プロローグ 闘犬1~大賢者の弟子~
「はじめ!」
フッフールさんが開始の合図をすると、騎士は左前に盾を構えた。
エルフ女性の声は良く通る、彼女は風魔法の使い手でもあるからソレ等と相性がいいのかもしれない。
自分、マシィ・ライルラックがこの山小屋で大賢者様の助手を始めて二年代余、神殿の騎士の来訪は三度目となる。
自分は小屋に設置してあるベンチから、神殿騎士に目を向ける。
騎士の装備は、いずれも金属で補強された革製の具足と木の盾、刃渡り八〇糎程の片手剣。
騎士としては軽装だが、ここは標高約一八〇〇米の位置にあり、山道は整備されおらず魔物も出没する。
ここまで登って来るのには軽量で適切な装備と言える、それらは、魔法付与で強化されているだろう。
彼は、縁に特徴的な神殿所属を示す刺繍が施されている赤いマントを纏い、首に巻かれた階級を示す青のスカーフを身に付けている。
神殿騎士団所属の副団長である事が、その出で立ちから一目で分かる。
この地、グランディール公国には、副団長クラス以上は真の実力者が派遣される。
その強い騎士が攻めあぐねている様子だ……盾は構えたものの剣はだらりと下げており、見るからに消極的である。
騎士……副団長が持つ武器は、訓練用の木剣では無い、本物の刃が付いた真剣だ。
かすっただけでも大怪我は必至、躊躇するのは当然だろう。
副団長の額に皺を寄せて目を細めており、その表情から困惑が見て取れた。
「さっさと組んで……」
フフールさんがつまらなそうに言い捨て、手に持った紅白の手旗を胸元でぐるぐると回している。
エルフ閉鎖的な種族なのに、この大賢者様の山小屋の同居人として、ここに居るのも十分珍しい。
だが更に稀な……いや、異質なのは副団長と対峙している対戦者……。
身長一四〇糎そこそこの小柄な少女。
左手に刃渡り三〇糎のナイフを持ち、それを突き出して左前半身に構えている。
異質なのは体格だけでは無い。
肩ほどに切り揃えられた細くて真っ白な髪、ヒトの物とは違う大きな犬の耳と尻尾。
少女の琥珀色の瞳が副団長を真っ直ぐに睨み付ける。
獣人。
彼女は犬型の、トイ族と呼ばれる少数種族だ。
名は「フォル」、大賢者様が学問では無く、武術で取った弟子だ。
副団長の身の丈は一八〇糎を超えている、体格差はオトナと子供だ。
副団長には軽装に見えるであろう、フォルの服装は半袖のシャツにデニム生地の半ズボン、肘とひざにはサポーター、ミドルブーツ、唯一防具と言えそうなのは両腕に嵌めている籠手くらいだ。
両脇にナイフの鞘が取り付けられてる幅広のベルトとサスペンダーが、小柄なフォルの様相の異質さを強調させる。
二人は数米離れた場所から睨み合っている。
「副団長さん、困ってるね……」
自分の隣に腰を掛けている大賢者様、「先生」がニヤニヤしながらそう呟く。
先生は小柄の為、見た目は少年……年齢は一六歳の自分よりも下に見える。
つややかな黒髪が一層、子供っぽさをっ協調していた。
組んだ両手の上に顎を乗せ、いつもと変わらない眠そうな目で立ち合いを眺めている。
楽しそうにしてらっしゃる……自分は内心落ち着かないというのに。
まったく……このお方はいつも呑気だ、大賢者としての威厳が感じられない。
苛立ちながら先生に視線を向けていると、ガン! っと鈍い音が響く。
先に動いたのはフォルだった。
一閃……離れた場所からフォルは一気に距離を詰め、副団長の構える盾に飛び蹴りを浴びせる。
小柄で体重が軽いフォルの攻撃に、副団長は後ろに吹き飛び地面に臥した。
それほどに鋭く、閃い一撃だった。
副団長は慌てて立ち上がるが、フォルは蹴った盾を踏み台にして飛びずさっていた。
すでに元の位置に立ち、先ほどと同じ構えを取っている。
副団長は盾を構え、その上に刀身を乗せるように添えると腰を落とした。
表情には驚愕が残っているが、その目には先ほどまでの困惑は無くなり、力強くフォルを見据えている。
「やる気になったか、今の一撃でフォルの身体能力の高さが伝わっただろ」
先生が弾むような声で呟く、自分はひやひやしてるのに……。
自分は副団長の構えを見ると、先生に質問を投げかける。
「あれは盾持ち片手剣の基本的な構えですよね? 中央神殿の騎士達の訓練で見た事ががあります」
「刀身が盾に隠れて、対戦相手は間合いを取り難くなる」
「だけど副団長は待ちの構えですよね? フォルは間合いが狭い……彼女から仕掛けるのは不利では?」
自分の心象を先生に問う。
「そんなのフォルが一番よく分かってるさ、問題ねえよ」
先生が言い終わる前にフォルが動く。
盾に右こぶしを叩きつける、副団長は剣を水平に切りかかる、フォルがナイフで弾く。
「!」
フォルが後方に大きく吹き飛んだ。
副団長は剣による斬撃が防御された後に、フォルに出来た隙を付いて盾で攻撃を仕掛けた。
シールドバッシュ。
盾を武器とし、打撃を与える技だ。
小柄なフォルは勢いよく弾かれ、受け身も取れずに地面を転がる。
転がりながらその勢いを利用して立ち上がるフォル、数米は離れたか? 彼女の唇の端から血が流れているが見えた。
「盾持ちの攻撃と対処法は教えたんだけどなあ……」
先生がポツリと呟く、フォルがまともに攻撃を食らったのが予想外だったのだろう。
それは自分にとっても意外だった。
「先生、フォルにとっては初めて他流です、緊張してるのでは?」
「左手のナイフは防御用、右手は無手か……」
先生は腕を組むと考えるようにフォルを見つめる。
確かに副団長に対してこぶしで突きを入れていた。
フォルの攻撃スタイルは両手にナイフを持つ。
まさかナイフを抜くのを忘れている?
視線を試合に向けると、フフールさんがフォルの元に駆け寄り、出来る? と聞いている。
便宜上の物だ、見た所ではダメージは大したこと無いだろう。
フォルは返事をせず、再び副団長に向かって走り出す。
フッフールさんは試合を止めない。
フォルは肉薄して攻撃を繰りだす。
左手に持っていたナイフは鞘に納め、両の手で突きを連打。
が、すべて盾で防がれている。
副団長が突きを繰り出す、フォルは籠手で防ぐと退いて距離を取った。
フォルの籠手も魔法付与がされている。
「やってる事はさっきと同じか……」
先生は顔から笑みが消え、鋭い眼光で戦いを見つめる。
左手のナイフを再び抜き、肉薄するフォル。
副団長の斬撃をナイフでいなし、右手は無手のまま、盾を殴り続けている。
「そういう事か……」
先生は何かに気付いた様だ、腕を組んで成り行きを見守っている。
自分の目には、がむしゃらに攻撃をしているようにしか見えないが……。
「自分にはフォルが劣勢に見えますが?」
「見てればわかるよ」
副団長は守りが固い、接近戦特化のフォルにとってはじり貧なのか?
フォルが大きく後ろに飛び、距離を取った。
副団長は再び盾に刃を乗せるように構えを取る、フォルは地面を蹴り再び距離を詰めた。
と、盾にこぶしを添える、撃ち込まない、隙が生まれる、シールドバッシュが来る!
空気が震える!
物が当たる時とは違う鈍い音が辺りに響き、耳がツンとする。
眼前の二人は近距離で向かい合ったまま、その動きを止めている。
フォルのこぶしが……魔法付与されている強固な盾を貫いている。
こぶしは盾を貫通し、その奥にあった副団長の手首を砕いていた。
ほんの一瞬、副団長は困惑した表情を浮かべたが、すかさず剣の柄頭をフォルの頭に振り下ろす。
片手剣の鋭くとがった柄頭が迫る! が、フォルは小さくかわすと、人のソレとは違う、鋭い犬の牙で副団長の剣を握った右腕に噛みつく。
牙は籠手に深く突き刺さり、完全にロックさせた状態でフォルは体をひねり、噛み付いたまま副団長を投げた!
「ガは!」
硬い地面に叩きつけられる副団長、鎧越しでもダメージが入っているのが分かる。
「それまで!」
フッフールさんの声が響く。
副団長の両腕は無残にも砕かれている、戦闘不能と判断したのだろう。
やはり良く通る声だなと変なところに感心してると、慌てふためくフォルが視界に入った。
酷く狼狽している……自分でやっておいて。
「すいません、すいません、大怪我させちゃいました! どうしよう……ううー、そうだ、手当を!」
先生が肩をすくめると席を立ち、フォルの元に向かった。
「先生! 魔法薬……ううん治癒魔術!」
フォルは目尻に涙を浮かべ、必至な面持ちで先生に乞う。
先生はその剣幕に気後れした様子だが、笑みを浮かべて彼女のアタマをなでる。
そして副団長の元に向かった。
地面に倒れたまま目を見開き、天を仰いで茫然としている副団長の前に先生は片膝を付く。
「副団長殿、どうでしたか? 我が弟子は……たった二年、オレが訓練した小さな獣人少女を相手にさ、手加減された挙句! ぼろ負けして! 今どんな気分ですか?」
副団長の顔を見下ろし、挑発するような口調で先生が問う。
「手加減……?」
副団長がそうこぼすと、先生は視線をその顔の横に移す。
そこには漬物石ほどの大きさの岩が突き出ていた。
投げられた先が数糎ずれていたら……。
副団長は目を見開き、息を飲んだのが見て取れた。
先生は目を細め、下卑た笑みを浮かべる。
「良かったなあ、試合で……フォルが本気だったら、盾ごと左腕が吹き飛んで、投げで頭を岩で割られて、右腕は籠手ごと噛みちぎられていたぜ」




