caseミナミ 『静熱の臨界 ―オレオと恋の観測誤差―』
──校内で、奇妙な噂が流れていた。
「ユウが“ミナミ先輩、俺を好きだよな?”って言ってたらしい。」
笑い声、ざわめき、熱。
くだらないのに、なぜか鼓膜の奥に残る。
……ほんと、あのバカらしい音、どうして消えないんだろう。
⸻
放課後。
旧音楽室。
夕陽に切り取られた埃の粒が、ゆっくり漂っていた。
ドラムの音が止む。
その静けさを破るように、私はドアを開ける。
ユウが驚いたように顔を上げた。
「は、はい!……あ、ミナミ先輩!」
(……なんで、そんな顔すんの。)
「ねぇ、ユウ。“好き”って、どういう意味?」
視線を逸らさないまま、訊いた。
観測者のつもりだった。
でも、声が一拍遅れて、胸の中に跳ね返る。
ユウは一瞬止まり、それから笑って──
「え? オレオっすけど?」
(……今、“俺を”って聞こえた。いや違う、落ち着け。お菓子。お菓子ね。)
「……まぁ、嫌いじゃない。」
ユウ「よかった! 嬉しいです!」
──オレオを差し出す。
ミナミは一瞬受け取れず、指先が宙を彷徨った。
(お、お菓子ね……でも、“俺を”って言い方、ずるくない?)
指先が触れた瞬間、
小さな熱が、手の中で弾けた。
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廊下の向こうから声。
レイナの笑い、アイカのツッコミ。
「オレオかよ!!」「恋の名にしてはカロリー高ぇな!!」
笑いの渦が、ドアの隙間から流れ込む。
ユウはきょとんとして、
ミナミは、小さく息をついた。
「……ほんと、バカ。」
でも、その“バカ”を、
すぐに消せない声で言ってた。
⸻
夜。
家に帰って、机の上にオレオの包みを置く。
包み紙の黒と、窓の外の夜が、同じ色だった。
噂は風に消えても、熱だけは残っている。
──“好き”の意味。
まだ、答えは出ない。
でも、確かにどこかが、揺れていた。




