉え彼女の元へ全速力で駆ける。


「レイリ――」


「行かせないと言っているだろう、少年」


 レイリアを苦しめる魔法具を外そうとする焔に対し、アスクは攻撃の手を緩めない。彼女の元へ走る焔の背後から、躊躇うこと無く剣を振り下ろす。


(くっ!)


 死角からの一撃に気づいた焔は足を止め振り向き、攻撃を避けようとはせず魔力を両手に集め自分に迫る刃を左右から挟み目前で止める。


「白刃取りか!」


「ッゥ!!」


 焔は声を噛み殺し両手に魔力を注ぐ。刀身に触れているため魔力を奪われ続けられている、その量は今までの比ではなかった。


「そんなこともできるとは、少年にはつくづく驚かせられる」


「ぐうぅ!」


 焔は左手で刀身を握りしめ、右手でアスクの手首を掴むとレイリアとは反対の方向へ投げ飛ばす。剣を握りしめていた左手はアスクを投げ飛ばす際に肉を切り裂かれた。

 もう左手はこの戦闘中使い物にならないだろう……だが、今この瞬間がレイリアを助け出す事ができるチャンスでもあった。


(今の内に――!)


 再び焔がレイリアの元へ走り出そうとした途端、左足に激痛が走る。痛みが走った左足は三角錐のように突き上がった土の槍に貫かれていた。


「うああああああああああああああああ!!」


 肉を抉り貫通し異物が傷を押し広げる感触に声が濁流のように溢れ出る。

 今ままでに体感した事のない痛みが焔の身に刻まれ、予想もしていなかった足下からの攻撃に対する動揺と、経験したことのない痛みが彼の足を止めてしまう。


「っ……あ、あ……あ……」


「第二位魔法具〈穿ち立つ壌土(インペトゥス)〉」


 その間にもアスクは焔に投げ飛ばされた空中から地面へと着地。体勢を整え終わると彼は焔の元へ歩み寄っていく。アスクの右手手首には、いつの間にか槍を象った小さなペンダントが揺れていた。


「この空間無いにある土に干渉し、操ることの出来る魔法具だ。これで君を殺すために用意した魔法具は全て使った事になるが……」


「……がっ……あ!」


 他に魔法具が無いことを明白にしたアスクの言葉を無視して、焔は歯を食いしばり左足を槍から引き抜く。

 引き抜くことはできたものの貫かれた傷口からは大量の血液が流れだし痛みでまともに立つこともままならなかった、右足で身体を支えてはいるがもう今までのようには動けない。


「……まだ、足掻くか」


「当たり前……だ」


 自分の後方にレイリアがいることを確かめ、焔は右手を握りしめ魔力を集める。焔とアスクの間にはかなりの距離がある。この間合いでは通用しないことは分かっていてももうまともに動けない自分では他に取れる手段はない。

 だが、この位置関係なら遠慮無く切り札をきれる。


(……時間が無い)


 闘いによる疲労と無理な肉体強化の負荷、そして傷口からの出血。レイリアが弱ってきていることを考えても、オーバーエンドもこれで打ち止めだろう。


「それが最後の一撃、そうとって構わないか?」


「………………」


 アスクの問いかけに何も答えず拳をきつく握りしめる焔。


(この一撃で隙を作るしかない、あとは――――)


「……ぁ……っ……」


 息も絶え絶えなレイリアの気配を感じる、迷っている時間さえ惜しい焔は右足に体重を掛け前のめりになりながら――


「いっけええええ!」


 ――決死の覚悟を乗せた拳を振り抜く。

 その一撃に対し真っ向から受け止めるように〈満たされぬ狂食者(フィールフラース)〉を突き出すアスク。

 焔が放ったオーバーエンドは、周囲に轟音と爆風をまき散らしながらも魔法具に吸収されていく。

 しかし、そんなことに構ってはいられない。

 不安定な体勢から地面に倒れてしまった焔は、すぐに状態を起こし動かすことの出来る右足に魔力を注ぎ弾くように跳ぶ。


(間に合え!)


 何とかレイリアとの距離を詰め、アスクが取り付けた〈魔力を暴食する(グロトネリーア)〉を彼女の足首から外す。


「レイリア!」


 焔は彼女の名前を呼びかけながら口元に眼を向ける、だいぶ弱っていたが呼吸は止まっていない。でギリギリの所で間に合ったようだ。

 血だらけの左手を使い抱きかかえるようにレイリアを起こし彼女の手を握っる焔。だがその直後、焔はレイリアを突き飛ばす。


「…………うっ」


 レイリアは突き飛ばされた衝撃で意識を取り戻したのか、呻き声をあげ上体を静かに起した。


「……どう、して?」


 無表情でありながらも驚いたように声を漏らすレイリア。

 〈魔力を暴食する(グロトネリーア)〉によって魔力を殆ど奪われ指一本動かすことができなかった、それが肉体強化を施せるだけの魔力が戻っていたのだから驚くのも無理は無い。


「……まったく、大したものだよ少年」


「っ!」


 自分の身に何が起きたのか戸惑っていたレイリアだったが、アスクの声が聞こえた事で疑問を捨て、闘っているはずの二人に視線を向ける。

 魔力を奪っていた魔法具がはずれ動くことができる今なら焔と二人がかりで闘えば時間稼ぎ位は出来る、と僅かな希望に望みを託すレイリア。

 だが、彼女の思考は目の前に広がる光景に停止した。




 …………ポタッ……ポタッ…………




 レイリアの眼に映ったのは現実とは思えない光景だった。いや、彼女が見ているものは何処までも現実でありその耳に届く水滴が地面に落ちる音すらも……

 ……そう、耐え難い現実なのだ。


「――焔?」


 レイリアの薄い唇が微かに震える。

 彼女が見つめる先に確かに焔はいた、そして自分達の命を狙うアスクも。しかし、焔はレイリアの呼びかけに答える事はなかった。


「………………」


 焔の口からは血が溢れ顎を伝い喉仏を流れ、胸元を赤く赤く染める。そして滲んだ胸元からは、焔の血を大地に捧げるかのように血に染まった禍々しい刃が突き出していた。

 小柄な少年の胸を貫いていた凶刃は何の躊躇いもなく引き抜かれ、その傷口からは鮮血が溢れ出し焔はゆっくりと血溜まりの上に倒れた。



 ――――――――――――――――――――――――



 焔が倒れた後、世界から音が消え静まりかえる。

 貫かれた傷口から流れ出る血は、尚も焔の身体を鮮やかな緋色に染め上げていく。


「…………ほむ……ら」


 静寂に満ちた世界に小さな声が響く、何の音もない世界で彼女の声は僅かな残響を残す。

 そんな異様な静けさの中でアスクは〈満たされぬ狂食者(フィールフラース)〉を振り払い焔の血を飛ばす、禍々しくも美しい輝きを取り戻した剣は次の標的の姿をその刀身に映し出していた。

 だが、レイリアはアスクの剣に自分の姿が映っているというのに立ち上がろうとすらしなかった。それは当然だとしか言えない。


「…………焔」


 受け入れたくない現実に押しつぶされた少女に出来るのははたった一つだけ。

 ただ、愛する少年の名を呟き涙を流すことしか残されていなかった。






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