caseマナ #1『風の中のノイズ』
──夜。
部屋の照明は落とされ、カーテンの隙間から街灯の光が細く入っていた。
マナティは机に肘をついて、スマホを見つめている。
再生履歴には、ひとつの音声ファイル。
『先輩の犬でいいっす。』
再生ボタンを押すたびに、空気が小さく震える。
笑って聞いていた昼の声が、
夜になるとまるで違う温度を持って響く。
──笑えるはずなのに、胸の奥がざわつく。
マナ(小さくつぶやく)「……なんで、止めらんないの。」
スマホのスピーカーからは、
昨日の笑い声が微かに混ざっている。
ユウの声、ダイキの叫び、みんなの笑い。
それが急に、遠く感じた。
鏡の中の自分を見る。
完璧なまつ毛、形の整った唇。
“作った美しさ”は、いつも通り。
なのに、今夜だけは、それが少しだけ浮いて見えた。
マナ「……ほんと、バカみたい。」
笑いながら、涙が出そうになる。
何に、泣きそうなのかもわからない。
それが一番、腹が立つ。
その時、通知音。
画面の隅に、クラスグループのLINE。
《杏仁豆腐すげぇわwww》《あの録音神回》《青春の犬降臨》
マナ「……バカども。」
でも、笑ってしまう。
笑いながら、心の奥が少しだけあたたかくなる。
──風がカーテンを揺らす。
微かにミナミの香水みたいな残り香。
あの人たちは、きっとこの“感情”を知ってる。
自分はまだ、知らない。
マナ(独り言のように)
「……観測、できないや。」
スマホの画面が暗くなる。
そこに映る自分の顔が、少しだけ揺れて見えた。
──美しさも、完璧さも、
恋のノイズには勝てない。
風が止む。
静けさの中、マナの笑い声だけが残った。




