case.アイカ 『静熱の観測記録』
Ⅰ:購買前、春の風
春。
桜が散るたび、空気が少しだけざわつく。
購買前の通路に、甘いファンデとパンの匂い。
その真ん中で――異質な光が立っていた。
黒光りする肌。白いアイライン。
新しい種族、“マンバ”の到来。
レイナ「やば、発光レベルじゃん」
ミナミ「……目立つのが仕事って顔してるね」
彼女の声は冷静。
でも、ほんの少しだけ尖っていた。
私は、それを聴き逃さない。
マユが笑いながら言った。
「三柱ってもう古くない?」
その瞬間、空気が止まった。
購買前の時間が、一瞬で聖域に変わった。
ミナミ「春ね。芽吹くのはいいけど、根が浅いと倒れるよ。」
その言葉に、風が逆流した気がした。
ミナミの目は、笑ってなかった。
あれは、炎に似てた。
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Ⅱ:バサバサと風の物理学
そして事件。
ユウの“物理フェチ”が再燃した。
「バサバサしてるの、神じゃん」
……あれ、地雷ワードだって誰も教えてなかったの?
ミナミがゆっくりとユウに視線を向ける。
「……で、誰のアイラインのこと?」
静かすぎて、逆に怖い。
笑ってるようで、温度が低い。
けど、その“低さ”の奥に、熱を感じた。
(……ミナミ、動いてるな)
レイナが笑いながら私の肩を突く。
「ねぇ、アイカ。これ恋じゃない?」
「違う。……でも、観測対象としては面白い。」
嘘だ。
ほんとは、ちょっと羨ましかった。
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Ⅲ:ギャル神社/観測会議
放課後。
購買裏のベンチ。
タピオカ三本。
三柱、そろう。
レイナ「ミナミ、完全にユウくん意識してたよね〜」
ミナミ「してない。」
私「……してたよ。少しだけ。」
ミナミ「アイカまで……うるさい。」
彼女が目を逸らした瞬間、
頬のあたりで光が跳ねた。
春の風と、感情の温度は似てる。
どっちも、止めようとすると逆に強く吹く。
私はメモアプリを開いて、指で打ち込む。
《観測記録 #005:熱、伝染中。》
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Ⅳ:放課後の空気
日が傾く。
購買裏の花壇に、桜の花びらが溜まっていた。
ユウが残したバカみたいな話題が、
私たちの笑いの中に、まだ生きてる。
レイナ「バカだけど、ああいう熱って嫌いになれないね」
ミナミ「……そうね」
アイカ「熱って、伝染するものだから。」
三人で笑う。
風が吹く。
花びらが、私たちの足元で渦を巻いた。
春の空気に、熱が混ざっていく。
そして私はまた、メモにひとつ書き足した。
《観測記録 #006:
“バカ”の熱量、観測限界を突破。》
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【end:case.アイカ 『静熱の観測記録』】




