case.ミナミ #10『誤解という名の熱』
昼下がり。
昇降口の光は冬でも強く、タイルに反射して目が痛い。
私は靴を履き替えながら、ふと視線を上げた。
──ユウがいた。
鏡の前でネクタイを締め直している。
結び方、少しだけぎこちない。
(……また、バカなこと考えてる顔してる)
すれ違いざま、聞こえた。
「今日の俺、恋してそう。」
その自信どこから出てくるのか、ほんと不思議。
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昼休み。
ギャル神社でレイナとアイカがネクタイ談義をしていた。
レイナ「見た? 他校カップル、ネクタイおそろ!」
アイカ「縛る=結ぶ。恋愛的支配構造の象徴。」
私「……恋って、だいたい“どっちがどっちを結ぶか”のバトルだから。」
言ってから、少し笑った。
たぶん、また面倒な名言扱いされるんだろうな。
でも本気で思ってた。
“縛る”って、好きの裏返し。
誰かを結ぶことって、自分も結ばれることだから。
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放課後。
廊下がざわついてた。
「ミナミ先輩とネクタイ交換したらしい!」
……誰がそんなこと言い出したの。
角を曲がると、ユウがいた。
顔が真っ赤。
手には──ネクタイ。
赤いストライプ。端に小さく「ミナミ♡」。
(……は?)
ユウ「み、ミナミ先輩ッ!これ、落としましたッ!!」
私「……ありがと。でも、それ私のじゃないけど?」
ユウ「えっ!?」
「でも、丁寧に拾ってくれたの、嬉しい。」
その瞬間、廊下の空気が弾けた。
レイナの声、アイカの笑い。
「交換!?」「青春始まったー!」
(あー……また、やらかしたなこのバカ)
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教室の外。
窓の外から夕陽が差し込む。
私は少し離れた場所でその喧騒を見てた。
笑われても、誤解されても、
ユウは真っ直ぐ顔を上げてる。
恥ずかしさよりも、熱が勝ってる。
……ああ、だから目が離せないんだ。
(バカなのに、誤解さえ真っ直ぐなんだよね)
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やがてナムサンが現れて、全部をぶち壊した。
「“ミナミ♡”ってのは、南山の南よォ!!!」
廊下中が爆笑に包まれる。
でも私は、笑いながらもどこかで思ってた。
——誤解って、案外、悪くない。
だって。
“違う”って分かった瞬間の心臓の跳ね方、
あれは、ほんものの“熱”だった。
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夕暮れ。
安藤先生が言っていた。
「誤解とは、熱の別名よ。真実だけじゃ、人は恋をしない。」
(……たしかに。)
真実よりも、勘違いのほうが心を動かす。
間違いの中で燃える感情こそ、青春。
だから私は、ユウを見て少しだけ笑った。
「……あんた、ほんとに熱の媒介体ね。」
冬の風がネクタイの端を揺らしていた。
“結ばれなかった”その布が、
なぜか一番、あたたかかった。




