case.ミナミ 「春光、臨界にて」
風が、頬を撫でた。
少しだけ冷たい。けれど、春の匂いがした。
桜が散るたび、誰かの笑い声が空に跳ね返る。
その音を聞きながら、私は購買前の騒ぎを見ていた。
――あぁ、また始まる。
この季節はいつも、静寂の方を壊してくる。
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黒光りする肌。白いアイライン。
視線がぶつかると、光が跳ね返る。
“マンバ”と名乗る子たちは、まるで鏡玉みたいだった。
派手で、強くて、でもどこかまだ薄い。
レイナが笑う。「新入生、照明持ち歩いてんの?」
アイカが息を漏らす。「光合成しすぎ。」
私はペットボトルのキャップを指で転がした。
「……春ね。芽吹くのはいいけど、根が浅いと風で飛ぶよ。」
その瞬間、風が止まる。
廊下の空気が、一瞬だけ“張る”音がした。
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「……バサバサしてるの、神じゃん。」
聞き慣れた声。
ユウの声は、いつも“温度”を連れてくる。
ふと目を向けると、彼は少し前髪をかき上げながら、
真剣に――バカみたいに――語っていた。
私は思わず、笑ってしまいそうになった。
けれど唇の端だけ、静かに上げて抑える。
(……まだ覚えてるんだ、あの話。)
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マンバのリーダーがこちらに歩いてくる。
金のピアスが光を切る。
「ウチら、“ギャル神社”超えに来たんで☆」
その言葉に、頭のどこかがカチッと鳴った。
笑っていない笑顔が、勝手に出ていた。
「超えるって言葉、好きね。
でもその先、風しかないわよ。」
空気が、また張った。
購買のガラスが反射して、全員の表情を一度に映した。
私の横でレイナが舌を打つ。
アイカは小さくため息。
ユウだけが――息を飲んで、黙っていた。
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「ねぇ、ユウ。」
声が出たのは、考えるより早かった。
「その“バサバサ”って、誰のアイラインのこと?」
間。
花びらが一枚、ユウの肩に落ちる。
彼はそれを見つめたまま、
「……えっと、その……」と、焦って笑った。
私は何も言わず、視線だけ外した。
その笑い方、ずるい。
春の光みたいに柔らかくて、触れたら切れそうで。
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放課後。
購買前はもう静かで、花びらだけが残っていた。
自販機の下で風が鳴る。
残り香みたいに、今日の空気がまだそこにある。
ポケットに手を入れると、チラシの切れ端が触れた。
そこには落書きがあった。
《青春=バカ×熱》
誰のかもわからない。
でも、その文字を見た瞬間、喉の奥で笑いがこぼれた。
「……ほんと、バカ。」
その声に風が返事をした。
頬をなぞる桜の花びらが、一枚。
それが、春の最初の“熱”だった。
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【end:case.ミナミ 「春光、臨界にて」】




