case.ミナミ 『あの子の味覚と恋の話』
春の午後。購買前のベンチ。
私は缶コーヒーを傾けながら、バカ男子たちの笑い声を聞いてた。
杏仁豆腐──あの子たち、ほんとにうるさい。
でも、嫌いじゃないんだよね。
特にユウ。あの子は、馬鹿みたいに真っ直ぐ。
アイラインの角度で人生語れる男、他にいないっての。
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その日、ユウが手にしてたのが“杏仁抹茶”。
見た瞬間、私は笑った。
だって、あれだよ? 見た目、もう“味覚の交通事故”だったもん。
でも、ユウはうっとりした顔で言うの。
「これ、恋の味っス」って。
ほんと、どこからそんな言葉出てくるのよ。
アイラインのバサバサと同じで、
誰も理解しない熱を、平気で本気で信じてる。
それが、あの子の一番危ないところ。
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レイナとアイカが爆笑してる横で、私は少しだけ黙った。
あの缶の、淡い緑と白のツートンカラー。
混ざり合うことを前提にしてるくせに、
どっちも主張が強すぎて、調和しない。
──なんか、あの子みたいじゃん。
真面目と変態、理性と情熱、
矛盾した成分をそのまま振り切って、生きてる。
そりゃ、誰も真似できない味になるわけだ。
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「味覚センスは壊滅的ね」って言ったとき、
ほんとは少し照れてた。
だって、“女のセンスは悪くない”って
自分でフォロー入れちゃったんだもん。
──あの笑顔、バカ正直にドヤるんだもん。
ちょっと、ずるいじゃん。
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夜。
家に帰って、机の上に置かれた“杏仁抹茶”の空き缶を見つけた。
後輩たちがふざけて置いてったんだろう。
でも、その色が、
なんだか春の終わりの空みたいで、
捨てられなかった。
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恋って、案外こういうもんかもね。
万人ウケしない。
でも、誰かの心には、永遠に残る。
──あの子の言葉を借りるなら、
“甘いのに渋い、優しいのに攻撃的”。
……うん。
やっぱ、恋の味じゃん。
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ナレーション:
その夜、校門前のコンビニには、
一つだけ“杏仁抹茶”が残っていたという。
誰かが買った。
きっと、彼女だ。




