敵前逃亡
俺達は空き教室に入り、弾丸のチェックなどを行い、再び移動をする。
移動時に、窓を見ると校庭でも激しいバトルが行われ、その隙間を縫うように、二輪研究会が走っていた。
「次はどうするんだ」
軍曹に聞かれ、困りながら答える。
「どうもこうも無いね」
はっきり言えば、逃げ回らずに立てこもりたいのだ。一か所にいることがジョーカーの標的対象となるから動きまわっているだけで、本当はバリケードを作って、万全の体制で待機していたい。
警戒しながらの進軍は神経を使い、ただ歩くだけの行為でもみんなに疲労の色が浮かんでいた。
「敵がいなさそうな場所をずっとグルグル回るだけだよ。今はまだみんなが潰しあってる。だけどその中にわざわざ参加する必要なんてない。結局は最後まで生き残ることが大事なんだ。撃破数一人でも最後に生き残れば勝利なんだよ」
「だが、進行方向に敵がいない保証などどこにもないぞ」
「だけど、じっとしてればジョーカー(ババ)を引かされるぜ。ジョーカーが何者かはわからないけど。戦いたくはないね。ルールで無敵と決められてるようなやつと」
「だが、このままだと、ただ消費するだけだ。どこかにバリケードでも作って、籠る方がいい。無論ジョーカーが来たら逃げられるように」
確かに、一理ある。
というか大分ある。
この時俺は軍曹の意見に賛成しようとした。
けれども、その言葉を言うことは無かった。というか俺達の相談は全て無駄になった。
「みつけたのです。神乃天下。約束どうり三カ月の怪我、いや、ぶっ殺してあげるのです」
やけにかわいらしい声で物騒なセリフが聞こえる。
そしてそこには、小さなツインテールの少女がいた。双鐘恋である。
「どうして……」
「どうして、私が会長戦に出てるのかって不思議そうな顔ですね」
「当たり前だろ。どうして葵ちゃんと一緒に参加しなかった!」
「ちょっとタイミングが悪かったのですよ。今回私は戦挙管理委員会、および序列委員会の推薦でとある仕事を受けてたのです。一度了承すれば、断れなかったのですよ」
この段階で俺は目の前の相手がどんな仕事を受けているのか半分分っていた。だけど、聞くのは少し恐かった。
もし、俺が思っている通りなら、最悪な結果が見えているから。
「一体仕事ってなんだよ」
祈りながら聞いてみる。
「もちろん、ジョーカーです」
半ば予測どうりのセリフが帰って来る。
「ちょっと待てよ、お前がジョーカーってのは納得しよう。でもジョーカーってのは、戦闘をしなくて一箇所にとどまる人間をやるんじゃないのか? 俺達は戦闘もしてるし、一箇所にもとどまってないぞ」
「それは単なる優先順位です。ジョーカーは常に徘徊し見つけた敵を倒す。本部から戦闘行為を行っていない奴を倒せという命令を受けた時に優先してそいつらを倒すんです」
冷や汗をかきながら尋ねる。
「そして、俺達は?」
「無論ぶっ殺すのです」
「総員逃げるぞ」
彼女のセリフと共に軍曹が叫びみんなを逃がそうとする。
ナイス判断だ。
だけど俺はすぐに逃げなかった。まだ、俺には希望的観測があるから。無傷で俺が助かるという方法が。
「なあ、お前は知らないかもしれないけど、俺のパートナーは天上葵ちゃんなんだよ。もし、俺を失格にすれば、葵ちゃんも失格になるぞ。なあ、お前の大事なお姉さまに迷惑かけたくないだろ?」
映画の最後で命乞いする敵キャラのように情けなく俺は敵に救いを求めた。
「そうですね、確かにお姉さまに迷惑をかけるのはよくないですよね」
「そうだ、その通りだ。だから、俺達のことは、見逃してくれ」
どうやら、こいつは馬鹿じゃない。
助かった。心からそう思う。
「だが、断るのです」
しかし、俺の安堵はすぐさま砕かれた。
「なっ……」
「お前のような下衆の言うことを聞く気はないです。それにお姉さまは、生徒会長になってもいいことはあんまりないです。あの人は一生懸命会長職を全うしてきた。でもお姉さまに感謝する人はいないし、お姉さま自身の精神を追い込んでいるです。お姉さまは疲れてる、そんな状態になるのをわかっていてまで、お姉さまを会長にしようとは私は思わないです」
「じゃあ、俺はどうなるの?」
「みなまでいわせるのですか?」
「ですよねー!」
逃げた。脱兎の如く。
「逃がすと思うのですか?」
「ですよねー!」
彼女は、腕を振ると袖に隠していたのか、ペンが出てきて、それを彼女は指の間に握りしめそれを俺に向かって投げつけた。
それは弾丸とそん色ないスピードで飛んでくる。俺はとっさに前方に転がってかわした。
そのペンは、前を走っていた、同好会のメンバーに当たった。
ペンなど当たっても大したことないと思うかもしれない。事実俺が本気でペンを投げても大したことにはならない。仮に機械などを使って、ペンを弾丸と同じスピードで投げてもこの学園の連中にとってほとんどの奴には大した事にはならないだろう。
ただ、投げた人間は双鐘恋。この化物揃いの学園で二年生ながら序列二位の化物なのだ。たとえペンとはいえ、化物が投げればそれは十分に凶器で脅威で恐怖だった。
恐らくは気でも込めて投げたのだろう。不幸にも俺が避けたペンに当たったメンバーはその場で倒れた。ペンは背中に背負った銃を貫通して彼を貫いていた。
彼はすぐさま気絶し、同時に近くを走るメンバーの首輪から警告音が流れた。
「やば」
洒落にならん。そう思ってすぐに立ち上がり、みんなを追う。双鐘はペンを今度は手に三本握り投げつける。
一本は俺に向かい、もう二本は俺の前方を走るみんなに向かって飛んでいく。
「しゃがめー」
自分に目がけて飛んでくるペンを刀で落としながら叫ぶ。
しかし、同好会のみんなは決して格闘が得意ではない。よって、叫んだ声に反応できた奴はあまりいなかった。
ペンはメンバーの一人に当たり、もう一本は狙われた奴がしゃがむことで、すんでの所でかわせた。
二人やられた。それは同好会のメンバーが半分になったことを表していた。
双鐘はペンを投げるのをやめ、こちらを追いかけるため走り始めた。
そんな時、軍曹が振り返った。銃でこちらを、双鐘を狙ってトリガーを指にかけて。
「総員撃てー」
軍曹が立ち止まったのと、軍曹の叫び声を聞いて、他の三人も立ち止まる。そして同じように銃を構えて撃った。
けれど、弾丸は彼女にとってはまるで脅威ではないのか、いったん立ち止まり、顔色も変えずに指で挟んだペンを使い弾き落としていく。
四人のライフルの斉射を全弾涼しい顔して叩き落す。その光景は彼女が序列上位にふさわしい実力を持っている事を十二分に現していた。
だが、さすがの彼女も弾丸を止めるために立ち止まった。これが最高によかった。
俺は彼女との距離をとることができた。そして、銃を撃つみんなの所に行く。
「軍曹助かったよ。このまま撃ち続けながら後退しよう」
「無理だな。恐らくあいつの方が速い。それに相手は飛び道具持ちだ。リロードの瞬間に攻撃されて終わるな。それより、お前はここを俺達に任せて逃げろ」
「でも……。そうだ! スモーク弾で同じように」
「駄目だ。さっきの時投げたので終わりだよ。あんまり長いこと会長戦で戦うことになると思って無かったんでね」
「他に何か無いのか?」
「もう、無いな。それより速く逃げろ。四人で撃ってるからあいつをやっとのことで、足止めできてるんだ。一人でも欠ければあいつは止めれん」
「わ、わかったよ。絶対俺、この戦いに勝つから、それを楽しみに待っててくれ」
俺は決断した。生贄になると言った軍曹の意見を尊重した。尊重したなんて言えば聞こえがいいが、単に見殺しにしたのだ。仲間を見捨てて一人だけ逃げるのだ。
俺は手に入れた最高の仲間に最悪の恩返しをすることを受け入れ、足を特別棟に続く廊下に向ける。
「餞別だ」
軍曹はリボルバー式の拳銃を俺に投げた。
もう俺にはいらないから、そう言って俺に向かって……。
最後のプレゼントを受け取り俺は、その場から逃げだした。
そして、丁度特別棟へつながる渡り廊下を走り終えた時、銃声が鳴りやんだ。
残って足止めしてくれた彼らの稼いだ時間は三十秒程度だった。だが、俺はその時間で、十分に距離を取れたと思っていた。だが、彼女にとっては、大したことは無かったらしく、すぐさま俺を追跡してきた。
足の速さは向こうの方が上だった。双鐘は当初結構離れていた距離をみるみるうちに縮めてきた。
なんせ基本廊下は直線である。ハッキリ言えば姿を見失うこと自体普通あり得ない。
そして、彼女はペンで攻撃しながらの追跡だ。俺はそれを防ぎ、かわしつつの逃亡で距離が開くわけがない。
「潔く諦めたらどうです?」
「殺されることがわかっててあきらめる奴がいるかよ」
「今なら、半殺しですませますよ」
嘘だ! こいつとのお話しは無駄だね。
葵ちゃんについた害虫を、汚物を消毒するのに必死なのだから。
会長の切り札は俺にとってのジョーカー(ばば)となり襲いかかってきた。しかもババを引いてくれる人が他にいない。桃鉄で、キングボンビーに気に入られている状態だね。なすりつけられない。
ちなみに特別棟の一階に潜んでいた参加者は俺と双鐘の争いに巻き込まれ全員ぶっ倒れていた。
ずっと全力で走りさすがに俺も疲れてきているが、ここで立ち止まるわけではいかない。
俺にも考えはあるんだ、逃げるための……。どう転ぶかはわからんが、チャンスはゼロじゃない。
そう考えた時、近所から苦情がでそうなほどの、爆音が轟き世紀末ライダー達が通りかかる。
俺もただただ、考え無しに逃げてたわけじゃない。昨日の雑誌に載っていた二輪研究会のコースに沿うようにしていたのだ。
後ろから、俺と双鐘をかわしながら大層なスピードで駆けようとする先頭のライダーに俺は狙いを定め、彼の目の前に飛び込んで、刀で思いっきり彼のモヒカン頭を打ち込んだ。
目の前に人が飛び込んだ時点で動揺していた彼はあっさり俺に殴られ、意識を失った。俺はそのままバイクに飛び乗り、意識を失った彼を棄てる。
俺はバイクの運転の仕方は全然知らない。ギアの変え方すら知らない。だけど、アクセルのひねり方だけは知っていた。
「フルスロットルだぜ」
ひゃっほー、と叫びながら、廊下を駆ける。
全身に風を感じながら、髪の毛を自然と逆立てながら、俺は全力疾走を始める。
双鐘が追いかけてくるかどうか見るために一瞬後ろを振り返るが、彼女もさすがにバイクと追いかけっこはする気が無いのか立ち止まっていた。
「助かった」
「誰がです?」
俺の独り言はくそ甘ったるいロリ声によって、会話へとステップアップした。
後ろを見ると先ほどまで確かに立ち止まっていた双鐘が一瞬でバイクの後ろに追いついていた。無論走ってである。どうやらさっきまでの俺との追いかけっこは遊んでいたらしい。
くそったれな野郎だね。ホント。
「お前、さっきまで手を抜いて走ってたな」
「違いますです、さっきまでのは、準備運動です。いきなり全力だすと怪我が怖いですから」
「あーそうかい」
畜生め。
そのまま俺は廊下を飛び出し、今度は中庭へバイクで駆け出した。
外の中庭をバイクと人間が同じ速度で走るという夢の追いかっけこが実現した。
だが、それは結構早めに、終わりを告げる。中庭の終わり、俺はカーブで曲がろうとした時、双鐘はペンを投げる。
ぺンはあっさりとバイクのエンジンとタイヤを破壊し、バイクは派手にぶっこける。
「ちょっ、待てよ、死ぬぞ俺」
バイクは火花を散らし、黒煙を辺りに振りまきながら武道館にぶつかって、爆発した。
乗っていた俺は、バイクがこけた瞬間、地面に転がってバイクと離れることができたので何とか爆発には巻き込まれなかった。
ゴメンねバイクの持ち主。俺が悪いんじゃないけど。
俺は転んで、ボロボロになったけど、それでもまだ止まるわけにはいけない。もう少しで俺にも逆転できるチャンスがあるんだ。
俺は傷のことなど何も考えずにすぐさま立ち上がり、目の前にある武道館へ俺は全力で飛び込んでいった。
今までの逃走はこの武道館が目的だった。ここまで逃げれば、助かる方法があった。相手が女ならば。ただし確率は三分の一だが。
剣道部は今回グループを三つに分けると言うことを、神楽から聞いていた。そして、武道館を本部とし三つのグループの内一グループが武道館で待機休息を行い、残る二グループが外に出て戦うと、こうして、ローテーションで補給と攻撃を繰り返せば、ジョーカーの標的にされにくいというものだった。
だから、この中に神楽がいる可能性は三分の一。
俺は武道館のドアを祈りながら開ける。
「誰だ!」
ドアを警備している子達に剣を向けられる。だが、すぐさま。
「待て」
神楽の声が響き、剣の構えを解く。
幼馴染が武道館にいることに安堵し、後ろを見ると、双鐘はペンを指で浪人回ししながら遊んでやがった。どうやら向こうは俺を追い詰めた時点で満足し勝利を確信している。そのうえ、敵が増えても意に介さないらしい。
「双鐘、一ついい台詞を教えてやるよ、『相手が勝ち誇ったとき、すでにそいつは敗北している』」
「別に勝ち誇ってはいないです。ただ、これからあなたを倒すっていう楽しい出来事に心が躍っているだけです」
双鐘……、お前って最低な奴だったんだな、残念だよ。
でも、まあ、もうここまでくれば俺を倒すっていうのは不可能だ。俺は神楽に向かって真正面に立った。
見せてやるよ、双鐘、俺の切り札をな。
「神楽、紹介するよ。俺のパートナーの双鐘だ」
そう言うと、さっきまでの神楽の表情が崩れる。前から、どうやら神楽は、俺と女子がパートナーを組む事を許容できないらしい。
すぐさま、神楽は刀をすぐさま抜いて、俺の後ろにいる双鐘に向かって、神速を持って切りかかった。
「あんたなんか、死んじゃえばいいんだ」
「シンジャエバインダーなんていうなよ」
昔は凛としている子だったのに、今じゃ頭の中シャッフルされたみたいにカオスな言動しか言わなくなってきているな神楽……なるほどね、これがキャラ崩壊というやつか。
最近ますます言動が、ヤンデレキャラみたいになってるし、そんな、神楽は不要だ、かえてくれ。
そんなことを考えている合間にも、俺の幼馴染はヤンデレさながらの迫力を持って彼女に攻撃する。
左片手一本突き、刀を使った技の中でもっともリーチが長いであろう攻撃を神楽は双鐘に向かって放つ。
事態をよく読みこめていない双鐘は自分に向かって、何故、殺意を込められた一撃を放たれているのかわからないまま、後ろにバックステップした。
バックステップ、その行動は間違いではないと思う。
事実刀は彼女に届いていなかった。だけど、神楽は気を使えるのだ。
気を使う奴との戦いでは、気を練るという動作があるため、懐まで入ってしまえば、純粋な戦いになることが多い。だけど、まれに気を練らずに気を放てる奴もいる。
そういう奴を天才と言うのだろうか? まあ、それの理論で言えば、神楽は間違いなく天才だった。
「竜牙絶刀」
かわしたはずの突きは神楽の放つ気によって、双鐘まで届き、そのまま彼女の軽そうな体は中庭に立っている木まで叩きつけられる。まるで、彼女のバックステップがそのままその木まで届いたような光景だった。
彼女は低く苦しそうな声を発した後、気絶したのかその頭を垂れた。
「ゴメン!」
ジョーカーを倒した光景を見て、一瞬呆けていた俺を現実に引き戻したのは神楽の一言だった。どうやら、双鐘を本当にパートナーと信じていて失格になったことをわびているらしい。
俺的には、あんなふうにあっさり勝つと思っていなかった。しばらくの間、戦うことになってその隙に俺が逃げるという計画を立てていたのに。とりあえず何て言おう。いやどんな顔しよう。こんな時どんな顔したらいいかわからないの。笑えばいいのだろうか。笑えよべジータみたいな。
「ははは」
「どうして笑ってるの?」
「気にするな」
どうやら気が動転しているらしい。
「それより、早くここから逃げた方がいいぜ、彼女実は俺のパートナーでもなんともなくて、ジョーカーだから。すぐに医療班が来て、意識を取り戻したら、またバトルになるぜ」
「えっ!?」
「ゴメンな神楽。助かったよ。それじゃあな」
俺は軽く神楽に謝ると、すぐさま武道館から立ち去った。もうそろそろ、開始から一時間以上経つ。そろそろ葵ちゃんと合流しないとまずいね。