5枚のカード
平嶋 翠梨です。
推理ジャンルです。宜しくお願いします。
チャイムが鳴り、ざわめく教室の隅で、亜季はそっとタイミングを見計らっていた。今日こそ新しいカフェに行きたい。でも一人では心細い。ならば――。
「ねぇ、奈津紀! 放課後、新しくできたカフェに行かない?」
「あ〜、駅前の? でも私、最近デカ盛り牛丼にはまっててさ。今日はカフェって気分じゃないかな……。亜季、一人で行ってきたら?」
「つ、冷たい!! 女子高生を一人でカフェに放り出す気!?」
「うーん、でも私の牛丼ライフは譲れないわ」
亜季は頭を抱える。
(奈津紀……いつの間にそんな“牛丼JK”になっちゃったの……? そ、そうだわ!)
「じゃあ、こうしない?」
通学鞄を開け、亜季はトランプを取り出した。ランダムに5枚を抜き出し、裏向きのまま奈津紀の前へ一直線に並べる。
「今から、奈津紀が選んだカードを私が当てるわ。当たったら一緒にカフェ。外れたら……牛丼屋さんで奢ってあげる!」
奈津紀の目が丸くなる。
「な、なんですって~!? いいの? デカ盛りよ!? 本当に奢るのね!?」
「ええ、もちろん。ただし――ちょっとしたルール付き。それを聞いてから決めてもいいわ」
「わかったわ。聞かせて」
亜季はわざと一拍置き、声を低くして告げる。
「じゃあ説明するわね──」
◆ 亜季が提示したルール ◆
① 最初に“いちばん左”のカードに指を置いてスタート。
② どう動くかは亜季の指示に従う。ただし、“回数と向きの両方を指定する”のは一度だけ。
③ 向きの指定がない場合、左右どちらへ動いても良い。ただし端まで行ったら、一度は必ず反対側に戻る。
例)[ ]=トランプ
[A][B] [C][D][E]
・指がAにあるときに「4回移動して」と指示されたら、A→B→C→D→E や A→B→A→B→A など、自由に動き方を選べる。
・指がCにあるときに「左に3回動かして」と指示された場合、C→B→A→B にしかならない。
「──これで、あなたが最終的に指しているカードがどれでも、私は当てられるわ」
「なるほどね~。確率としては、私が5分の4で有利だけど……亜季は“100%当てる”自信があるわけね?」
「まあね」
「じゃあ、条件追加。もし亜季が当てても、私がそのトリックを見破ったら、牛丼奢りってことでどう?」
(くっ……さすが奈津紀ね。抜け目がない……)
「いいわ! その条件で! 勝負よ、奈津紀!」
「じゃあ、お互いズルが出来ないように、みんなに立ちあってもらおう」
奈津紀はくるりと振り返り、教室へ声を張る。
「おーい! 今から勝負するから、みんな集まって~!」
呼ばれた10人ほどの同級生が、わいわいと二人を囲む。
◇
亜季は奈津紀の手元が見えないよう後ろを向く。
奈津紀は、一番左のカードにそっと指を置いた。
※読者のみなさまも、奈津紀と一緒に指を動かしてみてください。
[ ]=トランプ
[A][B] [C][D][E]
「まずは、4回移動して」
「動かしたわ」
「次に、3回動かして」
「OK」
「あなたの好きな数だけ動かして。大きすぎると面倒だから、一桁がオススメよ」
「了解」
「今、動かしたのと同じ数だけ、もう一度動かして」
「はい、動かしたわ」
「じゃあ最後。右に2回動かして」
「終わったわ。ちょっと待ってね。みんなに見せるから」
奈津紀は指差しているカードをそっとつまみ、周囲に見えるよう掲げる。
それは――ハートの10。
彼女はそれを裏返して元の位置へ戻す。
「いいわ、振り返って」
亜季がゆっくりと向き直る。
奈津紀はじっと表情を読み取ろうと凝視するが、亜季はまるで動じない。
そして、迷いなく“左から4番目”のカードをめくった。
現れたのは――
ハートの10。
(どういうこと? 亜季の動きには、怪しいところは、まったくなかった……。ダメだわ……どうやったのか、見当がつかない……)
奈津紀は観念し、今日のカフェ行きを受け入れた。
※読者のみなさま、いかがでしたか?
皆さまの指も、“左から4番目”に行き着きましたでしょうか。
◇
「奈津紀、今日はありがとう。また明日ね」
笑って手を振る亜季を見送り、奈津紀は勢いよく自転車に飛び乗った。
カフェに馴染めなかった“牛丼JK ”は、ひたすらに牛丼屋を目指したのだった。
牛丼屋に着いた奈津紀は、いつもより大きい“超デカ盛り牛丼”を注文──それを頬張りながら、5枚のカードについて思考を巡らせる。
(トランプは5枚。私が指を移動させたのは──最初に4回、次に3回、私が動かした好きな数は“4”だったから、2倍で8回、最後に2回──合計17回)
奈津紀は、自分の左手の5本の指をトランプに
見立てて17回動かしてみる。
(……違うわ。右から2番目に必ず止まるわけじゃない……)
奈津紀は眉を寄せ、考え続けた。
(逆算して考えた方が良いわね……。最後の指示は“右に2”。ということは、その直前の段階で左から2番目、もしくは4番目に指があれば辿り着ける。でも──合計の移動回数は奇数。奇数回だけ動くのに、最終的に“偶数番目”の位置に止まるなんて……不可能だわ)
奈津紀は、左の手のひらを見つめる。
そして──気がついた。
(あ! そうか……そう言うことね! 勘違いしていたわ。2番目と4番目のカードは、偶数じゃない……)
◇
翌日。
「亜季! トリックが分かったわ!」
奈津紀は学校に着くやいなや亜季に話かける。
「さすがは奈津紀ね。じゃあ、説明してみて」
「ええ。じゃあ、トランプを貸して」
奈津紀は、亜季からトランプを借り、5枚のカードを亜季の机の上に並べた。
[A][B] [C][D][E]
「まず、亜季が最初に言った数は4。次に言ったのは3。でも──実を言えば、この二つの数字自体には大した意味はないの。合計が“奇数”になる。それさえ満たしていれば、どんな数でもよかったのよ……」
亜季がフッと笑う。
「BとDに止まるのは、移動回数が奇数のときだけ。ほら──」
例)Aからスタートし、Eまで行って再びAに戻ってくる場合(数字は動いた回数)
[A][B] [C][D][E]
1 2 3 4
8 7 6 5
「──つまり、合計が奇数になれば、必ずBかDに止まる」
「でも、“好きな数を動かして”っていう指示もしたわよ? 合計が偶数になる可能性も――」
「それは、簡単に解決できるわ。2倍すれば、どんな数も偶数になる……。そして偶数に奇数を足せば、必ず合計は奇数になるの。BかDに止まっている状態で、最後に“右に2回移動して”と言えば……左から4番目のカードに指が止まる、というわけ」
奈津紀は胸を張って言い切った。
亜季は、目を細めて微笑む。
「さすがね……奈津紀。正解よ!」
「やったー!!」
奈津紀はガッツポーズ。周囲のクラスメイトから、ぱらぱらと拍手が上がる。
しかしその直後、亜季がさらりと言った。
「でも、牛丼は奢らないわよ」
「えー!? なんでよ!?」
奈津紀は机に身を乗り出して抗議する。
亜季はいたずらっぽく口元を緩めた。
「だって、それは“昨日の勝負の話”でしょ? 今日は別の日よ。……でもね」
そこで一度言葉を切り、トランプを丁寧に集めながら、優しい声で続けた。
「今日は、私が牛丼屋さんに付き合うわよ」
「うれしいー! 亜季、大好き!!」
奈津紀は満面の笑みで亜季に抱きつき、亜季は「ちょ、ちょっと……!」と照れながらも笑っていた。
周りのクラスメイトたちが「仲いいな〜!」と囃し立てる中、二人の笑い声が教室に広がる。
こうして、二人にとって初めての“謎解き勝負”は、たくさんの笑顔の中で幕を閉じたのだった。
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