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少年少女の結婚過程《ハイラート》  作者: 三月弥生
紅蓮の炎に誓いを込めて
13/25

   決断の果て (2)



 焔はレイリアがソフトクリームを食べ終わるのを静かに待つ。


(ソフトクリーム、気に入ってくれて良かった)


 その言葉通り、よっぽど気に入ったのかレイリアはゆっくり少しずつソフトクリームを食べていた。それほど遅いわけではない、ちゃんと味わい楽しんでくれていることが分かる。


「……美味しかった」


「それは何より。俺も気分転換できたし、そろそろ帰ろうか」


 レイリアがソフトクリームを食べ終わったのを見計らい、焔は和らいだ表情を浮かべベンチから腰を上げる。


「………………」


 しかし帰ろうとした矢先、レイリアが焔の左腕に腕を絡め寄り添った事で焔の表情がまたも羞恥に固まる。


(むむ、胸……胸が当たって! やわ……やわら……!)


 例のごとく、腕に当たっているレイリアの胸の感触狼狽する焔。腕を外そうにもしっかりと腕を組まれていてはそれも出来ない。


(朝だけでも辛いのに……これじゃ気分転換にならないじゃないかぁ!)


「……ずっと、こうしたかった」


 いきなりの密着状態に慌てふためいている焔、そんな彼の耳元でレイリアが消え入りそうな声で呟く。


「えっ?」

「また……焔と、こうして歩きたかった」


「………………」


 焔は動揺しながらもレイリアの言葉に耳を傾ける、何故ならレイリアが自分自身の事を話してくれているからだった。

 彼女が家に来てから一週間が過ぎてる。最初の頃は結婚がどうとか昔の事がどうとか急に言われてどうしたら良いのか分からない上に、いきなり命を狙われることにもなって。こうして考えてみれば……甘い物に興味があることを知った事だけじゃない、自分はレイリアの事を何も知らないのだと気づく。

 焔はレイリアの話を聞き漏らさないよう耳を澄ます。


「焔は忘れてしまったかもしれない、私の家……の近くの森で一緒に遊んだこと、父様に悪戯をして一緒に怒られたこと」


 レイリアの口から次々と言葉が、思い出が、そしてそこに込められた想いが伝えられる。相変わらず表情に変化は無いのに、些細な思い出を伝える声には嬉しさと懐かしさがはっきりと感じられた。


「一緒にご飯を食べたり、一緒にお昼寝をしたり、一緒に笑ったり泣いたり怒ったり……いっぱい思い出を作った。その思い出が私の明日を、私の心を……たくさん照らしてくれた。焔が傍にいてくれるだけで幸せだった、だから……焔が傍にいさせてくれるなら」


 レイリアは焔の頬にそっと手を添え潤んだ瞳を向けた。そして嘘偽りのない心の声を言葉に込めて焔に届ける。


「……ずっと一緒にいたい」


 この一言を伝える為にレイリアは十年の時を想い願い続けた。

 その一方でこの願いが成就しないかもしれないという不安に、仮面のように変わらない面持ちで涙を堪える彼女の姿は切なく、それでいて眼を背ける事ができない眩しさがあった。


「レイリア」


 焔は自分の頬に添えられているレイリアの手の温もりを感じ、今の言葉を、想いを聞いてやっと理解した。

 どうしてレイリアが自分と一緒にいようとするのか、触れ合おうとするのかを。

 それは彼女が自分の事を本当に想ってくれているから。毎日添い寝してきたり、腕を組んだりするのは……自分が忘れてしまった彼女と過ごした日々の中で当たり前にしていた事なのかもしれない。

 子供の頃の話だと言ってしまえばそれで終わる。

 でも、そんなたわいもない頃に交わしたお飯事と言われてもおかしくない口約束を守る為に……レイリアは自分に会いに来てくれた。


(何やってんだろ、俺。レイリアがこんなに気持ちを伝えようとしてくれてたのに)


 鈍感すぎる自分に悪態を吐きたいところだが今はそれどころではない。今しなければいけないのはレイリアの想いに自分が返せる精一杯の返事で応える事だった。


「……俺、レイリアの事を憶えてなくて正直どうしたら良いのかわからないだ。結婚の話だっていまいち置いてけぼりな感じだし、それにこんな俺がレイリアの事を好きになって良いのかなって……だから今すぐに結婚は、できない」


「……そう」


 レイリアの瞳にほんの少し悲しみの色が宿る。それを見た焔は慌てて続きを話す。


「でも、嫌いじゃないんだ! 嫌いだったら一緒にいないしソフトクリームだって食べない、それに一緒に……ね、寝たりしない!! むしろ傍にいてくれると、嬉しいと言うか……いて欲しいというか……」


 顔が熱くなっていくのを感じた焔、慰めようとしていたはずが途中から本音が漏れ出している事に気づいてしまったためだろう。邪魔にならないよう遠くから見守る庚達にはこの会話は聞こえていないだろうがもし、聞こえていると分かったら恥ずかしさのあまりこの場から逃げ出していたかもしれない。


「だから、そのっ! 待ってて……欲しい、俺が……レイリアをま、ま、まもっ……まもっ!」


 ――護れるくらいに強くなれるまで。


 そう言いたいのだが口が動いてくれない、何故ならこれは――――


(プ、プロポーズ? これプロポーズになるのか? プロポーズしちゃってるのか俺! ああ、大丈夫か俺!? 心臓の音がでかく感じる! レイリアに聞こえちゃってるんじゃないか!?)


 プロポーズ、つまりは愛の告白である。

 言葉の意味を理解した時、未だかつてない感情の激流が焔を口ごもらせてしまう。何とか気持ちを伝えようとすれば余計に感情が空回り、声が出なくなる。

 その悪循環をどうすることも出来ない自分に涙する焔。

 だが、レイリアは自分の目の前にいる少年が何を伝えようとしているのかを悟ったのだろう。そっと寄り添うように、自分の身体を焔に預けた。


「レレレイリアサン!?」


「……待ってる、約束したから」


 そして、レイリアは瞳を閉じその顔を焔へ向け――


(うそおおおおぉぉぉぉ!)


 焔の緊張が最高潮に達する。


(キキキス!? 接吻!? あの唇と唇の接触の!? どどど、どうしたら!! 誰か助けれぇ!!)


 焔は助けを求め庚達に視線を送るも「ビッ!」っと親指を立てて微笑むだけだった。

 二人が助けてくれないのだと分かると周囲の景色は曖昧に、ただ目の前にいるレイリアの顔だけしか見えなくなった。


(はははっ! しちゃう? しちゃうよ? もうろうなってもしれないよ!?)


 心の中でも呂律が回らないほど混乱する焔を置き去りにして、レイリアの唇が焔の唇へと静かに、確実に近づいていく。

 この時、焔は数日前の口づけの感触を思い出す。もう一度あの魅力的な唇に触れる事になるのだと考えると意識が薄れていく。

 そんな気絶ギリギリのラインで踏み止まっている焔と眼を瞑り落ち着いた様子を見せるレイリア、二人の唇はまもなく重ねられる。


(もう……どうにでもなれ!)


 互いの想いを確かめあった二人の唇が触れる直前――――世界が豹変した。


「っ!」


「……これ……」


 その豹変した世界に言葉を失う焔。眼を瞑っていたレイリアも焔の緊迫した空気を感じ取り周囲を警戒していた。


(これは――っ!)


 眼に映る物全てを赤で塗りつぶしたような世界、息苦しさを感じる光景。そして身体を押しつぶすようなこの威圧感……忘れるわけがない、忘れられるわけがない。


「さて、少年」


「……アスク・ミック」


 焔は自分の前に再び現れた男の名を呟く、ただ姿を晒すだけで実力の差と格の違いを見せつける……焔にとって最初にして最大の敵。


「今度こそ少年の命をもらい受けよう」


 アスクの言葉に焔の身体が僅かに震える、恐怖ではないと言えば嘘になる。しかし、この震えは前に闘った時に感じていたものとはまったく別のモノだった。

 ――そう、今自分の隣にレイリアがいる事への恐怖。


(……くそ)


 アスクから意識は逸らさず庚達がいた場所に眼を向けるも、そこに二人の姿はない。おそらく自分とレイリアだけをこの空間に隔離したのだろう。

 隔離する対象を選ぶ事までできると思わなかった。


「護衛が付いていたようだがあまり意味が無かったな、私は選んだ者達だけを隔離できる」


「言われなくても分かってる!」


 自分の背に隠すようにレイリアの前に立つ焔。レイリアが自分よりも強い事は知っている、それでも彼女が傷つく姿は見たくないという心がそうさせた。


(俺とレイリアを一緒に隔離してもあの顔……二人がかりでも駄目ってことか)


 アスクの表情に焦りはない、それがこの状況の答えである事を理解する。


「状況を理解したようだな」


「……分かってるって言ってるだろ」


 効果は無いと分かってはいても焔は精一杯、眉尻をつり上げアスクを睨み付ける。

 自分にこの状況を好転させる方法はない、今できる事と言えば庚達がこの結界を破壊し助けに来るまでの時間稼ぎぐらいしかないが……その時間稼ぎもアスクがさせてくれるとは思えない。


(二人で一緒に闘うにしても付け焼き刃の連携だと逆に隙ができる、それにレイリアが近くにいたら巻き込む可能性のあるオーバーエンドは使えない……どうすれば良い!)


 何度も頭の中で打開策を思い描くがそのどれもがレイリアとの連携がネックになってくる、アスクの襲撃を警戒しすぎて体力と魔力を万全にしておこうとしたのがまずかった。戦力の再確認の意味を込め、軽い組み手くらいはしておけば良かったと後悔する焔。

 しかし、焔が打開策が思いつかず表情を険しくする中、今度はレイリアが焔を庇うように前に歩み出る。


「……後ろにいて」


「レイリア」


 アスクは心臓を射貫くような鋭い視線をレイリアに向け、レイリアはその視線と殺気を真っ向から殺気を受け止める。レイリアとアスク、二人の間に緊張が走る。


「少女よ、君が闘うのか?」


「………………」


 レイリアは両手を地面につける体勢を取った、あきらかに突撃しようとする意思を見せすぎている。


「駄目だ、レイリア! あいつの強さは――」


「大丈夫」


 その声は小さいものだったがレイリアは静かに、それでいてしっかりと呟いた。


「今度は私が焔を護る」


「今度って……何をっ」


「………………」


 レイリアは焔の問いに答えなかった、答えている余裕が無いと言うべきなのだろう。


「来たまえ。君だろうと少年だろうと、死ぬ事に変わりはない」


「――――ッ!」


 アスクの挑発を合図に飛び出すレイリア、フェイントも作戦も無い。ただ真っ直ぐにアスク目掛けて突進していく。


(っ、まずい!)


 かなりの速度であることは間違いないがレイリアの動きは焔の眼にはっきりと映っていた。それはアスクにも同じ事が言える。


「策は何も無しか?」


 突進してくるレイリアの動きに合わせてアスクは左足を一歩踏み込む、カウンターを合わせるその動きに焔は直感的にレイリアの敗北を感じ取ってしまう。


(駄目だ! やられる!!)


 焔も参戦しようとしたがすでに遅く、アスクの拳がレイリアの顔面目がけて放たれていた。その拳がレイリアの鼻先に触れた瞬間、彼女の姿が消える。


「何だと!」


 目の前からレイリアが消えた事に驚くアスク、その直後に彼は背後からレイリアの魔力を感じとった。


「後ろか!」


 アスクが振り向き防御するよりも速く、レイリアはアスクの顔面へ蹴りを叩き込む。アスクは踏み止まろうとするも、蹴りの威力に押され地面を滑るように吹き飛んでいく。


「…………フゥ」


 蹴りを放った方向へ吹き飛ばしたアスクから視線を外さず、レイリアは小さく息を吐き無言で構え直す。


「今の……」


 目の前で起きた事が信じられなかった焔、確かにアスクが拳を放ち彼女に接触した瞬間まではレイリアの姿を目視できていた。だが、レイリアの姿が消えたと思ったら今度は反対にアスクが蹴り飛ばされていた。

 さすがに身体を浮かせて吹き飛ばすことはできなかったようだが、それでも彼女はアスクの反応を超える動きをみせた。


「大したものだ、私の攻撃が当たる直前に肉体強化を施し身体能力を高め回避するとは」


「すげぇ……」


 その実力にアスクは賞賛の声を、焔は驚嘆の声を溢す。《契約術》を使った様には見えなかったがレイリアの身のこなしはずば抜けていた、速さだけなら庚を超えているかもしれない。


「だが、非力さはカバーできないようだな。助言のつもりはないが突出した速さだけで勝てるほど殺し合いは甘くはない」


「……分かってる」


「いや、分かっていない。分かっているのなら最初から《契約術》を行使するべきだった……もう君は私に触れることすらできないのだぞ」


 アスクの声と共にレイリアを囲むように、半透明の膜が形作られる。


「な、に……!」


 肉体強化で身体中に行き渡らせていた魔力がその膜に吸い取られていく、レイリアは強い脱力感に襲われその場に崩れ落ちた。


「第一位魔法具〈魔力を暴食する(グロトネリーア)〉。君の蹴りを受けた時、足首に付けておいた。その魔法具を外さない限り、君は魔法具に魔力を奪われ続け魔力の根源でもある魂もいずれ喰われるぞ」


「――――ッ!」


 レイリアはアンクレットを思わせる形をした〈魔力を暴食する(グロトネリーア)〉を外そうとする。だが、予想以上に効果が強力なのか震える指で触れるだけで外す事が出来ずにいた。


「相手が自分自身よりも強いのなら出し惜しみをするべきではない。これで認識の甘さと力の温存は違うと理解出来ただろう……まあ、理解したところで今更だがね」


 アスクは地面に倒れ伏すレイリアから焔へと向き直る。


「残念だったな、少年。君の希望はここで潰えた」


 アスクは左手の中指に填めている指輪に触れる、指輪は黒い光に包まれ命を刈り取る武器としての形を成していく。それは禍々しい魔力を放ちながらも美しい刀身を持つ剣だった。


「これは第三位魔法具〈満たされぬ狂食者(フィールフラース)〉だ。少女に使った物と今手にしている魔法具はどちらも魔力を奪う効果を持つ、対少年用に持ってきたのだが……」


 アスクは焔と対峙しつつ地面に倒れ込んでいるレイリアを一瞥する。


「好都合だったよ、障害となる者を手間を掛けず処理できたのは」


「あんたの狙いは俺のはずだろ!」


「そうだが君を庇い彼女が闘うことは予想できた、ならば隙をつき対処できるならば対処してておく事に越したことはない」


「それじゃ――」


「そうだ。君が強ければ、護られるほど弱くなければ彼女は無事だった……かもしれないな」


 その紛れもない事実に焔は唇を噛みしめる。護るどころか庇われて、しかも足手まといになるなんて……行き場のない怒りと己の弱さにただ耐えるしかなかった。


「……それは、違う」


「むっ」


 レイリアは地面に倒れ息を切らしながらもアスクへ言葉を投げかける。


「焔は……弱くなんか、ない。私……を護る……ために、あなたと闘った。どれだけ力の差があったのかを知っていても、闘ってくれた……それは強いからできること、あなたは焔の強さを知らない。知らないあなたに、弱いなんて言わせな……!」


 レイリアは苦悶の表情を浮かべ咳き込む、どんな時でも殆ど表情を変えないレイリアが苦しみをあらわにしたのだ。


「レイリア大丈夫か!?」


「どうやら魔力の減少が本格的に始まったようだな」


「何だって!?」


 一刻も早くあの魔法具を取り外さなくては、焔は動く事も出来ないレイリアの元へと駆出す。


「止まれ、少年」


「アスク!」


 無情にも焔の前に立ちふさがり、〈満たされぬ狂食者(フィールフラース)〉を構えるアスク。


「このまま放っておけ、そうすれば彼女は傷一つ無く死ねる。私と闘って下手に苦しむ時間を伸ばすことはない」


「……退いてくれ」


 一刻を争う状況の中で、静かな声と共に溢れ出た魔力が蒼光へと変わり焔の身体を包み込む。


「安心して言い、彼女一人を死なせはしない。君も一緒だ……本当ならどちらか一人だけで良かったのだが、世界政府もすでにこの不毛な争いが終わった後の対応を用意している筈だ」


「退けよ……」


「重要人物の実子とは言え、どちらか一人だけ死んでも不幸な事故、不慮の病といくらでも情報操作ができる。だが、種族間交流の要でとなる君達が死ねばそれは難しくなる」


「そこを……退け」


 互いに互いの意見を押し通し、相手の言葉に耳を傾けることなく言葉を続ける焔とアスク。


「世界政府がどれだけ隠そうとも、必ず君達二人の死の真相に気付く者達は出てくる。そして、君達の死が何を意味しているのかもな」


 人間の少年と亜人の少女、深い仲にあった異なる種族の二人が同じ同じ日に死ぬ。それは種族間の交流を力尽くで阻止しようとする者達の仕業であると。

 同じように多種族と交流を深め想いを通わせる者達へ向けた、歩み寄ることを止めねば命を狙う事になるという殺害予告(メツセージ)であると。


「すまないとは思っている。だが、私も止まるわけにはいかないのだ。少年、許せとは言わない。君達を殺すことで救う事が出来る命があるのだ、だから約束しよう。私は君達を最初で最後の――」


「退けって言ってるだろ!!」


 焔はアスクの言葉を己の咆哮でかき消し、地面を踏み砕く程の瞬発力でアスクに殴りかかる。

 しかし、《拒絶の盾》に防がれた拳は放電にも似た青白い火花を飛び散らすだけで、アスクに届くことはなかった。


「……あの時は予想外だったが、今回は予想通りの反応だ。無駄だと分かっているだろう? 君の力では私の障壁を――」



 ビキッ――――――――――――――バキィィィン!



 甲高い音と共にアスクを覆っていた障壁が砕け、焔は止められていた拳を全力で放ちアスクの顔面へ突き出す。防がれていたとはいえ威力は充分に残っている、起こる事がない現象を引き寄せた焔の拳はアスクの顔面を捉えた。


「ぐぅ!」


 アスクは驚愕に動く事ができず、その攻撃を避ける事ができなかった。

 よろめきながら後退していくアスクに焔は声を張り上げる。


「あんたと話してる暇は無いんだよ!」


 〈ディパーチャー〉の目的を肯定するつもりは無い。だが、アスクの掲げる信念が間違っているとは思わない。天魔人は人間よりも、獣人や亜人よりも……他のどの種族よりも長い時間を生きてきた。それこそ人の倍以上もの時間を。

 そんな男が種族間の争いを起こさせない為に、味わう必要の無い哀しみを、出さなくて良い犠牲を無くすために選んだ答えなのだ。たかだか十五年しか生きていない自分にどうこう言える資格なんて無い、自信をもって断言できる物も無い。絶対に正しい答えを、道を選べる事も出来ない。

 ――だが、それがどうしたというのだ。


(護りたいものなら……俺にもある!)


 大切な約束を忘れるような自分を慕ってくれた人がいる。

 本当の気持ちに臆病になってしまう自分を待ってくれている人がいる。

 足手まといにしかならなかった自分を強いと言ってくれた人がいる。

 その人が今、死に瀕している。その人を、彼女を、レイリアを失いたくないというこの気持ちが目の前にいる男の信念に劣っているなんて思わない――言わせない!


「俺はレイリアを助ける! 邪魔するな!!」


 焔の眼に宿るのは恐怖でも、怒りでも、ましてや後悔でも無い。あるのは自分にとって一番大切な人を救おうとする確固たる意志だけだった。

 その事を示すように、今の攻撃だけで焔の身体は今までに無い速度で傷ついている。

 たった一撃を繰り出しただけだと言うのに、身体に施した肉体強化に耐えられていないのだ。肌が露出している顔や腕に次々と小さな裂傷が出来ていく、おそらく服の下も同じだろう。

 全身を包み込み激しく揺らめく蒼光にも血しぶきが混じっている。


「少女を助けるという想いが力を引き出させているのか。感情が力の強弱に作用するタイプとは……まったく、やりづらい」


 揺るぎない意志を示す焔に応えるように剣を構えるアスク。


「どうしても少女の元へ行きたいのなら、私を退けてみせろ!」


「言われなくても力づくで退かせる!!」


 殺されていたはずのあの日。去り際に残した言葉の通り、アスクは油断も慢心も捨てて自分を殺すためだけに剣を向けている。焔もあの時、届かなかった敵を討つべく――否、レイリアを助けるという思いを貫き通すために。

 アスクの信念という刃に、焔はありったけの想いと力を込めた拳を向けた。




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