00 君に会えたらもう一度……
合作で相談、指導いただいている鉛缶さんの指摘を受けまた推敲しました。
今回の推敲でこの作品の方向性を決定、投稿していきたいと思います。投稿当初は異世界作品として連載させて頂きましたが、今度から現実世界の中にファンタジー要素を取り入れた作品にしていこうと思います。
また、今まで『少年少女の~』で出していた作品をより見やすくする為、一纏めにしようと思います。
内容が、最後の推敲で続きの展開が変わってしまいますのでその対処と思っていたたければ助かります。
ファンタジー作品として様々な感想を頂いた方、読んで頂いた方でも今まで通り楽しんで頂けるよう頑張っていこうと思いますので、これからも自作品に眼を止めて頂ければ幸いです。
今作も知り合いの絵師、sueさんに焔君とレイリアちゃん、兄夫婦に母上様を描いて頂きました。
ラブコメあり、バトル有りの作品に最高にマッチする一枚ですので一緒にご覧くださいませ<(_ _)>
三月弥生
その日、燃えさかる炎に包まれた森の中……
焼け焦げた土の上で、逃げる事も動く事も出来ない幼い少年が横たわっていた。
荒れ狂う炎が放つ熱で僅かに焦げた黒い髪と、紅玉を埋め込んだような真紅の瞳を持った少年。
彼の小さな身体は無数の切り傷で飾り付けられ、その傷口から流れ出る血によって赤く彩られていた。
「……わかってたけど、どんどんなくなってく……ね」
鳴りやまぬ喧躁、天をも焦がず業火のうねり。
赤より紅い瞳に映り込む炎がその勢いを強める度に、少年は自分の中で大切にしていたモノが消えていくのを感じていた。
『――お前は良くやった。お前は彼女を護ったのだからな』
そんな少年に優しくも悲哀を秘めた男の声が届く。だが、その男の姿は立ちこめる火と煙の中には無い。
「……まもれてなんか……ない……っ」
少年は少し息を吸っただけで鼻と口の粘膜を灼く炎の熱気に苦悶の表情を浮かべ、掠れた声で返事を返す。
……姿が見えなくても近くにいる事はまだ分かる。
彼のお陰で自分はこうして生きている、自分だけでは何も出来ずに死んでいたに違いない。それはだけは変えようのない事実だった。
「ごめん……」
吸い込んだ空気で肺が灼ける痛みに耐えながら、少年が弱々しい声で口にしたのは謝罪の言葉だった。
「ごめん。……おれが、よわいせいで」
「……あやまらないで」
炎で赤く染め上げられ今にも焼け落ちてきそうな空を背に、小さな声で自分に声をかけてくれた人物に眼を向ける少年。
世界の終わりを思わせるこの場所に少年と姿のない男の他にもう一人、少年の傍に寄り添うように座っている少女がいた。
傷つき疲れ切った少年とは違い何処にも外傷は無い、宙を舞う煤で顔や衣服が汚れている程度だ。
しかし、揺れ動く炎熱の気流に靡く白い髪に頭の上で微かに動いている動物の耳。そして、金と蒼の左右色違いの大きな瞳と桜色の薄い唇。特徴的な外見と幼いながらも整った顔立ちは、こんな状況でなければ誰もが見惚れていただろう。
そんな少女の姿を見た少年の表情は悲痛に歪み、後悔に染まった瞳からは止め処なく涙が流れる。
「おれが、もっとつよかったら……こんなふうにならなかったのに!」
強かったら君と一緒に遊んだこの森を、燃やさずにすんだかもしれないのに。
強かったら君に辛い思いを、悲しい思いをさせずにすんだのに。
強かったら……君を、君との『約束』を護る事ができたのに。
今もここから逃げなきゃいけないのに動く事もできない、弱い自分を悔やむ事しかできない。
少年は喉の奥からこみ上げてくる嗚咽を懸命に堪え、涙で潤んだ瞳で少女を見上げた。
「あなたはよわくない……わたしをまもってくれた」
なかないで、と少女は涙を流す少年の頭に小さな手を添え慰めるように優しく撫でる。
だが、少年を気遣っている彼女の声からその思いやりが感じられない。彼に向ける眼差しも何処か力がない、表情にも変化はなかった。
「ごめん、ごめんよっ」
喜びも悲しみも……心が凍り付いてしまったような少女の表情、そんな彼女の面持ちが少年に何度も謝罪の言葉を口にさせる。そして、言い表しがたい悲しみと寂しさが彼を襲う。
「……やだ、いやだ……」
それでも少年は涙に濡れる紅い瞳に少女を映し、うなりを上げる炎の轟音に声をかき消されても、必死に自分の中から消えていく大切なモノを繋ぎ止めようとする。
「まだ、もっといっしょにいろんなものを見て、いろんなことして。もっと君といっしょにいたい! ずっとずっと……いっしょにいたいのに……っ!!」
諦めたくない、無くしたくない。どんな時も一緒にいてくれた君と過ごした日々を、君がくれた幸せを。自分にとって一番大切で大事な君との絆を。
少年は嗚咽に声を詰まらせながら、まだ胸の奥に残っている想いを伝えようと懸命に声を出そうとする――が、それよりも早く少女はそっと少年を抱きしめた。
……自分は何処にも行かないと、傍にいると言うように。
「……わたしも、だいすきだよ」
何の機微もない声。しかし、その言葉に込められた想いが伝わったのだろう。少年の頬を濡らしていた涙が止まる。そして、少女の温かな体温を感じて安心したのか少年の眼が少しずつ静かに閉じていく。
『もう、意識を保っていられぬようだな』
少年と少女がお互いの気持ちを確かめ合っていた間、一言も喋る事の無かった男が少年に語りかける。
『……お前が真に力を求めた時、再び相まみえよう。……さらばだ』
「……ありが……と」
男は眠りにつこうとしている少年に別れの言葉を残し、少年も自分と少女を助けてくれた姿の見えない男に精一杯の感謝の言葉を贈る。
「……ねむい?」
「うん……もう、おきてられない……や」
彼女の言う通り気が遠くなっていくのが分かる、このまま眼を閉じてしまえば大切なモノが消えて無くなってしまう事も。それでも自分の事を好きだと言ってくれた少女に言いたい事が、覚えていて欲しい事があった。
「……おれも……」
少年は最後の気力を振り絞り言葉を紡ぐ。
「おれも……だいすきだよ。だから……きっとまた、君を……すき……に……から」
どんどん小さくなっていく少年の声。その声と一緒に瞼の奥で揺れる真紅の瞳は、その鮮やかな色を失い黒い瞳へと変わっていく。
紅から黒へと変化した眼が完全に閉じられた時、少年の意識は途切れ身体から力が抜ける。
そして、少女は眠りについた少年を虚ろな色違いの瞳で見つめる。
「……あなたは、わたしをまもってくれた。だから、こんどはわたしが――――」
何処までも心の変化を感じさせない声、仮面に似た空白な表情。だが、眠る少年の寝顔を映す双眸だけは違った。
「あなたをまもる」
感情が見えない暗い瞳からこぼれ落ちた涙、それは間違いなく抱きしめている少年を想い護ると誓った少女が流した掛け替えのない心の雫。
様々なモノが灼け崩れ消えていくこの場所で、少女の流す涙だけは乾く事も消える事もなく、ただ自分の細い腕の中で眠る少年の頬を濡らし続けた……。