case.アイカ #1 「熱の輪郭」
──文化祭の翌日。
教室のざわめきも、屋上の風も、まだ昨日の熱を引きずっていた。
昼休み。ギャル神社のベンチ。
レイナがスマホ片手に大声をあげる。
「ねぇ見てミナミ! 杏仁豆腐のライブ、SNSでバズってるんだけど!」
「“学園の反逆児”とか、“青春の爆音”とか、タグえぐくね?」
ミナミは、薄く笑っていた。
コンビニのアイスコーヒーのストローをゆっくりかき混ぜながら。
「……そう。まぁ、燃えてたもんね。」
その“まぁ”の言い方に、私は違和感を覚えた。
普段なら、もっと突き放す。
恋も熱も、彼女にとっては“他人の熱量”でしかない。
でも今は——違った。
レイナがニヤリと笑う。
「ねぇミナミ、惚れた?」
「惚れてない。……でも、燃えた。」
静かに笑いながらそう言った瞬間、
私は息を飲んだ。
——“燃えた”だって。
恋じゃなくて、熱。
それを自分の言葉で言うなんて、
あのミナミが。
私は心の中でメモを取った。
《観測記録 #001:ミナミ、揺れる。原因不明。》
レイナはまだちゃかしていた。
「燃えた〜とか言ってる時点で、もう感染してんじゃん」
ミナミは返さない。
ただ、冬の光を反射するストローの先を見ていた。
その先には、昨日のステージの残像。
ドラムを叩くあの男の姿。
——杏仁豆腐のユウ。
目の奥が、少し怖いほど澄んでた。
ああいうタイプ、ミナミは嫌いじゃない。
むしろ一番危ない。
《観測記録 #002:対象“ユウ”。熱の媒介者。》
私はポケットからチョコを取り出し、口に放り込む。
糖分を摂ると、思考が整理される。
この熱は偶然じゃない。
たぶん、“ミナミ→ユウ”というベクトルだけじゃない。
レイナも、私も、もうその熱に当てられてる。
三柱の中心に、波紋ができていくのがわかる。
レイナ「てか、次の冬フェス、杏仁豆腐出るんでしょ? 行こーよ!」
アイカ「……観測には、都合がいいね」
ミナミ「勝手に行けば?」
レイナ「言い方冷たっ! でも行くでしょ?」
ミナミは、少し間を置いて。
「……まぁ、見とく価値はある。」
その瞬間、確信した。
これはもう“感染”だ。
恋じゃなく、熱の伝染。
ギャル神社の空気が、静かに震えていた。
風が吹いて、木の葉が散る。
私はスマホのメモに指を滑らせながら、
ひとつだけ書き足した。
《観測記録 #003:恋よりも、熱。》
——この冬、世界が少しだけ、燃えはじめた。
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【end:case.アイカ 「熱の輪郭」】




