case.アイカ 「観測限界」
春。
体育館裏の空気は、熱を孕んでいた。
数値で表せるなら、摂氏38度。
でも、これは気温じゃない。青春の温度。
私は観測者。
“熱”を可視化する係。
けど、今日のこれは――
公式が通じない。
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ステージの袖から、光が漏れてくる。
マンバ三人のラメが反射して、まるで黒曜石みたい。
“ギャルの進化形”って自称してたけど、
進化っていうより、暴走だと思った。
レイナ「やば、あの光量。ほぼ攻撃魔法じゃん。」
ミナミ「光り方に理性がないのよ。」
私「……観測不能レベル。」
三人で並んで、出番を待ってた。
外はざわめきと香水の熱。
中は、静かな緊張。
ミナミの手が、軽く動いた。
スカートの裾を整える、その仕草だけで
照明がこっちに吸い寄せられる気がした。
観測記録#043:対象A、光源化。
外部刺激:ステージ熱。
結果:観客の脈拍上昇予測+20%。
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幕が開く。
マンバたちの爆音。
観客の声が、振動みたいに空気を揺らす。
私は深呼吸して、立つ。
レイナがウィンクを残して歩き出す。
ヒールがリズムを刻む。
それが“宣戦布告”の音。
ミナミの後ろ姿がゆっくりとステージへ向かう。
白いシャツの背中。
光を受けて、輪郭が淡く滲む。
その瞬間、私は思った。
——“あぁ、やっぱりこの人、照らす側だ。”
観測記録#045:照度上昇、心拍増。
原因:嫉妬……か、共鳴。区別つかず。
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観客が静まる。
マンバたちの熱が“燃焼”なら、
三柱のそれは“発光”。
レイナの笑顔。
ミナミの沈黙。
私の視線。
全部で一つの波になる。
その真ん中に、ユウの姿が見えた。
袖の影で、彼が息を飲む。
あの目。
理屈じゃない反応。
純粋に“観測されてる”と感じた瞬間、
胸の奥が痛くなった。
観測記録#046:対象B、視線交差。
異常値検出。測定不能。
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ショーの終盤。
ミナミの声が、スピーカーを通して響く。
「光を受ける側じゃなく、照らす側だってこと──忘れんな。」
その言葉が落ちた瞬間、
観客の歓声が一斉に上がった。
私はスマホのメモに指を滑らせる。
《観測記録#047:熱、臨界突破。青春、実験終了不能。》
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ステージの裏。
レイナはハイテンションで笑ってる。
「勝った!てか、神話更新したでしょ、うちら!」
ミナミは髪を整えながら、
「……バカ。でも、嫌いじゃない。」と呟いた。
私は記録を閉じた。
でも、指が止まらない。
だって――
この熱、まだ観測しきれてない。
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【end:case.アイカ「観測限界」】




