脅迫
とりあえず、まず俺の学校の説明をしておこう。俺の学校は「私立天武学園」という。まあどういう学校かというと、学園のコンセプトが、「力なきものは去れ、向上心無きものは去れ、力を求めし者のみぞ我が門戸は開かれる」というものであり、学園独自のルールである、序列というランキングが全てを決めている。
この学園では、序列は簡単に言えばそいつの強さを示している。そして、この学園ではその序列によって様々な特権が与えられている。例えば、授業にでなくていいとか、序列の低い人間をパシリにしていいとか、私服登校オーケーとかである。
しかし、皆そういった特権よりも純粋に序列の上位を目指し、日々、学園内でバトルを繰り広げている。
当然この学園に入学するものは、そういった校風を受け入れ、自らの力を試したいものがいっぱい入学してくる。おかげで、俺が入学してからの三年間、一度も入学式を始めとした行事が、まともに行われたのを見たことが無い。
そんな中、俺はこの学園の序列登録者、千人中九百九十位という最低ランク、三年の中ではダントツの最下位として、存在していた。というか、俺は本来このような学校に入学するつもりはなかった。俺の入学するはずだったのは「市立天智学園」だったのに、なにが、どうして、こうなったのか知らないが、この学園に入学することになってしまった。
そこからは、もう大変だった。入学式で、新入生と在校生の歓迎大乱闘で、ボコボコにされて、序列上位の人間にパシラされることにより、パシリを極めて。とまあ散々である。ただ、どれだけひどい目に遭っても序列を上げようとは思わなかった。戦い続けることのほうがよっぽど面倒だと思えたからだ。けれど、ようやく今年最高学年になり、序列戦に全く関わらないようにし、またパシリを強要してくる先輩も卒業したため、俺が望んで止まない平穏と二つ名を手に入れた。
『最弱無敵』それが俺の二つ名だった。無敵という言葉がついているが、なんてことは無い。ただ弱すぎるため武を鍛える連中には相手にされないためついた名だった。つまり敵にする価値すらないという意味であった。
それに対し俺の目の前にいた人間は、天上 葵『現在序列一位』『現生徒会長』『完璧無敵』という称号を持つ化物クラスの存在であった。
彼女は天武学園の長い歴史の中で、女性として数々の伝説を作った人だった。女性として初めての二年の時から序列一位。女性の序列一位期間歴代一位。と彼女は圧倒的な力で他の追随を許さなかった。
彼女は、いつもの通り、肩の位置より少し長めの、光できらきら輝く綺麗な黒髪を後ろで括ってポニーテールにし、彼女のトレードマークである長い日本刀を持って俺の前に立っていた。
いつもと違う所を上げるとすれば、学校中の女子が憧れ、学校中の男子が見蕩れる整った美しく麗しいお顔が、いつになく真剣で、俺を睨みつけていることと、俺が勝負を挑んだわけでもないのに、刀が引き抜かれていることである。
この天武学園、武器の持ち込みが許可されてある。もちろん刃物の刃は落としてあるし、銃の弾丸は特殊ゴム弾である。しかし、目の前にいるような達人が武器を持てば、切れない刀だとわかっていてもあまり関係ない。とりあえずとてつもなく怖いのである。
「あのー、なんのことでしょうか、生徒会長」
俺はビビって声が上ずりながら、目の前の人に話かける。頼む人間違いであってくれ。
「はぁ! あなた、私にあんなことしておいて、知らんぷりするつもり!」
目の前の女の子は激昂しながら、俺に言い寄る。
ああ、ごめんなさい。だから刀をそれ以上近づけないで。
「あんなことって、何ですか!? 会長きっと人違いですよ」
「間違えるわけないでしょう」
「だって、俺今日ずっと寝てたんですよ」
「あなた、本当に覚えてないの?」
「覚えてません」
「なら、思い出させてあげる」
そういって、彼女は俺の右手を引っ張り、教室から俺を強制的に引きずって行く、女の子とは、到底思えない力で。
美人に手をひかれていくという、生まれて初めての誰もがうらやむ経験を現在しているのだが、手を引かれるのではなく、引きずっていかれており、エスコートというより、強制連行だった。
「どこに行ってるんですか?」
俺は引きずられながら、疑問を彼女にぶつける。
彼女は俺の問いに答えず、ぐいぐいと更に力を入れながら俺を引きずって行った。
痛いんですけど、まじで。
結構な間引きずられ、そういえば俺女の子に手を握られるの初めてだなって、どうでもいいことを考えられるほど心に余裕ができた時、急に空中に投げだされた。
急な出来事で、俺は投げ出された勢いのまま転がった。三回転ほど回って、ようやく止まり、そしてあたりを見渡す。
そこは、ひと気のない、学園の裏庭だった。
「どう、思い出した?」
「いえ、あの記憶の隅にもないんですけど」
というか、女の子とこんな場所に来たのなら、絶対覚えてると思うんだけど。
「なら、説明してあげる」
そういって、こちらを向き直る。
「体でね」
彼女は腰に差した刀を抜き、銃弾のようなスピードで目の前に飛び込み、俺の顔目がけて刀を振るった。俺は、素早く、カメが頭を引っ込めるようにしゃがみ、彼女の一撃は空を斬る。けれど、刀は空を切ったはずなのに、後ろにあった使われていないベンチが真っ二つになった。
「あのーボディーランゲージはよく知らないんですけど?」
「うるさい、とりあえず一発あなたに攻撃しないと気が納まらないの!」
刀が空を切ると、彼女は足払いを放つ、俺はしゃがんだまま飛び、彼女の地面を狩る一撃をかわす。だが、彼女の本命はこれでは無い、彼女は足払いの勢いをそのままに一回転し、刀を空中に浮いている俺目がけて、繰り出す。
空中に逃げ場などない、そのまま俺は彼女の一撃を腕を盾にしながらくらう。わけのわからないままくらうダメージとしては、十分すぎる痛みをもらい。そのまま、俺は軽く飛ばされて、先ほど破壊されたベンチに頭を強打した。
一体俺が何をしたんだ!? 納得できない展開に巻き込まれながら思う。
「痛いですよ。何するんですか!」
「本当に覚えてないみたいね。なら教えてあげる。あなたはここで私を倒したのよ」
何言ってんのこの女!? 俺が勝てるわけねーじゃん、あんたみたいな化物レベルの連中に。と言うよりなにより、俺が戦おうとするわけない。
「あのー、その冗談笑えないですよ」
彼女のセリフをにわかも信じてない俺は、愛想笑いを何とか作りながら彼女に言う。
そして、もう一度刀で斬られた。
「私も笑えないわよ。まさか、序列最底辺のあなたに負けるなんてね」
痛みで悶絶している時に彼女は続ける。
「本当に全部忘れているみたいだから、最初から教えてあげるわ。あなた、授業中寝ていたでしょ?」
「……ぅぅ、はい」
痛みをこらえながら、なんとも情けない声で答える。
「あなたはね、体育の授業中も寝てたのよ。そして、あなたのクラスと私のクラスは合同授業なの。そして、女子はあなたのクラスで着替えることになってんの」
そこまで言われて、二限目が体育だったことを思い出す。そうだ、現在昼休みである。つまり、体育の時間も俺は眠り続けていたわけだ。
「そこで、私はやさしく『起きなさい、もう体育の時間だよ』って起こしたのに。あなた何て言ったと思う」
「わかりません」
ただ嫌な予感はする。
「『うるさい。俺は眠いからほっとけ』って言ったのよ。だから、私が無理やり叩き起こしたの。そしたらあなた逆ギレして、『表出ろ、ブッ飛ばしてやんよ!』って言って、ここまで連れて来られて、私を倒したの。ああ思い出しただけでも腹立つ」
刀を振り回し、地団駄を踏んでいる。またしても、刀は触れてはいないのに、周りの木々の葉っぱが切り刻まれながら、宙を舞っていた。あれおかしいな、目の前の生徒会長さんは、普段は割とおとなしい人だと思ってたのに。
彼女の説明を聞く限り、寝ぼけていた俺は彼女に勝負を挑んで、彼女を倒してしまったらしい。
普通に考えたらありえない。けれど、目の前の人が嘘をついているとも思えなかった。
「あなた、今まで武道の経験は? っていうか私を倒せるほど強いのに、どうして序列最底辺なの?」
「五年ほど、剣術をしてました。あと、俺は戦うことに興味が無いんですよ。それに弱いし」
「剣術ってどの流派?」
弱いと言った部分は完全に無視して彼女は質問を投げかける。俺の話の内、自分の興味を引く部分しか聞く気はないらしい。
「無天流ですよ」
「無天流!」
彼女はいきなり驚き、大きく目を見開いてこちらを見る。
ああ、またその反応だ。
「あの『無天流』なの! そういえば名前は確か、神乃 天下だったよね。もしかして、あの剣帝、神乃 伊吹の身内?」
「親父ですよ」
「そうか、なら納得できる。あなたが、私に勝てたわけが」
彼女は一人で納得しながら、うんうん、と頷いている。
「でも、結構剣を握ってる時間は短いだね。中学の時から剣術をならったの?」
「いえ、幼稚園の時からです」
彼女は俺の言葉を聞いて、すこし笑いながら話を続ける。
「えっ、だってそれじゃ年数あわないじゃない」
「あってますよ。幼稚園のときから初めて、小学生でやめたんですよ」
「えっ、なんで」
彼女は俺の言葉を信じられないのか、驚いて、おろおろし始める。
「正確に言うと、やめさせられたんですよ。いわゆる破門ってやつですよ」
「どうして、だって強いのに」
「答えは簡単ですよ。才能が無いからです」
そう、世の中には努力で埋まらないものがたくさんある。それを知ったのが、小学四年生というのは、いささか早すぎた気がするけれど。
「才能が無いって……。私はあなたに負けてるんですけど」
彼女は納得がいかないのか、俺に対して、怒りを滲ませた目でにらみつけてくる。
俺に言われてもどうしようも無いが……。
「たまたま、勝っただけですよ。ちなみに俺はどうやって、あなたに勝ちました?」
「それは、戦いを始めた瞬間あなたが、貧血を起こしたみたいに地面に倒れそうになって、そしたらいつの間にか、目の前にあなたがいて、私が気を失ったの」
なるほど、『天剣』か、あれなら初見の相手なら恐らく勝利できるだろう。だけど……。
「もうひとつ聞きたいんですけど、もう一度同じ技で負けると思いますか」
「いや、今度は油断しないし、きっと撃ち破って見せるよ」
「だから、俺は弱いんですよ」
俺は自暴自棄気味に語る。
「確かに、俺は初見相手なら、何とか勝てるかも知れない。でも二度目に戦ったら大概負けるんですよ。だから俺は強くない。一回だけ不意打ちで勝っても、自慢にも何にもならないんですよ」
「でも勝ちは勝ちでしょ。そんな風に自分を過小評価しなくても」
何故か、会長様は俺の事を持ち上げようとする。
きっと、同情でもしてくれているのであろう。
「いいんですよ。安定した実力がないと強いなんて言えないのが、俺の理論ですから。ですので、今回の一件は謝ります。スイマセンでした。だから、許してください」
そういって俺は彼女に頭を下げる。彼女は綺麗な顔を納得できなさそうに崩していた、だが、しばらくすると綺麗な顔が悪魔のように微笑み、意地悪そうに言う。
「やだ。許さない。言ったでしょ、私を倒した責任を取ってもらうって」
「責任ってなんですか」
というか、俺に何をしろと。
「私とコンビを組みなさい。そして、明後日の会長戦に一緒に参加しなさい」
「……はぁぁぁぁぁ!!!!」
そして数秒遅れで、声を発する。
目の前の女が何を考えているのかわからないが、何となく面倒な事態に巻き込まれていることはよーくわかった。
この天武学園は、力こそ全て、をモットーとしている。そんな学校を取り仕切る人間を決めるのも当然力である。そのため、一般の高校がやるような、選挙など存在しない。学校が開催する行事によって、学年も関係無しで、全校生徒の中から生徒会長を決定するのだ。
それが生徒会長決定戦挙。通称『会長戦』である。
そして、この会長戦、毎年ルールが変わるのである。俺が一年の時には、生き残りのバトルロワイヤル方式。二年の時は、誰が一番最初に百人倒し切るかというポイント制バトル。そして、今年はかなりの異例のルールとなる、「タッグ制バトルロワイヤル方式」を採用されたのだ。
そのため、多くの人間が自分より、より上位の序列の人間と組めるようにやきもきしているなか、序列一位である彼女はよりによって序列学年最下位である俺と組もうと持ちかけたのである。
「馬鹿なことを言うのはやめてくださいよ。あなたは、自分の実力知ってるでしょ。こんな、序列最底辺の俺と組むよりもっとすごい人がいるでしょう」
「私今序列一位じゃないよ。あなたに負けたから、現在序列九百九十位の状態なの。だから、私がお願いしているの、『序列一位の神乃様私とコンビになってください』ってね」
「そんな風にふざけてる場合ですか。ていうか、俺に頼むより、生徒会の役員のなかで序列上位の子いたじゃないですか」
「恋のこと? 彼女はちょっと用事があるから無理なの。それに、私と組もうとしてた子もあなたに負けて私が序列最下位になったら、組んでくれなくなったの!」
彼女の言葉に少し、罪悪感が湧く。
たしかに、俺のせいで会長戦に出れなくなったらそれは俺の責任だ。
「だから、責任とってよ」
だが、彼女の言葉に俺は素直に「うん」とは言えなかった。第一、俺と彼女じゃ釣りあわなさすぎる。
俺が決めかねて、もじもじしていると。彼女はため息をついた。
よかった、あきらめてくれたんだ。と俺が思った瞬間彼女がつぶやく。
「この手は使いたくなかったけど……」
呟きは小声だったので俺が聞き直そうとした瞬間、彼女は再び刀を俺へと向け直す。
「もし、私の言うことを聞いてくれないと、私はあなたを毎日ボコボコにします。私がみんなに働きかけて、序列一位であるあなたに向かって毎日刺客を送り込みます。あなたの交友関係のある人間に圧力をかけます。あなたの成績を改ざんします。最悪留年させてあげます」
「ちょっと何言ってるんですか、そんなことできるわけないでしょ。特に後半の事とか」
俺はひきつった笑いを浮かべながら、彼女に言う。だが、彼女は本気らしい。目がマジだ。
「序列一位になれば、この学園でできないことは、生徒を退学にすることぐらいよ。今言ったことは、事実上可能よ。今の私の序列は最下位だけど、絶対頂点に返り咲いてあなたに復讐してあげるわ」
俺の表情が動かなくなった。これが顔が凍りつくというやつか、とか思いながら、彼女の脅迫について考える。
けれど、ここで負けていいのか俺。ノーと言いたい時に言わないとずるずると言いなりになるぞ。今こそノーと言える日本人にならなければいけないのでは? 女の脅迫なんぞに負けていてはいけないのでは? そうだ、俺は断るときにはきちんと断ってやる。
「だが断――」
「まずは、この場であなたに殴りかかろうかな」
そういって、彼女は刀を振り上げる。目は据わっており、両手でしっかりと刀を握っている。決して冗談には見えなかった。
「まった。ストップ。了解します。いうこと聞きます。だから、殴らないで」
折れた。俺はあっさりと彼女の脅迫に屈したのである。いつの時代も力というものには逆らえないな。仕方ないよね。子は親の背をみて育つ。全て政治家が悪いことにしておこう。
「ありがとう。あなたが味方だと心強いな」
彼女はさっきまであたりにふりまきまくっていた迫力を容姿に似合ったかわいらしさに変換し、俺に話かける。
女って怖いよ。
「じゃあ、いろいろ説明したいことがあるから、今日の放課後生徒会長室に来てね」
そういって、彼女は裏庭から去ろうとする。携帯の時計を見ると昼休みの終わる五分前である。
だが、俺は一つだけ気になることがあった。それを背を向けた彼女に聞く。
「ねえ、俺って会長と戦うとき、刀持ってたんだろ。それ誰に借りてた?」
「あなたのクラスの幼馴染じゃない? 有名な」
そうやって答えると彼女は去っていく。
こうやって俺は面倒な出来事にばっちりと巻き込まれたわけだが、こうなると不満も言いたくなる。そういうわけで、俺は愚痴を言いに教室へと帰って行った。




