第5話 美少女の目的は……?
「なあ、皐月」
「んー?」
「北白河 椿姫さんって、知ってるか?」
六限目の体育の授業。男子は校庭でサッカーであった。午後の授業、いい天気とあってこれから試合をするとは思えないほどの穏やかな空気が流れる中、涼と皐月も例に漏れずのんびりとサッカーボールを蹴り合っていた。
しかし先程までぼーっとしていたはずの皐月が、涼の言葉に「え!?」と大きな声を上げる。あまりの声の大きさに他のクラスメイトがちらりと涼と皐月を一瞥した。
「なんだよ、大きな声出して」
「いやそりゃ大きな声も出るだろ!? だって、あの涼の口から、澪以外の女子の名前が飛び出してきたんだぞ!?」
皐月が驚くのも無理はない。涼は潔癖症になってから澪と皐月以外の交友関係はなかったのだから。
「しかもよりにもよって北白河さんとは、涼も男の子だねえ。北白河さんは美人だし物腰柔らかだし、スタイルいいし、男子の憧れって感じだもんな」
「いや別にそういうわけじゃ……」
たしかに椿姫は美人で優しくスタイルもいい。が、それだけのことでは涼は気にならなかっただろう。
皐月の反応がますます鬱陶しくなるだろうなと思いつつも、涼は正直に打ち明ける。
「……実はさっき、北白河さんに連絡先を訊かれたんだ」
「マジ!?」
「まじ」
皐月はぱっちりした目をさらに大きく見開いた。
「北白河さんマジかー! 涼狙いだったとはなあ! 道理で告白されても誰とも付き合わないわけだ!」
勝手に盛り上がり始める皐月に対して、涼は冷静にツッコむ。
「いや、そういうんじゃないと思うぞ。そもそも俺と北白河さんが話したのは、さっきが初めてなんだ。なにか理由があるんだろ」
「いやいやだって涼はいいやつだぜ? いつか涼のことをわかってくれる素敵な女子が現れるとは思っていたが、それが北白河さんとはなぁ! すげー寂しいけど、涼を大事にしてやってくれ! 北白河さん!!」
「おい、勝手にどんどん話を進めるな」
皐月のさらっと涼を褒める言葉に少し照れながらも、なんとか強引に話を戻す。
「で、皐月だったら北白河さんのこと、なにか知ってるかと思って訊いてみたんだよ」
「知ってるもなにも、俺、北白河さんと隣の席だぜ?」
「え、そうなのか?」
「涼が俺の席に遊びに来てくれたときも、北白河さん隣に座ってたと思ったけど?」
「…………?」
涼は未だにクラスメイトの顔も憶えていないような人間である。皐月と話していても、皐月しか見ていなかったので、椿姫が隣に座っていることに気が付かなかった。
「ま、涼ちんらしいな」
皐月は少し呆れたように笑って、話を続ける。
「北白河さんは入学当初から男子の中で超話題でさ、美人でスタイルも良くて、みんな狙ってたわけよ」
涼のじとっとした目つきに、皐月は慌てて首を振った。
「もちろん俺は違うぜ? 顔だけで好きになったりしないし! って、それはいいとして! んで、男子は次々に告白したわけだけど、見事撃沈。好きな人がいるんじゃないかって噂が流れ始めてからは、告白する無謀なやつも大分減ったんじゃないかな。まあ、好意を持ってる男子は変わらず多いってわけだ」
「ふーん。で、皐月は?」
涼としては他人の見解よりも皐月の見解を知りたい。
皐月は普段へらへらとしているが、思ったよりも他人をよく見ていて、感情の機微に聡い。長い付き合いということもあるが、そういうところも含めて、涼は皐月を信頼しているのだ。
「そうだなぁ、いい子だと思うぜ、北白河さん。俺が教科書忘れたり、消しゴム忘れたりしても、嫌な顔一つせず貸してくれるもんな。この前は宿題も見せてもらった!」
どやっと皐月の情けないエピソードが披露され、涼は呆れてため息をつく。
「おい、迷惑掛けすぎだろ」
「いやあ、ほんと申し訳ないっ。つーわけで、俺は普通にいい子だと思うよ。裏がある感じもしないし、素直で箱入り娘って感じ。ただ、」
「ただ?」
「友人はいないみたいだなぁ」
「え?」
皐月の言葉に、涼は少なからず驚いた。
「親しい友達がいないみたいなんだよな。クラスの女子とも普通に話してるけど、基本的に一人。いじめられてるとかはまったくないぜ?寧ろ好かれてるのに、北白河さんからはあまり話掛けにいけないみたいだ」
「……そうか……」
なんとなく、椿姫が涼に話し掛けてきた理由がわかったような気がした。
(北白河さんも、俺と同じなのかもしれない。俺と同じようになにか理由があって、人付き合いに前向きになれないのかもな……)
とは思いつつも、男子である涼に声を掛けてくるのもなかなか勇気がいったのではないだろうか。
「ありがとな、皐月」
「これくらいいいってことよ! なんかあったらいつでもこの皐月お母さんに相談しちゃいなさいよ!」
「誰がお母さんだ、気持ち悪い」
「ちょっ! 今朝澪にも気持ち悪いって言われて傷心なんだぞ!?」
本気で泣き出しそうな皐月がおかしくて、涼はくすりと笑う。
そんな雑談をしているとホイッスルが鳴って、体育教諭の元へと集合がかかった。




