プロローグ
「芽衣、声を聞かせて」
愛しい芽衣に、俺は囁いた。
尊敬していた。
誰よりも強く、優しかった。
それなのに・・・。
叔父さんは死んだ。
39歳の若さで。
理由は、飲酒運転という罪を犯してしまったから。
しかも、交通事故を起こしてしまった。
相手の一家は、即死だったそうだ。
叔父さんは、人を殺してしまった自分を激しく責めた。
そして・・・。
自殺してしまった。
なんでだよ・・・。
俺は葬式の後、もう話すことのできない叔父さんの写真を見ていた。
なんで死んだんだよ・・・。
逃げんなよ・・・。
「俺は・・・俺は・・・」
どうしたらいいんだ?
なあ・・・
叔父さん・・・。
*****
俺は、桜が満開の通学路を歩いている。
高校の入学式。
いろんな奴がいる。
親戚や両親に祝ってもらった。
だが、心からは喜べない。
叔父さんなら、きっと大騒ぎして無理してプレゼントを用意してくれたはずだ。
叔父さんなら、きっと誰よりも先に祝いの言葉をくれるはずだ。
叔父さんなら・・・。
だめだ・・・。
叔父さんに頼り過ぎている。
早すぎるよ、叔父さん。
なんでだよ、なんでなんだよ。
疑問と怒りがどんどん胸に溜まる。
「晃、おはよ」
中学の同級生・敦也が話しかけてきた。
うざい。
「あー・・・」
「なになに?まだ落ち込んでんの?」
ちくしょう。
馬鹿にしやがって。
「いー加減にしないと、叔父さんも成仏できねぇぞ」
敦也は俺の親友ともいえるほど、仲が良かった。
その目は同情しているように見えた。
「わかってる」
わかってる。
けれど、納得できない。
飲酒運転さえしなければ・・・。
一家が外出しなければ・・・。
だめだ・・・
被害者まで恨んじまう。
俺からしたら、叔父さんも十分被害者だと思う。
だが、世間の目は叔父さんを加害者として捉えている。
悔しい。
悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい。
ちくしょう。
「あ、そーいえば、」
校門を通りながら敦也が言いかけた、その瞬間。
運命とは突然やってくる。
1人の女子生徒とぶつかった。
ドンッ。
ゲッ!転ばしちまった。
女子生徒は声を漏らさずに転んだ。
「芽衣!大丈夫?!」
甲高い声が聞こえた。
メイ?
俺は目の前で転んでいる女子生徒を見た。
コイツか?
「ちょっとアンタ!」
「なに?」
怖い顔のさっきの女がいた。
「芽衣に謝りなさいよ!」
はあ?
ぶつかってきたの、そっちだろ。
「晃っ」
「ああ??」
敦也が耳打ちしてきた。
「この子めっちゃ可愛い」
俺は転んでるメイ、とかいう奴を再度見た。
確かに・・・。
肩につくくらいの髪をサラサラと靡かせている。
雪のように白い肌、その足に擦り傷ができている。
長い睫毛が上を向いている。
黒曜石のように黒い目が、俺を見上げた。
ヤバイ・・・。
超可愛い・・・。
芽衣、は無言で立ち上がった。
「あの、」
振り返った。
ご・め・ん・な・さ・い
声は聞こえなかった。
でも確かに、桜色の唇はそう言った。
「芽衣えらい!アンタも謝りなさいよ」
またキンキン女に睨まれた。
「まあまあ」
敦也が宥める。
キンキン女は自分に人差し指を向けた。
「藍川 琴音」
ん?
キンキン女の名前か?
今度はメイ、を指差して言った。
「泉川 芽衣」
泉川・・・。
確か、叔父さんが即死させちまった一家の苗字。
泉川という苗字に反応しちまう。
「覚えておきなさい!」
行こう、メイ。
そう合図したようだ。
2人は人ごみに紛れ込んだ。
「藍川も可愛いけど、泉川はお淑やか美女だなぁ♪」
敦也は女子の友達ができて、大いに嬉しそうだ。
それから俺達は、くそ面白くない話を聞かされていた。
いつまで続くんだよ・・・。
「新入生は、退場してください」
普通のアナウンスが神の声に聞こえる。
ありがたや~。
上級生に話しかけられたり、同級生にも声を掛けられた。
全部テキトーに流した。
「モテモテですなぁ、晃君」
「うざい」
「女子の声はなんであんなに、高いんだろうね~」
どうでもい・・・ん?
声。
泉川の声が無性に聞きたくなった。
どんな声なんだ?
新しいクラス。
新しい教室。
新しいクラスメイト。
全てがピカピカに見えた。
「柳瀬く~ん」
知らない女子に声を掛けられた。
うぜぇ。
軽く会釈した。
そしたらキャッキャッし始めた。
うざい。
「柳瀬」
聞き覚えのあるキンキン声。
同じクラスかよ。
「んだよ藍川」
振り返ると、藍川と泉川が立っていた。
藍川が何か言いかけた時
「おーい、席に着け」
センコーが来やがった。
「チッ」
藍川の舌打ちが聞こえた。
性格ワリーなコイツ。
言われるがままに、俺は席に着いた。
出席点検が始まる。
「村上」
「はーい」
うざい。
変な声出すな、敦也。
「柳瀬」
「はい」
だりぃ。
俺はハッとした。
出席点検・・・。
基本的に「はい」と強制的に言うことになる。
これなら泉川の声が聞ける。
「あいか、」
「はい」
センコー妨害してやがる。
態度でけぇな。
「泉川」
きた。
しかし、声が聞こえない。
泉川は手を挙げただけだった。
ちくしょう。
なんで喋らないんだ?
コイツ。